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レジェンド  作者: 神無月 紅
迷宮都市エグジル
490/3865

0490話

 3つの別れ道がある場所で3匹のスケルトンを倒し、地下17階へと向かう階段へと続く真ん中の通路を進み始めてから30分程。その後は何度かスケルトンやゾンビに襲撃されはしたものの、特に苦戦することもなく倒しながら進んでいたレイ達一行は、再び別れ道の前へとやってきていた。


「左だな」


 地図を取り出しながら短く呟くエレーナ。

 その言葉に従い、レイ達は一瞬の躊躇も無く左の通路へと進んでいく。


「このまま進めば、広間のような場所に出る。そこまで到着すれば、次の階層まではもう遠くない」

「へぇ、随分と近いんだな。ならティービア達を助けた時はそのまま次の階層まで向かっても良かったんじゃないか?」


 そんなレイの言葉に、エレーナは小さく首を振って持っていた地図をレイの方へと見せる。

 そこには、確かにほぼ一直線の道が描かれていたが、その通路はかなりの長さがあるのは間違いなかった。


「なるほど。一直線ではあるけど、その距離は長いのか」

「うむ。それにあの時は私達が来た道はモンスターを倒していたから問題は無かったが、こっちの方へと向かえば恐らくまだ倒していない敵モンスターに襲われていただろうな」


 エレーナの言葉にレイが納得したように頷き、そのまま通路を進んでいく。

 確かに地図に描かれているようにかなりの距離があるらしく、2時間近くを歩き続けていると、ようやく目的の広間の入り口が見えてくる。

 その途中でも何度かモンスターに襲われはしたが、その殆どはスケルトンやゾンビのみであり、前者はともかく後者の腐臭には思わず眉を顰めながらも、レイの放つ炎の魔法や、あるいはセトの放つファイアブレスで魔石や素材を得ずに焼却していった。

 そして……


「うっ!」


 広間の入り口が見えた瞬間、レイは殆ど反射的に呻く。

 それはエレーナも同様で、そんな2人よりも五感の鋭いセトに至っては目に涙を溜めながら鼻を擦り、イエロはセトの背中に鼻を押さえつける。


「グルゥ……」

「キュ」


 それ程強烈に漂ってくる腐臭。


『……』


 レイとエレーナは、お互いに目で会話をする。

 出来ればこの広間に入りたくはないし、中を見たくもない。

 だが、それでも地下17階へと向かう以上は階段へと続いているこの広間に入らない訳にはいかない。

 やがてエレーナの視線に負けたように、レイが前に出てそっと広間の中を覗く。

 その視線に入ってきたのは、20匹を超えるゾンビの群れ。ただし、群れと言っても何らかの意思の下に集まっているのではなく、ただ単純にそこにいるだけといった具合だ。


(何だってゾンビがこんなに集まっているんだ?)


 強烈に漂ってくる腐臭に眉を顰めつつ広間の中の様子を探るレイだったが、やがてゾンビの中に1匹だけ毛色が違う存在がいるのに気が付く。

 他のゾンビは全てが腐臭を発しており、肉や骨が腐って眼球や内臓といったものが零れ落ちて引きずりながら広間の中を無意味に歩き回り、あるいは立ち尽くしている。

 それ自体はレイが視線を向けたゾンビも同じだ。だが、その姿は明らかに違っていた。

 勿論その身体からは腐臭を感じる。しかし、他のゾンビと違って多少ではあるが皮膚に瑞々しさのようなものを感じさせるのだ。他にも緑や紫の斑点のようなものが幾つか浮かんでおり、移動速度も通常のゾンビと比べるとスムーズだ。

 そんな存在が、ゾンビ達の一番奥の方に存在していた。


(ゾンビの上位種……確か、グールだったな。まさかこんなのまでいるとは)


 脳裏にグールの情報が過ぎる。

 通常のゾンビと違い、状態の良い――新鮮で損傷の少ない――死体がゾンビとなり、更に通常よりも高濃度な魔力を一定期間浴びると、その死体はゾンビの上位種でもあるグールとして蘇るのだ。

 能力そのものはゾンビの上位互換といった感じで、生前の知恵が多少残っており相手の弱点を突き、あるいはゾンビを指揮することもある。


(なるほど。ゾンビがこの広間に集まっているのはそれが理由か。あのグールの指揮下にある訳だ。また厄介な。いや、そうでもないか? 確かに厄介だが、グールの魔石を得られると考えればそれ程悪い話じゃない、か)


 内心で素早く考えを纏めたレイは、そのまま一旦エレーナ達のいる場所まで戻る。


「どうだった?」

「予想通りゾンビの群れがあの中にいる。ただ、予想外のことが1つ。ゾンビの上位種、グールの姿を確認した」


 レイの報告を聞き、嫌そうに眉を顰めるエレーナ。

 勿論戦って勝てない相手ではない。だが、離れた場所にいるここにいても臭ってくるような、強烈な腐臭を発している相手と好んで戦いたいとは、普通思わないだろう。


「セトのファイアブレスとレイの魔法で一掃するというのはどうだ?」

「確かにそれが一番手っ取り早いかもしれないが、ゾンビはともかくグールの魔石は欲しい」

「グルゥ!?」


 思わずセトが鳴き声を漏らす。

 セトが魔石を吸収するには、当然ながらその魔石を飲みこまなければいけない。だが、腐った身体の中にあり、腐臭に塗れた魔石を飲み込むのに抵抗がないかと言われれば、セトにしても抵抗はあった。

 虫の類は平気で口にするセトだが、さすがにゾンビやグールのような腐った肉に包まれていた魔石ともなると話は別らしい。

 それ故に驚愕の鳴き声を上げるセトだが、レイはその頭をそっと撫でながら口を開く。


「安心しろ。グールの魔石は別にセトに吸収させようとは思っていないよ。スケルトンのように、デスサイズで吸収する」

「グルルゥ……」


 レイの口から出た言葉に余程安心したのだろう。セトは思わずといった様子で安堵の息を吐く。


「グールに関しては了解した。ちなみに、グールは1匹でいいのか?」

「ああ。広間の中を見た限りではな」

「そうか。……だが、それではファイアブレスは止めた方がいいと思うのだが。間違ってグール諸共に燃やしてしまっては意味が無いだろうし」


 そんなエレーナの言葉を聞き、確かにそれは一理あると納得するレイ。

 だが、次の瞬間には首を横に振る。


「いや、ここであまり手間を掛けたくない。幸いグールは広間の中でも奥の方にいる。だからセトがファイアブレスを使って、入り口近くにいるゾンビから焼却していって、グールが近づいてきたらファイアブレスを止めれば問題無い筈だ。……出来るか?」

「グルゥ!」


 任せて、と喉を鳴らすセト。

 セトにとってファイアブレスは使用頻度も高く、使い慣れていると言ってもいい。だからこそ、レイの要求にも応えられると判断しての鳴き声だった。


「そうか、ならば私は後ろから風の魔法で援護に徹するとしよう。……正直、連接剣でゾンビを攻撃したくはないのでな。勿論いざとなれば話は別だが」


 そんなエレーナの言葉に、聞いていたレイも思わず納得して口を開く。


「だろうな。俺もデスサイズでゾンビは攻撃したくない。……まぁ、グールの魔石を吸収する以上はしょうがないけど」


 小さく溜息を吐き、意識を切り替えてレイはセトへと視線を向ける。


「セト、頼む」

「グルルルルルルゥッ!」


 レイの声に雄叫びを上げ、そのまま真っ直ぐに広間の出入り口へと向かい、クチバシを開いてファイアブレスを吐き出す。


「ヴォー……」

「あー……うー……」


 そんな声を上げながら、セトへと向かって近づいていくゾンビ。

 その度にベチャ、ビチャ、といった腐った肉が石畳にぶつかる音や、ズルズルといった腐った内臓を地面に引きずる音が聞こえてくる。

 だが、そんなゾンビ達へと向かって放たれたファイアブレスは、近づいてくる相手から優先的に向けられ、腐った肉を燃やし尽くしていく。

 広間の出入り口からセトの放つファイアブレスが放たれて数分。唐突に周囲を明るく……そして熱気で包んでいたファイアブレスはその炎を消す。

 広間の中にいた、殆どのゾンビが既に文字通りの意味で燃やし尽くされた為だ。

 残っているのは数匹のゾンビと、レイの目的でもあるグールのみ。


「グルゥ?」


 これでいいの? と小首を傾げて尋ねてくるセトの頭を撫でてやるレイ。


「ああ、これ以上無い結果だ。おかげで敵の数も少なくなったしな。さて、じゃあ早速グールを倒してくるから、セトはここで待っていてくれ」

「グルルルゥ!」


 頑張って、と鳴くセトの声を背に、ゾンビとは違って若干の思考能力があるのか奥の方で出入り口付近の様子を窺っているグールへと向かって1歩を踏み出す。

 そんなレイの隣には、エレーナが並ぶ。


「周りのゾンビは私に任せておけ。セトの援護をするつもりが、その必要が無かったからな」

「分かった、任せる」


 相手の力量を信用しているからこそ、お互いに細かいことまで話さなくても任せられた。

 そんな風に思われていることを実感し、小さく笑みを浮かべたエレーナは、1歩を踏み出したレイへと向かって近寄っていくゾンビに向かって右手を差し出す。

 その手には何も握られてはいない。だが、その代わりに魔力が集まっていた。


「さあ、私が相手だ! そう易々とレイに近寄れると思うなよ!」


 凜とした叫びが周囲へと響き渡り、あるいは腐った脳みそでもその声に何かを感じたのか、ゾンビは足の向きをレイからエレーナへと変えていた。


「あー……うー……」


 自分に近づいてきていたゾンビの様子を横目で確認しつつ、レイはそのまま広間を進み続ける。

 目標でもあるグールは、広間の奥でただじっと立ち止まってレイへと視線を向けていた。

 その瞳には特に意思のようなものは見受けられないが、それでも不気味にレイへと視線を向けている。

 紫と緑の斑点が浮かび上がり、ゾンビとは比べると数段上の肌の瑞々しさを見せつつ、それでもやはり死体だけあるのか、右の肋骨が剥き出しになっていた。

 その身体へと視線を向け、弱点を探るかのように近づいていくレイ。

 そして5m程の距離まで近づいた、その時。


「あああ、ああああああ……あああああああああああっ!」


 大きく叫び声を上げつつ、グールは地を蹴ってレイへと向かって走ってくる。

 その速度はゾンビと比べると圧倒的に速い。広間を覗いた時に、彷徨うように歩いていたのは何だったのかと思う程に。

 だが、それはあくまでも通常のゾンビと比べればの話であり、これまでにレイが幾度となく戦ってきたモンスターと比べると、寧ろ遅いとすら言ってもよかった。


「あああああっ!」


 雄叫びのような声を上げながら腕を振り上げるグール。

 普通のゾンビに比べると幾分か張りのある皮膚をしているが、それでも数ヶ所は皮膚が破れて肉が見えており、中には骨まで剥き出しになっている場所もある。

 デスサイズで受け止めれば腐った肉の破片が周囲に飛び散りそうだと判断したレイは、後ろへと1歩下がってグールの攻撃を回避する。

 振り下ろされた腕はそのまま空を切り……しかし次の瞬間、何故か十分な余裕をもって回避した筈のレイの顔面へとグールの振り下ろした右腕が迫ってくる。


「なっ!?」


 予想外の展開に驚きつつも、デスサイズの柄を手首で回転させてグールの手首を打ち据え、デスサイズから伝わってきたビチャリとした腐った肉を叩く感触に微かに眉を顰める。

 そのままグールと距離を取り、ようやく何が起きたのかを理解した。

 グールの腕が伸びているのだ。

 いや、正確には肩、肘、手首といった骨が外されており、結果的にグールの攻撃範囲が広くなった……と言うのが正しいだろう。

 痛覚の存在しないアンデッドならではの攻撃方法だった。


「また、厄介な攻撃方法を」


 微かに眉を顰めるレイだったが、それならそれでやりようはあるとばかりに1歩を踏み出すように見せかけ、レイを迎撃しようと再びグールが腕を振り上げたところでデスサイズを振り下ろす。


「飛斬!」


 自分の目論見通りに行われたその攻撃方法を迎撃するように放たれた、至近距離での飛ぶ斬撃。

 デスサイズから放たれたその斬撃は、次の瞬間にはグールの振りかぶっていた右腕を斬り飛ばす。


「あああ、ああああああああ!」


 自らの腕が無くなったのにも気が付かなかったのだろう。そのまま存在しない筈の腕を振り下ろそうとしたグールは、バランスを崩して石畳の上へと転び……


 斬っ!


 そんな大きな隙をレイが逃す筈もなく、魔力を通して下から掬い上げる様にして振るわれたデスサイズの刃は両足を膝から切断し、残る左手もまた返す刃で二の腕から切断する。


「安らかに眠れ!」


 四肢を失い、石畳の上で蠢くことしか出来なくなったグールへと振るわれる最後の一撃。

 グールの胸部を両断したその一撃は、同時に左胸に存在していた魔石をも切断するが……


「ゾンビの上位種でもスキルの習得は無し、か」


 言葉通り、スキルの習得が出来なかったレイは舌打ちを1つ。

 その後に周囲を見回すと、既に残りのゾンビはエレーナが片付けており、特に得る物が無かった――ゾンビの解体は嫌がった為に――レイ達はそのまま広間を通り過ぎて先へと進み……その後も幾つかの分かれ道を通り過ぎ、地下17階へと向かう階段を見つけることになる。

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