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レジェンド  作者: 神無月 紅
迷宮都市エグジル
475/3865

0475話

 夕日も完全に沈んで月明かりが周囲を照らし出し始めた頃、レイとエレーナの2人は警備隊の詰め所から姿を現す。


「グルゥ」


 お疲れ様、と喉を鳴らしながら2人を迎えるセトの頭を撫でるレイ。

 エレーナもまた、ずっと座りっぱなしだったことで凝った身体を解すように伸びをする。

 その際に巨大な双丘が強調され、レイ達を外まで見送りに出てきた警備兵の頬を赤く染めていたのだが、本人は全く気が付いた様子も見せずにレイへ向かって口を開く。


「さて、予想以上に時間が取られたが……このまま宿に戻って食事にでもするか?」

「そうだな、どうしても腹が減ったって言うのならパンがあるけど、ここはやっぱり宿屋の食堂だな」

「グルルゥ!」


 自分もお腹減った! と主張するセトに頷き、レイとエレーナは警備兵へと視線を向ける。

 そんな2人の視線を受け、ようやく我に返った警備兵は小さく頭を下げる。


「今回の事件を解決してくれて、助かりました。ありがとうございます。……本来なら隊長も見送りをしたがっていたのですが」

「気にするな。各地区の隊長が集まっての会議があると言われればしょうがない。報酬も貰ったしな」


 そんなレイの言葉に、警備兵は居心地が悪そうに頭を下げる。

 今回レイは冒険者に対する依頼として動いた訳ではなく、あくまでも自主的に事件解決をする為に協力を持ちかけたのだ。そうなれば当然依頼の報酬が出る筈も無く、出たのは隊長のポケットマネーから出された銀貨2枚のみ。

 もっとも、レイとしては銀貨よりも今日はこれ以上店を開けないと判断したパン屋の店主から、店にあったパンの残り全てを貰うことが出来たので十分に満足だったのだが。

 一応店主がラティオの後に全部のパンを持っていってもいいと言った時には、金額的な問題で断ろうとはしたのだ。

 だが、店主が今回の事件で全てのパンが売り物にならないと言い張り、また自分のパンの味に惚れ込んで助けてくれたレイ達に対しての報酬として渡すと言って聞かず、結局全てのパンを貰うことになった。

 普通であれば食べきれない程の量だったが、幸いレイには全てのパンを収納可能で、中に入っている限りは決して悪くならないという能力を持つミスティリングがある。

 それに、今回の件で捕まった3人の装備品やら所持品が売り払われてパン屋に対する補償――特にセトが突入した影響で壊れた壁や扉――になると警備隊の隊長が口にしたことも、パンを受け取ることになった理由の1つだろう。

 パン屋の店員でもあるラティオが力強くまた来て下さいねと言っていたのが気になったレイだったが、それだけセトに対しての思い入れがあるのだろうと判断するのだった。


「何だかんだで、今日は色々と忙しかったな。ようやく砂漠の階層をクリアして、明日からは暑い場所から涼しい場所の探索に入るし」

「……涼しくても、あれ程に強烈な臭いの場所は、正直勘弁して欲しいのだが」


 エレーナの言葉に、レイもまた地下16階の様子を思い出して苦笑を浮かべる。

 魔法陣のある小部屋から1歩外に出た瞬間に漂ってきた腐臭。その腐臭は、地下16階にゾンビを始めとしたアンデッドがいることの証だった。

 レイにしろ、エレーナにしろ、そしてセトにしろ、2人と1匹は人より鋭い嗅覚を持っている。普段であれば探索を有利に運ぶための要素の1つなのだが、アンデッドのいる階層では逆効果でしかない。


「それにアンデッドの類は基本的に魔石を入手するのが難しいしな」


 継承の祭壇があったダンジョンでもそうだったが、アンデッドを倒す場合はその核ともなっている魔石を破壊するのが一番手っ取り早く、そして確実だ。

 だが、そうなれば当然レイが魔獣術で使う為の魔石を入手出来ず、痛し痒しといった風になる。


(それに……)


 己の隣を歩いているセトへと視線を向けたレイは、ゾンビの体内……つまり腐った肉や内臓に包まれていた魔石をセトへと与えることには躊躇してしまう。

 セトのように直接飲み込むという手段ではなく、単純に斬り捨てればいいだけのデスサイズであればそれ程躊躇する必要もないのだが。

 レイと同じ想像をしたのだろう。エレーナもまた、不愉快そうに眉を顰める。


「ひゅーっ、お姉ちゃん綺麗だね。どうだい、俺と一緒に酒でも飲まないか? こんな暑い日はパーッと酒でも飲んでだな」


 そんなエレーナに向かって、既に完全に出来上がっている酔っ払いが声を掛けてくるが、レイ達は全く気にしない様子でそのまま通り過ぎていく。

 男にとって幸運だったのは、完全に酔っ払っていた為に自分が無視されたのをすぐに忘れたことだろう。

 もしも中途半端に酔っ払っていれば、自分が無視されたことに気が付き、エレーナへと絡んでいたかもしれない。そうなればエレーナが相手にしろ、レイが相手にしろ、あるいはセトが相手にしろ、色々な意味で翌日に後悔することになっていたのは間違いない。


「うぃー、ひっく。お熱いことで」


 地面に座り込みながらレイ達を見送った男はそのまま近くにある建物の壁へと寄り掛かって眠りにつき、街中を巡回していた警備兵とギルド職員に保護されることになる。






 宿に戻って食事を済ませたレイとエレーナは、早速とばかりに明日の行動についての話し合いをしていた。

 夜に男の部屋で男女2人きりというシチュエーションにも関わらず、艶っぽい話にならないのはレイとエレーナらしいと言えばらしいのだろう。


「アンデッド、か」


 不愉快そうに眉を顰めるエレーナ。

 元々五感が鋭かったエレーナだが、それはあくまでも普通の人間にしてはだ。その状態でならゾンビの腐臭に関しても耐えられない程では無かった。

 だが、今はエンシェントドラゴンの魔石を継承した結果、その嗅覚は非常に鋭くなっている。

 その状態でゾンビの腐臭を嗅げばどうなるか。それは実際に継承の祭壇があったダンジョンで経験済みだった。

 そして何よりも、今日ダンジョンを出る前に少しだけだが小部屋から出た瞬間に強烈な腐臭を嗅いでしまっている。

 そんなエレーナへと視線を向けたレイは、部屋に置かれている清潔な布へと手を伸ばす。


「一応これで顔を覆えば、ある程度は臭いを我慢出来ると思うけど……最大の問題は、他の冒険者と遭遇した時だよな」

「……なるほど」


 レイの言葉に、もし自分がダンジョンで活動している時に顔を隠すようにして布で覆っている相手と出会った時のことを想像する。

 間違いなく不審者にしか見えず、最悪盗賊の類に間違えられてもしょうがない。

 ただでさえ、今は傍迷惑にも異常種を作って回っている者がいるのだから、そのような怪しげな相手に対して強い警戒心を抱くのは当然だった。

 いや、寧ろそのような警戒心を抱かないような者がいたとすれば、冒険者として色々と不味いだろう。

 どうするかというのを迷っていたエレーナだったが、不意に何かを思いついたかのように目を見開いて希望の眼差しをレイへと向ける。


「セトと一緒に行動していれば、私達が怪しまれることは無いのではないか?」

「確かにその可能性はあるが……正直、どうだろうな」


 確かにグリフォンであるセトがいれば、普通視線はそちらに集まるだろう。だが、それも絶対とは言えなかった。


「だが、顔を布で覆えば当然息がしにくくなる。戦闘になった時のことを考えると、やっぱりお薦めしないけどな」


 エレーナの言葉にそう返しつつ、セトの話がでたついでにと口を開く。


「イエロを砂漠に連れていかなかったのは、砂漠の暑さにまだ子供で耐えられなかったからだろ? なら明日からはどうするんだ? 一応涼しい場所なんだし」


 ダンジョンから出る前に地下16階の様子は確認済みであり、その時にレイがドラゴンローブから手を出して感じた気温は、街中に比べても涼しいと表現出来るものだった。

 夏の間に籠もるのなら最適と言ってもいいくらいに。

 もっとも、ゾンビを始めとした腐臭に耐えることが出来るのならという条件はつくのだが。

 そんなレイの問い掛けに、数秒程悩んだエレーナはやがて小さく頷いて口を開く。


「連れて行こう。砂漠に関してはイエロの成長に悪影響が出るかもしれないからしょうがなかったが、今回はそのような悪影響がある訳では無い。もっともイエロにしてみれば、さすがに嫌がるだろうが。これも経験だろう」


 エレーナ本人としては、イエロのような小さい使い魔をアンデッドの巣窟になっている場所に連れて行きたくはない。だが、それでは駄目なのだ。

 これからイエロは、数限りない戦場をエレーナと過ごしていくだろう。その中には当然相手は人以外にもモンスターであることも多いだろうし、当然アンデッドも含まれる可能性は高い。

 それを思えば、小さい今からその辺に慣れていくのがいいという判断だった。


「そうか、エレーナがそう言うのならそれで構わない。俺としてもセトを一緒に連れ回している以上、どうこう言う資格は無いしな。幸い、地下16階はかなり広い通路になっていたから、戦闘の邪魔になるということもないだろうし」


 地下16階は、外見はいたって普通のダンジョンだった。

 石畳によって出来た通路が続いているような……それこそ、継承の祭壇でアンデッドがいた階層とよく似ている外見だ。


(……継承の祭壇、か。もしかしてグリムがいたりしないよな?)


 ふとそんなことを思いつくが、さすがにダンジョンの中でそう何度も遭遇するようなことはないだろうと、内心で小さく首を振る。

 それに、レイの場合はグリムと連絡をとる為のマジックアイテムがあるのだから、そんな偶然に期待する必要も無い。


(もっとも、この手のマジックアイテムを手に入れるというのもダンジョンに挑んでいる大きな理由の1つなんだけどな。後は魔石。……素材の解体も含めて一旦ギルドに依頼を出した方がいいか?)


 内心で考えているレイの様子が気になったのだろう。エレーナの視線がレイへと向けられ、そっと手が伸ばされる。


「レイ、どうかしたのか?」

「ん? ああ、いや。モンスターの死体がかなりの量ミスティリングの中に溜まっているからな。その剥ぎ取りをギルドに依頼で出すのはいつにしようかと迷っていたんだ。明日辺りに依頼を出して、明後日以降に……と思っているんだけど、どうだ?」

「……確かにここ最近は休みなしで潜り続けていたからな。最後に休みをとったのは、砂漠の階層の下準備をした時だったか。それを思えば、確かにダンジョンに潜らない日を作ってもいいかもしれないな」


 レイの肩に手を置いたまま、その言葉に数秒程考えたエレーナは頷く。


「悪い」

「何、私としてもたまにはな。だが、今確保しているモンスターの死体はかなりの数になる筈だろう? 特にコボルトは」

「アースクラブとスパイラル・ラビットが1匹、デザート・リザードマンが2匹、ブラッディー・ダイルとコボルトがかなりの数いるな。やっぱりメインはアースクラブだろうな。食材として食べても良し、それなりに強力なモンスターだから魔石に期待しても良し」


 レイの脳裏に、炎で焼かれたアースクラブの姿が思い出される。

 巨大なハサミが4本あり、足にしてもその大きさは通常のカニと比べると何倍、何十倍も大きい。

 少なくても、レイが日本にいた時に山の川で取っていたカニと比べると、その大きさは百倍以上だろう。 

 エレーナもレイの言葉でアースクラブを思い出したのか、微かな笑みを浮かべて頷く。


「そうだな。セトも楽しみにしていたし、イエロも連れて行けば喜ぶだろう」

「カニ、か」

「レイ? どうした?」


 不意に言葉を止めるレイへと、エレーナが声を掛ける。


「いや、カニクリームコロッケって料理があるんだよ。かなり美味いんだが、残念ながら作り方は殆ど覚えていなくてな。もし知っていれば料理人に伝えて作って貰おうと思っただけだ」

「カニクリームコロッケ? 興味深いな。どのようにして作るのか、手掛かりの類もないのか?」

「小麦粉を炒めてクリームを作る? とかそんな感じだったと思うが……」


 そんなレイの言葉に、思わず首を傾げるエレーナ。

 小麦粉を炒めて、どうやってクリームのようにするのか想像が付かなかった為だ。

 本来であればバターを溶かして小麦粉を炒め、牛乳を入れてクリームを作るという手順なのだが、作ったことがない為にレイはそれを知らなかった。

 また、そもそもこのエルジィンで油はそれなりに貴重な品である為、揚げるという調理法も余程の高級店でなければ行われていない。

 それを考えれば、まだまだエルジィンではカニクリームコロッケは早すぎた料理と言えるだろう。


「外側がサクッとして、噛むと中の濃厚なクリームが口の中に広がってカニの旨味と香りがふんわりと後から追ってくるように広がる。そのままでも十分に美味いが、パンと一緒に食べると更に美味さが上がるな」


 こうして、レイはカニクリームコロッケの美味さをエレーナに語るが、そのレシピを覚えていなかった為にうどんと違って作り出すことも出来ず、無意味にエレーナや自分の食欲を刺激するだけに終わるのだった。

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