0463話
ジュエル・スナイパーの生け捕りに成功し、ヴィヘラやビューネと別れてから1時間程。
レイ達は自然の迷路となっている岩の間を、何ら迷うことなく一直線に出口まで進んでいた。
それを可能にしたのは言うまでも無くセトの存在だ。
レイがセトの背に乗り、空中から出口がある場所を逆に辿るような形で迷路の道筋を確認してエレーナに道を教え、あるいはその情報で地図に書かれている情報を補強しながら進む。
勿論そんな風に2人と1匹のパーティが2つに別れて行動している以上、モンスターにしてみれば狙うのに丁度いいとばかりに襲撃もある。
だが、そんな考えを抱いた不運なモンスターは、軒並みエレーナの連接剣や風の魔法により命を奪われていた。
尚、襲撃されたのが全てエレーナだけだったのは、単純にレイの方は1人と1匹であったり、空を飛んでいたり、そして何よりもグリフォンのセトという存在がいたからこそだろう。
今もまた、バンデットゴブリン2匹がエレーナの連接剣によって斬り裂かれ、最後の1匹は上空から降りてきたセトの前足の一撃によって頭部を殴られて地面に叩きつけられ、脳髄や血、肉、骨といったものを周囲に撒き散らかしながら絶命した。
「全く、この迷路に入るまでは敵の数がそれ程多くは無かったが……」
「モンスターにしても、見晴らしのいい場所で戦闘をしたくは無いんだろうな。自分達に有利に戦える場所があれば、当然そっちで待ち伏せをするさ」
エレーナへと言葉を返しながら、バンデットゴブリンの死体をミスティリングへと収容する。
「確かにそれはそうだが……セト、頭部を攻撃するのはいいが、粉砕してしまっては討伐証明部位が確保出来ないぞ」
「グルゥ……」
頭部を破砕された時の衝撃で、半ばちぎれている右耳を視界の端で確認したエレーナの言葉に、ごめんなさいと喉を鳴らすセト。
確かに半分程になってしまっている右耳は、討伐証明部位としてギルドに引き取って貰えるかというのは、担当の者の匙加減1つだった。
レイはその様子に苦笑を浮かべつつ、励ますようにセトの頭を撫でるべく手を伸ばす。
「ま、それ程金に困ってる訳じゃないしな。やり過ぎれば多少問題だったが、取りあえず今回はしょうがない。次からは気をつけてくれよ」
「グルルルゥ!」
レイの言葉に元気よく鳴き声を上げ、撫でられる心地良さに本来は円らな瞳を気持ちよさそうに細める。
「さて、ここの迷路だが、この先を進むと分かれ道がある。その辺は地図に載っているか?」
「ああ。これだな」
エレーナが指さした場所には確かに分かれ道が描かれている。だが、レイが確認したのと違う所が1つ。
「地図だと一番右が近道になっているけど、上空から見た限りだと道が塞がれているな。恐らく戦闘の跡だろう。それがモンスターと冒険者なのか、あるいはモンスター同士の戦いなのか分からないが」
あるいはヴィヘラが戦っていたサイクロプスが暴れた跡かもしれない。
そんな風に思いつつ、レイはエレーナの広げている地図に描かれている迷路の場所を指先でなぞる。
「この分かれ道で、左から2番目の場所を進めば多少遠回りになるけど何とかここは抜けられそうだ」
「なるほど。……すまんな、私が地上を移動するしかないばかりに」
レイのアドバイスに短く礼を告げつつも、溜息を吐く。
憂いを込めたその仕草に一瞬目を奪われながらも、レイはすぐに首を横に振る。
「気にするな。そもそもセトの背に2人で乗れれば全く問題が無かったんだ。それが出来ないのはこっちが悪いのであって、エレーナの責任という訳じゃない」
「グルゥ……」
レイの言葉に、セトが申し訳なさそうに喉を鳴らしつつ頭を下げる。
セトにしても、別に好きでエレーナを背の上に乗せない訳ではない。単純にレイ以外を乗せて飛ぶことは難しいのだ。子供程度なら何とか可能なのだが、それが大人の2人目となるとまず無理であり、その原因は魔獣術に関係するもの、というのがレイとセトの共通した結論だった。
「レイも気にするなと言ってただろ? そもそも、普通は空を飛ぶなんて真似は竜騎士くらいにしか出来ないんだからな。それを思えば、上空から正しい道を教えて貰えるだけで、十分楽をさせて貰っている」
小さく笑みを浮かべてそう告げながらも分かれ道に到着する。
レイ達が進んできた道は1本道であるが、到着した場所は広場のようになっており、そこから道が幾つにも分かれているという構造だ。
(どう見ても自然に出来た迷路の類じゃないよな。確実に何者かの意思が影響している。……まぁ、それが何なのかは考えるまでも無いが)
脳裏に以前デスサイズで破壊したダンジョンの核の姿が浮かぶ。
レイが破壊したのは、ダンジョンの核ではあってもまだダンジョンを作り出していないものだった。
(さて、ここのダンジョンの核ってのはどんなのだろうな。……まぁ、主やらボスやらが守っているのを考えると、今の俺で手を出せるかどうかは微妙だが)
自分が破壊したダンジョンの核とは違い、ここのダンジョンの核は未だにダンジョンを成長させているのだ。その核を守っているモンスターの強さは、下手をしたら……否、最低でも竜種というくらいになっているのではないか。そんな風に思いつつ、首を横に振って今考えても仕方のないことを頭の中から消す。
「レイ? どうした、行くぞ」
そんなレイに、左から2番目という遠回りになりそうではあるが、それでも現在は唯一通じている道を進みながらエレーナが声を掛ける。
「っと、悪い」
レイもまた、そんなエレーナの言葉に我に返り、セトと共にその後を追うのだった。
岩で出来た迷路のような道を進み続けること約1時間程。
サイクロプスやジュエル・スナイパーの件で時間を使い過ぎたという理由もあり、歩く速度を少し上げて進んでいたレイ達。
レイとセトは何度か地上と上空を行き来して安全な道を確認しながら進み続けていると、ふと歩いている途中で妙な物がレイの視界へと入ってきた。
「あれは……石像?」
レイだけではなく、エレーナもまた同様にそれを発見したのだろう。狐の耳をした女と、エルフの男、人間の男の3人に見える石像を。
道の端、何かから隠れるような位置に存在しているその石像は、明らかに周囲の景色に馴染んでおらず違和感があった。
そもそも、誰がわざわざこんなダンジョンに来てまで石像を彫るというのか。
そんな疑問がレイの脳裏を過ぎり、次の瞬間には小さく息を呑む。
これが石像では無く、元獣人、元エルフ、元人間であったらどうなのか。
砂漠、石化。それらが1つに結びつき……導き出された答えを口に出そうとした時、一瞬早くエレーナがその可能性に行き着いたのか、口を開く。
「バジリスク」
「……ああ。セト、周囲を警戒。エレーナ、お前は石化に対する抵抗力はあるか?」
素早く指示を出すレイ。
その口調には、既にのんびりとした雰囲気は微塵も無い。
レイ自身はドラゴンローブの効果や、そもそもその手の攻撃には強い抵抗力を持っている肉体がある。だが、セトやエレーナはと言えば石化に対する抵抗力があるかどうかは微妙だった。
勿論ランクAモンスターであるグリフォンである以上は低ランクモンスターよりも高い抵抗力を持っている筈だし、エレーナにしてもエンシェントドラゴンの魔石を継承している。
目の前で石化している冒険者よりもその手の攻撃に耐性があるのは確実ではあったが、それでも絶対とは言えなかった。
(いや、それは俺もか)
レイにしても1度攻撃を受けた訳でも無いのだから、耐性が完全だとは思っていない。
「生身の冒険者よりは上、だな」
呟くエレーナの言葉を聞きながら、2人と1匹は石化している3人の冒険者の近くにある岩の影へと隠れる。
「まさかこんな場所にバジリスクがいるとは……いや、ランクCのサイクロプスがいた以上は、ランクBのバジリスクがいるのも考えられなくも無いか」
「ああ。最悪、バジリスクじゃなくてコカトリスだったりするかもしれないが、どのみち相手を石化する能力を持っているというのは変わらない」
バジリスクは8本の足を持つ巨大な単眼の蜥蜴で、その単眼で見た者を石化する。
コカトリスは鶏の上半身と蛇の下半身を持つモンスターで、触れた者を石化するブレスを吐く。
視線とブレスという違いはあれど、対象を石化するという能力は同じだった。
「だが、どっちが厄介かと言えば、やっぱりバジリスクだろうな」
周囲の気配を一切逃さないように集中しながらも、言葉を紡ぐレイ。
エレーナも同様に周囲の気配を探知しつつ頷く。
「ああ。コカトリスのブレスなら触れなければいいだけだからな。回避するのは簡単じゃないが、決して不可能では無い。だが、バジリスクは違う。視線を向けられただけで石化されてしまう。身体全体を覆うような巨大な盾でも持っていれば話は別だがな」
視線を遮ることさえ出来れば、石化はしなくて済む。そのまま近づき攻撃が可能になるが、近づけば近づいたでその8本の足の爪と牙は猛毒を持っている。
直接傷を負わせられなければ毒の効果は無いので石化の視線よりは対処方法も多いが、その毒は猛毒と言っても言い足りない程の毒だ。
一応砂漠の階層に潜る前にエレーナの外套を購入した店で解毒薬のセットも買ってはあるが、砂漠のモンスター用に調合されたそれらの解毒剤が効くかどうかは確実と言えない。それ程に強力な毒。
勿論、その分倒すことが出来ればかなりの収入になる。
爪や眼球はマジックアイテムを作る際の触媒や、あるいは上級ポーションの類の材料としても有用であるし、鱗はかなり高価なスケイルアーマーの材料となる。
また、爪や牙は武器に組み込むことが出来れば傷つけた相手に毒を与えることも可能だ。
魔石の値段も相応に高い。
(もっとも、倒せたとしたら魔石は間違いなく魔獣術に使わせて貰うがな)
内心でそんな風に考えながらも周囲を警戒するレイだが、そのまま数分が経っても全く何の動きも無い。
「……どう思う?」
「普通に考えれば、あいつらがバジリスクにやられたとしても、今はこの付近にいないとかか?」
石化された3人の冒険者を見つけはしたものの、それがいつ石化したのかは分からない。
極端な話、石化されてから数日、あるいは数週間経っている可能性もある。
何しろ石化されているのだから、誰かしら冒険者が見つけたとしても上まで連れて行くのも難しいだろう。更に、この道は回り道として使う者が少なかった道だったのを考えると、レイ達が最初に石化された3人を見つけたという可能性は決して低くない。
「ともあれ、バジリスクが今この場にいないのならすぐにでもここを進もう」
「それは構わないが……レイ、この3人はどうする?」
エレーナの視線が向けられたのは、石化された3人。
「どうすると言われてもな。連れていける訳……いや、いけるのか?」
言葉を返しつつ、ふと疑問に思う。
確かにレイの持つミスティリングは生きている相手を収容することは出来ない。
だが、逆に言えば生きてさえいなければ収容が可能なのだ。そして、目の前の3つの石像は生きているとは言えないだろう。
(……いけるか?)
そんな風に思いつつ、そっと一番近くにあった人間の男の石像へと触れたレイはミスティリングへと収納するように念じると……まるでそれが当然であるかのように、触れていた石像の姿が消える。
「おお」
思わず驚きの声を上げたのは、それを見ていたエレーナ……ではなく、レイ自身。
いけるかもしれないとは思っていたが、実際にそれが出来るのを見て驚いたのだ。
「やった本人が驚いてどうする……」
苦笑を浮かべつつ告げてくるエレーナに、妙なところを見られて照れくさい笑みを浮かべたレイは、それを誤魔化すかのように狐の獣人の女と、エルフの男の石像へと触れてミスティリングの中に回収する。
その作業が終わったところで、微妙な表情を浮かべるレイ。
回収したのはいいものの、地上に連れて行ってもこの3人の関係者がいなければ意味は無いということに気がついたのだ。
そもそも、石化した状態の3人を元に戻すにはかなり高度な回復魔法や魔法薬の類が必要になる。
勿論レイ自身の所持している金額から考えれば、それ程金額的な負担は無いが……
(まぁ、最悪治療してやってから働いて返して貰うか。最善なのは、この3人の関係者が地上にいることだろうが)
半ば偽善に近い行動をしたのは、やはり次の階層が砂漠の階層とは言ってもこれまでとはちょっと違うと理解しているからこその気紛れもあったのだろう。
プレアデスから聞いた情報や、エレーナの管理している地図を読む限りでは、次の階層は砂漠は砂漠でもこれまでとはちょっと違う階層なのだから。
そんな風に思いつつ、周囲にバジリスクの姿が無いことを確認して急いで道を通り抜ける。
その後、慎重に行動したことでいつもよりも時間を掛けつつも迷路を抜け、地下15階へと降りる階段を発見するのだった。