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レジェンド  作者: 神無月 紅
ランクアップ試験
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0054話

「……何をしたんだ、お前は」


 盗賊の首領は、自分の目で見たものが信じられなかった。

 目の前にいるまだ10代半ばにしか見えない子供がやったことは、それ程に常識外れのものだった。

 空を走る、なんて真似は長く盗賊を続けてきて裏の世界にそれなりに精通している首領にしても初めて見るものだったのだから。


「さて、何をしたんだろうな。とにかく、お前をここから逃がすような真似をさせる気はないんだがな」


 手に持っていたデスサイズを構えて光の盾を従者の如く従え、盗賊の首領とその側近2人をじっと眺める。


「そもそも、部下に戦わせておいて自分達だけ逃げるとか……盗賊団を率いる者としてどうなんだ?」

「う、うるせぇっ! 盗賊ってのは生き残ってこそ意味があるんだよ! おい、お前等。一斉に掛かるぞ! こいつさえ何とかすれば後は逃げられる」


 側近へと叫び、首領自身も手に持っていた巨大な戦斧を構える。


「へぇ、まだやる気なのか。……どのみち今回の目的は盗賊達の殲滅だから、逃げようが降伏しようがあるいは玉砕をしようが結果は変わらないんだがな」

「やかましぃっ! ちょっと空を飛べるからって俺達がビビると思ってんのか!? おい、いくぞ!」

「ああ」

「ちっ、やるしかないか」


 側近2人も長剣と槍を手に持ち、それぞれが同時にレイへと攻め掛かる。

 槍を持った男が他の2人の邪魔にならないようにそのリーチを活かしてレイの胴体を狙って穂先で突き。

 もう1人の男がレイの右側から足を狙って剣を振り下ろし。

 そして最後に盗賊の首領が頭を叩き割らんとレイの頭部目掛けて自慢の腕力で戦斧を振るう。


「連携が甘いな」


 槍の一撃は魔力を通したデスサイズで受け止め、その穂先ごと斬り落とし、次の瞬間には即座に柄を跳ね上げて足を狙ってきた剣を弾く。そして頭部を狙った首領の戦斧はマジックシールドが受け止める。


「な!?」


 その呆然とした声は誰が上げたのだろう。だが、そんなことは知ったことではないとばかりにデスサイズを振るって剣を持っている男の首を切断し、そのまま素早く1歩前へと進み出てから返す刃で槍を持った男を脳天から真っ二つにしてその身体を左右へと斬り裂く。

 剣を持った男は首から血を大量に吹き出しつつ地面へと倒れこみ、左右に切断された槍を持った男は内臓と血をボタボタと地面に溢しながらそれぞれの身体が左右へと崩れ落ちる。


「な、何をした!?」


 盗賊の首領はと言えば、側近2人が殺されたことよりも自分の一撃が呆気なく防がれたことに唖然としつつもすぐに後退して再び戦斧を構える。

 その足下には槍を持った男の内臓や血が零れているのだが、生き残るのに必死の首領はそんなことには構っていられずに必死にレイの隙を探る。


「さて、何だろうな」


 呟き、チラリと霞のように消えていくマジックシールドを見るレイ。

 再びマジックシールドを展開してもいいのだが、そうすれば首領もそれが何らかの魔法であることに気が付くだろうと判断し、そのままデスサイズを大きく振るって刃に付いていた血を払ってからその切っ先を首領の方へと向ける。


「ぐっ、くそっ、くそっ、くそったれがぁっ! 折角これまで上手くいってたのに何で邪魔をするんだよ。お前達が来なければこんなことにならなかったってのによぉっ!」


 持っていた戦斧を大きく振り回しながら叫んで来る首領。どうあっても逃げられないと知り、癇癪を起こしたらしい。

 そんな首領の様子を、レイは呆れたように眺めていた。


「そもそも、討伐されるのが嫌なら盗賊なんてやらないで地道に働けばいいだろうに。お前が人を殺すのは良くて、お前が殺されるのは駄目なのか?」

「黙れクソガキが! 目上の者に向かってなんて口を利きやがる! いいからお前はそこを退けぇっ!」


 叫びながら振り下ろされる戦斧。だが、その一撃は速度もなく、威力もなく、鋭さもない。本当にただ力任せに振り下ろしただけの一撃だった。


「……見苦しい、己の罪を噛み締めて……死ね」


 戦斧の一撃をデスサイズの柄で受け止め、弾く。同時に返す刃で首領の首へと繰り出した横薙ぎの一閃がその頭部を斬り飛ばす。

 数秒、そのまま首がない状態でその場に立っていた首領の身体だったが、血が噴き出すのと同時に地面へと倒れこむ。

 それを確認したレイが乱戦を行っていた場所へと視線を向けると、そこでは既に決着が付いており盗賊達はその全てが死体へと変わっていたのだった。


「さて。何とか片付いた、か」


 デスサイズを大きく一振りし、刃に付いた血を払う。

 モンスターを相手にしている時ならここから解体へと移るのだが、さすがに人から取れる素材なんて物は無いので人を解体するという悪趣味な真似をする必要もない。


(まぁ、亜人であるオークとかは解体するんだからその辺はあくまでも人間としての感傷でしかないんだろうがな)


「そうだな。まさか30人を相手にするとは思わなかったが……で、これからどうする?」


 スペルビアがレイへと近付きながら尋ねる。


「そうだな、この広間の真ん中に死体を集めろ」

「は? 何でそんな面倒な真似をしなきゃならないんだよ」


 レイの言葉に、アロガンがいかにも面倒といった様子で口を出す。

 その様子からは、戦闘中に初めて人を殺して衝撃を受けていた時のような様子は微塵も存在していなかった。


(いや、今は戦闘終了後で興奮してるからだな。恐らく今夜が山場、か)


 人を殺したというのを受け入れられるかどうか。もしそれを受け入れられるのならこれからも冒険者を続けていけるだろうし、それが無理なら最悪冒険者を止める可能性もあるだろう。


「いいか、このままここに30人分の死体を放置していったらどうなると思う?」

「そりゃまぁ、腐るだろうな」

「……だからだよ」

「はぁ? だから何でだよ」


 処置無しとばかりに溜息を吐いたレイの代わりに、スコラがアロガンへと説明を始める。


「死体をこのままにしておいたら、それこそゾンビやスケルトンみたいなアンデッドになる可能性もあるんだけど……知らないの? それに、腐敗した死体は病を呼ぶ。ギルムから2日は離れてるから大丈夫だとは思うけど、変な疫病とかが広まっても困るでしょ」

「ったく、わーったよ。死体を集めればいいんだな。で、集めてどうするんだよ」


 デスサイズをミスティリングへと収納し、首領の死体を引っ張りながらレイが答える。


「簡単な話だ。ここで俺が焼く。それこそ骨も残さずにな」

「っ!? ……分かったよ」


 レイの目に何を見たのか、半ば気圧されたようにアロガンは首領の側近の死体を広間の真ん中へと運んでいく。

 それを見たスコラ、スペルビア、フィールマの3人もまた、無言で広間の中央に盗賊達の死体を集めるのだった。

 そんな中、非力な為に顔を真っ赤にしながら死体を集めているスコラへとレイが声を掛ける。


「スコラ、ここはいいからキュロットとグランに盗賊退治が終わったと伝えてきてくれ。それとキュロットに倉庫の方のチェックをしておくようにと」

「あ、うん。分かった」


 スコラにしてみれば純粋な魔法使いである分、力仕事は苦手だったのだろう。そして何よりも人を殺したばかりのスコラがその死体を運んでいるのだ。アロガン同様、今はまだ戦闘後の興奮で何も感じていないようでも落ち着いたらどうなるかは分からなかった。


「優しいのね」


 レイの耳元で囁くようにフィールマが告げる。

 その様子に苦笑を浮かべながら小さく首を振るレイ。


「そうでもない。そもそもあいつは純粋な魔法使いだけにこういう力仕事には向いてないからな。いてもいなくても作業効率はそう変わらないさ」

「……一応、私も後衛職なんだけど」

「レンジャーで弓を使ってる以上はスコラよりも体力あるだろう?」


 フィールマは、そんなレイの言葉に乙女心を傷つけた賠償としてギルムの街に戻る時に再び焼きたてのクッキーを提供させる約束を取り付けたのだった。






「洞窟の中、静かになったわね」


 洞窟の外、見張り台の物陰でキュロットが小さく呟く。


「キュロットさん、腕の傷は大丈夫ですか?」


 その後ろに身を潜めていた20代程の男が心配そうに小声で尋ねる。

 キュロットの右腕には刃物で付けられた傷が付いており、布を巻くという応急処置をしているだけだ。本来ならポーションで回復しておきたかった所なのだが、キュロットが今回用意してきたポーションは1つのみ。そして捕まっていた商人の中には盗賊達に襲われた時にそれなりに重傷と言ってもいい怪我をしている者がいた。

 その為ポーションはそちらに使い、商人達の見張りと戦った際に受けた傷は最低限の止血のみとなっていた。


「すいません、奪われた荷物を取り戻せればその中にポーションの類もあるんですが」

「全くだ。嬢ちゃんには盗賊共から助けて貰った上に、ポーションまで譲って貰って恩ばっかりが積み重なるな。ここを何とか出来たら必ずこの恩は返すからな」


 先程の声を発した男の後ろから、もう1人がキュロットへと声を掛ける。こちらの男は40代程のまさに働き盛りの頑固親父といった雰囲気を持っていた。その服には大量の血が付いているが、本人に痛がっている様子はない。この商人こそがキュロットがポーションを使った相手であり、その血は怪我をした時のものだからだ。

 そんな2人が自分の側にいるから。そしてパーティリーダーのレイに商人の護衛を命じられたからこそ、キュロットは目の前にいる商人達を見張っていた相手を殺した罪悪感や恐怖といったものを取りあえず棚上げにすることが出来ていた。

 そして、盗賊としてのキュロットが自分達に近付いてくる足音を聞きつけて反射的に短剣を構える。

 その様子を見た商人2人も、キュロットの邪魔にならないようにと見張り台の陰へと身を隠す。だが……


「なんだ」


 その足音が、自分の見知っているものだと気が付いたキュロットは安堵の息を吐きながら警戒を解く。


「キュロットさん?」

「嬢ちゃん?」


 護衛対象の2人に声を掛けられたキュロットは、笑みを浮かべて小さく頷く。


「大丈夫。私の仲間よ」


 そのキュロットの言葉はすぐに証明された。洞窟の中からスコラが顔を出して周囲の安全を確認するように周囲を見回していたのだ。


「スコラ、こっちよ」

「あ、キュロット。無事で良かった……って、怪我してるじゃないか。ちょっと待ってて」


 相棒の右腕が布で止血されているのに気が付いたスコラは、急いでキュロットの下へと移動して杖を構える。


「お願い。さすがにちょっと緊張してたみたいでドジッちゃったのよ」

「キュロットらしいと言えばらしいね。行くよ」


 お互いの顔を見合って苦笑を浮かべる。2人共相手が初めての人殺しを経験したと、長い付き合い故に理解したからこそ相手に気遣わせない為の苦笑だった。

 スコラはその苦笑をすぐに消し、キュロットの腕へと意識を集中しながら呪文の詠唱を開始する。


『水よ、かの者に慈愛の魔力を持ちて癒しを与え給え』


 スコラの呪文が紡がれるに従い杖の先端へと青い光が集まり、それがやがてキュロットの右腕へと移動する。


『アクア・ヒーリング』


 そして魔法が発動すると同時にその青い光は傷口へと沈み込み……キュロットが感じていた痛みは自然と治まっていった。

 安堵の息を吐き、念の為に止血用に縛っていた布を解く。するとそこには傷跡というものは一切無く、元の綺麗な肌があるのみだった。


「へぇ、坊主は回復魔法を使えるのか。やるなぁ……」


 中年の男の褒め言葉に、頬を僅かに赤くして照れるスコラ。その様子に先程の苦笑とは違う、本当の笑みを浮かべながらキュロットは口を開く。


「で、結局何でここに?」

「あ、そうそう。レイからの指示。倉庫の方を確認してこいって」

「ふーん。じゃあ盗賊達は片付いたのね?」

「うん。いや、皆凄かったよ。特にレイなんて何かのマジックアイテムなんだろうけど、空中を走ってたし」

「……相変わらず規格外ね。ま、それはともかく話は分かったわ。念の為にあんたも付いて来なさい。そっちの2人も行くわよ。自分の荷物を取り戻したいでしょ?」


 キュロットの言葉に、思わず目を剥く商人達。本来なら盗賊に奪われた荷物というのは相応の金を支払って返却して貰うというのが一般的なのだからそれも無理はない。

 だが、キュロットは問題無いとばかりに洞窟の中へと入っていく。


「今回のパーティリーダーのレイはそんなことで文句を言う程ケチじゃないわよ。……あ、でもアロガン辺りが文句をいってくるかも」

「ふふっ、たしかにそうかもね。けど、アロガンはレイに頭が上がらないから」

「らしいわね。ってことで問題無いわ。付いて来て」


 こうして、商人2人は恐る恐るながらもキュロットの後を付いて洞窟の中へと戻っていくのだった。

 一応念の為と言うことだろう、スコラがその最後尾で盗賊の残党がいないかどうかを警戒しながら。


(……気持ちは分かるんだがちょっと減点だな。荷物を返すにしても、せめてパーティリーダーのレイに確認を取ってからだろうに)


 気配を消して今のやり取りを聞いていたグランは、内心でキュロットに対する査定を少しだけ下げながらその後を追っていく。


(まぁ、商人達に対するやり取りを見る限りでは今のマイナス分もそうハンデにはならないだろうがな)


 査定云々はともかく牢屋の見張り番である盗賊を殺した時の戦闘や、捕まっていた商人達を救出した時のやり取りにたいしては個人的に好感を持つグランだった。

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