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レジェンド  作者: 神無月 紅
ベスティア帝国へ
540/3865

0540話

 酒場で軽く腹ごしらえをしたレイが、ギルドから外に出て目にしたのはセトを中心として集まっている集団。

 これは別にいい。いや、正確には良くないのだが、予想されていたことだった。

 だが、レイにとっても予想外だったのは、そのセトの首筋に抱きついている1人の女冒険者。

 見覚えがないのではない。ありすぎるのだ。

 昨夜も夕暮れの小麦亭にある厩舎の前で、セトにベッタリだったその女冒険者の名前を思わずレイは口にする。


「またお前か、ミレイヌ……」

「すいませんね、うちのメンバーがご迷惑をお掛けして」

「あはははは。あれでこそ、うちのパーティリーダーだよね」


 溜息と共に呟かれたレイの横から声が掛かる。

 そこにいるのは、中年の男の魔法使いに10代後半の弓術士の女。

 ミレイヌが率いる灼熱の風のパーティメンバー、スルニンとエクリルだ。


「暫くセトがギルムにいなかったでしょう? その間、ミレイヌは随分と寂しい思いをしていたんですよ。だから昨日レイさんとセトがギルムに戻ってきていると聞いてからは、ずっとあんな調子で……昨夜の件で一応落ち着いたと思ったんですが」


 小さく溜息を吐きながら呟くスルニンと、その隣で腕を組みながらその通りだと頷くエクリル。


(何だか依存症みたいにも見えるが……俺がベスティア帝国に行ってる間、本当に大丈夫なのか?)


 ふと、脳裏に『セトー、セトー』と呟きながら街中を徘徊するミレイヌの姿が思い浮かんだレイだったが、想像すれば実現してしまいそうになって小さく首を横に振る。


「それよりも、ギルドに来たってことは仕事か?」

「ええ、まぁ。実は……」

「あ」


 スルニンが事情を説明しようとして口を開こうとした、その時。不意にエクリルが小さく声を上げる。

 その視線の先にいるのはレイ。


「エクリル?」

「いや、午後の件と明日の件だけど、レイにも手伝って貰えればいいなーって思って」

「ああ、なるほど。そう言われれば確かに」


 その言葉にピクリと反応したのは、話の張本人でもあるレイ……ではなく、セトと遊んでいるミレイヌだった。


「私も賛成だよー!」

「全く……どんな地獄耳なのやら」


 セトを撫でつつ大声で告げるミレイヌに、スルニンは苦笑を浮かべる。


「ま、それがミレイヌらしいと言えばミレイヌらしいしな。……で、午後と明日の件ってのは?」

「ああ、はい。実は昨日街道沿いの林の奥でゴブリンの集落が見つかったんですけど……それは知ってますか?」


 スルニンの口から出た話に、数秒程考えたレイはすぐに頷く。


「レノラとケニーがその件で昨日仕事が終わるのが遅くなったとか言ってたな」

「ええ、その件です。ゴブリンの集落に関しては昨日のうちに潰したのですが、その際にそれなりの数のゴブリンが林の中に散ってしまいましてね」


 小さく溜息を吐きながら話を続ける。

 どうせなら、逃がさずにゴブリン達を全滅させて欲しかったというのが正直な気持ちだろう。


「ともかく、ゴブリンがそれぞれ散っている状態というのはギルムとしても色々不都合な訳で……」

「けど所詮はゴブリンってことで、どうせならこの際にランクGに上がったばかりの冒険者の戦闘訓練も兼ねて、ある程度実力のあるパーティに新人を混ぜてゴブリン退治ってことになったのよね」


 スルニンの言葉をエクリルが引き継ぐ。

 冒険者というのは、基本的に登録時はランクHから始まる。

 だが、ランクHというのは買い物や家の修理、荷物運びといった街の中だけで出来る雑用的な依頼がメインであり、討伐を始めとした街の外に出ていかなければならない依頼は受けることが出来ない。

 その手の依頼を受けるには、街の外に出ても大丈夫な程度の戦闘力を持っていることを示してランクをGに上げる必要がある。

 そうしてランクGに上がったばかりの者達にしてみれば、レイやミレイヌにとっては片手間で倒せる程度のゴブリンであっても強敵だ。

 人型のモンスターということで躊躇するような者もいない訳ではない。

 ゴブリンが集落から逃げ出した今回の件は、そのような新人達の戦闘訓練にちょうどいいとばかりにギルドの方で判断したのだろう。

 ただし、新人だけでは混乱していらぬ被害が出るかもしれないということで、お守り役として目を付けられたパーティの1つがミレイヌ率いる灼熱の風だった。


「ま、話を聞いたのは今朝なので、今日は午後からその新人達の実力を見るために訓練場で模擬戦をやろうと思いましてね。少し早めに昼食を済ませて来た訳ですが……その途中でセトを見つけてからはご覧の有様です」


 スルニンは処置無しとばかりにセトを愛でているミレイヌの方へと視線を向けながら、改めて溜息を吐く。


「で、どうです? ゴブリン退治手伝ってくれません? レイやセトがいればかなり楽になるんですが」


 心からの本心なのだろう。そう尋ねてくるエクリルに、しかしレイは首を横に振る。


「残念ながらちょっと事情があってな。街の外に出掛けるようなことは出来ないんだよ」

「そう言えば急用があるとか言ってましたね」


 昨夜の厩舎でその辺の事情を多少は聞いていたスルニンの言葉に、今度は頷く。


「そうだ。……ただ、午後から行われるっていう模擬戦になら付き合ってもいいぞ。ただでさえ今日は時間を持てあましているんだし」


 そもそもギルドに入って依頼を探していた理由が、暇潰しに近いものだった。

 結局ギルドの依頼に関しては色々とあってやる気を失ったのだが。

 そういう意味では、スルニンやエクリルからの誘いは渡りに船であり、断る理由はない。


「え? 本当に?」


 だが、エクリルにしてみればレイが承諾するというのは意外だったのだろう。思わずといった様子で聞き返す。

 もっとも、ランクB冒険者を雇う際の報酬を考えれば、この驚きは当然と言ってもよかった。


「ああ。今も言った通り暇だしな。身体を動かすという意味では、寧ろありがたい」

「……レイさん。一応言っておきますが、お願いするのは新人達相手の模擬戦ですよ? 決して貴方が本気で戦えるような相手ではないのを承知の上でのことですよね?」


 念の為と告げてくるスルニンに頷きを返すと、それでようやく納得したのだろう。小さく頷きを返し、訓練場へと向かうべくセトを愛でているミレイヌを強制連行すべく歩を進めるのだった。






「むー……まだ時間があるんだから、もうちょっとくらいセトちゃんと遊ばせてくれたっていいじゃない」


 ギルドの裏手にある訓練所で、ミレイヌが呟く。

 まだまだセトと戯れていたかったのを、スルニンに引きずられるようにして連れてこられたのが不満なのだろう。

 確かにミレイヌの言葉通り訓練所には何人かが訓練を行っているが、明日ゴブリン討伐に向かうメンバーは1人も存在していなかった。


「だからと言って、私達が遅れてくるのは体面的に不味いでしょう。……それに、ほら」


 スルニンが持っている杖で訓練所の入り口を指し示すと、そこにはおっかなびっくりと周囲を伺っている3人の少年の姿がある。

 全員がレイと同い年くらいか。

 もっとも、レイの場合は1年前と比べても外見は全く変わっていないのだが。


「むぅ、来たんならしょうがないか」


 ミレイヌは大きな溜息と共に不満を吐き出し、訓練所の入り口近くにいる3人へと向かって大きく手を振る。


「おーい、こっちよこっち!」


 その声で気が付いたのだろう。3人は足早にミレイヌ達の方へと向かう。


「あの3人か?」

「ええ。さすがに5人も10人もだとこっちも手が足りないので、私達と同じ人数の新人を回して貰いました」

「ん? じゃあ、あの3人は別にパーティって訳じゃないのか?」

「そう聞いています。もっとも、今回の件で意気投合してパーティを組むという可能性はありますが」


 スルニンの説明に、レイは小さくだが驚きの表情を浮かべる。

 バトルアックス、槍、弓と、それぞれの武器が綺麗に近距離、中距離、遠距離と分かれていたからだ。


「すいません、待たせてしまいましたか」

「ほら、だからもう少し早く飯を食えって言ったのによ」

「だ、だって……そんなに急いで食べたら喉に詰まるんだもん」


 礼儀正しく謝ったのが槍を持った少年、早飯を勧めたのがバトルアックスを持った少年、早食いをすると喉に詰まると言ったのが弓を持った少年。

 3人はそれぞれスルニン達へと頭を下げて挨拶を交わすと、訝しげな視線をレイの方へと向ける。

 そんな視線に気が付いたのだろう。すぐにミレイヌが笑みを浮かべて口を開く。

 つい数分前まではいじけていた様子を一切見せないこの辺の如才なさは、灼熱の風のパーティリーダーとしての経験故だろう。


「彼が今日の貴方達の模擬戦の相手よ」


 ミレイヌの口から出たその言葉に、バトルアックスを持った少年が不満そうな表情を隠しもせずにレイに視線を向け、口を開く。


「こんな貧弱な奴が俺達の相手をするんですか? なぁ、同じ新人として言わせて貰うけど、もう少し身体を鍛えてから冒険者になった方がいいぜ? 俺達は街の外に出れば命を狙ってくるモンスターと戦うんだ。せめて自分の身くらいは守れるようになってから出直してこいよ」

「ぷっ」


 バトルアックスを持った少年の言葉に、思わず笑いを堪えるミレイヌ。

 新人であるが故に、相手の力量を計れないというのはしょうがない。

 だが、それでもやはりレイに向かってそのような口を利く相手がいるというのは、レイの実力を知っているだけに吹き出さないだけで精一杯だった。

 ミレイヌだけではない。スルニンは困ったような表情を浮かべつつも頬を痙攣させているし、エクリルにいたっては横を向いて吹き出しそうになっているのを押さえている。

 自分達の先輩のそんな様子を見て、さすがに疑問に思ったのだろう。槍を持った男が口を開く。


「あの、彼が何かあるんでしょうか?」


 丁寧な口調で、育ちの良さを窺える口調で尋ねる槍の少年。

 その背後では、気弱そうな弓を持った少年もまた幾度となく視線をミレイヌ達へと向けていた。


「あー……ごめんごめん。こっちの彼はこう見えても現役の冒険者よ。確かに外見に関してはあまり強そうに見えないけど、力量は十分だから安心して」

「え? 嘘だろ」


 反射的に否定したのは、当然ながらバトルアックスを持った少年。


「おい、ちょっと。失礼だろ」


 槍を持った少年がバトルアックスを持った少年を後ろに引っ張り、頭を下げる。


「連れが失礼をしました。私はクラージュ・ネルゲンといいます」

「お、同じくコノミルといいます」

「……グルッソだ」


 それぞれが挨拶をしていく中で、1人クラージュだけが名字持ちであることに気が付いたレイは、思わず口を開く。


「名字持ち? 貴族か?」

「ええ、まぁ。……とは言っても貧乏子爵家の4男坊なので、こうして冒険者として身を立てるべくギルムにやって来たんですけどね。それで、よろしければお名前を聞かせて貰えますか?」


 跡継ぎである長男、あるいはその予備的な次男ならまだしも、4男であるクラージュにしてみれば貴族というのは特に誇るべきことではないのだろう。特に拘る様子も無くあっさりとそう告げ、レイへと名前を尋ねてくる。

 それに対してレイが口を開こうとした瞬間……


「待った。残念だけど彼の名前は秘密よ」


 ミレイヌが突然そう告げてくる。

 クラージュを含めた3人どころか、レイやスルニンからも疑問の眼差しを向けられるが、ミレイヌはそれを気にした様子もない。

 尚、エクリルはまた始まったかといったように溜息を吐くと、まともに付き合えば疲れるだけだと言わんばかりに離れた場所で模擬戦をやっている冒険者達へと視線を向けていた。


「おい、ミレイヌ……」


 そう言いかけたレイだったが、ミレイヌは小さく首を振ってここは自分に任せて欲しいと態度で示す。

 別にミレイヌにしても、単純な悪戯心だけでこのような真似をしている訳ではない。

 冒険者が街の外で遭遇するモンスターというのは凶悪な見た目をしているものが多いが、中には一見すると無害そうな外見をしていながら、実は凶暴なモンスターもいる。

 何より、クラージュ達3人はあくまでも新人冒険者なのだ。

 つまり、遭遇したモンスターの大半はクラージュ達よりも強いというのは明白だった。

 見た目だけでは相手の実力は計れない。それを教える為には、一見するととても高ランク冒険者には見えないレイというのはこれ以上無い程の存在なのである。


「ミレイヌさんが言うんだから、相手をしてやる。いいか、大きな怪我をする前にきちんと降参するんだぞ」


 ぶっきらぼうながら、レイのことを心配しているかのような口調。

 どこかエグジルで会ったボスクを思わせるその言動に、レイは小さく笑みを浮かべた。

 だが、それがグルッソの気に障ったのだろう。レイを睨み付ける視線が強くなり、バトルアックスの柄を握っている手にも力が入る。


「ミレイヌさん、俺からやらせてくれ」


 ミレイヌに向かってそう告げるのだった。

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