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レジェンド  作者: 神無月 紅
迷宮都市エグジル
526/3865

0526話

 レイ達が感じていたように、シルワ家の周囲は多くの冒険者が何かあったらすぐにでも対応出来るように屋敷の側に集まっていた。

 そんな冒険者達はレイ達が近づいてくるのを見ると一瞬鋭い視線を向けるが、すぐにそれが昨日の戦いで大手柄を上げた者達だと知ると厳つい顔に信頼の籠もった笑みを浮かべる男、エレーナとヴィヘラの美貌に見惚れる男……中には女。自分達よりも活躍しやがってと妬みの視線を向ける男といった風に視線の種類が変わる。

 それらを全く気にせずに門へ近づいていったレイ達は、顔馴染みとなっている門番と短く言葉を交わすと、すぐにメイドが館から姿を現して屋敷の中へと案内される。


「サンクションズじゃないってのは珍しいな」


 何度か通った通路をメイドに案内されながら歩いていたレイが、何気なく呟く。


「はい。サンクションズ様は現在ボスク様の命を受けて外に出ておりますので」

「……なるほど」


 何が理由で外へと出ているのかというのは、考えるまでもないだろう。

 今回の一件を早めに押さえる為に東奔西走しているのは間違いがなかった。

 メイドとレイの会話を聞いていたヴィヘラは馬車の中の会話を思い出し、小さく頷く。


「そうね、出来れば頑張ってエグジルを今のまま運営して欲しいところだけど……その辺はどうなっているのか分かるかしら?」

「いえ、残念ですが私は一介のメイドでしかありませんので」


 申し訳なさそうに頭を下げるメイドに、ヴィヘラは気にする必要は無いと小さく首を振った。

 その際に身体の薄衣が微かに揺れて目を引くが、メイドはそちらに視線を引きつけられないようにしながら頭を上げ、案内を続ける。

 そうして通路を歩き続け、やがてレイ達が何度か訪れたボスクの執務室へと到着してノックをしてから口を開く。


「ボスク様。エレーナ様、レイ様、ヴィヘラ様、ビューネ様をお連れしました」


 メイドから出てきたその言葉に、エレーナはピクリと反応する。

 自分の名前が一番最初に出てきたということは、自分をこの中で最も重要な人物だと判断しているということ。冒険者としてのエレーナではなく、ケレベル公爵令嬢、姫将軍のエレーナ・ケレベルとして、だ。

 だが、それを口にしたメイドの表情に特に変化はない。


「待ってたぞ。入ってくれ」


 中から聞こえてきたその声にメイドが扉を開ける。

 そんなメイドの様子に感心しながらエレーナは執務室の中へと入ったのだが……


「うわぁ……」


 エレーナの隣にいたヴィヘラの口から、思わずと言った様子で言葉が漏れた。

 だが、それも仕方がないだろう。部屋に入った者達の視界に入ったのは、書類の塔、あるいは書類の山と表現出来るものだったのだから。


「おう、良く来たな」


 書類の塔によって隠されていた中から、ボスクの声が聞こえてくる。

 向こうにしてもレイ達の姿が見えなかったのだろう。立ち上がって、ようやくボスクの姿を確認出来た。

 そんなボスクを見ながら、レイは思わずと言った様子で口を開く。


「また、随分と凄い書類だな」

「あー……しょうがねえだろ。何しろマースチェル家の方であれだけの事件を起こしていたんだ。そこに聖光教の件とかもあって、ご覧の有様だよ」


 そう告げるボスクは、書類を見ていた目を揉むようにして押さえてから書類の山を崩さないようにレイ達の近くへと向かう。


「何、もしかして昨日から寝てないの?」

「身体休める 必要」


 ヴィヘラの口から出た言葉に、ビューネがボスクの近くにへと向かって短く告げる。

 そんなビューネの様子にボスクは苦笑を浮かべて頭を掻き、ビューネの頭を軽く撫でながら口を開く。


「心配するな。別に徹夜って訳じゃねえからよ。一応数時間程度だが仮眠は取ったしな。……ただ、元々俺はこの手の書類仕事は得意じゃねえんだよ」

「……食べる」


 ボスクの言葉を聞いたビューネが腰のポシェットの中へと手を入れ、そこから取りだしたのは紙に包まれたサンドイッチ。

 ビューネの行動に一瞬驚きの表情を浮かべたボスクだったが、すぐに男臭い笑みを浮かべながらサンドイッチを受け取って口へと運ぶ。


「美味いぜ」

「ん」


 微かにだがビューネの唇は笑みの形に変わる。

 つい数日前までは敵愾心を持っていた相手に対する行動とはとても思えないものだったが、ボスクの口から亡き自分の両親を慕っていたという言葉を聞き、更には裏で色々と手を回していたという話も知ったが故の態度の変化なのだろう。

 勿論10歳という年齢で辛酸を舐め尽くしてきたビューネにしてみれば、ボスクの言葉が口だけの出任せかもしれないという思いもあった。

 だが、辛酸を舐め尽くしたビューネだからこそ、ボスクの語る言葉に嘘は無いと判断したのだ。

 サンドイッチ自体はポシェットに入っていた物だった為に、それ程大きい物ではない。それを数口で……だが、美味そうに食べ終えたボスクは少し離れた場所にあった水差しから直接口へと水を流し込んで人心地つく。


「……さて。早速だが、まず何から話したもんか……ああ、その前にこれだな」


 書類を崩さないようにしつつ、部屋の隅にあるケースへと手を伸ばす。

 そのまま書類の塔が乱立している場所から離れ、応接セットのソファへと腰を下ろしながら手に持っていたケースをテーブルの上で開ける。

 中に入っていたのは、前日にマースチェル家の隠し部屋に存在していた対のオーブ。

 レイとエレーナが求めていた物だ。


「いいのか?」


 一応念の為とばかりに尋ねるレイに、ボスクは頷く。


「ああ、問題無い。きちんと手続きは済ませておいたからな。結構面倒な手続きだったんだから、感謝しろよ?」


 そう言いはしたものの、実はその手続きを行ったのはボスクではなくサンクションズだった。

 何しろ、昨日マースチェル家の屋敷から戻ってきてからすぐに国の方へと提出する書類や、処分が決まるまでマースチェル家が行っていたエグジルを治める作業の引き継ぎやら、あるいはレビソール家に関係する書類やら、聖光教に関しての警備隊への指示と無数の書類を処理することになったのだから。

 それらの書類に比べれば、マジックアイテムの買い取りや譲渡に関してはそれ程重要ではない為に、自然とサンクションズ任せとなった。

 事情を知らないレイは、そのまま対のオーブに手を伸ばし……それが触れるかどうかといったところで、不意にボスクが口を開く。


「ああ、待った。言うのを忘れてた」

「……何だ?」


 対のオーブに触れるかどうかというところでピタリと手を止め、ボスクに言葉を返すレイ。


「実はな、ちょっと相談なんだが……ほら、昨日の戦いでお前はオリキュールとかいう奴の手とかをアイテムボックスに奪っていただろ? それを譲って貰えないかと思ってな。国に提出する証拠として、あれ以上の物は無いだろ?」

「……なるほど」


 ボスクの言葉に一瞬躊躇うが、実際にオリキュールの両手と両方の第2の腕をミスティリングから取り出して、テーブルの上に置く。


「悪いな。国に人魔化について話しても、俺の言葉だけだと信用して貰えないだろうし。遺体があれば話は別だったんだろうが……」


 言葉を濁すボスク。

 非常に高い再生能力を持っていたオリキュールを倒す為、肉体の一片すら残さずに消滅させたのはレイなのだから、最後まで言えば責めているように聞こえるかもしれないと思ったのだろう。


「いや、構わない。素材として何かに使えそうではあるが、聖光教の危険性を証明するのに比べればどうってことはない」

「悪いな」


 再度謝罪の言葉を告げ、テーブルの上に置かれたオリキュールの4本の腕をテーブルの近くにあった布で包み込んで寄せる。


「じゃあ、これでこの対のオーブは正真正銘レイの物だ。受け取ってくれ」


 差し出されるケースを受け取り、対のオーブの1つに手を伸ばす。

 そのまま撫でて魔力が通るというのを確認してから、もう片方をエレーナへと渡す。


「一応念の為だ。ちょっと試してみる」

「ん? ああ、そうだな。分かった。使い方は普通のマジックアイテムと同じでいいのか?」


 確認するように尋ねてくるエレーナに頷き、レイは早速対のオーブへと魔力を流す。

 すると次の瞬間エレーナの持っている対のオーブにレイの顔が映し出された。


『この状態では俺の方しか魔力を通していないから、そっちが一方的にこっちの言葉を受け取るだけだ。そっちの声をこっちに届かせたいのなら、魔力を通して対のオーブを起動してくれ』


 オーブの中に映し出されるレイの言葉に頷き、エレーナもそっと対のオーブに魔力を流す。

 するとレイの持っているオーブにエレーナの顔が映し出されていた。


『聞こえるか?』

「ああ」


 すぐ近くで対のオーブを使っているのだから、当然お互いの声は聞こえる。だが、それでもオーブの中からきちんと声が聞こえてくるのを確認すると、エレーナは満足そうに頷き小さく笑みを浮かべる。

 その笑みは、エレーナの正体を知っているボスクですらも見惚れさせるような、美しい笑み。


「っと、まぁ、とにかくだ。ヴィヘラとビューネは報酬をどうする?」


 エレーナに見惚れていたのを誤魔化すようにして告げるボスクに、ヴィヘラは少し考えて首を振る。


「ちょっと考えさせてちょうだい」

「ん」


 ビューネもまたヴィヘラと同じ意見だったのか、小さく頷く。


「分かった。……取りあえずレイとエレーナに関してはこれでいいな?」

「ああ。……って、まだ何かあるのか?」

「当然だろ。マースチェル家で俺がお前達と合流するまでの間に何があったとか、そういうのも聞いておく必要があるし。……本来はこの手の仕事は俺じゃなくてもっと下の奴がやるんだが……何しろ、お前達だしなぁ」


 面倒くさそうに溜息を吐くボスク。

 お前達というより、正確にはやはりエレーナが問題なのだろう。

 ケレベル公爵家令嬢にして、姫将軍の異名を持つ人物からの事情聴取を部下に任せた……となれば、色々と勘ぐる者が出てくるのは明らかだった。

 本来であればその程度のことは気にしないボスクなのだが、何にしろ今は時期が悪い。

 エグジルの自治を担っていた3家のうち、2家までもが問題を起こしたのだから。

 せめてもの救いは、それを解決したのがその3家のうちの1家でもあるシルワ家であり、フラウト家がそれに協力したことだろう。

 これで、もし一連の騒動を解決したのが通りすがりの冒険者――例えばレイ達――だけだったとしたら、シルワ家もまたエグジルという同じ都市に住んでいるにも関わらず、他の2家の件に全く気が付かなかったとして何らかの処罰を受けていたのは間違いない。


「……で、用件ってのは?」


 話を促すレイに、小さく肩を竦めたボスクはビューネの方へと視線を向けながら口を開く。


「ま、そうだな。確かにまどろっこしいのは俺も好きじゃねえ。単刀直入に言わせて貰うか。……ビューネ、フラウト家を再興する気はないか?」

「再興?」


 そう言葉を返したのは、ビューネではなく、その隣に座っているヴィヘラ。

 だが、ビューネ本人も小首を傾げて話の成り行きが分からないとばかりに視線でボスクに先を促す。


「ああ。さっきも言ったが、マースチェル家はまず確実に取り潰しになる。これはほぼ確実と言ってもいい。俺もそう持ちかけるしな。……正直、人を生贄にして宝石を生み出すってあの技術。あんなことをやってなければ、まだ取り潰しは免れたかもしれない。だが、その件は昨日のマースチェル家に向かった冒険者の口から徐々にではあるが広がり始めている」


 一応口止めはしたんだがな、と溜息を吐くボスク。

 だが、口止めを命じたボスクにしても、本気で情報の拡散を押さえられると思っていた訳ではない。

 人の口から漏れる情報を本気で防ぐのなら、それこそ昨日の件に関わった全ての冒険者を殺すといったことをしなければならないだろう。

 当然ボスクはそんなことをする気は一切なかったので、情報が広がるのは時間の問題だった。


「幸い、今はまだ知ってるのは少数だが……話の内容を考えれば時間の問題だろうな」

「でしょうね。……ああ、なるほど」


 ボスクの言いたいことが分かったのだろう。ヴィヘラが納得したといった風に頷き、エレーナもまた同様に小さく頷く。

 それを理解していないレイが、ボスクへと視線を向けて話の続きを促す。


「つまりだ。レビソール家はまだ何とかなるだろうが、マースチェル家が取り潰しが間違い無い以上、このエグジルを治める家が2家になってしまうってことだ。そうなると色々と不味いからな。エグジルの住民も不安を感じるだろう。それを回避する為に、マースチェル家の代わりにフラウト家がエグジルを治める家として動いて欲しいんだよ」


 もっとも、国の干渉によっては無意味になるかもしれないけどな。と肩を竦めて告げるボスク。


「……考える」


 数秒の沈黙の後、ビューネの口から出る一言。

 即座に断られないことに安堵の息を吐きながら、ボスクは小さく頭を下げる。


「悪いな」


 その一言に込められた思いは、色々なものがあっただろう。

 ビューネを恩人と慕っていた人物達の忘れ形見であると判断しているボスクにしてみれば、こんな願いは出来ればしたくなかったというのが本音だった。

 だが、エグジルの現状とこれからのことを思えば、その選択がベストであるのもまた事実。

 結局シルワ家の領主であるという立場故に、フラウト家を再び表舞台に上げるという選択をしたのだ。


「……そう言えば、聖光教の方はどうなっているんだ?」


 空気を変えようと口にしたレイの言葉に、ボスクは小さく頷き口を開く。


「一応シルワ家所属の冒険者と警備隊を派遣している。……ただ、こっちに入ってきた情報によると、オリキュールの件は全く知らなかったようだな。今回の件を聞かされて唖然としてたって話だ。大人しく事情聴取も受けているらしいし」

「となると、エグジルには同じ聖光教でも2つの指揮系統があった訳か」


 そう呟き、面倒くさそうなことになりそうだと予想するレイ。

 元々宗教関係の話である以上、レイとしては関わる気は殆ど無く、ボスクに頑張って欲しいと気楽な態度ではあったが。

 その後、1時間程今回の件の報告やら事後処理の件を話し、再び書類が追加で運ばれてきたのを機にレイ達はシルワ家を辞することになる。

 そうして……






 シルワ家を出てから、数分。不意に隣を歩いていたヴィヘラが立ち止まり、レイへと向かって口を開く。


「レイ、悪いけど私と戦ってくれないかしら? 前のようにお遊び的な意味じゃなくて、全力で」


 真剣な瞳で、そう告げたのだった。

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