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レジェンド  作者: 神無月 紅
ベスティア帝国へ
533/3865

0533話

 部屋の中が微妙な沈黙に満ちる中、不意にその空気を誤魔化すかのようにエレーナが口を開く。


「それで、メルクリオ殿下を救い出すという話だが具体的にどうするのだ?」


 話を進めようとするエレーナだったが、薄らとその頬が赤くなっているのを誤魔化すことが出来てはいない。

 そんな様子で話を続けようとしたのだが、それに待ったを掛けたのはテオレームだった。


「エレーナ殿、レイの様に異名持ちの冒険者であるという身分ならともかく、貴公はケレベル公爵の令嬢だ。そうである以上、私達に同行するのは難しいのではないか?」


 ある意味では当然の指摘。

 テオレームがレイに対して協力を要請したのは、あくまでもレイが冒険者という存在だから。

 である以上、当然貴族であるエレーナが今回ベスティア帝国に同行する訳にはいかなかった。

 だが、エレーナはテオレームの言外にこれ以上は遠慮して欲しいという言葉に対して小さく首を振って拒否をする。


「確かに私はベスティア帝国まで同行出来ないだろう。それに関しては事実だ。だが、同行出来ないからこそ出来ることもある」


 そこまで告げ、テオレームを正面から見返す。


「それにだ、何かあった時の保険は必要だろう?」

『っ!?』

「保険?」


 保険、という言葉に何かを察したのか息を呑むヴィヘラとテオレーム。

 だが、レイはそれが何を意味しているのかが分からなかったらしく、首を傾げて尋ねる。


「そうだ。考えたくない事態だが、もしもメルクリオ殿下の救出が失敗したら? あるいは成功したとしても、その後の行動でミスをしたら? 当然メルクリオ殿下含めて、ベスティア帝国にはいられなくなる可能性が高い」

「……まぁ、確かに」


 幽閉されている皇族を強引に救出するのだ。その後の選択を少しでも間違えれば、それは致命的なものとなるだろう。


「その時、退避する場所というのは必要だろう?」

「それを……ケレベル公爵が担ってくれると?」

「出来るかどうかは確約出来ない。だが、父様に訴えかけることは可能だし、勝算は十分にある。何しろミレアーナ王国としては、敵国であるベスティア帝国が混乱してくれるというのはありがたいことだしな」


 私人のエレーナとしては、決して口には出さないがレイを巡るライバルにして友人でもあるヴィヘラの力になり、公人としてはミレアーナ王国の公爵家令嬢としてベスティア帝国の国力が落ちることに協力する。

 公私に渡って今回の件は決して悪いことではなかった。

 それ故に協力しようと判断したのだから。


「もっとも、私に出来るのはあくまでも父様に働きかけることだけだ。もし父様が否と言えば、協力は出来ないだろう」


 エレーナはそう告げつつも、ケレベル公爵という地位にある自らの父親が今回の件を見逃す筈はないだろうと判断していた。

 長年の宿敵でもあるベスティア帝国で混乱が起き、更に上手くいけば伝手を作ることも可能なのかもしれないのだから。


(寧ろ、その伝手を確実なものとする為に何らかの手を打つのは間違い無いだろう。中立派のダスカー殿とも密に連絡を取り合うことになるだろうし)


 今回の件では、中立派も大きな役割を担う。

 正確には中立派の中心人物であるダスカーの懐刀と目されているレイが、だ。

 そうなれば当然この件で最も恩恵を受けるのは中立派になり、次点でエレーナの所属する貴族派。

 そして何も利益を得ないのが、この場に派閥の者がいない為に関われない国王派だろう。

 もっとも、現在の勢力でいえば未だに国王派が貴族派と中立派を圧倒しているのだが。

 春の戦争で中立派も大きく名を上げたが、それでも所詮は1度の戦争でしかない。

 そこまで考え、今はそのようなことを考えている場合じゃないと小さく頭を振り、改めてエレーナは口を開く。


「それで、私がここで話を聞いても構わないか?」

「……ヴィヘラ様」


 視線で伺うテオレームに、ヴィヘラは問題無いと頷く。


「エレーナなら心配しなくても大丈夫よ。いざ何があったとしても、私達を売るようなことはしないわ」


 ヴィヘラからの許可を貰い、それでも数秒程迷っていたテオレームだったが、やがてしょうがないとばかりに説明を開始する。


「先にも言ったが、本来であればヴィヘラ様にやって貰う予定だった役目をレイにはやって貰いたい。具体的に言えば、今から2ヶ月程後の秋に開かれる闘技大会に深紅として出場して貰いたいのだ」

「闘技大会?」


 訝しげに言葉を返す。

 てっきりメルクリオが幽閉されている場所に対して襲撃を仕掛ける際の先頭に立て。そんな風に言われるのだとばかり思っていたのが、テオレームの口から出たのは闘技大会に出場しろというものだったのだから、無理も無い。


「そうだ。ベスティア帝国の帝都では年に1度大規模な闘技大会が開かれる。それに参加する為に、国内外から参加者や客が集まる程のな。当然そうなれば、城の者達の意識もその多くが闘技大会へと向けられるし、警護やら何やらで兵士達もその多くがそちらに意識を集中せざるを得なくなる。特に決勝ともなれば、皇帝を始めとしてベスティア帝国の重鎮の殆どがそちらに出向く」


 そこまで言われれば、レイにもテオレームがどのようにしてメルクリオを救出しようとしているのかを理解出来た。


「なるほど、それで決勝を見に行って戦力が薄くなった城に攻め込んでメルクリオ殿下を救出するか」

「そうだ」


 レイの呟きにテオレームが同意し、それを聞いていたエレーナが再び問い掛ける。


「つまり、レイの役目は闘技大会で優勝すればいいだけなのか?」

「そうなる。だが、闘技大会では従魔の類の使用は認められていないから、グリフォンの力抜きでの戦いとなるが……問題は無いか?」

「……従魔の類は駄目なのか」

「ああ。過去に従魔の暴走で観客を含めて死者を出したことがあってな。その結果召喚魔法を含めて闘技大会では禁止となった。……もっとも、闘技大会の観客達が見たいのはあくまでも人同士の戦いだということや、賭けも関わってくるという理由もある」


 なるほど、と頷くレイ。

 確かに人間同士の戦いを楽しみに来た者達にとって、モンスターが戦うというのは好みに合わないのだろうと。


「従魔を街中に連れて行けないという訳ではないんだな?」

「それは大丈夫だ。帝国にもそれなりにテイマーや召喚魔法の使い手はいるからな」

「なら問題はない」


 正直に言えば、セトと組んで戦えないというのは色々と不満もある。

 だが、それを言ったとしてもどうにもならないのが事実である以上、ここで騒いでも意味は無いと納得する。


「レイの場合はセトがいないと弱いって訳じゃないんだし、大丈夫でしょ」


 ヴィヘラも自信満々にそう呟く。

 前日に本気でレイと戦い、その結果禄に怪我を与えることも出来ずに負けた身としては、そう告げるのに迷いは無い。


「なら話は大体決まっただろう。レイ、早速だがギルムに戻ってダスカー殿にこの件の許可を貰ってきた方がいい。事情を知らせる為に私も手紙を書かせて貰うから、それを持っていくといい」

「対のオーブは使わないのか?」


 手紙で話すよりも、直接対のオーブで事情を説明した方がいいのではないか。そんなレイの言葉に、小さく驚きの表情を浮かべるエレーナ。


「確かに……」


 エレーナにとって、対のオーブというのは離れた場所でレイと会話をするためのマジックアイテムであるという認識があった。

 それを目的としてダンジョンに潜ってきたのだから、ある意味固定観念になってしまっていたのだろう。


「……羨ましいわね」


 そんなレイとエレーナの様子を見ていたヴィヘラがポツリと呟く。

 その様子に一瞬驚いた表情を浮かべるのはテオレーム。

 テオレームにしてみれば、ヴィヘラというのは自らの強さを求め、より強い相手と戦うことのみが生き甲斐だった相手なのだ。

 その口からレイに対して恋心を抱いているというのは聞かされていたが、それでも実際にこうして聞いてみて実感したといったところか。


「精々、レイの上役と思われている相手……ラルクス辺境伯だったわね。その貴族に対のオーブを奪われないように注意しなさい。もっとも、私としてはそっちの方が割り込む隙間が出来て嬉しいのだけど」


 悪戯っぽく笑みを浮かべて告げるが、その言葉は深い重みを持っている。

 実際、離れた場所で会話を出来るというのは、この世界では非常に強いメリットを持ってるのだから。

 貴族でも極少数が所持しているくらいだ。

 ギルドマスターが持っている、対のオーブとは違う複数の人物と通話出来る物よりも希少性は低いのだが、それでもそう簡単に手に入れられるものではない。

 勿論貴族としては、そんな便利なマジックアイテムをギルドだけに独占させておくのは勿体ないと、強引に徴収した貴族もいた。

 だが、結果的に冒険者ギルドはその貴族をギルドに敵対をする相手とし、その貴族の領地からギルドを全て撤収するという手段に出て、その貴族の領地はモンスターや盗賊の討伐、あるいは採取系の依頼を受ける者がいなくなり、多大な賠償金をギルドに支払い和解。

 その賠償金の額は貴族の持っていた財産の8割にも及んだと言われており、当然ギルドマスターから奪い取ったオーブに関しても返却されている。

 しかしエレーナは、全く心配ないといった様子で頷く。


「ダスカー殿はそのような横暴な真似をする方ではない。……大体、レイの冒険者としての実力を知っているダスカー殿がそんな真似をする筈がないだろう。もし下手にレイと敵対しようものなら、それこそ春の戦争で見た光景が自分達へと降り掛かることになるのだからな」

「……確かにあの光景は遠くからでも見えた。正直な話、あのような光景を作り出す者と戦いたいとはとても思えんよ」


 溜息と苦笑の2つを同時に浮かべるという器用な真似をしながら、テオレームはエレーナに心の底から同意する。

 あの火災旋風だけで既に戦争の勝敗は決まったと言っても良かった。

 戦力的にはまだ何とかなるところではあったのだが、天災としか思えぬような光景を目の前で見せられた兵士の士気が維持出来る筈も無く……更に追撃とばかりに、混乱した先陣部隊に襲い掛かられては、どうしようもなかった。


「へぇ、話にだけは聞いてたけど……そんなに凄かったのね。出来れば私も戦場で見てみたかったけど……当時はもうエグジルにいたしね」


 もしその状態で戦争に参加するとすれば、それはエグジルの冒険者としてとなるだろう。そうなれば当然ミレアーナ王国側で戦争に参加することとなる。

 幾らヴィヘラでも、さすがに自らが生まれ育った国に対して戦いを挑む訳にもいかず、結局戦争に関してはノータッチだった。

 ビューネを1人にしておけないという理由もあったのだろう。

 もっとも、もし本当にヴィヘラがミレアーナ王国側の戦力として戦争に参加していれば、ベスティア帝国側の指揮官クラスならその顔に見覚えのある者もいて混乱し、結果的にもっと早く戦争が終わった可能性も否定出来ないのだが。


「少なくても私は直接間近で見たいとは思いません。実際、あの戦争で生き残って帝国に戻った者の中には夢で見て良く眠れないという者も大勢いるのですから。……もっとも、それだけの実力がある以上は味方の戦力として活動してくれるのならこれ以上ない程に頼りになるのですが」

「……その件だが」


 ふと、ヴィヘラとテオレームの話に割り込むようにして声を掛けるレイ。

 2人の視線が自分に集まっているのを感じつつ、口を開く。


「冒険者として依頼を受ける以上、相応の報酬は期待しても構わないんだな?」

「まぁ、確かに冒険者として依頼を受けるのなら報酬は必要よね。……ねぇ、報酬ならこれ以上無い程にいいものがあるんだけど、それでどう?」

「却下だ」


 ヴィヘラがそれ以上何かを口にする前にエレーナが却下する。

 その口調から、ヴィヘラが口にした報酬というのがどんなものなのか容易に想像がついたのだろう。


「ちょっと、何よ。少しくらい譲ってくれてもいいじゃない」

「残念ながら、譲る気はないのでな」


 お互いに牽制し合っているその様子を一瞥したテオレームは、極力気にしないようにしながらレイへと向かって尋ねる。


「それで、報酬というのは具体的に何を望む? こちらとしてもレイの協力は是非にも欲しい以上、可能な限り努力はするが」

「……そうだな、依頼に関してはメルクリオ殿下を救出する為に、秋の闘技大会に出場するということでいいんだよな?」


 レイの問い掛けに無言で頷くテオレーム。

 それを見ながら、数秒程考えたレイは口を開く。


「なら、マジックアイテムを用意してくれ。お前が俺を雇って、メルクリオ殿下を救出するのに相応しいと思う品物を……な。俺からは特に何が欲しいとは言わないから」


 その言葉はテオレームにしても予想外だったのか、一瞬驚きで目を軽く見開きながらもやがて難しい顔で悩みだす。

 何しろ、自らの主君を救出するのに相応しいマジックアイテムだ。もしこれで安物を渡せば、テオレームにとってメルクリオという人物はその程度の価値しかない人物ということになる。

 あるいは、これが恥知らずな貴族であれば、それこそポーションを1つとかで済ませる者もいただろう。

 だが、プライドの高いテオレームにはそんな真似は出来ない。


「……分かった。こちらでも色々と見繕っておく」


 結局、そう言葉にするしか出来なかった。

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― 新着の感想 ―
[一言] なにこの少年ジャンプ的な展開(笑)
[良い点] 報酬のマジックアイテムが何になるか楽しみ [一言] 面白い
2020/09/22 18:52 退会済み
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