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レジェンド  作者: 神無月 紅
迷宮都市エグジル
527/3865

0527話

 シルワ家の屋敷から出て数分が経った時に唐突にヴィヘラの口から出た、自分と戦って欲しいという言葉。

 それを聞いたエレーナは突然何を言い出すのかと驚き、ビューネは何故か小さな笑みをその口元に浮かべながらヴィヘラとレイの2人へと視線を向けていた。


「理由を聞いてもいいか?」


 ヴィヘラに向けられた視線を、真っ直ぐに受け止めたレイが問い掛ける。

 問い掛けられたヴィヘラは口元に小さく笑みを浮かべており、一見するといつものヴィヘラのようにしか見えない。

 だが……そう、だが。浮かべている表情は同じでも、その目に浮かんでいる感情は全く別物と言っても良かった。

 自らが好む戦いを享楽的に求めるのではなく、何かを狂おしい程に求めるその光。

 ただ単純に戦闘を楽しみたいというのなら、レイも受けるか受けないかは別にしてすぐに返事をしていただろう。

 しかし、今のヴィヘラの目に浮かんでいる感情を見てしまえば、迂闊に返事をすることは出来ない。


「何故? それを聞くのはおかしくない? レイも私が戦いを好むというのは知っていた筈でしょう? その私がレイに対して戦いを申し込むのが、どこかおかしいかしら?」

「……おかしいと思ったから聞いているんだがな」

「ヴィヘラ?」


 ことここに至ってようやくエレーナもヴィヘラの様子がおかしいと気が付いたらしい。訝しげに声を掛けるエレーナだったが、ヴィヘラはそんなエレーナの様子を全く気にした風もなく、ただひたすらにレイの返事を待つ。

 この時点で既にヴィヘラがいつもと違うというのは明らかだった。

 今までであればエレーナという強者がいるにも関わらず、まっすぐにレイだけを求めるということは無かったのだから。

 それこそ、まるでこの場にエレーナがいないかのように無視して、ただひたすらにレイへと視線を向けている


「どうしても、か?」

「ええ。私が私である為に。そして私自身が自らを納得させる為に。どうしても私はレイ、貴方との戦いを望むわ」


 手甲に魔力を通し、爪を生成。その爪の先端をレイの方へと向ける。

 女としては長身であるヴィヘラと、男としては小柄であるレイ。そうである以上、自然とヴィヘラがレイを見下ろすような体勢になってはいたが、それでもヴィヘラにしてみれば、自分の前にいる相手は絶壁の如く立ち塞がる壁のように感じていた。


『……』


 お互いがお互いを無言で見つめること、数分。

 エレーナやビューネも声を出すことが出来ず、周囲で様子を窺っていたシルワ家の警護をしている冒険者達にしても、ただ見守ることしか出来なかった。

 やがて、ヴィヘラは決して退けない。そして退かないと分かったのだろう。レイは小さく頷き、口を開く。


「分かった、戦おう」


 レイの口からその言葉が漏れた瞬間、近くで聞いていたエレーナは溜息を吐き、ビューネは無言で頷く。

 ここまでなら良かったのだ。だが、近くにいるシルワ家所属の冒険者や、あるいは昨日から引き続きシルワ家に雇われている冒険者達までもが興味深そうに耳を澄ませているのに気が付いたレイは、苛立たしげに周囲を一瞥する。

 その視線に含まれている怒気を感じ取った冒険者の多くは、このままここにいれば致命的に不味い出来事――それこそ怪我では済まないような――が起きると判断して素早くその場を離れていく。

 この辺、わざわざシルワ家が雇っていたり、あるいはシルワ家に所属しているだけあって、レイの視線に含まれた苛立ちを感じ取れない者がいなかったのはさすがと言うべきだろう。

 周囲に自分達以外が誰もいなくなったのを確認し、改めてレイはヴィヘラへと視線を向ける。


「で、いつ戦うんだ?」

「出来れば今夜お願いするわ」

「……また、随分と急だな」


 その日のうちにと言われ、苦笑を浮かべるレイ。

 だが、ヴィヘラは真剣な表情を崩さずに言葉を続ける。

 チラリ、と上空を見上げるヴィヘラ。

 その視線の先では、相変わらず強烈に自己主張する太陽が輝いており、太陽から離れた場所には真っ青な空と真っ白な入道雲が夏という季節を主張していた。


「この天気なら今夜はいい月夜になりそうだし、出来れば今夜にして欲しいんだけど。……どう?」

「分かったよ。俺の方は何の問題も無い。けど、夜でいいのか?」


 夜と昼では当然戦闘をするのにも条件が違いすぎる。巨大なデスサイズという武器を持つレイと、格闘による近距離戦闘を得意とするヴィヘラでは、特に間合いが重要となる。

 しかし、夜の戦闘となれば昼に比べると当然間合いを掴みにくい。

 そしてレイとヴィヘラという一流の戦闘技能を持つ者達にとっては、その僅かな差が勝敗を分けることも珍しくない。

 だが、ヴィヘラはレイのそんな言葉に笑みを浮かべつつ頷き、口を開く。


「ええ、勿論。それに夜という時間は決して私に不利に働くだけではないのよ」

「……」


 そう告げたヴィヘラの笑みは、つい昨日まで浮かべていた笑みと同じようでありながらも決定的にどこかが違っていた。


「分かった、今夜だな。場所は?」

「私とレイが初めて月光の下で踊った場所でどうかしら? 幸いあそこならそれなりに広いしね」


 ヴィヘラの言葉で思い出すのは、レイが武器を持たず徒手空拳でヴィヘラと戦った公園。

 確かにあの場所は色々と広く、夜に人が迷い込んできたりもしない場所だった以上、戦闘するのに不足はなかった。


「いいだろう。……なら、今夜」

「ええ、今夜。素敵な……そう、忘れられない程に思い出深い夜にしましょう」


 それだけを告げ、その場にレイ達を残して馬車の停車する場所とは違う方向、シルワ家のある方へと歩いて行く。

 ビューネもまた、何も言わずにレイとエレーナを一瞥してその後を追う。


「いいのか? 別にヴィヘラと戦う必要はなかっただろう?」

「俺も最初はそう思ったんだけどな。……ただ、あのヴィヘラの視線に込められた意思は、これまでの戦闘の誘いとは大きく違っていた。恐らくは何らかの事情があると見るべきだ。それに、何だかんだと俺達はヴィヘラに助けられてきただろ? なら、その恩を返す意味でヴィヘラに付き合うのも悪くはないさ」


 ダンジョンに挑む時や、その中で、あるいはダンジョンの外、エグジルの中で。

 最終的には聖光教やマースチェル家との戦いにも巻き込んでしまったのだから、戦う程度で恩が返せるというのならレイにとっても悪いものではない。

 もっとも、マースチェル家に関してはビューネの問題もあったのだろうが、それでも手助けをして貰ったのは事実であり、レイはそれに恩を感じていた。


「私としては、あまり気乗りがしないのだがな」

「何でだ?」

「……いや、何となくだが」


 何か言いたげに口籠もりつつも、結局は誤魔化すエレーナ。

 その様子に首を傾げつつ、レイは夜までの時間をどうするかに頭を悩ませる。


「今までならダンジョンに向かっていたんだが……目的のマジックアイテムは手に入ったしな」

「ああ。予想外ではあったが、ダンジョンの中でも確実に入手出来るとは限らなかったのを思えば、寧ろ幸運だった」


 そもそもの目的が離れた場所で話が出来る対のオーブであった為、既にダンジョンに潜る必要は殆ど無い。

 あるとすれば魔石を入手するということだが……そこまで考え、レイはまだ吸収していなかった魔石があることを思い出す。


(フォレストパンサーの魔石が1つに、カマイタチの魔石が3つ。……まぁ、2つ以上あっても意味は無いか。だが、吸収するにしてもどこでやるかが問題だよな。セトもいないし。……これは後回しか)


 そんな風に考えていると、レイの隣を歩いているエレーナの視線がレイへと向けられる。


「どうした?」

「いや、吸収する魔石があったのを思い出してな。ただ、時間や場所を考えると今日は止めておいた方がいいと思ったんだよ」

「そうか。……対のオーブが手に入った以上、そろそろ私も休日を終わりにしけなればならないのだろうな」


 言葉の途中で微かに瞳に悲しみの色を浮かべるエレーナ。

 そう、エレーナが迷宮都市であるエグジルにやってきたのは、あくまでも対のオーブを手に入れる為だった。

 それをアーラに無理を言って休暇の時間を作って貰っている以上、目的の物を入手したからにはケレベル公爵領へと戻るのはエレーナにしてみれば当然のことだった。

 そしてそれは、レイにとってもこのエグジルで過ごす一時が終わったことを意味する。


「何だかんだ言っても、充実した日々ではあったな」


 レイとエレーナがこのエグジルへとやって来てから、まだ1月も経っていない。それにも関わらず、過ごしてきた日々は充実……と言うよりは濃厚とでも表現すべき日々だった。


「うむ。私としてもアーラに後を任せては来たが、書類仕事に溺れそうになっているのが目に見えるようだ」

「ボスクのようにか?」


 その言葉に、これ以上無い程ピッタリと嵌まったのだろう。思わずといった様子でエレーナの口元に微笑が浮かぶ。

 瞳から悲しみの色が消えたのを見て、満足そうに頷くレイ。

 そのまま歩き続け、2人はシルワ家へとやって来た時に降りた場所から再び馬車に乗る。


「それで、これからどうするか決めたのか?」


 外の景色を眺めつつ尋ねてくるエレーナに、レイは頷いて口を開く。


「ああ。槍の補充をしておこうと思う」

「そう言えば昨夜のオリキュールとの戦いでも使っていたな。残りはどれくらいだ?」

「使い捨てに出来るのに限って言えば、もうかなり残り少ないな」


 勿論使い捨てに出来ないような代物、マジックアイテムである茨の槍や、あるいは武器屋で気に入って購入した槍といったものはまだあるが、それは本当の意味で取っておきだ。

 やはり槍の投擲に関して言えば、使い捨てに出来る物が一番使いやすかった。


「そうか、なら私も付き合おう。アーラや父様にも何か買っていきたいしな」

「……一応言っておくが、俺が行くのは武器屋だぞ? 土産屋の類じゃない」


 確認の意味を込めて尋ねるレイに、エレーナは当然だとばかりに頷く。


「だが、向かう途中に何かあるかもしれないだろう?」

「それは否定しないが、そういうのを公爵へのお土産に持っていってもいいのか? アーラならエレーナに貰った物は何でも喜ぶだろうが」


 そう告げるレイだったが、基本的にレイのイメージにあるお土産の饅頭やチョコといったお菓子の類はお土産以前にエグジルには存在していない。

 クッキーはそれなりに一般的だが、それでもお土産として日持ちするかと言えば、それは否だった。


「迷宮都市のお土産となると、やっぱりダンジョン産の物とかが一般的なんだろうな。レイ、何かいいのを思いついたら教えて欲しい」

「ダンジョン産か。ならいっそのこと素材とか?」


 そんな風に会話をしていると馬車が止まり、レイとエレーナは話していたとおりにお土産になりそうな物を買い、あるいは武器屋、鍛冶屋に寄って壊れかけの槍をあるだけ購入し、その後はダンジョン帰りの時のように買い食いをしつつ宿へと戻っていく。

 傍から見ればデートにしか見えない光景だったが、生憎と本人達にその意識が無かったのがレイやエレーナたる由縁だったのだろう。

 砂漠の階層に行く時の買い物では、エレーナもデートと楽しみにしていたのだが……

 そうして、宿に戻って少し早めではあるがヴィヘラとの戦いに備えて休み……夜がやってくる。






「さすがに夜ともなれば、昼よりも涼しい……って程でもないか」


 夜になっても一向に下がらない気温に眉を顰めつつ、ドラゴンローブのフードを被るレイ。

 日中にヴィヘラが口にしたように夜空には雲一つ無く、煌々と月明かりのみが降り注いでいる。

 月の雨。ふとそんな単語がレイの脳裏に浮かぶが、自分らしくもないと小さく笑みを浮かべて首を振る。


「どうした?」


 そんなレイの横にはエレーナの姿。こちらもまたダンジョンに出向く時と同様の装備を身につけていた。


「いや、何でもない。……それより、本当に来るのか?」

「ああ。……迷惑か?」


 心なしか不安そうに尋ねてくるエレーナに、レイは黙って首を横に振る。


「それは問題無い。……ただ、ヴィヘラの様子を見る限りでは、今日の戦いは半ば遊び半分だったこれまでの戦いと違って、何か思うところがあるみたいだからな。……その理由は分からないが、俺としてはそれを無下にするような真似はしてほしくない」

「分かっている。手は出さないようにしよう」


 その言葉を聞いて安心したのか、厩舎へと移動してセトとイエロを連れて夜の街へと出向く。

 昨日の今日ということもあり多少人通りは少ないが、それでも夏の夜ともなれば人々を街に誘い出す効果はあるのだろう。酒場に向かう人、あるいは既に酒場から帰る人。娼館、繁華街、その他諸々。

 それらの人々の視線を浴びつつも歩き続け……やがて、以前レイとヴィヘラが戦った公園へと到着する。


「待たせたか?」


 視線の先にいる、月光にその身を晒しながら立っていたヴィヘラへと、レイは声を掛ける。

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