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レジェンド  作者: 神無月 紅
ベスティア帝国へ
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0539話

 窓から入ってくる柔らかな光がベッドで眠っているレイの顔へと降り注ぎ、その眩しさでベッドの上で寝返りを打つ。

 直射日光を嫌がるその様子は、とてもではないが深紅と呼ばれて恐れられている人物のものではない。

 年相応……正確には外見年齢相応のあどけなさが存在していた。


「ん……んん……」


 寝返りを打ち、今度は顔ではなく後頭部に窓から太陽光が降り注ぎ、やがてそれを嫌がったのかレイの目が開く。


「あー……」


 見覚えのあるような、ないような部屋の中。

 寝ぼけた状態で周囲を見回していたレイの頭も急に覚めていき、やがて自分がどこにいるのかを理解する。


「そう言えばギルムに戻ってきてたんだったな」


 エグジルにある黄金の風亭でもなく、あるいは野宿で使うマジックテントの中でもなく。

 1年以上もの間定宿として寝起きしていた部屋の光景に、どこか安堵するものを感じながら大きく伸びをする。

 窓からは柔らかな夏の朝日が降り注いでいるが、外では既に多くの者達が動き始めているのだろう。何人もが廊下を歩いている気配を感じ取ることが出来た。


「さて……今日はどうするかな。ベスティア帝国の件をダスカー様がどうするか決まるまで、迂闊にギルムを出る訳にもいかないし」


 何となく心中では大規模な盗賊云々というのが気になっていたレイだったが、さすがに今の状況でギルムを空ける訳にはいかないのは理解していた。

 ダスカーにも、その辺を自重するように言われているというのもある。


「盗賊のお宝は色々と美味しいんだけどな。……ま、いい。朝食を食べたら、セトと一緒に散歩にでも出るか」


 呟き、再び大きく伸びをしてから身支度を調え、1階にある食堂へと向かうのだった。






「ほら、セト。お前の分だ」

「グルルゥ」


 朝食を済ませたばかりだというのに、屋台で買った串焼きをセトの口の中へと入れる。

 そのまま、クチバシをしっかりと閉じたのを確認し、串焼きの串を引き抜く。

 そうすると当然串に刺さっていた肉は全てがセトの口の中に入り、何も刺さっていない串だけが取り出される。


「グルゥ? グルルゥ、グルルルルル」


 食べた肉が美味かったのだろう。もっとちょうだいと喉を鳴らすセトに、小さく笑みを浮かべながらレイはもう1本の串焼きを差し出す。


「昨日の夜はあんなに食べたっていうのに、まだ食えるのか? 俺が言えたことじゃないが、随分と食欲旺盛だな」

「グルルゥ!」


 勿論、とばかりに喉を鳴らすセト。

 そんな様子に思わず小さく笑みを浮かべ、そっと頭を撫でながら特に目的地も無いままに通路を進み続ける。

 その途中でも露店や屋台、あるいは店の者達や、通行人、働いている子供、冒険者といった面々がセトを見ると小さく笑みを浮かべ、餌をやったり、あるいは撫でたりしていた。離れた場所から小さく笑みを浮かべてそんな様子を眺めてる者も多い。


「うーん。変わらないな、この街は」


 10歳くらいの子供がセトの周囲をはしゃぎながら歩き回っているのを見て、レイの口からそんな言葉が漏れ出る。

 エグジルでもそれなりに受け入れられていたセトだったが、それでもギルムでは1年以上を過ごしているだけに、この街の方がセトに対して拒否反応を出す者は少ない。


(もっとも……)


 視界の端でセトの姿を見て唖然としている商人らしき相手を確認し、苦笑を浮かべる。

 恐らくはレイがエグジルに向かって旅立った後にギルムにやって来た者なのだろう。グリフォンが平然と街中を闊歩し、更に周辺の住民達は恐れる様子もなく……寧ろ嬉しそうにそのグリフォンに構っているのだ。

 自分の常識ではまず有り得ない光景を目にし、動きの止まっている商人に対して近くの住人がセトの説明をしている。

 そんなやり取りが自然に出来るのも、辺境にあるギルムだからこそだろう。

 迷宮都市のエグジルでも、もう少し時間が経てばそのようなことになっていたかもしれないが。

 辺境のギルム、迷宮都市のエグジル。この2つの共通点は冒険者が多いということだ。


(俺にとって居心地がいいってのは変わりないんだけどな。ベスティア帝国の帝都も一応は従魔の出入りは許可されているらしいが、ここのように気楽な雰囲気があるとは思えないし……いや、それ以前に俺という存在がいる以上、騒動が巻き起こるのは確実か)


 そんな風に考えつつ歩いていると、やがてギルドの建物が見えてくる。

 数秒程考えたレイは、暇潰しも兼ねて1日程度で終わるような、街中で出来る依頼がないか覗いてみようと思いつく。


「そうだな、どうせ今日は特にやるべきことはないんだし。セト、ギルドに寄っていくからちょっと待っててくれ」

「グルゥ!」


 分かった、と喉を鳴らしたセトは自分の周囲を駆け回っている子供達と一緒に従魔用のスペースへと向かっていく。

 それを見送り、ギルドから出てきた冒険者もセトの姿を見てそちらに近寄っていくのを眺めながらギルドへと入っていくのだった。






 既に人の多い時間帯は過ぎているおかげか、ギルドの中は閑散としている。

 それでもギルドの中に併設されている酒場には何人かの冒険者がいて、少し遅めの朝食……あるいは少し早めの昼食を食べていた。

 中には暑さを嫌ったのだろう。まだ午前中だというのに酒を飲んで騒いでいる者達もいる。

 そんな相手を尻目に、レイは依頼ボードへと近寄ってランクFの依頼書から目を通していく。

 ランクBのレイであれば、当然ランクAの依頼も受けられる。だが、当然高ランクの依頼というのは余程の例外を除き難易度が高い代物、あるいは危険性の高い代物となる。

 高ランクモンスターの討伐や、稀少な素材の採取、はたまた盗賊の出没が多いと言われている場所の護衛といった風に。

 数日中にはギルムを出てヴィヘラやテオレームと合流するゴトの村へと向かわなければいけない以上、そのような高ランクの依頼を受けているような余裕はない。

 あくまでも暇潰し感覚で出来る依頼を探していたレイだったが……とある依頼書の前でその歩みを止める。

 ランクC。

 それなりに高ランクの依頼となっているのは、依頼対象が貴族だからか。

 そして、依頼内容は依頼主の息子の戦闘訓練で、依頼主の名前はムエット・シスネ。

 どこかで見覚えのある依頼内容と依頼者の名前。

 脳裏を過ぎったのは、10歳程の子供の姿とアイスバード。

 そう、以前にレイがランクCに上がる時に受けた依頼と同様のものだった。


「……また懐かしい。いや、まだ1年も経ってないんだけどな」


 呟き、依頼書へと手を伸ばし……レイの手が依頼書に届こうとした、丁度その時。真横から素早く手が伸び、レイの手が触れるよりも一瞬早く依頼書を剥がして持っていく。


「悪いね、こういうのは早い者勝ちって決まってるんだよ」


 そう言ったのは、年齢としてはレイよりも年上の20歳前後の女か。暑さと動きやすさの両方に対処する為だろうレザーアーマーを身に纏った、明らかに戦士といえる風体。

 1年以上ギルムにいるレイにしても見たことのない人物であるのを考えると、レイがいない間にやってきた新参者だろう。

 もっとも、レイは基本的に人混みを嫌うので冒険者で混雑している時間帯はギルドに出向かないことが多い。

 それを思えば、レイが知らないだけという可能性もあったのだが……

 それでも、今の女戦士が……そして、女戦士が駆けていった先にいるパーティメンバーと思しき男3人に女1人が新参者だというのは間違い無かった。

 何しろ、ギルムではある意味で触れてはいけない存在であると言われているレイから依頼書を奪っていったのだから。

 ここを根城にしている冒険者であれば、絶対にしない行為だった。

 男3人のうちの1人が女の持ってきた依頼書を受け取ろうとして、不意に視線をレイへと向ける。

 その瞬間男の動きが止まり、周囲から見て分かる程の汗を額から流す。

 唯一ギルムに来てからパーティに入った人物であり、数年前からギルムに滞在していた人物。

 そのおかげでレイの顔を見知っており、それ故に今の行為がレイの怒りを買ったのではないかと判断したのだ。


「ちょっと、どうしたのよ? いきなりそんなに汗なんか掻いて。確かに夏で暑いけど、その汗の量は異常よ?」


 依頼書を持っていった女が、いつまで経っても自分の手から依頼書を受け取らない男に尋ねる。


「……なあ、おい。何かギルドの様子が変じゃないか?」

「え? そう?」


 男の1人の言葉に依頼書を手にしながら周囲を見回す女。

 その手の視線には鈍いのか、女は周囲の空気を妙だとは感じずに首を横に振る。

 あるいは、今の時間帯がもっと冒険者がギルドに多く集まっている時間帯であれば、女も異変に気が付いただろう。

 周囲にいる冒険者の数が少なかったのは、女にとって幸運だったのか、あるいは不幸だったのか。

 やがて依頼書を受け取ろうとしていた男が、ぎこちなく1歩を踏み出す。

 ただし女の方にではない。依頼ボードの前にいるレイの方にだ。


「ねぇ、ちょっと? どうしたのよ?」


 背後から聞こえてくるそんな声は全く聞こえたような様子もないまま、レイの前に立った男は深々と頭を下げる。


「済まない、あいつらはギルムに来たばかりなんだ。今回はどうにか許してやってくれないか?」


 深々と頭を下げるその様子に、最も驚いたのはレイ……ではなく、男のパーティメンバーだろう。

 このパーティメンバーにとって、今レイの前で頭を下げている男はギルムで行動する上で非常に頼りになるメンバーだったからだ。

 パーティに加わったばかりで正式なリーダーという訳ではないが、それでも主導的な立場と言える存在感を発揮していた。

 そんな人物が、10代半ばのそれ程身体を鍛えているようにも見えない子供に深々と頭を下げたのだ。驚くなと言う方が無理だろう。

 だが……


「……取りあえず頭を上げてくれ」


 頭を下げられたレイとしては、どうするべきかの反応に困る。

 確かに依頼書を強引に持っていかれた時には多少腹も立ったが、実際に女が言っていた早い者勝ちというのが間違っている訳ではない。

 多少のマナー違反ではあるが、それも冒険者であればそう珍しいことでもなかった。 

 自分が冒険者には恐れられているというのは知っていたが、それでもここまでとは予想外だったのだ。

 レイの言葉に、頭を下げていた男はそっと頭を上げる。


「許してくれるのか?」

「そこまで怒っている訳じゃないしな。ただ、ここは色々と気の短い冒険者も多い。その辺を考えずにああいう真似ばかりをしていると、いずれ痛い目に遭うぞ」


 完全に自分のことを棚に上げてそう呟くレイに、男は小さく頷く。


「すまない、あいつらにはきちんと言い聞かせておく」


 最後に再び謝って去って行く男を見送り、レイは小さく溜息を吐く。

 今の一件で依頼を受けるという気分でもなくなり、そのまま酒場へと向かう。

 今すぐにギルドの外に出ても、間違いなくセトを可愛がっている住民や冒険者達が多いからだ。


(俺は怖がられて、セトは可愛がられる。……普通は逆じゃないのか?)


 ランクAモンスターと冒険者。普通どちらが怖がられるかと言えば、それは当然モンスターの方だろう。


(まぁ、セトの人懐っこさを考えれば無理もないけどな)


 そんな風に考えつつ、取りあえず1時間くらいは潰そうと酒場で軽く食べられる料理を注文するのだった。






 レイの姿が依頼ボードのある場所から酒場へと向かっていったのを見て、先程までレイに頭を下げていた男は安堵の息を吐く。

 そんな男の背中に恐る恐ると声を掛けたのは、レイが手に取ろうとしていた依頼書を横から掻っ攫っていった女。

 さすがに今のやり取りを見て、レイが色々な意味で危険な存在だというのは理解したらしい。


「ね、ねぇ。今の子って一体……?」


 そんな女の問い掛けに、男は深く溜息を吐きながら口を開く。


「……あのな、あの子供……いや冒険者はレイ。春の戦争で深紅の異名をつけられたランクC……いや、ランクBだったか。ともあれ高ランク冒険者だよ」

「……え?」


 何を言われたのか理解出来ないと一声で尋ね返す女。

 同様に話を聞いていた他のメンバーもまた、大きく目を見開く。


「深紅って……あの?」

「グリフォンを連れてるとか聞いたわよ?」

「……あんな子供が、か」


 このパーティにとって不幸だったのは、レイよりも前にギルドの中にいたことか。

 レイより後にギルドに来ていたのであれば、当然ギルドの従魔や馬車の待機用スペースに存在しているセトと、それに構っている者達を見ることが出来たのだから。


「……お前達もギルムでやっていくんなら覚えておけ。ここには高ランク冒険者がそれなりの数がいるが、あの深紅は基本的に我慢強くはない。噂によると春の戦争では自分に敵対した味方の貴族ですらもあっさりと殺したそうだからな。しかもそれで無罪ときているのを思えば、どれ程異様な存在かが分かるだろ?」


 男の語る内容に、それを聞いていたパーティメンバー達は思わず息を呑むのだった。






 酒場で1時間程時間を過ごしたレイが、ギルドから外に出ると……


「セトちゃんセトちゃんセトちゃんセトちゃん!」


 昨夜同様、セトの首筋に抱きついていたミレイヌの姿があったとか何とか。

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