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レジェンド  作者: 神無月 紅
迷宮都市エグジル
510/3865

0510話

 マースチェル家の屋敷の地下。そこで行われている戦いは、いよいよ佳境を迎えようとしていた。

 聖光教の影であるローブの者達は、まるで全員が1つの意思の下に動いているかのような連携をとってヴィヘラと交戦していたが、それでも全てのローブ達を纏めて1つの生き物であると判断したヴィヘラに1人、また1人と手甲から伸びている爪で胴体や頭部、あるいは手足を切断され、抉られては地面に倒れていく。

 だが、爪で斬り裂かれ一瞬にして絶命した者達は寧ろ幸運であったと言えるだろう。

 ヴィヘラの膂力により胴体を殴られた者は、肋骨を砕かれ、自らの骨で内臓を傷つけて血を吐き、あるいは足甲により頭部を踏み砕かれては絶命する者が多く出ていたのだから。

 だが、圧倒的に優勢であるヴィヘラと比べると、命の無い人形と戦っているナクトとビューネはかなりの苦戦を強いられていた。

 元々は戦闘がそれ程得意でもない盗賊のナクトは、自分と違って戦闘が得意なビューネを主力として援護に回らざるを得ない。

 そんな状況で何とか均衡を保ちながら戦いが推移していたのだが、レイの一撃によってオリキュールが吹き飛ばされてからの一声でその戦況は次第に人形側有利へと変わっていく。

 即ち、人形達を生み出したプリの技術に対する嘲弄にも近い言動。

 自らの創造主でもあるプリに対して絶対的な忠誠を埋め込まれている人形達にしてみれば、自分達が原因でプリの能力が疑われるというのは絶対に許されるべきことではい。

 それ故に人形達の攻撃は激しさを増し、戦闘を得意とするビューネはともかく、ナクトはビューネのフォローをするどころか寧ろビューネにフォローされて何とか生き残れているという状況になっていた。


「ん!」


 ビューネのそんな一言と共に放たれた数本の針は、天井に立つという真似をして今にもナクトの頭部目掛けて飛び掛かろうとしていた人形を貫き、そのまま天井へと縫い付ける。

 盗賊である2人が苦戦しているというのは人形達の旺盛な戦意もさることながら、その特殊な能力の数々によるところも大きい。

 人形であるが故に気配も無く、同時に襲い掛かってくる時の殺気もないのだ。盗賊特有の鋭敏な感覚で敵の動きを察知しているビューネやナクトにしてみれば、非常に相性の悪い相手だ。

 そして天井や壁を歩くという特殊能力。不意を打つには最適なその能力もまた2人を苦戦させている原因だった。


「す、すまない。……くそっ、エセテュスがいればこの人形達の相手もどうにか出来たんだが……なっ!」


 自分に向かって飛んできた風切り音を聞き取り、短剣を振るう。

 キンッという金属音が周囲に響き、床へ落ちる1本の短剣。


「ふっ!」


 その短剣の飛んできた方、右後方の天井へと向けてナクトの手から短剣が放たれる。

 咄嗟の出来事だった為だろう。天井にいる人形へと向かった短剣は、人形に突き刺さりはしたものの右腕を天井へと縫い付けるだけだった。

 自らの失策を理解しながらも、数秒前に自分が弾いて床へと転がっていた短剣へと手を伸ばす。

 だが、他の人形達もそんな真似を易々と許す筈が無い。武器を持っていない今が好機とばかりに、それぞれの武器を構えながらナクトへと向かって殺到した。


「ん!」


 そんな人形達に放たれる無数の針。それぞれがまるで意思を持っているかの如く、1本の針が1つの人形へと突き刺さり動きを止める。

 だが、針は所詮針でしかない。あるいはこれが短剣のようなものであれば話は別だったのだろうが、1本の針程度では人形と言えども完全に動きを止めることは出来ず、行動を数秒程阻害するだけで精一杯でしかない。

 身体に針を突き刺したままナクトへと向かう人形達。

 流れるような動きで短剣を拾い、自分目掛けて振り下ろされた長剣を弾き……だが、次の瞬間には突き出された槍が迫る。

 回避出来ない。本能的にそう察しつつも、何とか身を翻そうとして……


「飛斬!」


 そんなレイの言葉が響き、ナクトへと襲い掛かろうとしていた人形数体が纏めて切断される。

 何が起きたのか。それを理解するでもなく自らの命が助かったのを本能的に感じ取り、後ろに大きく跳躍してビューネの隣へと降り立つ。


「ふぅ……そろそろ厳しくなってきたな」


 呟きながら今の一連のやり取りで急激に額から溢れ出てくる汗を拭う。

 マースチェル家の屋敷であるのを示すかのように、この広大な地下室も真夏だというのに過ごしやすい温度だ。それでも湧き出てくる汗は、やはり自らの命が消えようとしていたからこそか。


(ティービアを助け出すまでは……こんなところで死んではいられない!)


 内心で呟き、再びビューネと共に多数の人形を相手にしながら戦いを挑んでいく。






「ふむ、現状で私を無視して仲間を助ける、か。確かにそれは正しい選択肢だと言えるだろうな。何せ私はこの様だ」


 チラリ、と自分の姿を確認するオリキュール。

 数ヶ所程レザーアーマーは斬り裂かれており、マジックアイテムとして普通よりも防御力が高い服にしても数ヶ所が既に破けている。

 いや、オリキュールだからこそ……そしてオリキュールの着ている服だからこそこの程度で済んでいるのであって、もしここにいるのがオリキュールでなければ、既にデスサイズの刃によって戦闘不能な状態に陥っていただろう。


「そろそろ足掻きは終わりか? 悪いがお前には今回の件で色々と聞かなければならないことがある。手足の1本や2本は斬り飛ばすかもしれないが、殺すことはないから安心しろ」

「……とても安心出来る話じゃないな。なら、もう少し粘らせて貰おうか。シルワ家に向かった戦力が戻ってくるまで持ち堪えれば、それは私の勝ちを意味するのだから」


 小さく笑みを浮かべながらそう告げ、右手にレイピア、左手にソードブレイカーを持ってしっかりと構える。

 自らが圧倒的に不利な状況にあっても、決して諦めることはない。

 現場を知らずに上から命令するだけではなく、実際にその身を幾度となく戦場に晒してきた者でなければ決して至れないだろうその表情に、微かにレイの顔が引き締められる。

 オリキュールの放つ雰囲気に飲まれたのではない。その身が宿す意思を感じ取り、ここからが正念場だと本能的に理解したのだ。


(自分が圧倒的に不利でも諦めないか。あのソードブレイカーのように、まだ何か奥の手があると見るべきか? いや、そんなものがあるのなら、もうとっくに使っていてもいい筈だが……)


 内心で呟きつつ、デスサイズを構えながらチラリとオリキュールの奥、魔法陣の方へと視線を向ける。

 そこで倒れているティービアは、相変わらず気を失ったままで目が覚める気配はない。周囲でこれだけ幾つもの戦闘が激しく行われているというのに、それなりに名前の知られている冒険者パーティの音の刃でリーダーを務めている者が気が付かないというのは明らかにおかしかった。


(魔法陣にその手の効果が……待て)


 内心の呟きが途中で止まる。

 魔法陣の中央にいるティービアの肌の色が最初に見た時よりも随分と青白くなっているように感じられたからだ。

 更にレイの嫌な予感を助長するかのように、ティービアが中心に置かれている魔法陣そのものも微かに発光していた。


「……なるほど、時間稼ぎにはこっちの意味もあった訳か」


 敵だというのに、オリキュールの説明を馬鹿正直に受け止めていた自分に苛立ちを覚え、同時に目の前に立つ相手へと忌々しげに睨み付ける。

 そんなレイの様子に気が付いたのだろう。オリキュールは口元に小さく笑みを浮かべたまま口を開く。


「おや、どうやら気が付いたようだな。正直人を無駄に死なせるというのは気が進まないが、家主に言われてはな」


 そう告げるも、オリキュールの表情は特に忌避感のようなものは浮かんでいない。

 オリキュールにしてみれば、自分――あるいは聖光教――に有益な死であるならば歓迎するというのが正直な気持ちであったが、見ず知らずの相手が死ぬのを協力者でもあるプリの不興を買ってまで助けるつもりは一切無かった。

 あるいは魔法陣の贄として捧げられているのが聖光教の信者であれば話は変わったのだろうが。


「彼女も死後の世界で光の女神の慈悲深さを知ることになる。今生では残念ながら信仰の道を選べなかったようだが、その罪もいずれ濯がれるだろう」

「ティービア!?」


 そんなオリキュールの言葉が聞こえた訳でもないだろうが、ビューネと共に人形達と戦っていたナクトの声が響く。

 戦闘中にもナクトは幾度となくティービアの様子を窺ってはいた。

 魔法陣の効果により外からは手を出すことが出来なくても、万が一ということがあるのだから。

 そして今、その万が一の事態がナクトの視線の先で起きていた。

 前に見た時よりも悪くなっているティービアの顔色と、光っている魔法陣というレイが見たのと同じものをその目にしたのだ。


「くそっ、どけぇっ!」


 魔法陣の方へと向かおうとするナクトの前に人形達が立ちはだかる。

 既にナクトとビューネで20体近い人形を倒しているにも関わらず、どこからともなく人形が姿を現すのだ。結果として、幾ら人形を倒しても現状を打破することは出来ない。


「ん!」


 ビューネの手にも、既に針は握られていない。ただでさえ身体が小さく、速度を重視しているビューネの戦闘スタイルを考えれば、幾ら細いとは言っても金属で出来ている針を大量に持ち歩くわけにもいかないのだ。

 現在ビューネの両手には2本の短剣が握られており、それを振るって人形達との戦闘を繰り広げている。

 だが、針という飛び道具を全て使い果たしてしまった今、ビューネと人形達との戦いは徐々に防戦の割合が強くなっていく。

 そんな中でナクトが魔法陣の方へと向かって踏み出したのは、状況を打破する一手となる。

 ナクト本人にそんなつもりはなかったのだろうが、人形達の創造主であるプリの魔法陣と生け贄。それをどうにかしようというのを、人形達は絶対に許す訳にはいかなかったのだ。


「サセルカ! ヤツヲトメロ!」


 先頭にいる人形の声に、他の人形達もまた同調してそれぞれの武器を構え……


 斬っ!


 次の瞬間、人形達のうち数体が身体を斬り裂かれて吹き飛ばされる。


「あら、そんな風に1人だけを見ているなんて残念ね。どう? 私とも遊ばない? こう見えても子供の頃はお人形さんで遊んだこともあるのよ?」


 その言葉と共に、再び振るわれる刃。

 真上から降ってきたその刃……魔力によって生み出された爪に、30cm程の人形は頭部を貫かれた状態のまま持ち上げられる。

 それを成した人物、ヴィヘラによって。


「バ、バカナ……オマエハマダ……」


 爪に貫かれたままの人形がそう告げるが、ヴィヘラはその状態のまま人形の頭部を先程まで自分が戦っていた方へと向けてやる。

 そこには、ローブの者達20人全てが意識か命のどちらかを失って床へと倒れ込んでいた。


「確かに連携に関しては見るべきところはあったわ。でもね、その連携の完成度が高すぎた為に1人、2人と崩れていけばもうどうしようもなくなるのよ。その結果があれな訳。……さて、お人形さん達は私を楽しませてくれるのかしら……ねっ!」


 その一声と共に、頭部へと突き刺さっていた爪で人形を完全に切断する。

 瞬時に物言わぬ人形の残骸と化したそれを足甲で踏みしめつつ、残っていた人形を一瞥した。


「キサマハ……ユルサン!」


 その行為が人形達の逆鱗に触れたのだろう。

 人形達にしてみれば、自分達の身体は創造主でもあるプリが作ったもの。それを踏みつけるというのは、決して許されることではない。

 人形達はその身に憎しみを宿しつつ、それでも気配や殺気といったものは発することなくヴィヘラへと襲い掛かる。


「レイに襲い掛かったのとか、ビューネ達と戦っているのを見ているのよ? 気配も殺気も無いままに襲い掛かってくるというのは確かに初見殺しではあるでしょうけど……1度見てしまえば対応するのはそれ程難しく無いのよ!」


 振るわれる爪、拳、肘、膝、足。

 薄衣を重ねた踊り子の如き衣装をはためかせながらヴィヘラは戦う。

 ……否、それは見ようによっては舞っていると言ってもいいのかもしれない。死の舞踏とでも表すべき踊りに、襲い掛かった人形の攻撃は一切当たることがないままに回避され、弾かれ、あるいは受け止められる。

 そんな状態のまま振るわれるヴィヘラの攻撃は、人形達にとっては致命的なまでに強力で……

 チラ、とヴィヘラの視線がナクトへと向けられる。

 ヴィヘラの動きに見惚れていたナクトは、しかしその視線の意味を取り違えることはない。

 即ち、今のうちに魔法陣をどうにかしろと。

 魔法使いではないナクトだったが、それでも今手が空いているのは自分のみである以上はやるしかない。

 そう決意を込めて魔法陣へと1歩を踏み出した、その瞬間。一条の雷が空中を走り、ナクトへと直撃。そのまま何を言葉に出すことも出来ずにナクトは床へと崩れ落ちる。


「おやまぁ、まだ素材を確保出来ていなかったようだね」


 レイ達が入ってきた扉ではなく、オリキュール達が入ってきた扉。そちらから聞こえてきた声の持ち主に視線が集まる。

 そこには身体中を宝石で着飾った1人の中年の女が幾体もの人形を従えるようにして存在していた。

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