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レジェンド  作者: 神無月 紅
迷宮都市エグジル
499/3865

0499話

 スラム街にある目標の建物の裏側へと回り込んだレイとセト。

 場所が場所だけに、かなり道が入り組んではいた。だが、それでも襲撃が行われる前にその建物の裏へと到着したレイの視線に映ったのは、案の定と言うべきか裏口の扉だった。


「まぁ、自分達が危険なことをやっているって自覚があるんなら、何かあった時の為に逃走ルートは準備しておくよな」

「グルゥ」


 誰にともなく呟いた独り言に、セトが喉を鳴らして同意する。

 そんなセトの頭をそっと撫で、建物の中で騒動が起こるのを待っていると……不意に建物の中が騒がしくなったのがレイとセトの耳に聞こえてきた。

 普通であればまず無理な芸当だが、通常よりも鋭い五感を持っている1人と1匹にしてみれば聞き違える筈も無い。


「さて、じゃあ俺達も行くか。さすがに地下通路の類は無いと思うが、他に隠し通路があったりはするかもしれないから気をつけろよ」

「グルルルルゥ!」


 レイの言葉に、了解と短く喉を鳴らすセト。

 この建物を使い始めたのが最近である以上、地下通路のようなものを掘っている時間は無かっただろうという判断だったが、レイの脳裏には一瞬魔法を使えばそれ程苦労せずに地下通路を掘れるかもしれない、と浮かぶ。

 だが、この世界は魔法を使える者は限られている。可能性としては少ないだろうと内心で却下したレイは、そのままセトと共に建物へと向かう。

 幸いと言うべきか、この裏口の近くには表と違って窓は無い。それでもマジックアイテムのような何らかの手段を警戒したレイ達だったが、特に何があるでもなく裏口へと辿り着く。

 建物の中から聞こえてくるのは破壊音。

 もし裏口を警戒している者がいたとしても、間違いなく表から堂々と乗り込んできた集団……特に頭に血が上っているだろうエセテュスや、戦闘を楽しむヴィヘラに意識が集中しているのだろうと判断する。


「……」


 レイが確認の意味も込めて無言でセトへと視線を向けると、セトもまた微かにだが喉を鳴らす。

 それを確認し、ミスティリングから建物の中では使い勝手の悪いデスサイズではなく短剣を取り出してからタイミングを計り、扉をそっと開ける。

 あるいは蹴り破って、敵に挟撃かと思わせるという手段もあったのだが、それだと追い詰められた敵が人質を取る可能性もあると判断した為だ。

 そして話し声が聞こえてきた瞬間、取りあえず少しでも情報を集める手掛かりになればと、サイズ変更のスキルを使って身体を縮め建物の中に入ったセトとレイは、近くの通路へと身を隠す。


「くそっ、何だってここが襲撃を受けてるんだよ! お前達、逃げてくる時に真っ直ぐここに向かったんじゃないだろうな!?」

「そんな素人みたいな真似をするか!」 

「なら、なんであいつらがいるんだよ! オグル、あのエセテュスとかいう奴はお前達が襲撃した相手だろ!」

「知るか、くそっ! あの2人だけならまだしも、あの時に助けに来た狂獣が一緒にいるとか、冗談にも程がある!」

「せめてもの救いは、俺達が逃げる猶予が出来たことか」

「落ち着いている場合か! あの捨て駒達が時間を稼いでいるうちに、早いところ一旦退くぞ。俺達の情報を奴等に……それを通してシルワ家に渡すわけには行かないんだからな!」


 そんな風に数人が話ながら裏口の方へと近づいてくるのを感じ取るレイとセト。

 その間も、家の中からは戦闘音と思しき破壊音が響き渡っている。

 誰がそれの音を立てているのかというのは容易に想像がつきながらも、裏口の方へと近づいてくる相手の前へと姿を現そうとし……


「捕らえた奴はどうする? 俺達の顔を見ている以上、向こうに渡せばこっちの素性を知られることになるが」

「……何? 確かもう向こうに運び込んだ筈だろ? 俺と一緒にあの忌々しい人形に脅された時に」

「それはあいつらが探しているティービアとかいう女だろ。その後に捕まえた奴だよ」

「待て、俺はそんな話は聞いてないぞ? もし本当にまだいるって言うのなら……」


 ふと、そんな声が聞こえてきて一瞬足を止める。


(ちっ、やっぱりここにティービアはもういないのか。そうなるとこいつらから少しでも多く情報を集めた方がいいか。それと、マースチェル家と繋がっているという証拠も欲しいところだな)


 内心で素早く考えを纏めると、自分の側にいるセトへと行くぞという合図を込めて軽く首を叩いてから、男達の前へと姿を現す。


「残念だが、ここは行き止まりだ。通りたかったら、大人しく情報を吐いてからにして貰おうか」


 突然目の前に出てきたレイと、そして何よりもセトの姿に男達の動きは一瞬止まり……次の瞬間には躊躇無く距離を詰める。

 言葉を交わした訳でも、あるいは何か合図があった訳でも無い。だが、その場にいた男達の行動は見事なまでに連携が取れていた。

 6人の男のうち、2人ずつがレイとセトへと襲い掛かって少しでも時間を稼ぎ、残りの2人がその隙を突いて裏口から建物の外へと逃げ出そうとする。

 ここに来るまでのやり取りでは色々と言い合っていたが、その行動には一切の躊躇が無い。

 だが……それでもこの場合は相手が悪かったと言うしか無いだろう。

 捨て身でレイの動きを止めようとした男2人は、手に持っていた短剣を突き出し、あるいは棍棒を振り下ろした攻撃をあっさりと回避され、鳩尾に短剣の切っ先を素早く埋められ、そのまま床へと倒れ込む。

 短剣自体は鞘に収まったままだったので死にはしないだろうと判断したレイは、一瞬だけセトの方へと視線を向ける。

 そこでは、セトの前足に横殴りに吹き飛ばされた男2人が裏口から脱出しようとしていた男2人へとぶつかって巻き添えにしながら床へと吹き飛ばされていた。


(ま、心配する必要は当然無いか)


 勝って当然と安堵し、セトに吹き飛ばされた男の身体の下でもがいている男達の近くへと近寄り、最初に襲ってきた2人同様に意識を断っていく。


「さて、ここから逃げようとしていた以上、この6人は他の奴等に比べて色々と詳しいことを知っているのは間違いない。となると、情報源としてはこいつらがいれば十分な訳だが……」


 呟きつつ、レイの脳裏を過ぎったのは先程男達が話していた内容。

 ティービアの後に捕らえられた者がいるという話だ。


「俺達の知らない情報を何か知ってる可能性もあるし、ここで見捨てるのは勿体ないか。……セト、悪いがこいつらの見張りを頼む。もし起きたらまた気を失わせてくれ」

「グルルゥ?」


 レイの言葉に頷きつつも、セトの視線は裏口に向けられている。

 それだけで何が言いたいのかを理解したレイは、頷きを返して口を開く。


「ああ、そいつらを外に運び出した方がいいな。サイズ変更のスキルをエレーナ以外に見られるのは面白くないし」

「グルゥ!」


 レイの言葉に短く鳴き、そのままクチバシで鎧や服を咥えながら運ぶセトと、念の為に6人が意識を取り戻さないように見張っているレイ。

 セトにしてみれば、大の男6人を運ぶというのも大して苦労する筈も無く、数分でその作業を終了する。

 そのまま地面に並べられた男を見たレイは、ふと日本にいる時にTVで見た築地でマグロが並べられている光景を思い出しながら、セトにその場を頼んで早速建物の中へと入っていく。

 建物の中から未だに聞こえて来る破壊音は、突入したエレーナ達がまだ暴れているということなのだろう。


(正確にはヴィヘラか)


 妖艶な戦闘狂の姿が脳裏を過ぎり、思わず苦笑を浮かべる。

 だが、その苦笑もすぐに消え、捕まっているという相手を探すべく建物の中の探索を進めていく。

 建物の広さ自体はそれ程でも無いので、すぐに捕らえられている相手を見つけられるだろうと判断していたレイだったが、数分程建物の中を見回っても人を閉じ込めておけるような部屋や、あるいは牢屋の類は存在していない。


「残っているのはあっちだが……」


 視線が向けられたのは、未だに騒がしく破壊音の聞こえてきている方向。

 だが、その方向は建物の出入り口付近だ。そんな場所に捕らえた相手を置いておくかと言われれば、疑問が残る。


「後の可能性としては隠し部屋とか地下室とかだが、さすがにそれは1人で見つけるのは難しいな。いっそ薄き炎で……いや、目立ちすぎるか」


 探索用ではあるが、実際に炎を出す以上は悪目立ちがしすぎる。ダンジョンでならともかく、このような場所で使えば大きな騒ぎになるのは間違いなかった。

 多少暴れる程度であれば、スラムの住民も見て見ぬ振りをするだろう。だが、火事となれば話は別だ。何しろ、下手をすれば自分の住処までもが燃やされてしまう可能性があるのだから。

 そのまま1分程どうするか迷ったが、その間に建物の中での戦闘も終了したのだろう。破壊音やら悲鳴やらが聞こえてこなくなったのを悟り、分からないのなら本人に聞けとばかりにそちらへと向かっていく。

 セトのいる裏口の方へと向かわなかったのは、純粋に近いのが突入組の方だった為だ。

 一応念の為とばかりに周囲を警戒しながら進んでいくと、やがてその光景がレイの視界内に入ってくる。

 扉や壁は破壊されており、中には壁に上半身を突っ込んで気を失っている男も存在していた。

 玄関付近は特に酷い。そこで激しい戦闘……と言うよりも、ヴィヘラの蹂躙があった為なのだろう。既に殆ど原型を留めておらず、スラム街にある屋敷ということもあって、いつ崩れてもおかしくない有様だ。

 倒れている男達の数も10人を超えているだろう。その殆どが多かれ少なかれ骨折と思しき怪我をしており、その割にはヴィヘラとエレーナは無傷、エセテュスとナクトは軽い切り傷に打撲といった怪我が精々だったことを思えば、この場でどれ程一方的な戦いが行われたのかは想像するのに難しくない。

 時間稼ぎの為だろうが、自ら地獄を生み出すために立ち向かった男達に思わず呆れの視線を向ける。


「あら、レイ。そっちはもう終わったの?」


 鋭くレイの姿を見つけたヴィヘラの問いに、小さく頷いてから口を開く。


「予想通り裏口から逃げ出そうとしていた奴がいたから、こっちで捕らえておいた。こいつらを捨て駒にして逃げ出そうとしていたようだから、少なくてもここで気絶している奴等に比べれば色々と詳しい情報は持っていると思う」

「ティービアに関しての情報は!?」


 レイの言葉を聞いていたエセテュスが勢い込んでそう訪ねてくるが、レイはそれに黙って首を横に振る。


「逃げ出そうとしているときに盗み聞きした話によると、既にティービアはどこか他の場所に運び込まれているらしい」

「な……くそっ、折角……」


 やはり可能性が少ないと分かってはいても、ここが襲撃してきた者達のアジトであった以上一縷の希望を持っていたのだろう。苛立たしげに地面を蹴るエセテュスを、ナクトが落ち着かせるように背中を叩いていた。

 そんな様子を見ながら、エレーナがふと気になったことをレイへと尋ねる。


「それで、レイは何をしにわざわざ建物の中へ? 脱出しようとした者達を捕らえたと知らせにか?」

「いや、何でもこの建物のどこかにまだ捕らえられている奴がいるらしいから、それを探しに来たんだが……」

「結局見つからなかった訳ね」


 エレーナとレイの話を聞いていたヴィヘラの言葉に、小さく肩を竦めて頷くレイ。


「建物の中は殆ど見て回ったけどな。そうなるとどこかに隠し部屋か何かがあると思うんだが、その場所をこいつらに教えて貰おうと思った訳だ」

「わざわざこっちに来なくても、レイが気絶させた方でも良かったんじゃ?」

「こっちが近かったというのもあるし、あっちだと俺とセトだけしかいないから、いざ何かがあった時、それこそ一斉に散らばって逃げようとしたりしたら手が足りなくなるかもしれないしな」


 そう告げながら、一番近くで玄関を構成していたと思われる木材の下敷きになって気を失っている男へと近づき、その顔に流水の短剣から生み出した水を掛けて意識を取り戻させる。

 その味を知っているエレーナ、ヴィヘラが勿体ないといった表情を浮かべ、ビューネにしても若干表情を変えながら男が意識を取り戻すのを待つのだった。

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