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レジェンド  作者: 神無月 紅
迷宮都市エグジル
502/3865

0502話

新年明けましておめでとうございます。

今年もよろしくお願いします。

 太陽が沈み、エグジルが闇の中に包まれている中、レイ、ヴィヘラ、ビューネ、ナクトの4人は目的でもあるマースチェル家へと向かっていた。

 潜入して捕らえられているティービアを助けるという目的がある以上、まさかいつものように馬車に乗って移動する訳にもいかず、かと言ってあからさまに走っている姿を見られれば周囲の注意を引くという問題もあって、多少早足で街中を歩いて行く。


「ヴィヘラがいる以上、どうやっても人目を引くんだけどな」

「あら、そうかしら? 私としては別にそんなつもりはないんだけど」

「……自分の容姿や格好、評判を思い出してから言ってくれないか」


 レイの口から出た言葉にヴィヘラがそう返すも、自分の容姿を理解していないかのようなその言葉に殆ど反射的に返す。

 幸い、今は既に夜の闇に包まれているおかげで昼間のように周囲からの視線が向けられてはいないが、それでもレイ達が近くを通るとヴィヘラの妖艶な容姿と踊り子のようなその姿に視線を向けてくる者は多い。


(もう少しマースチェル家まで近づけば人通りも少なくなるんだけどな。……こうして考えると、セトがいないのは痛いな。酔っ払っているからって、狂獣とか呼ばれているヴィヘラにちょっかいを出すなよ。いや、それだけヴィヘラが男を引きつけるのはしょうがないんだろうけど)


 酔いで薄らと頬を赤くした2人組の男に口笛を吹かれているのを無視しながら、内心で呟くレイ。

 体長2mを超えるグリフォンのセトがいれば、例え酔っ払っていても迂闊にちょっかいを出すような者はいなかっただろうと思ったからだ。

 レイ自身も深紅という異名持ちではあるが、それはあくまでもセトとセットでこそだ。今のレイの外見からは、とてもではないが凄腕の冒険者だと判断することは出来ないだろう。

 まだ10歳のビューネに至っては言うまでも無い。

 そんな中、意外なことにこの一行の中で最も役に立っていると言えるのはナクトだった。

 ある程度知名度のあるパーティでもある音の刃の盗賊として知られており、それに気が付けば酔っ払っている者も変に絡んでくることもない。 

 あるいはそれを知らない者でも、この中では一番の強面であるナクトが睨み付ければ大人しく引いていく。

 そう、例えば現在ヴィヘラとレイに向かって口笛を吹いてきた2人のように。

 そんな風にやり取りをしながら夜の街を進んでいき、ナクトやビューネの案内で人通りの少ない裏道を進み続け……やがて遠くにマースチェル家の屋敷が月明かりに照らされている光景を目にする。

 街中にある建物とは違い、幾つもの明かりによって照らし出されているその屋敷へと視線を向け、ナクトが口を開く。


「見えたな。……ここからは今までよりも警戒して進もう。ビューネ」

「ん」


 同じ盗賊としての視線を交わし、少しでも怪しい場所が無いかと素早く視線を移しながら進む。

 だが、幸か不幸か誰かが襲ってくる様子もなく、マースチェル家の屋敷にどんどんと近づいていく。


「……暇ね。どうせなら一気に襲ってきてくれないかしら? 出来れば強い相手だといいんだけど」

「一応潜入するんだから、ここで騒ぎを起こすのはごめんだぞ」


 濡れたような視線を手甲に向けながら呟くヴィヘラだったが、その後ろではレイが溜息を吐きながら盗賊2人の邪魔にならないように小声でヴィヘラの背へと声を掛ける。

 薄衣を幾重にも重ねたような服だけに、その布越しに白い背中が視界に入る。

 いや、月光が降り注いでいる中ではその艶めかしさがより強調されていると言うべきか。

 もっとも、この状況でその背中に見惚れるような真似が出来る筈も無い。レイはいつでも敵の襲撃に対応出来るように、背後へと意識を集中しながら進む。

 隊列としては先頭をナクトとビューネ、その次にヴィヘラで最後にレイという順番になっている。そうなれば当然レイの役目は背後からの奇襲に備えることだった。

 だが、そんな一行の心構えとは裏腹に、一向に敵が襲ってくる気配は存在しない。

 そのまま歩き続け、やがてマースチェル家の屋敷のすぐ側まで到着した一行は不思議な……というよりも不審な思いを感じつつ顔を見合わせる。


「どう思う?」

「可能性としては、スラムのアジトが襲撃されたのをまだ察知していないとか?」


 レイの言葉にヴィヘラがそう言葉を返すが、ナクトは首を傾げる。


「さすがにマースチェル家がそこまで情報に鈍いとは思えないんだが……」

「じゃあ、なんでこうもお出迎えが無いのかしら?」


 ヴィヘラの口から不満そうな言葉が漏れる。

 何しろ強敵との戦いを求めてマースチェル家までやってきたというのに、雑魚すらも姿を現さないのだ。

 ナクトにしてみれば、潜入を目的としているのだから喜ぶべきことだという思いが強いのだが、そもそもヴィヘラはティービアという相手とは面識も無く、そこまで気を遣う必要を感じていない。

 もっとも、それを口にするとレイに咎められると思っているので、心の中で思っているだけで口にはしないが。


「無難に考えれば、敷地内に入ってきた相手を逃がさないように誘き寄せているとかだと思うけど……レイはどう思う?」

「ま、その可能性が一番高いだろうな。マースチェル家としての戦力に自信があるのか、あるいはそれを覆す何らかの切り札を持っているのか。どのみちティービアを助ける為には中に潜入しないといけないだろ」

「確かに」


 ナクトの言葉にあっさりと言葉を返したレイは、それでも念の為にと周囲を見回す。

 ビューネやナクトのように盗賊特有の観察眼は持っていないが、レイの身体はゼパイル一門謹製でありその五感もまた鋭いし、夜目も普通に利く。

 だが、その視線で周囲を見回しても特に襲撃者の類が隠れているようには見えない。

 唯一の例外は門の前にいる2人の門番だろうが、その門番にしてもどこかだらけているように見える。

 その様子が寧ろ不気味に見え、溜息を吐きながら呟く。


「ここまで何も無いと、逆に忍び込むのに躊躇するよな」

「とはいえ、レイが言ったようにティービアとかいうのを助ける為には中に入らない訳にはいかない。……でしょ? ならまずは私が行かせて貰うわ」


 それだけを言うと、ここでじっとしていてもしょうがないとばかりにヴィヘラは地を蹴って素早くマースチェル家の屋敷へと向かっていく。

 それでも門番の守っている門ではなく少し離れた壁へと歩いて移動しているのは、ヴィヘラにしてもここで騒ぎを大きくしたくないからなのだろう。

 あるいは明るければ門番もヴィヘラの様子に何か不審な物を感じたかもしれない。だが今は既に夜であり、光源と言えば月明かりと屋敷内部のマジックアイテムのみ。

 勿論他の場所に比べれば十分に明るいのだが、ヴィヘラのような存在をきちんと目視出来るかと言われれば否だった。

 そのまま門番達の死角になる位置まで移動すると、数歩の助走の後跳躍し、高さ5m程の壁の丁度中間の位置にある、飾りとして付けられている鳥の彫像へと触れてそのまま壁の上へと登り切り、一瞬だけレイ達の方へと視線を向けて小さく頷き、すぐにマースチェル家の敷地内へと降りていく。


「どうやら特に罠の類は無いらしいな」


 ポカンとした様子でそんなヴィヘラの様子を眺めていたナクトは、小さく呟かれたレイの言葉で我に返った。

 一瞬なんて無茶な真似を……と憤ろうとしたが、すぐに今はそれどころではないと判断する。

 忍び込む以上は誰かがやらなければいけなかったことであり、それを自ら進んでやってくれたのだからと。


「じゃ、先に行かせて貰うぞ。そっちも遅れるなよ」

「ん」


 レイとビューネもまた、ナクトに軽く言葉を掛けながら門番達の死角になる位置へと向かって進んでいく。

 そのまま助走を続け、跳躍。ここまではヴィヘラと同じだったが、次の瞬間にはスレイプニルの靴を発動。1歩、2歩と空中を足場にしながらあっさりと高さ5m程の壁を飛び越えて屋敷の敷地内へと到着する。

 その後も1歩だけ空中を足場にし、衝撃と着地する音のほぼ全てを消しながら綺麗に切り揃えられた芝生の上に着地する。

 レイが着地したのとほぼ同時にビューネもまた芝生の上に着地し、それから数秒程遅れてナクトもレイの近くへと着地していた。


「……ここでも襲撃が無い、か。となると、本気で気が付いていないのか?」


 着地した瞬間、小回りが利くようにとミスティリングから取り出したナイフを構えながら周囲を警戒していたレイだったが、待ち構えている敵の姿どころか、見張りの1人すらも存在していない。

 それは真っ先に庭の中に降り立ったヴィヘラにしても同じことで、マジックアイテムでもある手甲から魔力によって生み出された鋭い爪を伸ばしつつも、すぐに残念そうな溜息を吐いて爪を消滅させる。


「ま、潜入している以上は敵がいない方がありがたいんだけど……1人もいないというのはさすがに予想外だったな。出来ればこの辺りで1人くらい道案内を確保しておきたかったんだが」


 1人も敵の姿が見当たらないという状況に多少不愉快そうに眉を顰めながら周囲を見回す。


「あの聖光教の奴等にもっと情報を聞き出した方が良かったんじゃないか?」

「無駄よ、ナクト。あの6人は心の底から聖光教に傾倒していた。いえ、あの様子だと既に洗脳と言ってもいいわね。そんな奴等が自分達の情報を漏らすと思う? 良くて殉教よ。それに時間が無かったのも事実だしね。あそこで無駄に時間を使っていれば、ここに来るのはもっと遅くなっていたでしょうし、そうなれば捕まっているティービアとかいったかしら。そっちも命の危険があったでしょうね」

「……まぁ、確かに」


 そもそも、時間が無いと騒いでいたのはナクトのパーティメンバーでもあるエセテュスだったのだ。それを思えば、ここでレイ達に何かを言ってもしょうがない。


「だが……その肝心のティービアがいる場所が分からないと、どうしようもないぞ? まさかあの屋敷の中に入って隅から隅まで調べる訳にはいかないだろうし。それに、あのアジトにあったように隠し部屋みたいなのがあったら……」

「それこそお前やビューネの出番だろ」

「……そう気軽に頼られても困るんだけどな。マースチェル家みたいな大きな屋敷だと、当然設計段階から色々と仕込んでいる可能性も否定出来ない」

「ん!」


 レイの言葉に難色を示すナクトだったが、ビューネは自分に任せろとばかりに呟く。

 自分よりも大分小さい……より正確には幼いとすら言ってもいい少女の言葉を聞き、ナクトの口から溜息が出る。


「分かったよ。幾ら何でも、こんなお嬢ちゃんに任せきりにする訳にもいかないしな。それにティービアを助ける為には、この中で俺が一番頑張らないとエセテュスに何を言われるか分かったもんじゃない」

「よし、話は決まったな。なら後はさっさと屋敷の中に忍び込んで、出来れば案内役を確保しよう」

「けどここで待ち受けていなかったってことは、きっと屋敷の中にもそれ程の人数はいないわよ? マースチェル家は元々使用人の数がかなり少ないって話だし」

「それでもやるしかないだろ」

「ま、そうなんだけどね」


 そう決まり、一行は周囲を警戒しながら屋敷の方へと向かって近づいていく。

 外とは違い、壁に幾つもの明かりを灯すマジックアイテムが嵌まっており、近づけば当然その姿は見つかりやすくなる。

 だが、マースチェル家には警護としても雇われている人の姿は少なく、庭を横切り屋敷へと近づいていくレイ達の姿を見咎める警備の人間はいなかった。

 ……そう。警備の人間は、だ。


「シンニュウシャヲ4メイカクニン。マスターヘレンラクヲ」

「リョウカイ。タイオウニツイテハ、イチジヨウスミデ」


 そんな、普通の人間では聞き取りにくい声が周囲に小さく響く。


「……何だ? 今、何か……」

「レイ? どうしたの?」


 屋敷の壁の近くまで到着したレイが、唐突に身動きを止めて周囲を見回す。

 だがそれに対してヴィヘラが問い掛けると、結局は特に怪しい物を見つけることも出来ず、小さく首を横に振る。


「いや、何でもない。ちょっと変な音が聞こえたかと思ったんだが……」


 その一言にビューネとナクトは素早く周囲へと鋭い視線を向ける。

 何か少しでも異常があれば見逃さないとばかりに見回すが、特にこれといって警備の人間は存在していない。


「悪い、多分俺の気のせいだ」

「そうか? ならいいんだけど……何があるか分からないからな。これからも何か気になることがあったら言ってくれ。ここがマースチェル家の屋敷で、聖光教もいる以上、どんな手を使ってくるか分からないからな」


 そう告げたナクトは、近くにある窓へと手を伸ばして中の様子を探る。

 その様子を見ながら、依然として誰かに見られているような視線を感じるレイ。

 だが周囲を見回しても生き物の気配の類は存在しない為、何か得体のしれないものを覚えるのだった。

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