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レジェンド  作者: 神無月 紅
迷宮都市エグジル
473/3865

0473話

 いつものエグジルの夕暮れの中、レイ達はダンジョンで入手した素材や討伐証明部位、必要の無い魔石をギルドで精算した後で街中を歩いていた。

 後数時間も経たないうちに日が沈んで夜になるというのに、照りつける暑さは全く変わらない。

 いや、寧ろ最後のあがきとでも言うように、降り注ぐ太陽の光はより強烈な暑さをエグジルへともたらしている。

 だが、その暑さがどれ程のものかとばかりに、街中を歩く人々の姿は活気に溢れていた。


「レイ、少し遠回りになるが、あのパン屋に寄ってみないか?」

「グルルルゥ!」


 エレーナの言葉を聞き、レイが何かを言う前にセトが賛成とばかりに喉を鳴らす。

 今日オアシスで果実を食べた時に出た会話で、以前にパン屋で食べたパンの味を思い出したのだろう。


「それは構わないが……」


 チラリ、と夕暮れの空へと視線を向けたレイは、早く行こう! とばかりにドラゴンローブの裾をクチバシで引っ張るセトの頭を撫でながら、口を開く。


「今は夕方だし、恐らくかなり混んでるんじゃないか? 特にパン屋なんだから、俺達みたいに腹を減らした客や、あるいは夕食用にパンを買っていく客も多いだろうし」


 そんなレイの言葉を理解したのだろう。ローブの裾を引っ張っていたセトが、残念そうにクチバシを離して残念そうに首を下に向けて喉を鳴らす。


「グルゥ……」


 見ただけで残念そうだと理解出来るその表情に、自分が悪い訳でも無いのにレイの胸中から罪悪感が湧き上がる。

 それはエレーナも同様だったのだろう。気落ちしているセトの頭を撫でつつ、レイへと向かって口を開く。


「取りあえず行ってみないか? それで混雑しているようなら諦めてもいいし。それに、イエロに土産も買っていきたいしな」

「ツーファルの分はいいのか?」


 エグジルまでの道程で御者をやって来た人物の顔を思い出して尋ねるレイだが、エレーナは笑みを浮かべつつ首を横に振る。


「ツーファルは今、エグジルにいないぞ。ここからそう遠くない場所にある村に友人がいるらしくてな。休暇を出して、そっちに向かわせた」

「……よく了解したな」


 レイが知る限り、ツーファルという人物は御者として……より正確にはケレベル公爵家に仕える御者としての自分に誇りを持っている男だった。

 そんなツーファルが、ケレベル公爵令嬢でもあるエレーナを放り出したままエグジルから出て行くとは思えなかったのだ。

 だが、エレーナはレイの表情を見て何を考えているのかを理解したのだろう。小さく笑みを浮かべてから口を開く。


「ツーファルもここ暫く休みをやっていなかったからな。どうせ私やレイは暫くこのエグジルから移動する予定はないのだから、ここにいてもやるべきこともない。それなら、この機会にゆっくりと骨休めをして貰おうと思っただけだ。確かに最初に多少渋っていたが、その、何だ。私の気持ちを汲んでくれてな」


 そんな言葉に、特に何に気が付いたでも無く頷くレイ。

 エレーナ本人は照れて決して口にはしないが、ツーファルが休暇を取るように言われて承諾した最大の理由は、自分の骨休めの為というよりも、寧ろエレーナとレイに2人でゆっくりと過ごす時間を持たせたいというものだった。

 ツーファルが出掛ける直前に言った『2人の仲の進展』という言葉を思い出し、エレーナの頬は薄らと赤く染まる。


「エレーナ? どうかしたのか?」


 恋愛的なものに対して鈍くても、些細なエレーナの異常にも気が付くのはレイがレイたる由縁なのだろう。

 だが、幾度か口付けを交わしてはいるのだが、エレーナにしてもレイに対してそこまで積極的にアプローチを仕掛けている訳では無い。

 この辺は小さい頃から社交界に顔を出すより、自らを高めることを好んでいたことで恋愛関係について疎いというのが表面化した悪影響か。


「い、いや。何でもない。それよりもパン屋に行くのであれば、ここで話している時間は無いぞ。売り切れにならないうちにさっさと行こう」


 そう告げ、引っ張るようにレイの手を握りしめて道を歩いて行く。

 先程とは別の意味で薄らと頬を赤く染めたエレーナと、何があったのかよく分かっていないレイ。そして美味しいパンを食べられるとばかりに、そんな2人の後を追っていくセトという風に、2人と1匹は少し足早にパン屋へと向かうのだった。






「これは……何だ?」


 呟くエレーナの声が、周囲の雑音に紛れて消える。

 手を引かれている為、すぐ側にいたレイとセトのみが聞こえた声。

 そんなレイ達の視線の先では、エグジルの警備兵と思しき存在がレイ達の目的でもあるパン屋を囲むようにして立っており、何かあったらすぐに行動へと移れるように警戒している。

 パン屋を周囲から守るのではなくパン屋の中を、だ。


「あのパン屋で何があったんだ?」


 警備兵から距離を取って周囲の野次馬へと尋ねるレイ。

 その野次馬の男は、レイを……より正確にはレイが連れているセトを知っていたらしく、その姿に小さく目を見開いてから口を開く。


「ああ、何でも店にいた客や従業員を人質にして強盗犯が立て籠もっているらしい」

「……強盗か。また厄介な時に、厄介な場所に」


 強盗と聞き、舌打ちをするレイ。

 盗賊の類が跳梁跋扈しているだけに、強盗がいるというのはそうおかしな話ではない。

 エグジルは迷宮都市という関係上冒険者が多く、そうなれば当然素行の悪い冒険者もある程度の数が集まってくるのはある意味で当然でもあった。

 もっともそれ以上に普通の冒険者が多い為、余程自分の腕に自信のある者か、あるいは考え無しでも無ければ実行には移さないのだが。

 そして、基本的に腕の立つ冒険者であればダンジョンに潜れば十分以上の収入を得られる以上、このような騒ぎを起こす者はその多くが自らの腕に過剰なまでの自信を持ってエグジルにやって来たのはいいものの、挫折した者が手っ取り早く金を稼ぐ為に……というのが多かった。


「もう建物は完全に包囲している! 逃げ場は無いぞ! 大人しく出てこい!」

「ふざけるな! 俺は……俺はこんなところで終わる男じゃない! 運だ、全部運が悪かったんだ! くそぉっ!」


 そんなやり取りが聞こえ、何となく成り行きを理解したレイは小さく溜息を吐く。


(典型的な展開だな。……さて、どうしたものか)


 立て籠もりのような騒ぎが起きた以上、今日パンを買って食べるということは出来ないだろう。だが、だからといってパン屋の店員達を見捨ててこのまま帰るというのは後味が悪かった。


(下手に強盗犯が店員を殺して、パン屋が潰れるってのはあのパンの美味さを考えると絶対に避けたい。それに……)


 チラリ、とドラゴンローブの裾をクチバシで引っ張っているセトへと視線を向ける。

 自分に優しくしてくれた店員のことを心配してるのだろう。

 助けよう? そんな風に円らな瞳で訴えかけてくるセトにそっと手を伸ばして頭を撫でる。


(セトに優しくしてくれた相手を見捨てるってのも寝覚めが悪いしな)


 内心で呟きつつ、エレーナへと視線を向ける。

 すると全て理解しているとでも言うように、レイの意見に賛同したエレーナは無言で頷く。


「となれば……まずは警備隊の連中と話を付けないとな」


 さすがに話をつけず、勝手に建物の中へと突入するというのは色々と問題になるだろうと判断し、人混みを掻き分けながら進んでいく。


「待て待て。現在この近辺は……」


 そんなレイの姿に目を止めた警備兵の1人が注意しようと近寄ってきたところへ、ギルドカードを差し出す。 

 ランクBと表記されたそのカードに一瞬驚きの表情を浮かべるものの、側に連れているグリフォンを見て噂になっている深紅だと理解したのだろう。一般人に対するものではなく、冒険者に対する口調で口を開く。


「こうしてわざわざ自分から出てきたということは、事件解決に協力してくれると思ってもいいのか?」

「ああ。あのパン屋はお気に入りの店でな。こんなことで店員や店主が殺されて潰れたりされたら困る」

「グルゥ!」


 そうだ! とばかりに喉を鳴らすセト。

 エレーナも同様に頷く。

 ここで食べたパンは美味く、店員の性格も気持ちのいいものだった。

 セトに対してあまったパンを与えた売り子の女、そして迷宮で採れた食材を使って美味いパンを作り、それを赤字にならない程度の値段――それでも十分に高価なのだが――で提供しているパン職人の店主。

 好感を抱いている相手を助ける力を持っていないのならまだしも、それだけの力を持っている以上、ここで自分達が動かないという選択肢は無かった。少なくてもレイ達にとっては。


「頼む、親父さん達を助けてくれ!」

「お願いだよ、いつもあのパン屋には世話になってるんだ」

「お兄ちゃん、お姉ちゃん達を助けてくれるの?」


 周囲を囲んでいた人混みの中でレイと警備兵の話を聞いていた者達から、レイ達へと向かってそんな声が投げ掛けられる。


「……ちょっと待っててくれ。隊長に聞いてくる」


 警備兵がそう告げ、そのままパン屋の方へと向かう。

 その後、数分も経たずに戻ってきた時には、40代程の中年の男を連れていた。


「この区域の警備隊を纏めている隊長のプラトルだ。何でも協力して貰えるという話だが……報酬は出ないだろうし、出てもかなり安いぞ? それでも手伝ってくれるのか?」

「別に報酬が目当てじゃないからな。単純にあのパン屋に潰れられては困るだけだ」


 レイが言葉を返し、エレーナが頷き、セトが同意の意味も込めて喉を鳴らす。

 それを聞いたプラトルは、小さく笑みを浮かべて頷く。


「そうか、お前さん達も親父さんの作るパンのファンか。なら、俺のお仲間だな。……よろしく頼む。親父さんには昔から世話になっていてな。娘のラティオさん共々、必ず助け出したい」


 深々と頭を下げるその様子に、レイは一瞬驚きの表情を浮かべる。

 だが、すぐにあれ程のパンを作れるのなら、警備隊の隊長にその味のファンがいたとしてもおかしくないと頷く。


「ああ、任せろ。俺が……俺達が手を貸す以上は絶対に助け出してみせる。それに正直な話、報酬に関しては金よりもパンの方がありがたいな」

「くくっ、確かにな。親父さんのパンなら十分以上な報酬だ。分かった。そっちに関しては無事に助け出したら俺が親父さんに頼んでみるよ」


 プラトルの言葉にセトが嬉しそうに喉を鳴らし、レイやエレーナもまた同様に数日前に食べたパンの味を思い出してやる気を漲らせる。


「お前、ランクB冒険者の割に妙に食い意地がはってるな。まぁ、その年齢じゃいつも腹を空かせててもおかしくないか。……で、報酬に関してはともかく、実際にはどうやって今回の件を解決する?」


 溜息を吐きつつも、厳しい視線でパン屋を一瞥したプラトルの言葉に、エレーナが口を開く。


「犯人は何人だ?」

「3人。ただ全員が冒険者崩れで、ある程度の実力を持っている」

「そうなると……」


 エレーナは視線を周囲へと見回し、パン屋の周辺を確認するように素早く一瞥する。


「私やレイなら普通に攻め込んでも3人程度なら何とかなる。……が、それだと向こうにも気が付かれやすいな。となると」


 そこで言葉を一旦止め、エレーナの視線が向けられたのは上。即ち空。

 それだけでエレーナが何を言いたいのかを理解したレイは、プラトルに向かって声を掛ける。


「エグジルの内部でセトが空を飛ぶ許可を貰ってくれ。上から忍び込む」

「上? ……ああ! なるほど、確かにそれは向こうも完全に想定外だろうな」


 人が空を飛ぶ手段は竜騎士がもっとも一般的というこのエルジィンで空を飛ぶことが可能だというセトは、向こうの意表を突くのにこれ以上ない程有効なカードだった。


「で、エレーナは俺達が空から中に突入した後で、その混乱に紛れて奇襲だな」


 立て籠もっているのは、結局は冒険者としてやっていけなかった冒険者崩れでしかない。そんな相手が、エレーナの動きを察知出来る訳がないという信頼故の判断。


「分かった。その件に関してはこちらで許可を取ろう。すぐにでも行動を開始してくれ。向こうも焦れてきているから、何をするか分からんからな」


 警備隊長の声に頷き、レイとセトはここから飛び立てば立て籠もっている相手から見つかるかもしれないということで警備兵の1人と共に一旦その場を離れ、エレーナもまたレイが行動に移した時すぐに自分も動けるように準備を整える。

 尚、レイとセトが警備兵の1人と行動を共にするのは、街中で飛ぶという行為に対して警備隊の方で許可済みだということを周囲に示す為であり、同時に何か面倒な事態が起きた場合にレイの手を煩わせない為だ。


『……』


 レイとエレーナは、遠ざかりながらも一瞬だけ視線を合わせて小さく頷き、お互いの意思を確認してからパン屋への急襲作戦へと取り掛かる。

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