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レジェンド  作者: 神無月 紅
迷宮都市エグジル
480/3865

0480話

 左からシミターが振るわれたかと思えば、それを囮にして反対の右側から。その2本のシミターをデスサイズの刃で弾き、あるいは石突きで弾く。

 その隙を突くかのように胴体を横薙ぎにしにきた残り2本のシミターを後方へと大きく跳躍して回避しながら、レイは複雑な笑みを口元に浮かべる。


「まさか、魔剣とはな」


 チラリと距離を取って向き合った異常種のシミターへと視線を向ける。

 左右2本ずつの合計4本の骨の腕。その手に握られている4本全てが、デスサイズに比べると圧倒的に劣るとは言っても魔剣だったのだ。


(恐らく元から魔剣だった訳では無く、異常種にされた時の影響で持っていた武器が魔剣になったんだろうが……それにしたって、2本ならまだしも、4本もシミターを持っていたってのはどういうことだ? まさか、異常種になった時にシミターが増えたなんてことは……)


 異常種の様子を窺いつつ内心で呟くレイだったが、すぐに納得する。

 これまでに幾度か見てきた他の異常種や、そして何よりもサボテンモドキが異常種にされた時に起きた激しい変化を思えば、新たに剣が2本増えるくらいはどうということではないのだろうと。


「……なら、こちらも相応の態度で挑ませて貰おうか!」


 吐き捨て、節約の為もあってこれまで少量しか流していなかった魔力――それでも普通のモンスターはあっさりと両断出来る程度の威力はあったが――を更に増やして再び石畳の上を蹴りながら間合いを詰める。


「飛斬!」


 その言葉と共に振るわれた飛ぶ斬撃は、真っ直ぐに異常種へと向かっていく。

 本来であればシミターという武器を使っているのだから、腐食を使えば有効に戦えることは出来ていただろう。だが、異常種の持っている剣が低レベルとは言っても魔剣である以上、ここで腐食を使って破壊するのは勿体ないと判断したレイは、敢えて腐食を使わずに戦うことを選択する。


(魔石を破壊するか、抜き出せば何とかなるだろうしな!)


 レイを迎撃するべく振るわれるシミター。

 合計4本の刃が、嵐の如く振り回されてレイへと向けられる。

 その攻撃を数cmの間合いで見切り、回避し、あるいはどうしても回避しきれない攻撃はデスサイズで弾いていく。


「ちっ! やっぱりな!」


 デスサイズを振るってシミターの攻撃を回避、あるいは弾きつつ舌打ちをするレイ。

 その理由は、シミターの剣筋にある。

 大抵のスケルトンは生前の経験が劣化しているのか、冒険者の死体が基になったスケルトンでも、振るわれる剣筋や鋭さは生前のものには遠く及ばない。

 だが、今レイの前で縦横無尽に4本のシミターを操っている異常種は、明らかに何らかの流派に沿った剣筋の一撃だ。


(異常種となったことで生前の戦闘技術を思い出したと見るべきか)


 胴体を狙って左から放たれたシミターの横薙ぎの一撃をデスサイズの石突きの部分で弾き、その反動を利用して頭部へと振り下ろされた右上腕のシミターをデスサイズの刃で受け止める。

 身長が3m程とレイの約2倍の大きさを持ちながら、力任せでは無く技を使って攻撃を仕掛けてくるというのは、レイにとってもやりにくいことこの上ない。

 これまでに幾度となく自分よりも巨大な相手と戦った経験はあるが、それらの相手は殆どが力任せの攻撃が主であり、今レイと戦っているような技を重視した敵は少なかった。

 そして何よりも……


「相手が異常種だってのが余計に始末が悪い!」


 距離を取ったレイを逃がさんと、異常種は前に出ながら下腕による左右から挟み込むような一撃と、上腕が左右から斬り下ろす一撃を放つ。

 足の力を抜き、その場に腰を落とす要領で左右の横薙ぎの一撃を回避し、その状態のまま腕の力だけでデスサイズを振るって左右からの斬り下ろし両方を一度に弾く。

 その勢いを利用し、デスサイズの石突きで異常種の足下を払ってその場に転倒させることに成功する。

 骨だけとは言っても、身長3m近いだけに骨の密度やシミターと併せてその重量はかなりのものなのだろう。石畳の上に倒れた瞬間、かなりの轟音が周囲へと響き渡る。


「はああぁぁっ!」


 そのまましゃがんだ状態から素早く立ち上がり、下から掬い上げるようにデスサイズを一閃。異常種の右側の腕2本を切断することに成功する。

 本来であれば、このまま魔石をデスサイズで斬ってしまえば解決なのだ。……それが普通のスケルトンであれば。

 だが、今レイの足下で倒れているのは異常種。セトはともかく、デスサイズで魔石を切断した場合は、以前のように魔力の逆流による衝撃を受けるだろう。そして、魔石というのはモンスターの核であり、出来ればシルワ家に引き渡したいという目的もあった。それ故に、このように手間を掛けているのだ。

 そのまま、返す刃で左の上下の腕をも切断し、腰骨を一閃。続いて石突きの部分で首の骨を砕く。

 四肢どころか、頭部まで胴体から強引に外され、抵抗のしようが無くなった異常種の肋骨をデスサイズの刃で切断し、その隙間から魔石を強引に取り出す。

 ここまでやって、ようやく異常種は頭蓋骨から憎しみに燃えた緑の炎が消え失せ、動きを止める。


「……ふぅ、ようやくか。手間を取らせる」

「そうか? 何だかんだ言いつつ、レイ1人で片付けたではないか」


 そう呟くエレーナの近くでは、まだ残っていたスケルトンもどきや、あるいは倒されて地面に転がっていたスケルトンもどきが霧のようになって消え去っていく。

 まるで、最初からそこに存在していなかったかのように。


「グルゥ?」


 前足で踏んでいたスケルトンもどきの残骸が唐突に消え失せ、思わずといった様子で小首を傾げるセト。

 そんなセトの様子を見ながら、レイは溜息を吐きながら呟く。


「結局本物のスケルトンではなく、異常種によって生み出された偽物だったってことだろうな。魔石が無いから予想はしていたが、まさかこうして消え去るとは思わなかった。せめてもの救いは、異常種の死体や武器は残ったってことか」

「あれだけ苦労して得た利益がこれだけというのも残念だが、何も無いよりはいいだろう?」

「まあな」


 エレーナの言葉に頷いたレイは、手に持っていた魔石をミスティリングの中へと収納し、地面に転がっているシミター4本、そして異常種の身体も続けて収納していく。

 その様子をただ唖然と見ていたエセテュス、ナクト、ティービア、ゴートの4人の中で最初に1歩前に進み出て声を掛けたのはナクトだった。


「こちらの面倒に巻き込んでしまったな、すまない。それとあんた達のおかげで俺達は生き残ることが出来た。感謝している。俺はナクト、そっちの槍を持っているのがエセテュスで、もう1人の男がゴート、女がティービアだ」


 最初に小さく礼を告げて頭を下げながら自己紹介をするナクト。

 そんなナクトへと、レイは小さく肩を竦めて口を開く。


「元々俺達は何度か異常種に遭遇しているし、この階層にも異常種がいるかもしれないという情報はシルワ家から得ていたしな。気にする必要は無い」

「……待ってくれ。この階層に異常種が出るかもしれないと分かっていたってのか? なら、なんでそれを皆に知らせなかったんだ!? そうすればティービアは腕を失うようなことにはならなかったかもしれないのに!」


 レイの言葉を聞き、瞬間的に頭に血を上らせたエセテュスが叫ぶ。

 だが、それにレイが何かを言う前に行動を起こしたのは、エセテュス本人が怒る原因となったティービアだった。

 唯一残っている左手でエセテュスの肩を掴み、次の瞬間にはその頬を殴りつける。

 さすがに片腕での一撃である以上体重移動が上手くいかず、その威力も大したものではなかったのだろう。数歩よろめいただけでエセテュスは踏みとどまった。

 だが、それでもまさか自分が……しかも、ティービアに殴られるとは思ってもいなかったのだろう。殴られた衝撃よりも、ティービアに殴られた衝撃で唖然として呟く。


「な、何を?」

「何をじゃないわよ! 大体、個人で得た情報をわざわざ他人に教える必要は無いし、それは私達だって一緒でしょ? 以前ゴブリンの集落の件で誰かに情報を話した? 私達だけで独占したでしょ?」

「けど、情報があればティービアだって右腕を失うような羽目には……」


 尚も言い募ろうとするエセテュスに、ティービアは腕を切断された痛みに脂汗を流しつつも口を開く。


「いい? そもそも冒険者になった以上は全てが自己責任。それも、ここはダンジョンなのよ? 多少の危険を承知の上で潜ってるんでしょうが。確かに私が腕を失ったのは痛いわ。ええ、そりゃ文字通りの意味で物理的に、現在進行形で痛いわよ。でもね、それを承知の上でここにいるのよ。危険を怖がるのなら、そもそも冒険者なんかやってないで、どこぞの店で働いているわ!」

「くっ、くくく……」


 ティービアが言い終わると同時に、笑い声が周囲へと聞こえる。

 その声の発生源は、と他の者達が視線を向けた先にいるのは、グリフォンであるセトを従え、デスサイズを持っているレイだった。


「いや、悪い悪い。まさか腕を失った上でそう言い切れるとは思わなくてな。……そう、冒険者である以上自己責任なのは当然だ」


 そこで一旦言葉を切り、レイの口から出た揶揄ともとれる言葉に、エセテュスだけではなくナクトやゴートの2人も険悪な視線を向ける。

 そして、再びエセテュスが何か口を開こうとした、その時。ミスティリングの中から1本の容器を取りだしたレイは、その容器をゴートの方へと放り投げた。


「っと! ……え? これは」


 ゴートの手に握られているのは、薄青の液体の入った容器。それが何なのかを、ゴートは瞬時に理解する。

 それは、自分が異常種に襲われて逃げ出す時に放り出したリュックの中に入っていたのと同じ物なのだから。


「いいんですか? このポーション、かなりランクが高い品なのでは?」


 確認するようにゴートの口から出た言葉に、エセテュスやナクトだけではなく、怪我をした本人であるティービアまでもが目を見開く。

 だが、そんな4人に対し、笑みを浮かべていたレイは問題は無いと頷く。


「言っただろう? 冒険者は自己責任だ。なら、俺がここでそのポーションを渡すのだって、俺の自己責任だよ」

「……ありがとうございます。ティービア、ちょっと包帯を外しますよ」


 ゴートがそう告げ、レイから渡されたポーションを包帯を外した傷口へと振り掛ける。


「んっ、んんっ……あぁ……」


 痛みが消えていく感覚に、思わず声を上げるティービア。その声がどこか艶っぽい声に聞こえたのは、エセテュス以外にナクトやゴートも同様だった。

 レイにとっては特に気になる声でなかったのは、エレーナにとってもレイにとっても幸いだっただろう。


「……ありがと。大分楽になったわ」

「さすがに腕が生えてくるってことはないんだな」


 ティービアの声に、若干頬を赤く染めながらエセテュスが呟くが、それに返ってきたのはナクトの呆れたような溜息。

 尚、こちらは既に頬の赤みが消えている。この辺は恐らく色々な経験の差なのだろう。


「当然だ。使っただけで腕が生えてくるポーションなんかがあったら、それこそ光金貨数枚分の価値がつくだろうな。もう少しランクの高いポーションで、切断された腕があれば話は別だったかもしれないが……そんな暇はなかっただろ?」

「……ああ」


 ティービアの右腕が異常種に切断され、立ち向かおうとした時にスケルトンもどきが大量に姿を現して追ってきたのだ。とても石畳の上に転がっていた右腕を回収する暇は無かったし、何よりも異常種から逃げている時にその腕が踏み潰されているのを確認しているのだから。

 そんなやり取りを聞きつつ、ティービアは腕の痛みが大分薄れてきたことで安堵の息を吐きながら、レイへと頭を下げる。


「ありがとう、貴方の持っていたポーションのおかげで大分楽になったわ。……その上でこんなお願いをするのは非常に図々しいってのは分かってるんだけど……どうか、私達を魔法陣のある小部屋まで護衛してくれないかしら?」


 その言葉に微かにレイの眉が顰められてレイの口が開こうとした瞬間、それに被せるようにティービアが再び言葉を発する。


「勿論! 勿論、無料でとは言わないわ。相応の報酬は用意させて貰うから」

「報酬って言われてもな。正直な話、金には困ってないんだが……どうする?」


 そうは言いつつも、レイがティービアという人物を気に入ったのは事実であり、出来れば力になってやりたいとも思っていた。

 幸い、その気に入ったというのは、異性に対するものではなく冒険者として気に入ったというものだったので、エレーナにしても特に問題無いと頷く。


「異常種の件をボスクに知らせて、死体や魔石を引き渡すのが少し早まったと考えればいいだろう?」

「グルルゥ」

「キュ!」


 エレーナが頷き、セトとイエロが同意すると話はあっさりと決まるのだった。

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