0549話
「やぁ、結局全部レイ君がやってくれたのかい? ちょっと申し訳ないね」
他の討伐隊のメンバーと共に茂みから出てきたランガが、小さく頭を掻きながらそう告げる。
レイは労いの言葉を投げかけてくるランガに小さく肩を竦め、口を開く。
「盗賊の件は正式な依頼だからな。相応の仕事はさせてもらうさ。……それより、向こうが変な考えを起こすよりも前に全員縛ってしまった方が良くないか?」
「ん? 確かにそうだね。……皆、彼等を」
『了解しました』
ランガの指示に、討伐隊の兵士が声を揃えて返事をして早速とばかりにロープを手に血塗られた刃のメンバーを縛り上げていった。
盗賊達が妙なことをしないようにその様子を監視しながら、ランガは隣で同様に血塗られた刃のメンバーを監視しているレイへと声を掛ける。
「ゴブリンの死体が妙に多いけど、これは?」
「俺が来た時にはこいつらがゴブリンと戦っていたよ。昨日ギルムで聞いた話によると、どこかのパーティが街道脇の林の奥にあったゴブリンの集落を潰したって話だから、恐らくその生き残りだろうな」
「……なるほど。そう言えばそんな情報もあったね。同じ林をテリトリーにしていただけに、ぶつかるのは当然か。……ゴブリンの死体や討伐証明部位、魔石に関してはどうする?」
「そうだな、ならホブゴブリンの魔石だけ貰っていくか。まだ持ってない魔石だし」
自分かセトが戦闘に関与しなければ魔獣術での魔石の吸収は出来ない。だが、魔石の収集を趣味としていると公言している以上、珍しい魔石は集めておかないと変に思われる。そんな思いから告げたレイに、寧ろランガは助かったとばかりに頷く。
「ホブゴブリンの魔石だけでいいというのなら、こちらとしても文句はないね。いや、寧ろ感謝したいくらいだ。盗賊のお宝に関してはダスカー様の物になるけど、ゴブリンの魔石や討伐証明部位はこちらで貰ってもいいし」
「……だが、所詮はゴブリンだぞ?」
「確かに1匹ずつでは安いかもしれないけど、それでも数が集まればそれなりの金にはなるしね。それに……」
「今回の件が終わった後の打ち上げの費用だろう?」
ランガの言葉に被せるようにして告げたのは、茂みから姿を現した騎士だ。
こちらもギルムから派遣された人物だけにランガの言葉に異論はないのだろう。
「ええ。一応打ち上げの費用は用意されていますが、ここで少し稼いでおけばちょっとは豪華になるでしょうしね」
上に立つ者として、部下の労いも大事な仕事なのだろう。
自分には多分無理だな。そんな風に思いつつレイが暫く騎士と共に話をしていると、やがて全員を縛り終わった討伐隊の兵士がやってくる。
「血塗られた刃の捕縛を完了しました」
「分かった。では少し離れた場所に纏めて見張っていてくれ。それと、この者達が商人から奪った品は?」
「それが……」
騎士の言葉に、討伐隊の兵士が困ったように口籠もる。
それを見ていたレイが口を開く。
「どうやらあいつらがここに引き上げてきた時にはゴブリンに襲われていたらしい。その際に溜め込んでいたお宝の類も好き勝手に持ち出されたりしたらしいな。……ほら、あそこにあるみたいに」
レイの視線の先にいるのは、袈裟懸けに斬り裂かれたゴブリンの姿。
既に息はしていないが、地面に倒れているその手には長さ30cm程もある細長い水晶を握っている。
宝石として見る分にはそれ程高値ではないが、マジックアイテムの素材として使うのであればそれなりに便利な素材の1つだった。
騎士も、そしてランガもゴブリンの握っていた水晶に気が付いたのだろう。小さく目を見開き、次の瞬間には溜息を吐く。
つまり、このアジトの中を探し回り、更にはゴブリンの死体を漁らなければならないからだ。
更に、逃げ出したゴブリンが持っていっただろう品物については諦めるしかない。
(いや、どっちかと言えば明日ゴブリンの残党狩りをするミレイヌ達に対してのご褒美的な何かになったんだろうな)
内心でそんな風に思いつつ、視線を騎士やランガの方に向ける。
「あー……そうだね、取りあえずその辺はこっちでやるよ。それより、レイの分はどうする? 盗賊の蓄えていた中から君好みの物を貰えるんだろ?」
「ああ。まぁ、本来なら盗賊を倒した場合はその冒険者が丸取り出来るんだが……今回はダスカー様から直々の依頼だしな」
小さく溜息を吐きながらレイは呟く。
「それはしょうがないだろ。普通にギルドで受ける依頼と、領主直々の依頼。それを同じように考えているのだとしら、頭がお目出度すぎる。それに体裁としてはレイに出された依頼はあくまでも討伐隊の援護だろう? ……まぁ、実際にはこの有様だが」
「こっちにも事情があってな。ここで無駄に時間を使うというのは遠慮したかったんだよ」
どこか呆れた様に呟く騎士の言葉に、小さく肩を竦めて言葉を返すレイ。
取りあえずはということで、何かいいマジックアイテムがないかどうかを探す為に倉庫として使われていると兵士から報告のあったテントへと向かう。
「ちっ、結局やってることは俺達と一緒じゃねえか。俺達が商人から奪うか、奴等が俺達から奪うのかの違いでしかねえ」
騎士やランガと共に、自分達が必死に集めたお宝の保管されているテントへ向かうレイを見ながら、血塗られた刃の1人が吐き捨てる。
その言葉に見張りとして残されていた兵士が鋭い視線を向けてくるが、特に何かを口にするようなことはしない。
話をすることでその男だけに意識が集中するのを避ける為だ。
目の前にいるのは血塗られた刃という傭兵集団であり、機動力を重視したその戦力はそれなりに知られている。
もっとも戦力だけではなく、その容赦の無さも有名ではあったのだが。
それだけに、迂闊に隙を見せればどのようなことをするか分からない。
いや、すぐ近くに深紅という存在がいる以上そんな真似はしないと思えるのだが、それでも油断は禁物だった。
(ちっ)
そうして、兵士の態度を見たエベロギは内心で舌打ちをする。
確かにレイの手前大人しく捕まるという選択をしたエベロギだったが、それでもここで逃げられるのであればそれがベストだ。
空を飛ぶグリフォンが厄介ではあるが、林という地理的な要因を考えれば自分だけなら何とか逃げ出せる筈だった。
しかし、周囲にいる兵士達は自分達が縛られていても全く油断していない。
いや、それどころか……
「グルゥ」
レイが向かったテントには一緒について行かなかったセトが、喉を鳴らしながらエベロギ達の近くへと寝転がる。
そのまま目を瞑ってはいるのだが、セトという存在がいるだけで、ここで逃げ出すという行為をすることは諦めざるを得なかった。
「なぁ、おい。いいのか?」
「ああ。隊長の許可は貰っている。……というか、隊長がレイに頼んでセトを寄越して貰ったんだよ」
「……なるほど。まぁ、確かに俺達が見張っているよりはセトの方が断然安心出来るしな」
エベロギ達を見張っていた討伐隊の兵士達も、近くで寝転がっているセトへと視線を向けながら小声で言葉を交わす。
実際、その言葉通りなのだ。
セトがいる以上、捕らえられた血塗れた刃のメンバーが何をしようが無駄だというのは。
討伐隊の兵士は緊張しきっていた状態からセトの姿を見て安堵の息を吐き、それでも自分達の仕事を疎かにするような真似はせずにエベロギ達の監視を続けるのだった。
「あー……いやまぁ、当然か」
討伐隊の兵士に案内されたテントの中を見て、思わず呟くレイ。
確かにテントの中には多種多様な、お宝と言っていいものが保管されていた。……そう。保管されて『いた』のだ。
中身は殆どがゴブリンによって持ち去られており、残っているのは幾つかの古い品ばかり。
見て価値のある物だとは思えなかったからこそ、ゴブリンも手を出さなかったのだろう。
レイは荒らされたテントの中を見て溜息を吐き、視線を自分と同じく沈痛な表情をしているランガや騎士の方へと向ける。
「それで……どうする?」
「いや、どうすると言われても……せめてもの救いは、ゴブリンの多くを血塗られた刃の者達が倒してくれたことか」
溜息と共に漏れ出たランガの台詞は騎士にも同意だったらしく、こちらもまた溜息を吐きながらレイへと向かって口を開く。
「それで、報酬はこの中から選ぶって話だったけど……さすがに、この少ない中から選ぶのは嫌だろう?」
騎士の言葉通り、テントの中に残っているのは殆ど価値のあるように思えない。
……そう思ったレイが、ゴブリンに持っていかれた物を集めてから改めて決める。そう口にしようとした、その時。
不意に視線の先にある壊れた木箱に視線が向けられた。
木箱そのものに興味があったのではない。その壊れた場所から見えた、ゴブリンに破かれたと思しきテントから入って来ている太陽の光を反射する何かに気を取られたのだ。
「……ちょっと待ってくれ」
ランガと騎士の2人に声を掛け、壊れた木箱の中からその何かを取り出す。
その何かは、丁度手の平サイズの丸い円を描く金属で出来ており、先端からは鎖が伸びている。
だが、問題はそこではない。何よりもレイが驚いたのは……
「ミスリル製、だと?」
そう。レイが手に持ったそれは、本体と鎖の全てがミスリルで出来ていたのだ。
ミスリルというのは魔力を馴染ませやすい稀少な魔法金属であり、マジックアイテムを集める趣味を持つレイが持っているのもミスリルナイフしかない。
それ程に稀少な魔法金属だった。
「しかも、これは……」
円の上部に押し込むようなスイッチがあり、そこを押すと本体の表面がスイッチを中心にして開く。
中にあるのは1から12までの数字。
その数字も宝石を埋め込まれて作られており、数字の間を回っている針もまたミスリルで出来ていた。
時を示す針、分を示す針、秒を示す針。即ち……
「時計、か」
いわゆる、懐中時計と言われる種類の時計だ。
ギルムやエグジルを始めとして決まった時刻に鐘の音が鳴るように、この世界にも時計はある。
だが、冒険者が使う時計は精々が砂時計くらい。
その砂時計ですら数分程度のものならまだしも、数時間単位の物が必要になると大きすぎる為にマジックアイテムとして作られるのが一般的だ。
レイも砂時計のマジックアイテムは持っているが、今手の中にあるような……それこそ、日本で普通に売っていてもおかしくない時計というのは初めて見た。
そもそもマジックアイテムとして作るのが難しく、それを作れる錬金術師を含めた職人の数も非常に稀少だった。
金があれば買えるという物ではなく、伝手やコネといったものが重要な程に。
レイの手にある懐中時計にしても、恐らくはどこかの貴族や大商人といった人物が注文したものなのだろう。
「……へぇ、時計か。しかもミスリル製だから消費される魔力も少なくて済むだろうね」
「これは……見事な」
懐中時計の蓋の部分であるミスリルには、泉の周辺に生えている木々といった精緻な彫り物がされている。
騎士が驚いたのは、その部分だろう。
レイは感嘆の声を上げている2人の方へと一瞬だけ視線を向け、再び懐中時計へと視線を戻す。
ランガの言う通り、時計の大部分がミスリルで出来ている為だろう。その身に莫大な魔力を宿すレイが持っていると、非常に手に馴染む感覚があった。これもミスリルの持つ魔力との親和性の高さ故か。
「思わぬ拾い物だったな。……今回の件の依頼の報酬はこれにするよ」
「だろうね。それだけの物があったら、普通はそれを選ぶか」
「ああ。ダスカー様も幾つか時計は持っているが、これ程のものとなると……」
そんな2人の声を聞きながら、懐中時計をミスティリングの中に収納しようとしたレイは、思わずその動きを止める。
(ミスティリングの中に入っている間は時間が止まる。となると、時計を入れたりするのは不味いんじゃないか?)
砂時計のような類の物であればともかく、懐中時計をミスティリングに入れるのは色々と不味そうだ。そう判断したレイだったが、懐中時計を手に動きの止まったレイを疑問に思ったのだろう。騎士が口を開く。
「どうした?」
「いや、アイテムボックスの中にこの時計を入れてもいい物かどうか迷ってな」
「そう言えばアイテムボックスの中では時間が止まっているんだったっけ」
横で会話を聞いていたランガの言葉に、レイは頷く。
「ああ。だからアイテムボックスの中に時計を入れれば、時間がずれるんじゃないかと思ってな」
「それなら心配はいらない筈だ」
レイの口から出た懸念を、あっさりと否定する騎士。
それに疑問を覚えたレイが騎士の方に視線を向けると、騎士は笑みを浮かべて口を開く。
「時計に限らず、マジックアイテムは魔力を動力源として動いている。特にそういう時計の場合、魔力を吸収する時に時間を自動的に合わせてくれる機能が付いている筈だ。ダスカー様が持っている時計にも全部そんな機能が付いていたから、恐らく最高級品に近いと思われるその時計も大丈夫だろう」
そんな騎士の言葉に首を傾げつつも、取りあえず試してみなければ真偽ははっきりしないだろうということで、ミスティリングの中に時計を収納するのだった。