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レジェンド  作者: 神無月 紅
ベスティア帝国へ
545/3865

0545話

 街道沿いの林の奥深く。本来であればモンスターの生息地域であるそこに、現在は30頭程の軍馬にそれを操る者達が隠れていた。

 普通であれば、馬に乗る騎兵というのは森や林の中に好んで入ることはない。

 馬の速度を考えると生えている木々が非常に邪魔なのだから、それは当然だろう。

 だが、そんな常識は自分達には関係無いとばかりに、傭兵団の血塗られた刃は林の中に自分達の隠れ家を作り上げていた。

 当然そんな場所に住居を構えている以上、モンスター対策もきちんとしている。

 以前の盗賊稼業をしている時に襲った商人から奪った、一定以下の強さを持つモンスターを近づけないというマジックアイテムの効果によって。

 このマジックアイテムがあるからこそ、辺境で商人を襲うという行為を実行することが出来たのだろう。

 もっとも、辺境は辺境だ。マジックアイテムで遠ざけられないような力を持つモンスターが襲撃してきたこともあったし、それを無視するかのようにゴブリンのような弱いモンスターが迷い込んできたこともあった。

 だが、血塗られた刃は騎兵の機動力を重視した特徴を持ち、同時に腕利きの傭兵団として知られている。

 結果、襲い掛かって来たモンスターはその殆どが殺され、ランクの高いモンスターの肉は傭兵達の腹の中に。素材は傭兵団の活動資金へと入ることになった。

 傭兵団にしても無傷ではない。何人かの死人は出ているし、怪我人もそれなりに多く出ている。

 だが、それ以上に辺境での盗賊行為というのは金や物資を稼ぐことが出来ていた。


「だってのに……くそ」


 周囲に張られている中でも一際大きなテントの中で、1人の男が苛立たしげに干し肉を食い千切る。

 血塗られた刃を率いているエベロギは、口の中にある干し肉を酒で流し込みながら先程見た光景を思い出す。

 いつものように商隊の馬車に襲い掛かろうと距離を詰めていた、その時。まるでタイミングを見計らったかのように舞い降りてきた1匹のグリフォン。

 それを見た瞬間、エベロギは撤退の合図をしていた。

 その判断は冷静に戦力を計算し、このままでは自分達の被害が大きくなる……という訳ではなく、純粋に恐怖からだった。

 春に起きたベスティア帝国との戦争で、ちょっとした所用から自分達を雇っていた国王派の本陣へと向かおうとしていた、その時。

 戦場となっている場所から随分と離れているにも関わらず、巨大な炎の竜巻を見たのだ。

 最初は何を見ているのかが分からなかった。

 魔法で生み出された物か? そうも思ったが、天災の如きその炎の竜巻が人の手により生み出されるものであるとはとても思えず……だが、その後の情報収集で、エベロギが見た炎の竜巻がたった1人の冒険者の手により作り出されたものだと知り、恐怖した。

 ……そう、恐怖したのだ。

 強さに評判のある血塗られた刃を率いる自分が。

 結局その後の戦争は血塗られた刃の出番が無いままに終わり、残ったのは最低限の端金程度の報酬。

 逆恨みと知りつつ、自らの恐怖を誤魔化す為にこの辺境へとやってきて商人達を襲いながら金を稼いでいたのだが……


「だってのに、また現れやがって」


 脳裏を過ぎる、グリフォンの姿。

 それが誰なのかは、考えるまでもない。

 自分に恐怖を抱かせ、戦争の後には深紅と呼ばれるようになった冒険者だ。

 苛立たしげに、そして自らの恐怖を押し殺すかのように再び乱暴に干し肉を噛み千切ると……


「頭、セラビアさんからの連絡が来ました」


 テントの外から聞こえてきた部下の声に、急いで酒で口の中にあった干し肉を流し込む。


「それで、状況は?」


 喉が干上がる。酒ではなく水を飲みたい。それもコップに1杯や2杯ではなく、浴びるように。

 そんな風に思いながら尋ねたエベロギの問い掛けに、部下はすぐに答える。


「紐の色からすると、獲物は健在。脅威はない。襲撃再開せよ。以上です」

「……ふぅー……」


 部下の言葉に、エベロギは深く安堵の息を吐く。

 グリフォンが商隊から離れていったのは、他の偵察の者から聞いてはいた。だが、それでもしっかりと深紅がその場にいないと確定するまでは、どうしても安心出来なかったのだ。

 だが……と考える。


(深紅ってのは盗賊を襲うのを半ば趣味にしているようなところがあるって噂がある。そんな奴が俺達をみすみす見逃すのか? いやまぁ、確かにこの林の中にアジトを構えている以上、奴お得意の上空からの偵察でここを見つけるのは難しいだろうが。なら、尚更俺達を待ち構えるんじゃないのか?)


 レイに対する恐怖からではあるが、それでもエベロギはレイの狙いを正確に読んでいた。

 それでも襲撃を止めるかどうかを即決出来ない辺り、欲と恐怖の間で揺れているのだろう。


(深紅なんて存在が出てきた以上、ここでの仕事は無理をしない方がいいか。なら、奴がいない今回の件を最後の仕事にして、そのまま辺境から消えた方がいいだろうな。後は一応念の為に……)


 頭の中でこれからの事を考え、ゆっくりと数分程経った後で口を開く。


「よし、その商隊を襲撃するぞ。馬車は動けないんだったな?」

「遠くから見た限りだと、修理をしているらしいので恐らく」

「……よし。お前達もそろそろ街が恋しくなってきただろ。今回の仕事で一旦この辺りからは退くぞ」

「分かりました。……いや、襲撃の時に捕まえた女もそろそろ限界だったんで、助かります」


 部下の言葉に鼻を鳴らして、残っていた干し肉全てを口の中に放り込んで酒で流し込むようにして腹に収める。

 愛用の武器である長剣を手に取りテントから出たエベロギは、視界の隅にゴブリンの死骸を目にする。

 マジックアイテムを使っているというのに、何故か昨日から妙に多く襲ってくるようになったのだ。

 いや、正確には襲ってきたと言うよりは紛れ込んできたと表現する方が正しかった。

 歴戦の傭兵部隊であるだけに、ゴブリン数匹が紛れ込んできても特に混乱するようなことはなかったが。

 寧ろいい的になるといった感じで、弓の標的にされている者や、面白半分に殺されている者の方が多かった。


(このゴブリンも恐らく何らかの予兆か? マジックアイテムの効果も微妙な感じだし、とにかくここから離れた方がいい理由にはなるか)


 この辺の勘が鋭いというのも、傭兵団を率いる資質の1つなのだろう。

 実際、ここに逃げ込んできたゴブリン達は昨日集落を冒険者達に襲撃されて逃げ出してきた者達だ。

 そして、明日には逃げ出したゴブリンの残党狩りが始まることが決まっていたのだから。

 もっともその勘の鋭さも、レイというイレギュラーな相手を前にしては曇らざるをえなかったようだが。






「頭、馬車はこの先で止まってます」


 もう少しで林から出るという場所で言ってきた部下の言葉にエベロギは小さく頷き、かなり遠くの方で街道の脇に止まっている3台の馬車を見ながら、その場で騎兵を停止させる。

 いつもならこのまま全員で突っ込んで行くというのに、わざわざ動きを止めたことで部下達が不思議そうな表情を浮かべるが、それを理解していながらエベロギは口を開く。


「まず最初に一当てする。お前から……そうだな、お前まで。商隊に向かっていけ」


 10騎程の騎兵に命令するが、命令された方は何故自分達だけが先に仕掛けなければならないのかと、不服そうな表情を浮かべて不満を口にする。


「ちょっと待ってくれよ頭。何で俺達だけ……」

「うるせえ。俺の命令に従えねえってのか?」


 ぶんっ、と長剣を大きく振るう。

 その様子に、口答えをすれば危険だと判断したのだろう。不承不承ではあるが、指名された者達が黙り込む。


「……いいか、お前達が先に襲撃するってことは、手柄も大きい。あの馬車の中身を分ける時、優先的にお前等の希望を聞いてやる。どうだ、それでも嫌なら別に構わねえ。他にやりたいって奴が幾らでもいるしな」


 優先的に分け前を貰える。それを聞いた途端、文句を言っていた者はすぐに意見を翻す。


「分かったよ、頭。その約束は忘れないでくれよ?」

「おう。ここで見ててやるから、頑張ってきな」

「任せてくれ。野郎共、行くぞ!」


 そう叫ぶや否や林から出て行った男に、他の盗賊も喚声を上げながら後を追う。


(さぁて、どうなる? 俺の予想が外れていれば良し、当たっていればこのままここを逃げ出せばいいだけだしな)


 上から降り注ぐ日光を眩しげに見ながら、騎兵と歩兵を従え、エベロギは成り行きを見守るのだった。






 目を閉じて周囲を警戒していたレイは、商人達がしきりにさっさと先に進んでいた方が良かったんじゃないかと愚痴を言っているのを聞きながらも、自分のいる場所に向かって近づいてくる10騎程の騎兵の足音に気が付く。


「来た、か? いや、けど……随分と人数が少ないな」


 最初にこの商隊を襲おうとしていた盗賊は、30騎程の騎兵がいた。

 だが、今自分の方へと向かってくるのは10騎程度。どう考えても少ない。


「目の前にぶら下がった獲物に先走った奴が出たか? それならいいんだが、こっちの反応を見る為の捨て駒だとすると厄介だな」


 レイがこの商隊を囮として使っているのは、あくまでも商隊の安全を大前提としている。つまり何らかの目的で10騎程度の騎兵がやって来たとしても、守らないという選択肢はないのだ。

 そしてレイが守るということは、即ちレイ自身の力を使う必要がある。

 商隊にいるのは全員が商人で、辺境に商売に来た以上多少戦闘の心得はあるかもしれないが、盗賊の……しかも騎兵をどうにか出来るかと言われば、どう考えても無理なのだから。


「ちっ、向こうもよく考えてるな。最小限の犠牲で最大限の……いや、そうでもないか。30騎の中の10騎だ。盗賊団の戦力を削るって意味では十分か」


 自分を納得させるように呟くと、馬車の扉へと向かう。

 その頃になると、商人達も自分達の方へと向かって近づいてくる盗賊達に気が付いたのだろう。慌ててレイが潜んでいた馬車の扉を叩く音が聞こえてきた。


「おい、来たぞ! 盗賊だ! どうにかしてくれるんだろ!」

「分かっているよ、何の問題もない」


 そう言葉を返し、馬車の外に出る。

 すると、丁度盗賊達と馬車の距離が50m程まで縮んだ辺りだった。


「ま、この程度の成果で我慢するか」


 呟き、レイがミスティリングから取り出したのは、槍。

 それも、いつもレイが槍の投擲に使っているような、穂先が欠けているような槍だ。

 その槍を見た商人の1人が、思わず叫ぶ。


「おいっ、本気で戦う気があるのか!」


 だが、レイはそんな商人の言葉に全く耳を貸した様子もなく槍を振りかぶり……投げる!

 レイの手から放たれた槍は、空気そのものを貫くかのような速度で進み、盗賊達を率いている先頭の男の頭部へと命中して、粉砕する。

 周囲に広がる脳髄と血と肉と骨と体液。

 先頭を進んでいた男の斜め後ろにいた男が、突然顔にベトリと張り付いた何かを手で拭うと、そこには眼球が存在していた。


「うっ、うわああぁぁぁあっ!」


 悲鳴を上げながら、手を振ってその眼球を払いのけようとする男だが、慌てている為かそれが出来ない。

 周囲の盗賊達も、何が起きたのか理解出来ないままに呆然と頭部を失った男を乗せたまま真っ直ぐに進み続ける馬へと視線を向ける。

 瞬間。

 轟、という空気を斬り裂くような音が再度聞こえ、盗賊の胴体をレザーアーマーごと槍が貫通し、更にその後ろにいた盗賊の胸へとレザーアーマー越しに突き刺さる。

 槍の穂先が壊れかけであったのが幸いしたのか、放たれた槍は2人目の胴体に突き刺さった時点で壊れ、身体から零れ落ちた。

 ガラン、という槍が地面に落ちた音を聞き、初めて盗賊達に動きが生じる。

 とはいっても、その動きは困惑したものでしかない。

 本来であれば自分達を率いる筈の者が真っ先に殺されてしまった為、混乱してしまったのだ。

 もう少しまともなやられ方であれば、誰かが指揮を執っていた可能性もある。だが、あまりに予想外の出来事が起こった結果が今の盗賊達だった。

 何が起きたのかを確認しようとしている間にも、レイから放たれた槍が1人、2人と盗賊達を砕き、あるいは貫通していく。

 それを見た盗賊の1人が口を開こうとして……次の瞬間、飛来した槍により頭部を砕かれる。

 頭部のない死体が馬の背から地面に落ち、その衝撃で馬はどこへともなく去って行った。

 ことここに至って、盗賊達もこのままでは意味も無く全滅すると判断したらしい。慌てて逃げようとして……だが、次の瞬間、上空から飛来してきた何かが盗賊の生き残りが逃げられないようにその背後に立ち塞がる。


「グルルルルルルゥッ!」


 セトのスキル王の威圧により、馬は1歩も動けなくなる。

 同時に盗賊達もまた身動きが出来なくなった。

 更に、後ろからは誰かが近づいてくる足音。

 身体が竦んで動けないが、確認するまでもない。そこには槍の投擲で盗賊達を砕いて殺した化け物がいる筈だった。

 なんでこうなった。身動きが出来ない商隊を襲うだけの筈だったのに。

 そんな風に盗賊の1人が頭の片隅で考え、救いを求めるかのように自分達が出てきた林の方へと視線を向けるが……そこには既に味方の姿は1人も存在していなかった。


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