0461話
「で、そっちが依頼で探しているものってのは?」
血の臭いが濃く、他のモンスターが集まってくる可能性の高いサイクロプスの解体をした場所から離れ、途切れることなく続いている迷路のような道を歩きながらレイがヴィヘラへと尋ねる。
その質問をされたヴィヘラは、チラリと表情を変えないままにセトを撫でながら歩いているビューネに視線を向け、小さく頷いたのを確認すると口を開く。
「ジュエル・スナイパーってモンスターよ。非常に珍しいモンスターで、一応過去に何度かこのダンジョンで見たって目撃報告はあったんだけど、仕留めた冒険者は数組程度。で、そのジュエル・スナイパーが数日前にこの地下14階で見つかったって報告があって、それを知った商人からの依頼でね」
「ジュエル・スナイパー……?」
プレアデスから聞いた中にも、あるいは下調べした情報でも全く聞き覚え、見覚えの無いモンスターの名前にレイは首を傾げる。
だが、すぐにそれと同じようなモンスターの存在を思い出し、同時に同じ考えに至ったエレーナが口を開く。
「なるほど、蟻地獄か」
「……蟻地獄? あの虫がどうかしたの?」
エレーナが口にした言葉だったのだが、ヴィヘラはまるで挑発するかのようにレイへと近づきながら尋ねた。
いや、挑発するかのようにではなく、実際に挑発しているのだろう。
サイクロプスとの戦いが不完全燃焼で終わった為、あわよくばエレーナを挑発して戦いたいという思いもあるのは間違いなかった。
……もっとも、最大の理由としてはただ単純にからかっているだけというのが強いのだが。
そんな2人の静かなやり取りに気がついた様子も無く、レイは隣を歩いているヴィヘラに頷く。
「虫じゃなくて、モンスターだ。地下13階にサボテンとサボテンモドキが無数に生えている一帯があるのは知ってるか?」
「ええ。……まさか、あそこを通ったの? また、随分と無茶というか面倒な真似をするわね」
「ああなっているとは知らなくてな。ともかく、そのサボテンの一帯を通り過ぎた後で巨大な蟻地獄に似ているモンスターに襲撃されたんだよ」
正確には異常種を作り出していた者や、あるいは異常種のなり損ないでもあるサボテンモドキを見つけたといった出来事もあったのだが、さすがにそれは迂闊に口外出来る筈もなく、誤魔化す。
「その襲ってきたモンスターが蟻地獄?」
「便宜上そう呼んでるだけで、正式な名称は他にあると思うけど。とにかく、前もって調べていた情報には全く存在していなかったモンスターだったんだよ。それこそ、ヴィヘラが言ったようにジュエル・スナイパーみたいにな」
そんなレイの言葉に、羨ましそうな目をするヴィヘラ。
戦闘を好むヴィヘラにしてみれば、未知のモンスターや滅多に出てくることのないモンスターというのは出来れば戦ってみたいというのが正直な気持ちなのだろう。
それを理解しているからこそ、わざわざレイの側に擦り寄るようにしているヴィヘラに向かってエレーナは口を開く。
「残念ながら蟻地獄に関してはこちらで倒したから、もう戦うのは難しいだろうがな」
「……へぇ」
エレーナの意図を理解したヴィヘラの表情がピクリと動くが、相変わらずそれに気がついた様子の無いレイは、そのままの流れで話を続ける。
「で、そのジュエル・スナイパーってモンスターの魔石か何かを集めるのがその商人の依頼なのか?」
「……いえ、違うわ。モンスターの身体そのものよ。それも、出来れば生け捕りにして欲しいって依頼」
「生け捕り? また、面倒な真似を……大体、モンスターを生け捕りにしてもお前達で連れて帰れるのか?」
自らの身長は勿論、セトよりも巨大な蟻地獄の姿が脳裏に過ぎったが故に尋ねたレイだったが、ヴィヘラは意表を突かれた表情を浮かべ、口元に笑みを浮かべて頷く。
「ジュエル・スナイパーは体長10cm程度しかない虫型のモンスターよ。それだけに見つけるのは大変だけど、1度捕まえてしまえば持ち帰るのは難しくないわ」
「10cm程度の虫型? 随分と小さいんだな。ランクは?」
「身体能力そのものはそれ程高くないし、直接接触出来ればランクD程度の冒険者でもあっさりと捕まえることが出来る筈よ。……その状態にもっていくのが大変なんだけどね」
あるいは、ヴィヘラのその言葉が何らかの運命のトリガーを引いたのだろう。
どういうことだ? そう聞き返そうとしたレイだったが、その瞬間に感じた何かに動かされるようにして咄嗟にその場を飛び退いた。
すると、一瞬前までレイが歩いていた場所のすぐ近くにあった岩へと唐突に太さ10cm程の穴が開く。
「っ!? ビューネ!」
「ん!」
地上を数度程転がりながら体勢を立て直したレイに聞こえてくる声。
ヴィヘラにしては焦っているような声と、ビューネにしては力の入った声。
その声を聞きながら近くにあった岩の後ろへと回り込むと、その後を追うかのように地面に向かって同じような穴が何個も開けられていく。
「くそっ、一体何があった!? セト、エレーナ、無事か!?」
「ああ、問題無い」
「グルゥ!」
数人が身を隠すのに十分な大きさを持った岩の陰に身を隠し、ようやく安堵の息を吐いたレイが声を掛けながら周囲を見回すと、自分のすぐ側に1人と1匹の姿があることを確認する。
レイが地面に転がった行動を見た瞬間、即座に意識を戦闘状態へと持っていき、連接剣を抜きながらレイの隠れた岩陰へと自らも身を潜めたのだ。
「出来れば私達のことも心配して欲しかったわね」
そんな風に声を掛けてくるのは、ビューネと共に岩陰へと飛び込んできたヴィヘラ。
だが、何者かに襲われたというのにヴィヘラは特に戦闘を求めて興奮している様子も無く、寧ろ落ち着き払っている。
レイとエレーナから向けられる視線の意味に気がついたのだろう。ヴィヘラは肩を竦めながら口を開く。
「貴方達が何を心配しているのかは分かっているけど、敵が近くにいないのに戦いを楽しみにしてもしょうがないでしょ?」
「……敵が近くにいない? 現にこうして襲われているが? ヴィヘラなら魔法や弓を使っている敵に接近する程度はそう難しく無いだろ?」
「ふふっ、確かにレイの言うとおりならそうなんだけど、残念ながらこの敵は違うのよ。……ねぇ?」
「ん」
岩の陰に隠れつつ、ヴィヘラは隣にいるビューネへと尋ねる。
その問い掛けに短く頷くビューネ。
「よく分からないな。そう判断する根拠は何だ?」
「簡単よ。確かに私達は遠距離から攻撃されているわ。……こんな風にね」
そう告げ、近くに落ちていた拳大の石ころを放り投げる。
岩陰から出た瞬間、再び何かが空を走って石へと命中、そのまま砕く。
「どこから攻撃されているか分かる? レイやセト程の強さを持つなら、気配を察知するくらいは当然出来るでしょ?」
「……いや、分からなかった」
「グルゥ」
レイの言葉に同意するようにセトが喉を鳴らす。
だが、ヴィヘラはそれを責める様子も無く口を開く。
「そうでしょうね。……別にレイ達が悪い訳じゃないわ。この攻撃をしているのが私達の標的でもあるジュエル・スナイパー。背中に身体の大半を覆い隠すかのような宝石が埋め込まれていて、そこから魔力を使って攻撃するのよ。……そんな風にね」
ヴィヘラの視線の先にあるのは、数秒前に砕け散った石。
「でも、威力自体はそれ程問題じゃないの。いえ、確かに命中すればご覧の通りの威力だけど、レイがやったみたいに回避出来ない訳じゃない。ジュエル・スナイパーを捕らえるにしろ、倒すにしろ、最大の問題点はその射程距離。弓なんかよりも、遙かに遠くから攻撃を放ってくるわ。しかもジュエル・スナイパーの大きさを考えれば、見つけるのは難しいでしょうね」
「……ん……」
ジュエル・スナイパーの説明に、同意するように頷くビューネ。
「弓や魔法よりも遠く、か。それは確かに厄介だな」
「ああ。特にこの地形が向こうにとってこれ以上ない程有利になっている」
地上を歩く冒険者達は、岩によって作られた迷路のような通路を歩くしかない。だが、ジュエル・スナイパーはそれを弓や魔法よりも遠くの射程から狙うことが出来るのだ。
そう。普通の冒険者には遠くから狙われた以上は反撃の手段が無い。だからこそ、その身体に埋め込まれている宝石と共に名前に狙撃の意味を持つ、ジュエル・スナイパーと名付けられたのだから。
だが……それは、あくまでも普通の冒険者、地上を行くしか無い冒険者にとっての話だ。
頭の中で素早く考えを纏め、周囲に落ちている石を数個程連続して岩の陰から放り投げる。
その度に魔力の衝撃波による狙撃で石が破壊されるが、その破壊された石の吹き飛ぶ方向から狙撃している方向の予想を付け……いけると判断したレイの口元には笑みが浮かぶ。
「ヴィヘラ、ビューネ、取引だ。このジュエル・スナイパーとかいうモンスターを俺が捕まえてお前達に引き渡す。その代わり、さっき入手したサイクロプスの魔石と交換して欲しい。どうだ?」
そう尋ねてはいるものの、レイの正直な気持ちとしてはこの取引が不成立に終わっても全く構わなかった。もしそうなれば、サイクロプスの魔石の代わりにジュエル・スナイパーの魔石を手に入れればいいだけなのだから。
その魔石を持っているモンスターの特徴的な能力をスキルとして習得出来る可能性が高い魔獣術だけに、もしジュエル・スナイパーの魔石を使用すれば間違いなく射撃系のスキルを習得、または強化出来るだろう。
それでも取引を持ちかけたのは、どちらかと言えばレイにとってはサイクロプスの魔石の方が魅力的だった為だ。遠距離からの攻撃に特化しているジュエル・スナイパーと違い、サイクロプスはその力こそが最大の特徴。
(デスサイズが吸収すればパワースラッシュを、セトが吸収すれば……何だろうな。直接攻撃系のスキルを持っていないから、毒の爪? あるいは新しいスキルか? ともあれ、パワースラッシュはともかく、セトの方に物理攻撃系のスキルが習得出来る可能性が高い。……スキルが習得出来ないということはない、と思いたいな。ランクCモンスターなのを考えると正直微妙だが)
そんな風に考えている間にも、ビューネとヴィヘラはお互いに相談し、やがて結論が出たのかレイへと視線を向けてくる。
「どうする?」
「お願いするわ」
短いやり取り。
だが、それだけで十分だった。
そもそも、ヴィヘラやビューネがこの地下14階にいるのはジュエル・スナイパーを狙ってのことだ。滅多に姿を現さないモンスターだけに、ここでレイとの取引を蹴った場合、手に入れるのはまず無理になる。そうなれば依頼は失敗になり、報酬も手に入らず、逆に報酬の3割を違約金として支払わなければならない。
特に多くの金を必要としているビューネにしてみれば、それは決して許容出来る事では無かった。それなら、まだ偶然にも倒したサイクロプスの魔石を諦めた方がいいという判断であり、ヴィヘラにとっては金は日々の生活が出来るだけあれば問題無いので、そのような結論が導かれるのは当然だったのだろう。
「よし、セト。分かってるな?」
「グルルルゥッ!」
レイの呼びかけに鋭く鳴くセト。
それを聞いたレイは、ミスティリングからデスサイズを取り出して即座に屈んでいるセトの背へと跨がり、スキルを発動させる。
「マジックシールド」
その言葉と共にスキルが発動、レイのすぐ側に光で出来た盾が現れる。
「え? 何それ? レイってばそんな魔法も使えたの?」
「ああ、1度だけだが敵の攻撃を防ぐことが出来る盾だ」
初めてマジックシールドを見たヴィヘラが驚きの声を上げるのに、短く返して跨がったままセトの首を軽く叩いて合図を送る。
「グルルルルルゥッ!」
その合図と共に高く鳴き声を上げ、岩陰から出る数歩の助走で翼を羽ばたかせながら空中を駆け上がるかのように昇っていく。
「敵の攻撃を防ぐって……じゃあ、なんであの時には使わなかったの? これを使っていれば、恐らくあの戦いで私に勝てていたのに。もしかして、手加減をしていたってこと?」
急激に遠ざかる1人と1匹の後ろ姿を見ながら、呟くヴィヘラ。
そんなヴィヘラへと向かって何かを言いかけたエレーナだが、すぐに首を横に振って思い留まる。
月下の下で行われていた戦いは、イエロを通して見ていた。
否、正確に言えばイエロの見た光景を後で追体験したといった方が正しい。
それだけに、あの戦いでレイが武器を持っていない素手の状態では手加減をしていないというのをエレーナは知っている。
今レイが使ったマジックシールドにしろ、あるいは多用している飛斬にしろ、それらは魔獣術によって得られたデスサイズのスキルなのだから。
だが、魔獣術に関する情報の重要性を考えれば、それをヴィヘラへと告げる訳にはいかなかった。
(後で妙なことにならないといいのだがな)
胸中に湧き上がった嫌な予感に、内心でそう呟くエレーナだった。