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レジェンド  作者: 神無月 紅
迷宮都市エグジル
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0496話

 地下17階の森の階層を進み、ゴブリンの群れと遭遇しながらもどうにか次の階層へと降りる為の階段を見つけたレイ達は、森のモンスターを倒すのは前もって話した通りに翌日にするということで、さっさと魔法陣を使ってダンジョンの外へと転移した。

 その後、ギルドでゴブリンの討伐証明部位と魔石を売って精算し、いつものように買い食いをしながら通りを歩く。

 まだ太陽が激しく自己主張をしており、午後になってからそれ程の時間が経っていなかった。

 だが、道無き道を踏破するというのは予想していたよりも体力を消耗したのだろう。ダンジョンの中で昼食を食べてからそれ程経っていないというのに、2人は串焼きやサンドイッチといった軽食を買っては味わいつつ腹に収めていく。

 そうなれば当然セトやイエロも食べたいと鳴き声を上げ、結局2人と2匹はいつも以上に買い食いを堪能する。


「ほう、このサンドイッチの具は辛味のある肉だな」


 鶏肉を焼き上げ、辛子のような――ただし色は青――ものを塗ってパンに挟んだサンドイッチを食べながら、エレーナが驚きの声を上げる。


「こっちの魚は茹でたものに酸味の強い果実が一緒に挟まれているぞ」


 そんな風にお互いにサンドイッチを食べながらもそれぞれの味を報告し合い、あるいは少しずつお互いの持っているサンドイッチを味見しながら道を進んでいく。

 午後になったばかりで気温は35℃を優に超え、太陽がこれでもかとばかりに強烈な光を降り注いでいるというのに、そんな2人……そして、2人と一緒に歩きながら買い食いを楽しんでいるセトとイエロ。

 普通であればこの暑さにやられて食欲が落ちる、いわゆる夏バテになってもおかしくはないのだが、全くそんな様子も見せずに歩き続け……


「あらあら、随分と暑いわね。いえ、これは熱いと言った方がいいかしら」

「ん」

「あー……えっと、邪魔したか?」

「……ん、コホン」


 黄金の風亭の近くまで移動した時、そう声を掛けられる。

 声のした方へと振り向けば、その視線の先にいるのは4人。しかも全員が顔見知りの相手だった。

 この暑さの中、相変わらず踊り子や娼婦のような薄衣を身に纏っているヴィヘラ、無表情のままセトやその背に乗っているイエロへと近寄って撫でようと手を伸ばすビューネ、どこかいたたまれないような表情で軽く手を上げるエセテュス、自分は何も見ていないとばかりに視線を逸らしているナクト。

 予想外に珍しい組み合わせに首を傾げつつ、レイがそれを口に出す。


「珍しい組み合わせだな。どうしたんだ?」


 そんなレイの問い掛けに、口元に笑みを浮かべたヴィヘラが答える。


「ええ、実はちょっと手伝って貰いたいことがあってきたのよ。逢瀬の時間を邪魔して悪いんだけどね」

「おっ、逢瀬!?」

「あら? 違うのかしら?」


 思わずといった様子で言葉を返したエレーナに、ヴィヘラがからかうような笑みを浮かべつつ尋ねるが、その様子を見ていたエレーナは自分がからかわれているだけだと気が付いたのだろう。小さく咳払いをしてから改めて口を開く。


「それで、手伝って貰いたいことというのは? ……まぁ、その2人がいるのを見れば大体の予想は出来るが」


 エレーナの視線が向けられたのは、エセテュスとナクトの2人。

 攫われたティービアを助ける為、シルワ家の当主であるボスクへと紹介した2人なのだから。


「あ、ああ。その……実はティービアを攫った奴等の行方を追っていたら、そいつらに襲撃を受けてな。そこをこの2人に助けて貰ったんだ」


 エセテュスが、一見すると友好的な笑みを浮かべてエレーナへと視線を向けているヴィヘラと、相変わらず表情を殆ど変えずにセトとイエロを撫でているビューネへと視線を向けて告げる。


「へぇ。なら、そいつらの隠れ家でも見つけたのか? それで戦力不足だと? そこを襲撃するくらいなら、それ程時間が掛からないし手伝ってもいいが」


 実際に隠れ家を襲撃するとすれば、1時間前後で終わるだろう。それくらいなら手間でもないし、手伝ってもいい。そう告げるレイの言葉に、ヴィヘラは首を横に振る。


「まだ隠れ家の類は見つけた訳じゃないわ。……けど、レイにとっても見過ごせない情報があるわ」

「……俺にとっても見過ごせない情報?」

「ええ。レイが異常種を倒した時、その死体をシルワ家に持ち込んでいるというのはこっちでも掴んでいたけど、そんな真似をしているのは、異常種という存在に興味があるからなんでしょう?」

「そうだな。興味があるというのは事実だ」


 より正確には、魔獣術に悪影響を与えかねないので異常種を作り出している相手をどうにかしたいという意味での興味なのだが、さすがにそこまでは口に出せる訳も無く、曖昧にそう告げる。

 だが、ヴィヘラにとってはそれだけで十分だった。


「その異常種を作り出している存在と、最近冒険者を攫っている存在。……その2つが関係あるとしたら、どうする?」

「……事実か?」


 異常種と冒険者の襲撃。その2つの事件に関連性があるとは思えなかったレイがヴィヘラへと問い掛ける。


「私の勘よ」


 そう断言したヴィヘラに、一瞬呆れたような表情を浮かべるレイ。

 だが、ヴィヘラの顔を見て決して戯れ言ではなく、少なくてもヴィヘラ自身はそれが真実だと思い込んでいるのを見て、すぐに納得する。 

 確かに普通の一般人が勘で判断したと言えば、それは一笑に付されて終わりだろう。

 だが、それを言っているのが高ランク冒険者であれば話は別だ。

 勘というのは、その人物がこれまでに幾つもの経験してきた出来事から蓄積したデータを無意識に判断したものなのだから。

 更に、現在レイの前で艶然とした笑みを浮かべているのは狂獣とまで呼ばれている戦闘狂であり、それだけに野生の勘とも表すべきものは検討もせずに切り捨てるべきではなかった。


「……いいだろう。取りあえず上がれ。俺の部屋で詳しい話を聞こう」

「ふふん、最初からそうしていればいいのよ」


 レイの言葉を聞き、ヴィヘラは小さな笑みを浮かべる。

 ただし、その笑みの源にあるのはより強い敵との戦いを楽しめるかもしれないという、ヴィヘラの戦闘欲に由来するものだが。


「ビューネはいいのか? その、この者達は今はシルワ家の一員だが」

「……ん」


 セトとイエロを撫でているビューネへとエレーナが問い掛けると、数秒の沈黙の後で短く言葉を返す。

 勿論ビューネ本人としてはシルワ家に……より正確には現在エグジルを治めている3家に対して含むところが無いとは決して言えない。

 だが、それでも自分に対して親身になってくれたレイやエレーナの役に立つというのなら、自分の気持ちを抑えることも難しくはなかった。

 それに、大金の気配があるというのもあるだろう。

 常に金に困っているビューネとしては、ある意味では絶好の好機でもあるこの機会を見逃すという手は無かった。

 それが、例えシルワ家に対して利益を与える可能性が高いとしても。

 ともあれビューネも問題が無いとなれば、エレーナとしても文句は無い。セトとイエロを厩舎に預けた一行は、揃って宿の中へと入っていく。






 簡単に汗や埃を拭き、自分の部屋で身だしなみを整えたエレーナが合流し、宿の職員に頼んで冷たい果実水を用意してもらってから早速とばかりに話に入る。


「で、ヴィヘラの勘が理由って話だが……どうなんだ?」


 そんなレイの言葉に真っ先に反応したのは当然のことながら冷静なナクトだった。


「俺達を襲ってきた相手の話によると、ティービアがまだ生きているというのは確定した。だが、それがいつまで生きていられるかとなると、話は別だ。……いや、寧ろ俺達にその情報を漏らした以上、いつ殺されてもおかしくはない。何らかの特別な事情が無い限りはな」

「特別な事情か。わざわざ選んでティービアを攫っていった以上、それがある可能性も否定は出来ないが……それに賭けるのは危険すぎる、か」


 そこで一旦言葉を切り、改めてエセテュスとナクトの方へと視線を向ける。


「お前達の気持ちは理解した。だが、その情報をシルワ家に持っていくとは考えなかったのか?」


 温度管理がされている宿の中に入ったとしても、外の茹だるような暑さに喉が渇いていたのだろう。冷たく冷えた果実水を一息で飲み干したエセテュスは首を振る。


「幾ら何でもボスク様がこんな根拠の無い勘なんて情報で動いてくれるとは思えない。それに、そもそも勘だって聞いたのはここに来てからだし」

「そうだな。それに、シルワ家とフラウト家の関係は俺も知っている。それを思えば、彼女達の手助けを得られるという時点でシルワ家に対しては恩を仇で返すような真似をしているのは事実だ。……だが、それもこれも、全てはティービアを助け出せてからの話だ。その後であれば、不義理を働いた謝罪は幾らでもボスク様にするし、償えと言われれば償おう」


 2人の決意を聞き、その目が決して退かないと告げているのを目にしたレイは、次に視線をエレーナへと向ける。

 元より異常種が関わっている可能性が出てきた以上、ここでレイが手を貸さない理由は無い。

 だが、それはあくまでも魔獣術に対するイレギュラーを取り除いておきたいという、自己の利益を優先したものだ。

 果たしてそれにエレーナを巻き込んでもいいのか。一瞬そう思って向けた視線だったが、その視線に返されたのはどこか不機嫌そうな表情だった。


「エレーナ?」

「……勿論私としても文句は無い。喜んで手を貸そう」


 そう告げるエレーナだったが、その態度は明らかに気分を害しているものだ。


(全く、今更私にわざわざついてくるかどうかを聞かなくても、こちらの気持ちくらい分かってくれてもいいではないか)


 水臭い。それがエレーナの中にある気持ちだった。

 レイとはそれなりに長く一緒におり、気持ちが通じ合っているとは思っている。だが、それでも時々こうして言わなくても分かるようなことを尋ねてくるのは、エレーナにしてみれば不満があった。

 そして、エレーナのそんな姿を見逃さない者が1人。

 冷たい果実水を少しずつ飲んでいるビューネの隣で、笑みを浮かべたヴィヘラが口を開く。


「あら? 上手くいっているように見えても、実は上手くいっていないのかしら。これなら、私も十分間に割り込めるかもしれないわね」

「そのようなことは決して無い。それよりも、私達が手を貸すとしてどうするのだ? 結局そっちの2人を襲った者達の後を追ったりはしていないのだろう?」


 このままでは、またからかわれるだけだと判断したエレーナが強引に話を戻す。

 その様子に若干残念そうな表情を浮かべたヴィヘラだったが、果実水を飲んでいたビューネがそっとヴィヘラの来ている薄衣を引っ張って話の先を促す。


「ん」

「しょうがないわね、わかったわよ。……この2人が襲われた時、襲撃者は顔を隠しもしていなかったわ。恐らく絶対に逃がさずに仕留められると判断していたからでしょうね。あるいは覆面を被っているような姿だと逆に目立つと思ったのか。これが、せめて夜なら覆面をしていても月明かりがあっても昼間程は怪しまれなかったんでしょうけど」

「……そう言えばそうだな。何だってまた昼間に襲ってきたんだ?」


 ヴィヘラの言葉に、思わずと言った様子で呟くエセテュス。

 それに答えたのはヴィヘラ……ではなく、ナクトだった。


「幾つか理由は考えられる。スラム街近くの裏路地だったから人目を気にしなくても良いと思ったのか、あるいは……近くに何か見られては困るようなものがあったとか」

「つまり、自分達を探っている者がその何かに近づいてきたから、早めに手を打とうとしたと?」

「あくまでも俺の予想だし、何よりあんた達に顔を見られた以上はその何かに対して既に処理されている可能性は高いけどな」


 ヴィヘラとナクトの会話を聞いていたエレーナだったが、自分の持っている情報を口に出すべきかどうかを一瞬迷う。

 だが、もし本当にヴィヘラが言っているようにここ最近の事件が繋がっているのだとすれば、ここでその情報を隠しておくことは百害あって一利無しだと判断し、手に持っていた果実水をテーブルの上に置いてからその場にいる皆を見回し、口を開く。


「もしも本当にティービアを攫っていった犯人達と異常種の件が繋がっているとしたら……そこには恐らくマースチェル家も関わっている可能性が高い」

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[気になる点] >「あら? 上手くいっているように見えても、実は“上手くいっていない”のかしら。〜」 ↑実は“そうでもない”のかしら。とかで良いやん… いやまぁ作者さんの勝手やけどね。気になっちゃっ…
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