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レジェンド  作者: 神無月 紅
迷宮都市エグジル
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0516話

 自分に飛んできた鋭い針と化した髪の毛。

 まさか自分に向かって飛ばされるとは……それも何ら躊躇もないままにそのような行為を行うとは、思ってもみなかったのだろう。プリは髪の毛の針をただ呆然と眺め……


「マスター!」


 その声と共に周囲にいた人形達がプリの前に飛び込み、次の瞬間には人形達を30本近い針が貫いていく。

 ビューネが放った針と違うのは、その威力だろう。

 1体の人形の身体に突き刺すというのがやっとだったビューネの針とは違い、人魔と化したオリキュールの針は1体の人形を貫通しただけでは威力が収まらず、そのまま2体、3体、4体と人形を貫き、ようやく針の威力が収まったのだから。


「マ、マスター……ゴブジ、デスカ?」


 プリが最も精魂込めて作り上げ、可愛がっていた人形が途切れ途切れの声で尋ねてくる。

 その様子にようやく我に返ったプリは、身体中を10本近い針によって貫かれた人形へと震える手を伸ばす。


「ええ、ええ。……お前達が守ってくれたから無事だよ。よくやったわね」

「マスターガゴブジデ……ナニヨリデス。オニゲクダサイ、マスター……アノモノハ……キケ……ン」


 その言葉を最後に人形は意思の光を失い、プリへと伸ばしていた手を床へと落とす。

 それは、まるで人が死んだかのようにも見える光景。

 歪ではあっても実際に人形は確固たる自我を備えており、己の意思というものを持っていた。それを考えれば、確かに人形は死を迎えたと表現してもおかしくはないのだろう。


「ふム、なるほド。まだ完全に身体を使いこなせる訳でもないカ」


 だが、それを成した本人はと言えば、全く気にした様子も無く自らの身体の調子を確認していた。


(……待て)


 チラリと自分に視線を向けてきたセトに、視線で動かないように命じる。

 本来であれば不意を突いて今のうちに攻撃してしまえばいいのだろう。だが、幸いなことに今の一連の流れを見る限りでは、プリとオリキュールの関係はとても友好的とは言えないものになるのは確定的だった。


(元からお互いが相手を利用しようとしていたのは事実だろうが……何故ここで裏切る必要がある? お互いが力を合わせて俺達と対峙した方が戦力的にも有利だろうに。……人魔化とやらの影響か? 確かにその可能性は否定出来ない、か)


 内心で呟きつつも、何かを行動に起こす様子も無くレイは……そしてレイに動きを止められたセト、プリから距離を取りつつあるエレーナとビューネ、人形の殆どを片付けたヴィヘラもまたプリとオリキュールの成り行きを見守る。

 危うい均衡が取られている中、完全に意思の消えた人形をそっと床に下ろしたプリは、怒気と憎悪に塗り固められた視線を人魔と化したオリキュールへと向け、口を開く。


「オリキュール、どういうつもりだい? あんた達は自分の立場を忘れたとでもいうのかしら?」


 視線以上に憎悪の込められたその声に、だがオリキュールは特に何を感じた様子も無く肩を竦める。


「何を怒る必要があル? あの程度の玩具なド、私の能力調査で消耗されても構わないだろウ? 安心しロ。きちんとこの者達は全て殺すシ、ボスク達シルワ家に関しても滅ぼしてみせル」

「おふざけじゃないよ!」


 オリキュールの言葉に、目を血走らせて叫ぶプリ。

 そもそもプリがオリキュールに……より正確には聖光教へと命じたのは、レイ達を殺すことではない。生かしたまま捕らえることだった。殺してしまっては贄として使えないのだから。ボスクに関してはここで殺すことになっていただろうが、それも今のオリキュールの様子ではとても信用することが出来ない。

 何よりも……プリにとっては、自らの人形を玩具と呼ばれたことが何よりも我慢出来なかった。

 怒りのままに、右手の掌を人魔と化したオリキュールへと向けて口を開く。


『炎よ、氷よ、風よ、雷よ、石よ、在れ』


 魔力を込められたその言葉に従い、プリの右手に嵌められている5つの指輪全てが発動する。

 その呪文に込められていたように、炎の固まりが飛び、先端が鋭く尖った氷と石の矢が幾本も飛び、風の刃が放たれ、雷が空を走った。

 だが、オリキュールは特に何をするでも無く、ただじっとしたままその攻撃を受ける。

 全ての魔法がオリキュールに命中し、渾然とし、結果的に爆発を巻き起こす。

 その爆発に紛れ、更にプリは懐から取り出した1cmもないような小さな宝石へと魔力を込め……そのキーワードを呟く。


『汝の全てを無と帰す』


 魔力を込められたその言葉により、素早く投擲された小さな宝石はそのまま爆発の煙によってオリキュールの巨体全てを覆い隠している中へと飛び込み……次の瞬間、先程の爆発はまるで前座でしかなかったかのような巨大な爆発が生み出される。

 贄として搾り取った血や肉、命、魔力といった全てを一瞬にして爆発させるその攻撃は、ある意味でプリの最終手段とも言えた。

 一瞬にして宝石そのものが散るその儚さは嫌いではなかったが、こよなく宝石を愛するプリにしても宝石その物が無くなるその攻撃は好んで行うものではない。

 だが、今は自らの人形達を愚弄され、更に自分の能力の確認という行為によってその人形達の多くが壊された。……否、殺された。

 それはプリとしても絶対に許せることではない。

 そして、1cmにも満たない宝石の自爆とも言える攻撃によって作り出された爆発は、オリキュールから距離を取っていたレイやセトにしても強烈な衝撃を感じる程の威力を持っていた。


「グルゥッ!」


 咄嗟にレイの前に出て自らの身体を使って爆風の威力を押さえ込むセト。

 幸い、爆発は特定範囲内だけに被害を与えるように調整されていたおかげでこれといった被害はなかったが、それでも強烈な爆風は床に足を踏ん張っていたセトの身体を数歩分程移動させることには成功していた。


「レイッ、無事か!?」


 爆風が過ぎ去った後、エレーナとヴィヘラ、そして小柄な体躯故に爆風に飛ばされないようにとヴィヘラに手を繋がれたビューネの3人が合流する。

 一番離れた場所にいたエセテュスは、未だに地面で気絶しているナクトが爆風で吹き飛ばされないように押さえつけるのが精一杯だった。


「あ、ああ。俺は問題無い。それより、セト。お前は大丈夫か!?」


 エレーナに言葉を返したレイが、慌てて自分の盾となって爆風を受け止めたセトへと声を掛ける。


「グルルゥ」


 だが、さすがにグリフォンと言うべきか、セトは全く問題無いと短く喉を鳴らす。


「グルゥ、グルルルルゥ」


 そのままセトが喉を鳴らし、未だ爆煙の消えぬ中、オリキュールのいた場所から距離を取る。

 移動しつつ、チラリとプリの方へと視線を向けるレイ。

 レイやセトはおろか、つい先程までは執着していたビューネすら一顧だにせず、爆煙の中心部を憎悪に塗れた視線で睨み付けている。

 何か動きがあれば即座に追撃を叩き込むつもりなのだろう。その手には先程の爆発を巻き起こしたのと同じような宝石が複数握られていた。


(本当ならこの隙を突いてプリを取り押さえるなり、した方がいいんだろうが……)


 脳裏にそう浮かぶが、人魔と化したオリキュールの能力が未知数だというのも事実であり、オリキュールと仲間割れをしてくれるというのなら、その能力を把握するという意味でもこのまま手を出さずに様子見をした方がいいと判断する。


「……んぅ……」


 そんなレイの横では、こちらもまたビューネがプリの下に向かいたい衝動を押し殺すかのように小さく呟く。

 その声がいつもの『ん』というものではないことに気が付いたエレーナだったが、今はそれを追求しているような暇はないと、少しでもオリキュールの能力を把握するのが最善だろうと、レイと同じ判断をして特に何を言うでも無くじっとオリキュールの方へと視線を向けている。


「これハ……一体何の真似かナ? 私達は協力していた筈だガ?」


 爆煙が晴れた後で姿を現したのは、全く傷ついた様子のないオリキュール。

 埃を気にするかのように手で、人魔化した時に何故か身体同様に大きくなっている鎧やマントを軽く叩き、心の底からプリの行動が理解出来ないと首を傾げて問い掛ける。


(これまでは曲がりなりにも協力態勢を築いていた筈だ。見る限りでは言動も人の時と殆ど変わった様子がないように見えたが……この辺は人魔化の影響か? だとすれば、そこがつけ込む隙になりそうだな)


 自分ではやりたくないと言いつつ、家主であるプリの命令だからと魔法陣の中心にいるティービアを守っていたオリキュールだったが、今の一連の様子から考えると、明らかに今のオリキュールの様子はその時と違っていた。


「ふざけないでちょうだい! 私が丹精込めて作り出した人形を玩具ですって? 自分の言動を後悔しなさい!」


 左手をオリキュールへと向け、魔力を込めて言葉を紡ぐ。


『雷の檻よ在れ』


 左手首に嵌まっている腕輪、そこに存在している大きめのアメジストが効果を発揮してオリキュールを中心にして雷の檻を生み出す。

 ヴィヘラですら大きな傷を負ったその攻撃に、あるいはこれで勝負が付くか……そうでなくても何らかのダメージは与えられるだろうと判断するレイ達。

 だが……


「この程度の攻撃で私をどうにか出来るとでモ?」


 人魔化した影響で肩甲骨から新たに生えた第2の腕を横薙ぎに一閃するオリキュール。

 すると、まるでそこに雷の檻が存在しているのが嘘のようにあっさりと雷が掻き消される。


「ちょっと、あれってもしかして……魔力そのものを弾いてない?」


 一連の動きを見ていたヴィヘラの苦い声。

 戦闘狂であるが故に強敵を求める性なのだが、その口から漏れたのは勘弁して欲しいといったうんざりとした声音。

 だが、それも無理はない。もし魔力の全てを弾くというのなら、それは即ち魔法のほぼ全てが効果が無いということを意味しているからだ。

 そうであるのなら、レイの莫大な魔力を用いた炎の魔法も、あるいはエレーナが得意とする風の魔法や竜言語魔法といった代物も全く役に立たないことを意味する。


「問題は、魔力……というか魔法を弾くのは確定だが、それ以外の攻撃が通じるかどうかだな」


 チラリと視線を向けたのは、セトとは違うもう1つの己の分身とも言える存在、デスサイズ。

 魔力を流すことにより大鎌としての性能は格段に上がるのだが、それすらも効果があるかどうか……というものだった。


(恐らく効果はある……ただ、これはあくまでも俺の勘でしかない。実際に試してみないとはっきりとはしないからな)


 レイの見たところ、人魔化によって青くなったオリキュールの肌が放出された魔力そのものを弾いているように見えた。

 ならば、放出されたのではなくデスサイズのように魔力を通したものではどうか?


「なっ!?」


 離れた場所でプリを情報収集役としてオリキュールの能力を調べているレイ達とは裏腹に、プリ本人は自分の放った攻撃があっさりと無効化されたことに対して、あからさまに動揺していた。

 無理もないだろう。何しろプリは魔法使いではあっても、戦士ではないのだ。自らの頼る魔法が効果が無いと知れば、それは即ちオリキュールに抗する術が一切無いことを意味しているのだから。

 ……いや、本来であればそのような状態になっていた。自らの生き残る術が一切無い確実な死。それを覆したのは……


「マスターヲマモレ!」


 そんな声と共に、10体近い人形がプリの前に進み出る。

 先程プリを庇って死んだ人形達の前に出たその人形達は、そのまま床を蹴り、あるいは天井を蹴って人魔と化したオリキュールへと向かって飛び掛かっていく。

 しかも人形はその10体だけではない。後から後から、まるで際限なく湧き出るようにして部屋に描かれている魔法陣から現れてはその数を増やしていく。

 これこそが、ビューネとナクトがどれだけ人形を倒しても数が減らなかった理由。

 ティービアが生け贄とされていたのでも分かるように、この部屋はマースチェル家の中でも最重要とすらいってもいい部屋だ。

 そうなれば当然相応の防衛機構も用意されており、人形の召喚というのはその防衛機構の1つだった。

 マースチェル家の屋敷にある人形の保管所に繋がっている魔法陣から、次々に出てくる人形達。

 エグジルにあるダンジョンを見つけた魔法使いの末裔でもあるマースチェル家の人間だからこそ、ダンジョン内部に行き来する為の転移装置を代々のマースチェル家当主が長年調べてきた成果や召喚魔法、空間魔法を応用してこのような魔法陣を作り出すことが出来た。

 だが……それでも、絶対的な力の前では全く意味が無い。


「はははハ、ははははははハ!」


 次々に襲い掛かってくる人形目掛けて振るわれる、肩甲骨から生えている2本の腕。

 先端が鋭利に尖っているその腕は、当たるを幸いとばかりに人形達を貫き、破壊していく。

 それでもプリが長年作り続けてきた人形は絶えることなく現れ続け、そして現れる端からオリキュールによって駆逐されていく。

 その様子を見ながら、レイ達はオリキュールの戦力分析をじっと行い続ける。

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