0456話
倉庫の窓から夕日が入ってきているのを見ながら、ボスクは視線を目の前にある4つの物体へと向ける。
前回のスピア・フロッグの時に襲撃を受けた為、今回はシルワ家の屋敷で調査は行われていた。
人間の死体が3つに、サボテンモドキと似て非なる死体が1つ。
レイとエレーナがダンジョンで遭遇した者達だ。
そして、異常種を作っている者達の手掛かりとなりえる者達の死体。
「……つくづく生け捕りに出来なかったのは痛いな。もし生きてればどんな手段を使っても情報を引き出したってのによ」
その言葉を聞くのはボスク以外にサンクションズと、数名の冒険者達。
全てがボスクの信頼出来る者達だ。
「ですが兄貴、こいつらは上司なり組織なりに義理立てして即座に毒で自殺したんですよね? なら生け捕りに出来たとしても、まず情報を引き出すことは出来なかったと思うんですが」
冒険者の男がそう告げると、その近くにいた別の冒険者が肩を竦めて口を開く。
「尋問なり拷問なりに耐えきれないと判断したから自ら口を封じたんだろ? なら恐らくは生け捕りにしていれば情報は引き出せたと思うけどな」
「ったく、深紅ってのも噂程に腕はたたないのかね?」
「いや、元々異名が広がったのは春の戦争でだ。つまり、戦闘力が理由だろ? この手の生け捕りとかには慣れてない可能性もある。それに聞いた話だと本人はまだ冒険者になってから1年ちょっとの新米だって話だ。……まぁ、それでランクBになってる辺り、色々と信じられないものがあるが」
そんな風に会話を交わしている冒険者達に視線を向け、小さく咳払いをするサンクションズ。
「皆知らないようですが、基本的にアイテムボックスというのは生きているものを収納出来ないようになっています。だからこそ、もしこの者達を生け捕りにしていたとしたら、ダンジョンから連れ出すのにも非常に手間が掛かったでしょう。最悪逃げられる可能性も十分にあったのを考えると、彼等のとった処置はそれ程悪くなかったと思いますよ」
「へ? そうなんですか?」
アイテムボックスという存在については殆ど知らない冒険者達の視線を受け、サンクションズは小さく頷く。
その隣では、ボスクもまた同様に頷いていた。
ボスクにしても、アイテムボックスに生物を入れられないというのは知っていた。だが、それでも手掛かりとしてはこれ以上無い程に有益なものだったので、難しかったと知っていても生け捕りにして欲しかったと愚痴を口にしてしまうのはしょうがないだろう。
ともあれ過ぎたことをこれ以上考えてもしょうがないと、男達の近くに置かれているダンジョンカードへと手を伸ばす。
男達の顔も、あるいはカードに書かれている名前も、全てに見覚えは無い。
「ちっ、当然と言えば当然だが、偽名か偽造だな。……サンクションズ、確かレビソール家から接収した資料やら何やらの中にその辺のものがあったな?」
「はい。ギルドの方で手を下したものは既に確保済みです」
「そっちに連絡をして、こいつらについて何か知っている情報があるかどうかを聞き出すように言え。冒険者を束ねる立場のギルドが率先して不正を働いたことを自ら正せと言ってやれ」
「分かりました。すぐにでも」
サンクションズが優雅に一礼して倉庫の中から出ていくのを見送り、次に他の冒険者に命じて死体が身につけているもので何か素性を洗う手掛かりになりそうなものを探すが……
「駄目です、兄貴。持っているのはどこででも売ってるような代物ばかりで、こいつらがどこの誰なのかを示すような物は何一つありません」
「……ちっ、当然と言えば当然だが徹底してるな。だが、そうなるとこいつらは相応の訓練を受けていたってことになるのか」
舌打ちしながらも、ボスクは内心で首を傾げる。
(マースチェル家の者じゃない、のか? あそこは人を雇ってはいるが、それでもうちやレビソール家と違って人数はそれ程多くはないし、その殆どは冒険者の類じゃなくて雑用をこなす下男の類だ。少なくてもこいつらのように組織的に動く為の訓練を受けられるような状況じゃない筈だ)
そこまで考え、不愉快そうに眉を顰めるボスク。
自分の考えが何を意味しているのかを理解していたからだ。
(実はマースチェル家がこっそりと何らかの組織を作っていたということじゃ無い場合、第3者がいるってことになる訳か。厄介だな)
ボスクの予想では、レビソール家の裏で糸を引いているのはマースチェル家だとばかり思っていたのだが、目の前の現実はそれを否定している。
「それに……」
呟き、冒険者の死体からサボテンモドキの死体へと視線を移す。
ボスク自身が弟分達の手前先頭に立って戦うことも多く、冒険者としても活動をしており、恵まれた才能によりランクBという高ランク冒険者でもある。
それ故に、当然目の前に横たわっているモンスターも知っている。……否、知っていた、だ。
「サボテンモドキがこうまで変化を起こすとはな。異常種、か。確かに言い得て妙な名前だな」
ボスクが知っているものよりも大分大きく、その身体から生えている針も鋭く長く、頑丈そうでもある。
その針が無数に飛ばされてくるのだと考えると、通常のサボテンモドキを相手にしているつもりで戦った場合、まず間違いなく死ぬか……運が良くてもかなりの怪我を負うというのは、容易に想像がついた。
「兄貴、そっちのサボテンモドキの方はどうします?」
「そうだな、うちの奴等の中で無事な研究員はどれくらいいる?」
元々武断派として有名なシルワ家だ。当然そこには戦いをメインにする者達が多く、研究職についている者はそれ程多くは無かった。
そんな中でのスピア・フロッグを保管していた倉庫に襲撃だ。ただでさえ数少ない研究職の者達は、その多くが命を奪われており……
「偶然あの時間帯に倉庫にいなかった数人程度だけですね」
「……ちっ、だろうな。しょうがねえ、ギルドの方に連絡を入れてこの分野に強い奴を派遣して貰え。襲撃を受けたって点ではギルドも同様だが、元々抱えている人数が違うからな」
「へいっ!」
ボスクの言葉に頷き、冒険者が去って行く。
その後ろ姿を見送り、これからのエグジルの運営に関してボスクは憂鬱な思いを抱くのだった。
「……何? 戻ってこない?」
ボスクの倉庫に3人の死体とサボテンモドキの死体が運び入れられてから数時間。太陽も完全に落ちて夜になったエグジルの西にあるマースチェル家の屋敷の一室で、オリキュールは部下からもたらされた報告に不愉快そうに眉を顰める。
「はい、ダンジョンに入った時間を考えればとっくに戻っていてもいい筈なのですが、どこにもその姿はありません。表の方から手を回して門番に確認して貰いました。ダンジョンに入ったのは確認されていますが、出たのは確認されてはいません。……恐らく」
最後まで口にはしないが、男が何を言いたいのかはオリキュールにもすぐに分かった。
即ち、何らかのトラブルにあったのだと。
「他の者達は無事なのか?」
「はい。戻ってきていないのはその3人だけとなります」
その言葉を聞き、オリキュールは微かに安堵する。
もし自分達の正体が知られたのだとしたら、その3人だけでは無く他の者達も同様に戻ってきていない筈だと判断した為だ。
「その者達の目的地は?」
「地下13階です」
「地下13階……ああ、サボテンモドキか。となると、混沌の種の3-2-7だったな?」
自分達の研究の成果でも最新の物であり、その行方が分からなくなったというのはオリキュール達にとっても非常に痛い。
だが、何よりも痛いのは行方不明になった3人がどこにいるのか全く分からないことだろう。
自分達が影の存在であると知っているからこそ、表に出るような真似は絶対に避けたかった。
「動かせる者はどれくらいになる?」
「10人程かと。倉庫の襲撃時に数名が神の御許へと旅立っておりますし、その際に負った怪我が癒えていない者もいます」
「……10人か。そうなるとシルワ家に手を出すのは危険だろうな」
「シルワ家に捕らえられたとお考えで?」
部下の言葉に、オリキュールは小さく首を横に振る。
「確証は無い。だが、現状ではシルワ家に捕らえられるのが最悪の状況だからな。しかしシルワ家はこのエグジルの中でもかなりの戦力が集中している場所だ。少なくても10人程度でどうにか出来ないだろう」
「確かに10人で攻め込んで倉庫の時のように全滅させるというのは無理でしょうが、あの3人が捕らえられているかどうかを確認するくらいなら可能では?」
「奴を……ボスクを甘く見るな。奴は一見すると猪突猛進な男にしか見えないし、実際その通りの男ではあるが、反則的なまでに勘が鋭い。何か策謀を巡らせていても、勘でそれを見破るような男だ。そんな奴がいる場所に忍び込んでみろ。すぐに感づかれるのは間違いない」
「……そこまで、ですか?」
「勿論よ。そもそも、あの若造が当主の座についた時はシルワ家とマースチェル家の勢力は同じくらいだったし、レビソール家も今よりは酷くなかった。けど、今ではこの有様だと考えれば、理解出来るでしょう?」
部下の男とオリキュールの2人のみしかいなかった筈の部屋に、第3の人物の声が響く。
その声を聞いた瞬間に部下の男は腰の鞘からナイフを抜き放とうとするが、オリキュールがそれを制止する。
「やめろ。……盗み聞きとはあまり良い趣味とは言えませんね、プリ様」
その言葉と共に、扉から笑い声が響き渡る。
「ホホホ。盗み聞きも何も、そもそもこの屋敷内で行われたことは全てが私の耳に入るようになっているのよ」
扉が開き、そこから入ってきたのは40代程の中年の女。
耳飾り、髪飾り、首飾り、額飾り、指輪、腕輪、足輪と身体の至る場所に宝石を身につけており、その腕の中には30cm程の人形が抱かれている。
プリ・マースチェル。オリキュールが滞在しているマースチェル家の主だ。
屋敷の女主人の登場にオリキュールは内心で眉を顰めるが、それを表情に出さず笑みを浮かべて口を開く。
「それは失礼しました。さすがにエグジルきっての魔法使いですね」
「マスターデスカラ、トウゼンデス」
お世辞としか思えないオリキュールの言葉だったが、プリに抱かれている人形は得意げに呟く。
相変わらずの聞き取りにくい声だったが、プリ本人は全く気にした様子も無く笑みを浮かべる。
「ホホホ。そう言ってくれると嬉しいわ。……まぁ、それはともかくとして、シルワ家にちょっかいを出すのは止めてちょうだい。少なくても今はね」
「……何故、と聞いても?」
「貴方達はともかく、私はボスクと本格的に敵対するつもりはないからよ。ただでさえレビソール家の勢力が落ちたのに、そこでシルワ家とマースチェル家までもが本格的に争うようなことにでもなってみなさい。エグジルを治める3家ともその資格無しとして、国にちょっかいを出される可能性が高いわ」
そこまで口にすると、数秒前の上機嫌さは何だったのかと思う程にプリの表情には不愉快な色が浮かぶ。
「それは……ですが、それでは私達の目的が」
だが、そんなプリの言葉が我慢できなかったのか、オリキュールの側にいた部下の男が思わずと言った様子で口を挟む。
プリはその言葉を聞き、笑みを浮かべて口を開く。
「あら? もしかして聖光教の本来の目的は、このエグジルを混乱に陥れることなのかしら? あらあら、大変。これはエグジルを治める者としてきちんと対応しなくちゃいけないわね」
「待って下さい!」
チロリとプリが唇を舐めた瞬間、オリキュールが咄嗟に叫ぶ。
部下の男は何故急に上司が叫んだのかを理解出来ていなかったが、ふと自分の首筋にそっと触れている冷たい感触に気がつく。
目だけを動かすと、いつの間にか……本当にいつの間にか自分の肩には30cm程の人形が乗っており、その人形の持っているナイフが首筋に突きつけられ、皮一枚を斬り裂き、そこから一筋の血が流れている。
オリキュールの声が一瞬遅れていれば、自分の命は無かった。間違いの無いその事実に内心の恐怖を押し殺し、改めてプリへと視線を向ける。
つい数秒前までは腕に抱かれていた人形の姿が無い。
それは当然だろう。その人形は今自分の首筋へとナイフを突きつけているのだから。
(いつの間に……)
人形が動いたのを全く感じ取ることが出来なかった男は、次の瞬間には背筋と額から緊張による汗を吹き出す。
「……部下の対応に関しては、こちらの落ち度です。どうか許して貰えませんか?」
「では、貴方達の目的はエグジルを混乱に陥れることではないと判断してもいいのかしら?」
「勿論です。そのようなつもりは毛頭ありません」
「その言葉、今日のところは信じておきましょう」
クスリ、とプリが笑みを漏らすと、男の首筋にナイフを突きつけていた人形は男の肩を軽く蹴って跳躍し、そのままプリの腕の中へと戻る。
そして人形を撫でながら部屋を出て行こうとし……一瞬止まり、視線をオリキュールの方へと向けて口を開く。
「私が困るのは、騒ぎが大きくなって国が介入すること。つまり騒ぎが小さければ……分かるわね?」
それだけ告げ、そのまま部屋を出て行くのだった。