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レジェンド  作者: 神無月 紅
迷宮都市エグジル
518/3865

0518話

 視線の先でボロ屑のように……あるいはゴミのように転がっているプリを見ていたビューネは、自分でも意外な程の感情に戸惑っていた。

 自らの両親をその手に掛け、挙げ句生け贄として宝石を作り出したような相手。

 今でも憎んでも憎みきれないというのは変わらない。だが、自らが生み出した人形達が全て目の前で壊される様子を見せつけられ、更には四肢を切断され胴体を思い切り蹴られ、それでも死ぬに死ねないという状況のプリを見ていると、どうしようもない哀れみすらも浮かんでくる。

 憎悪と哀れみという、相反しているといってもいい感情。だが、不思議なことに現在のビューネの中ではその2つが両立していた。

 とにかく今はプリに構っている暇は無い。目の前にいる人魔オリキュールは、それだけの強敵なのだから。

 既に体力も消耗しており、得意の針は全て使い切っている。武器はと言えば、既に両手に持っている短剣2本だけ。

 それでも……自らの両親が生け贄として生み出された宝石があると知った以上、そのようなおぞましいものは破壊して解放してやりたい。その為には、どうしても今目の前にいるオリキュールを倒さなければならなかった。

 自分が生き残る為にも。……そして、ヴィヘラ達と共に生きてこの屋敷を出る為にも。


「ふム? どうやら覚悟は出来ているようだナ。幸い私も先程の戦闘でこの身体に慣れてきたところダ。存分に闘争を楽しもうカ」

「闘争を楽しむ? お前の目的は時間稼ぎをすることだったと思うが……いつから変わったんだ?」


 ビューネの前に1歩進み出て、デスサイズを手に尋ねるレイ。


「それハ……うン? そう言えバ、確かにそうだったような気がしないでもなイ」


 小首を傾げるオリキュール。


(プリとの戦いの発端もそうだった。俺と戦っていた時のオリキュールならわざわざ敵を増やすような真似はせず、協力して俺達と戦っていた筈だ。無意味に戦いを求める……これも人魔化の影響か?)


 内心で考えつつ……それでもレイはデスサイズを両手で構えながら、視線を少し離れた位置にいるエセテュスとナクトの方へと向ける。

 ナクトは未だにプリから放たれた雷の影響で意識を取り戻していないのか、ピクリともせずに床で気を失っていた。

 その状態のまま、クイッと自分達が入ってきた扉の方へと視線を向ける。

 幸いそれだけでレイが何を言いたいのかを理解したエセテュスは、自分がこの場にいても戦闘の邪魔になるだけだと判断し、気絶しているナクトを引っ張りながら扉へと向かっていく。

 そのまま部屋の外へと移動したのを確認したレイは、デスサイズを構え……行動を起こす前に、オリキュールが口を開く。


「戦力にならない面子を避難させたのはいいガ、その少女も避難させた方が良かったのではないかナ?」


 チラリ、と額に存在している第3の目と合わせて3つの目でビューネへと視線を向けながらオリキュールはそう告げてくる。


「……気が付いていたのか」

「あア」

「その割には、随分と簡単に見逃すんだな。このままエセテュス達が地上へと向かってボスクに知らせて、更にそのままマースチェル家の屋敷を抜け出すというのは考えないのか?」


 敢えて口にした、オリキュールを焦らせる為の言葉。

 そんなレイの言葉に、オリキュールは問題無いとでも言いたげに小さく肩を竦める。


「そうなれバ、このエグジルを纏めて滅ぼしてしまえばいいだけだろウ?」

「それが出来ると?」

「さテ、どうかナ。……それよりモ、折角邪魔がいなくなったんだかラ、そろそろ始めないかネ?」


 肩甲骨から伸びた第2の腕を、空気そのものを斬り裂くかのような速度で振るう。

 そんなオリキュールの様子を眺めつつ、レイは確認の意味を込めて視線を自分達が入ってきた扉の方へと向けるが、そこでは扉が既に閉まっておりエセテュスとナクトの姿は存在しない。


(魔法陣の中央にいるティービアが少し心配だが……そういう意味では、プリが死にきれずに強制的に生き延びさせられているというのは、俺達にとっては幸運だったかもしれないな)


 プリの生命と魔法陣に何らかの繋がりがあるのだろうと予想しつつ、デスサイズを構えてオリキュールと向かい合いながら、改めてレイは自分達の戦力の確認をする。


(俺はオリキュールと戦っていたとは言っても、まだ大分余裕はある。この部屋に来たばかりのエレーナとセトも同様。ヴィヘラはダメージをポーションで回復させたが、それでも万全とは言えない。ビューネに限っては武器すら限界に近い、か)


 総じて、以前にダンジョンを攻略する時に組んでいた時に比べると7割から8割程というのがレイの見立てだった。


「俺とセト、ヴィヘラが前衛、エレーナが中衛、ビューネは遊撃。奴に魔法は殆ど効果は無い。それを念頭に置いて攻撃をするように」


 レイの言葉に、エレーナが頷く。

 そもそも、このメンバーで魔法を使うことが出来るのはレイとエレーナの2人のみだ。

 素質だけで言えばヴィヘラも巨大な魔力を持ってはいるが、近接戦闘を好むヴィヘラは魔法とは相性が悪い。

 ヴィヘラの魔力は専ら手甲や足甲に爪や刃を生み出すということに使われているのだから。

 もっとも、現在はその魔力が殆ど残っていないのだが。


「ほラ、来なヨ」


 クイクイ、と指を動かすオリキュールの挑発に乗った訳では無いが、それでもそれをきっかけとしてレイ達は攻撃へと行動を起こす。


「飛斬っ!」


 まず放たれたのはレイのデスサイズから放たれた飛ぶ斬撃。

 当然オリキュールにしてもレイの使う飛斬については知っている。人魔化する前の戦いでも飛斬に対応出来ていたのだから、今の状態で対応出来ない筈がない。

 自分目掛けて飛んできた斬撃を、第2の腕を振るって受け止める。

 だが、それはレイにしても既に承知の上のことであり、オリキュールの行動の隙を突くような形でヴィヘラの手甲が、セトの前足の一撃が、その背後からはエレーナが放った連接剣が鞭状になりその切っ先がオリキュールへと襲い掛かる。


「はははははははハ!」


 振るわれる腕と第2の腕。

 ヴィヘラの拳による一撃を掌で受け止め、続けて放たれた蹴りはもう片方の腕で受け止める。

 セトから放たれた前足の一撃は受け止める気にならなかったのか、大きく上半身を反らして回避。

 第2の腕でエレーナの放った連接剣を弾き返す。


「ん!」


 そんな一連の行動の合間に忍び込むような形で、限りなく低い姿勢のまま地を這うように疾走して近づいたビューネがオリキュールの足の甲へと向かって短剣を突き立てようとするも、それを見越していたかのように足を動かして短剣の一撃を回避。そのままビューネの顔面目掛けて蹴りを放つ。

 咄嗟に跳び上がって放たれた蹴りを足で受け止めたビューネは、その勢いに逆らわずに……いや、寧ろその勢いを利用して大きくオリキュールから距離を取る。


「マジックシールド!」


 自らの力を利用されたことに小さく眉を顰めたオリキュールの耳に響く声。

 そちらへと視線を向けると、そこには光の盾のようなものを空中に浮かべたレイがデスサイズを大きく振りかぶりながら近づいてきていた。


「何ダ!?」


 初めて見るその存在に驚きつつも、第2の腕の先端でレイを貫かんと両方から突きを放つ。

 光の盾である以上攻撃は防ぐのだろうが、それでも左右両方からの攻撃には対応出来ないだろうと。

 だが……


「風の手!」


 右の第2の腕は光の盾と接触して攻撃が防がれ、同時に放たれた左の第2の腕はレイに命中する直前に一瞬何かに受け止められる。

 風の手。デスサイズの石突きから伸ばされた風の触手とでも呼ぶべきその先端が一瞬ではあるが左の第2の腕を受け止めたのだ。


「っ!?」


 光の盾に防がれるというのはともかく、何か自分の理解出来ないものに攻撃を防がれるというのはさすがに予想外だったのだろう。目を見開き、一瞬ではあるが動きが止まる。

 そして人魔と化したオリキュールのような相手を前に、決定的とも言える瞬間を逃す程レイは甘くはなかった。


「パワースラッシュ!」


 デスサイズのスキルを発動し、振るわれる大鎌の一撃。

 鋭さよりも一撃の破壊力を高めたそのスキルは、風の手で受け止めた方の第2の腕へと振るわれる。

 だんっ! という、斬るというよりは肉か何かを叩き切るような音が周囲に響き、第2の腕の先端部分、鋭利に尖っている場所があらぬ方へと吹き飛んでいく。

 それを見ながら、パワースラッシュによって振り下ろされたデスサイズを手の中でクルリと持ち替えて石突きをオリキュールの方へと向け、鋭く突き入れる。


「ペネトレイト!」


 風を纏ったデスサイズの石突きは鋭く放たれ、レザーアーマーに包まれたオリキュールの脇腹を穿ち、貫通。


「ぐヲ!?」


 吹き出る血を押さえつつ、オリキュールは数歩の後退。そこへと更に掛かる追撃の一撃。


「ペインバースト!」


 再び手の中で持ち替えられたデスサイズを、与える痛みを増加するだろうスキルを発動しながら大きく振るう。

 斬っ!

 先程放ったパワースラッシュとは違う正真正銘の斬撃は、そのままオリキュールの右腕を切断して、こちらもまたあらぬ方へと飛ばす。


「がああああああああああア!?」


 腕を切断されるというだけでも物凄い激痛があって当然だが、使用されたペインバーストのスキルが更に痛覚を刺激する。

 レイ自身は知らなかったが、レベル1のペインバーストで増幅される痛みは2倍。それだけの痛みがオリキュールを襲ったのだ。

 レイ自身はスキル3連発を放った影響で、そこで動きを止める。

 だが、オリキュールが相手をしているのはレイだけではない。オリキュール自身がそれに気が付いたのは、空気を斬り裂くかのような速度で飛んできた、鞭状の刃によってだった。

 エレーナの振るう刃が右腕を失ったオリキュールに巻き付いて動きを封じる。


「今だ、やれぇっ!」


 エレーナの声が響き、それに反応したヴィヘラとセトが動く。

 放たれるのは、渾身の力を込めたヴィヘラの拳。そしてセトの放つ前足の一撃。


「はああああああっ!」

「グルルルルルルルルゥッ!」


 ヴィヘラの拳が動きを封じられたオリキュールの胴体へと叩き込まれ、同時に頭部にはセトの前足の一撃が振るわれる。

 ヴィヘラの一撃はまだしも、グリフォンとしての膂力に、剛力の腕輪、スキルのパワークラッシュの2つの効果を伴った一撃を頭部に食らいながらも頭部が胴体から吹き飛ばされなかったというのは、人魔化したオリキュールの特異さを現しているのだろう。

 それでもそれだけの攻撃を食らっては無傷といかず、頭部が本来曲がってはいけない程に曲がりながらオリキュールの身体が吹き飛ぶ。

 その勢いで連接剣が伸びきるが、エレーナはそこに魔力を流してセトの放った一撃の勢いすらも利用しながらオリキュールの身体を切り刻んでいく。

 身体中がズタボロになりながら吹き飛んだオリキュールは、床を数度バウンドしながら10m程も転がってようやく動きを止める。


「……やったか?」


 吹き飛び、ピクリともせずに床の上に倒れているオリキュールを見ながらレイが呟く。


「あれだけ連続して攻撃を食らったんだ。普通に考えればまず大丈夫だろうが……」

「キュ!」


 連接剣を長剣の状態に戻しながら呟くエレーナに、空を飛んで避難していたイエロがセトの背に着地しながら同意するように短く鳴く。


「確かに普通の敵なら……それこそ、モンスターとかなら今の攻撃で仕留められないなんてことはないでしょうけど」

「ん」


 手甲の様子を確認しながら呟くヴィヘラに、ビューネが心配するように呟く。

 そして次の瞬間……

 ギギッという音がしたのを感じ取り、その場にいた全員は武器を構えたまま瞬時に音の聞こえた方へと向き直る。

 だが、視線の先にいたのは人魔と化したオリキュールではない。身長自体はオリキュールと大差ない大きさだったが、歴とした人間だった。

 その人物は、身の丈程もあるクレイモアを反射的に構える。

 何しろ部屋の中に入った途端にその場にいた全員に武器を構えられ、攻撃態勢を取られたのだから無理もない。


「……ボスクか」


 レイはそっとデスサイズを下ろしながら、現れた人物の名前を呟く。

 それと同時に他の者達もまた同様に構えていた武器を下ろし、あるいは攻撃態勢を解く。


「何だってお前1人で? 他の奴等はどうした?」

「マースチェル家の掃除中だよ。何か人形みたいな敵が襲い掛かってきてな。で、屋敷を探していたら地下に向かう階段があったからこうして降りてきてみたんだが……そうしたら、部屋の前にいたエセテュスからお前達が危険だって聞いて、こうして入ってきたんだけどよ」


 チラリ、と離れた場所に倒れている青い肌をした、とても人間には見えない相手へと視線を向ける。


「どうやらその様子だと心配はいらなかったみたいだな」

「いやいヤ。そうでも無イ」


 安堵の息と共に吐かれたボスクの言葉に返ってきたのは、そんな声だった。

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