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レジェンド  作者: 神無月 紅
迷宮都市エグジル
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0497話

 エレーナの口から出た、今回の件にマースチェル家が関わっているという言葉に、ピクリと反応したのはビューネだった。

 ビューネにしてみれば、今回の件にマースチェル家も関わってくるというのは色々と思うところがあったのだろう。

 そんなビューネの代わりにヴィヘラが口を開く。


「マースチェル家が? 何でそう言い切れるの?」

「それこそ、私がマースチェル家の当主に直接会ってそう感じた……としか言えないな」


 ヴィヘラの問い掛けにエレーナはそう答え、小さく肩を竦めてから言葉を続ける。


「勿論幾つかの状況証拠もある。例えば異常種の件を表向き行っていたレビソール家だが、その研究所にシルワ家の者達が向かった時には既に研究者は全員が殺されていた。レビソール家とシルワ家が抗争を起こしている中で、そんな大掛かりな真似を出来る勢力というのはそれ程ないだろう?」


 勿論3家以外にも裏の組織は幾つかある。迷宮都市という、富が集まる場所であるのを考えると当然だろう。

 だが、それでもやはり一番可能性が高く、疑わしいのはマースチェル家だった。

 そもそも、マースチェル家はこのエグジルにあるダンジョンを見つけたパーティの中でも、魔法使いの子孫だ。当然今でも魔法に関しては他の家より1歩も2歩も抜きんでており、普通に考えれば異常種を生み出すという件でも真っ先に怪しまれてもおかしくないのだから。


「それに、これはちょっとこじつけが過ぎるかもしれないが……異常種を生み出す為の研究所があったのがスラム街。そして今回エセテュス達が襲われたのもスラム街近く。スラム街が色々とこの手のことをするのに丁度いいと言われれば否定は出来ないが、異常種と襲撃事件に関連性があるというヴィヘラの言葉は納得出来るものがある」

「なら早速マースチェル家に!」


 エレーナの言葉を聞いていたエセテュスが、そう言って立ち上がり掛け……隣に座っていたナクトに止められる。


「落ち着け。あくまでもこれは推測に推測を重ねたものでしかない。決定的な証拠は何一つ無いんだ」


 エセテュスへとそう告げつつも、ナクトはどうにかして自分達を襲ってきた相手の1人でも捕まえていられれば、と悔やむ。


(そうすればどうにかして情報を引き出して、それをシルワ家に伝えるなりして大義名分を得ることも出来たんだが)


 そんな風に内心で呟くナクトだったが、そんなのは関係ないとばかりにヴィヘラが口を開く。


「さて、話も纏まったことだし、そろそろ行きましょうか」

「行くってどこへ?」

「決まってるじゃ無い。貴方達を襲った相手の情報を貰いに、よ」

「いや、だからその情報が無いから……」


 ナクトが言葉を続けようとするも、ヴィヘラは首を横に振って言葉を止め、笑みを浮かべる。


「この宿に来る前に寄り道してきたでしょ? あの時に馴染みの情報屋にあの場にいた男達の容姿を告げて、情報を集めるように依頼してきたのよ」


 その言葉を聞き、ナクトは宿へと向かう前に用事があると言ってヴィヘラが寄り道していたのを思い出す。

 エセテュスもそれは同様であり、驚きの視線をヴィヘラへと向けながら口を開く。


「あの掘っ立て小屋か!? にしても、こうも早く動いていたなんて……」

「当然でしょ。何しろこの手のことでは早ければ早い程いいんだし。……もっとも、その情報屋は私じゃなくてビューネの伝手なんだけど」


 微笑を浮かべてビューネへと視線を向けるヴィヘラ。

 だが視線を向けられた本人はと言えば、特に気にした様子も無く未だに果実水をゆっくりと飲んでいた。


(そもそも、『ん』の一言で意思疎通を終わらせるビューネが、どうやって情報屋とやり取りをしていたんだ?)


 ふとレイの内心にそんな疑問が湧き上がるが、とにかく今はここで時間を掛ける訳にはいかないとばかりに立ち上がる。

 ティービアの生存に関して時間の問題があるうえに、異常種の件を少しでも早く解決できるのであればレイとしてもここで動かないという理由は無かった。

 もっとも、レイ本人としてはダンジョンから出てきたばかりで多少の疲れがあるのは事実だが。


「ただ、異常種の件があるのなら色々と思うところはあるだろうが、シルワ家にも情報を伝えておいた方がいいだろうな」


 そう告げ、周囲を見回すがすぐに首を横に振る。

 自分とエレーナ、ヴィヘラはこの集団の中で戦力的に主力であるし、ビューネはシルワ家を嫌っている。エセテュスとナクトの2人は、ティービアを救出に向かう以上は絶対に抜けないだろうと判断した為だ。


「別に私達の誰かが行く必要はないでしょう? この宿の従業員にでも言伝をしてもらえばいいじゃない。ここは高級な宿なんだから、それくらいのことには対応してくれる筈よ?」

「それは俺も考えたんだが……ちょっと危険じゃないか?」


 シルワ家に向かう途中で、その情報が伝わるのを恐れてエセテュス達を襲った相手が手を出す……という可能性もあるのだ。

 だが、ヴィヘラはそんなレイに向かって首を横に振る。


「こういう宿には、当然腕自慢の護衛がいる筈よ。その人達に一緒に行って貰うか、あるいは護衛自身に行って貰うというのも手ね」


 結局はその案が採用され、ボスクへと知らせる情報を手紙に書いてから一行は宿を出るのだった。






「随分と目立ってるような……いいのか、これ?」


 街中を歩いていると、周囲からの視線が向けられ続けているのを気にしてエセテュスが呟く。

 確かに一行の姿は目立っており、視線を集めている。

 ただし、その視線は別に悪意があるものではない。いや、寧ろ好意的であるとすら言えるだろう。

 ……もっとも、その視線の半分近くはセトとイエロに、そしてもう半分はエレーナとヴィヘラに向けられているのだが。

 前者は愛らしい存在に対する視線であり、後者は外見だけで言えば信じられないくらいの美女というものだから当然だろう。

 ただし、ヴィヘラの場合は以前何らかの理由で揉めた者も多い為か、若干畏怖の視線も混ざっているが。


「で、その情報屋というのはどこに?」


 長年同じような視線を向けられ続けて既に麻痺しているのか、縦ロールの黄金の髪を掻き上げながら尋ねるエレーナに、ヴィヘラもまた同様に自らの美貌へと向けられる称賛と畏怖の視線を全く気にせずに口を開く。


「ここからもう少し裏通りに入ったところよ。あれだけ目立つような真似をしたんだから、最低限どっちの方へと向かったかは調べが付いている筈。そうすれば、その逃走方向を中心に調べを進められるでしょ」

「だが、その……あいつらも逃げる以上はその辺を考えて、意図的に遠回りしたりするんじゃないか?」


 そろそろ太陽が西へと向かいつつあるというのに、相変わらずの暑さに額の汗を腕で拭いながらエセテュスが尋ねる。

 だが、それに返ってきたのは、驚きの表情だった。

 それも、ヴィヘラだけではない。エレーナやレイ、そして滅多に表情を動かすことのないビューネまでもが小さく目を見開いている。


「な、何だよ。そんなに俺が頭を使ったらおかしいか!? それよりも、早く行こうぜ。ティービアが心配だからな」


 心外だとでも言いたげに吐き捨て、先を急かす。


「落ち着きなさい。ここで慌てても相手を喜ばせるだけよ。恐らくは、今もきっとどこからかこっちを見ているんでしょうし」

「……本当か?」

「恐らく、ね。もっとも、向こうが何か手を打とうとしてもセトがいれば問題なく先手を取れるでしょうけど」

「グルゥ?」


 何? と小首を傾げるセトの頭をそっと撫でたヴィヘラは、そのまま落ち着き払って通りを歩き続ける。

 その様は、情報屋の下へと向かっているというよりは、いっそ周囲の店を眺めながら時間を潰しているかのように。


「ん」


 そんなヴィヘラの言葉に、その通りという意味も込めてビューネが呟き、一行はゆっくりと道を進んでやがて少しずつ裏通りの方へと入っていく。

 そのまま20分程も経つと、既に周囲に人の姿は殆ど無い裏路地の一画へとやってきていた。

 一行の中で最も身体の大きいセトだが、まだ何とか自由に歩ける程度の広さがあったのは幸運だったと言える。

 スラム街の近くにある裏路地とは違い、どこか寂しげな雰囲気を受けるのは人の通りがスラム街程には多くないからだろう。

 そんな中をヴィヘラとビューネの案内に従って進み続け、やがて今にも崩れ落ちそうな掘っ立て小屋へと到着する。


「……ここが、か?」


 尋ねるエレーナの声に、黄金の風亭へと向かう前にここに寄ったエセテュスも分かると頷く。

 ナクトは特に表情を変えておらず、特に問題無いという態度だ。


「そうよ。……いるかしら」


 ヴィヘラが扉を軽く叩きながら発したその言葉に、50代程の初老の男が扉から顔を出す。

 粗末ながらそれなりに整った服装をしているその男は、とてもではないが今にも崩れそうな掘っ立て小屋に住んでいるような人物には見えない。

 そんな男は、尋ねてきた相手の顔を見ると嬉しそうに笑みを浮かべて頭を下げる。


「ようこそおいで下さいましたビューネお嬢様、それとヴィヘラさんに……そちらの2人はエセテュスさんと、ナクトさんでしたね。それと……おや、珍しい。深紅と姫将軍まで」


 だが、その口から出た言葉にヴィヘラとビューネ、そしてセトとイエロ以外の全員の顔が驚愕に歪む。

 レイとエレーナは、自分の……より正確にはレイの深紅という異名だけではなくエレーナの異名までもが知られた為に。

 そしてエセテュスとナクトは、レイと共にいたエレーナがどのような人物なのかを悟り。

 顔までは知らなくても、さすがに姫将軍という異名は知っていた。いや、ミレアーナ王国に住んでいる者や、その周辺に住んでいる者で姫将軍の異名を知らない者は皆無だろう。


「ひ、姫……将軍、様?」

「ケレベル公爵家の……」


 ギギギ、とでも音がしそうな程に硬い動きで向けてくる視線に、エレーナは小さく溜息を吐いて口を開く。


「別にそこまで不必要に畏まる必要は無い。今の私はケレベル公爵騎士団のエレーナ・ケレベルではなく、ただのエレーナとしてここにいるのだからな」


 今にも跪きそうになっていたエセテュスとナクトへとそう告げ、小さく溜息を吐いてから男の方に視線を向ける。


「確かに腕の立つ情報屋ではあるようだ」


 エレーナ自身の素性はギルドの方で止められているし、シルワ家、マースチェル家、レビソール家の方でも広げていない。

 冒険者で知っている者もいるが、そちらはギルドの方から広めないようにとそれとなく通達されている筈だ。

 勿論そう言われた者が全員完全に口を噤む訳では無いが、それでもエレーナの情報が広まっているのはごく少数の筈だった。


(あるいは情報屋である以上、元々私を知っていたという可能性もあるがな)


 内心で呟き、視線をビューネの方へと向ける。


「ん」


 そんなエレーナの視線に、ビューネはいつものように一言だけ呟き頷く。

 少なくても、ビューネ自身がエセテュス達のような態度をとっていないというのは、エレーナにとっては嬉しい出来事だった。

 ビューネの口から出た一言で納得したエレーナは、改めて情報屋の老人へと視線を向ける。


「それで、私の素性を知っているというのは分かったが、襲撃犯達に関してはどうなのだ?」

「ええ。勿論確認していますよ。ただ、アジトは分かりましたが、さすがにこの短時間ではその正体までは分かりませんでした。……ですが、その中の何人かが面白い場所へ向かっているのを確認出来ています」

「面白い場所?」


 そう尋ねたエレーナの言葉に、老人は頷き口を開く。

 人の気配に敏感なものなら……いや、その手の感情に対して鈍感であったとしても気付かざるを得ない程の憎悪を口に乗せて。


「このエグジルの中でも西にある巨大な屋敷、マースチェル家の屋敷へね」

「なるほど、これでマースチェル家がこの件に絡んでいるのは決定的か。となると、やはりシャフナーの繰り手はプリだったのか?」

「それは分かりません。状況証拠的には間違いないと思いますが……」


 自らの内側から溢れ出す憎悪を何とか抑えつつ告げる老人。

 その憎悪があるのを理解出来ているからこそ、断定してしまうのは危険だと判断していた。

 ただの情報屋が持つにはおかしい程の憎悪。それが気になったエレーナだったが、口を開く前にヴィヘラに視線を向けられ、結局口を噤む。

 自分に向けられたその視線が、戦闘欲や闘争欲の類では無く懇願の色が宿っていた為だった。

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