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レジェンド  作者: 神無月 紅
迷宮都市エグジル
451/3865

0451話

 目の前で繰り広げられている光景を前に、レイは思わず息を呑む。

 それはエレーナも同様であり、異常種という存在の危険さを本能的に悟っているセトもまた同様だった。

 当然自分達が見られているとは思ってもいない男達は、異常種へと意識を集中している。

 つい先程までは周囲を警戒していたのだが、今は異常種への警戒が強い。

 それでも目の前でサボテンモドキが異常種へと姿を変えていっているにも関わらず、特に逃げ出すような真似もせずにその場へと留まっている。

 いや、それどころか熱心に異常種へと姿を変えたサボテンモドキへと視線を向けていた。


(どうなっている? 異常種を作り出していたのはレビソール家。証拠どころか研究所まで発見されている以上それは間違いない。そしてレビソール家は既にシルワ家に制圧されていて、新しく当主になったって男はボスクに対して反抗するような気概は持っていないって話だが……それがブラフ、見せかけだったのか?)


 サボテンモドキの異常種は砂漠の上で跳びはねはしなくなったが、それでもまだピクピクと痙攣をしていて身動き出来る状態では無い。

 いや、だからこそ男達もその場から逃げずに観察しているのだろう。

 3人で何かを話し合いつつも、何かを確認するかのように身動きが出来ないサボテンモドキへと視線を向けている。


(レビソール家の生き残りが? 確かに研究者達は何者かに殺されていたって話で、どれだけの人数がいるのかという情報は入手出来なかったんだろうから、生き残りがいても不思議じゃないが……だからと言って、この状況でなんでわざわざ新たに異常種を生み出す実験を行う必要がある?)


 目の前で起きている出来事に疑問を抱くレイだが、それでも現実は変わらない。

 だが、そんなレイの隣にいるエレーナは寧ろ納得したといった表情すら浮かべている。


(やはり……な。異常種の件全てをシャフナーが取り仕切っているとすれば、ボロがでるのが遅すぎた。第3者がいたということだろう。襲撃場所に偶然その人物が誰かを判別出来る状態で残されており、偶然その人物がレビソール家に縁の者で、偶然襲撃にタイミングを合わせたかのように少し前に首になっていた。1つ2つならともかく、3つも偶然が続くとなると……)


 そんな風に考えつつ2人と1匹は異常種誕生の瞬間の様子を窺っていたのだが……

 砂の上で暴れていたサボテンモドキが、唐突にこれまで以上に大きく跳びはねる。

 それこそ、5m程の位置までだ。

 そして地面に落ちると何をするでも無く動きを止める。

 まるで今の跳躍そのものがサボテンモドキの断末魔であったとでも言うように。


(何が起こったんだ?)


 ピクリとも動かないサボテンモドキに、視線を向けたまま内心で首を傾げるレイ。

 だが、サボテンモドキが動かないというのは男達にとっても予想外の出来事だったらしく、男達の中の1人が舌打ちをして地面に横たわっているサボテンモドキへと蹴りを入れる。


「くそっ、耐えきれなかったか」

「混沌の種の中でも、3の系統は植物型モンスターとの相性はそれ程悪くない筈なんだがな。サボテンモドキとの相性そのものが悪いのか、あるいはどちらかに何らかの問題があったのか」

「俺は後者だと思う。サボテンモドキは厄介なモンスターだが、それは擬態と数でだ。あくまでも個体としての能力はそれ程高い訳でもない」

「確かにそうだが……けど、こいつよりもランクの低いソード・ビーだって羽化……いや、異常種になってるんだぞ? それを考えれば、対象となるモンスターの問題とは思えないし……」

「ちっ、どっちでもいいよ。ともあれ今回の実験は失敗だ。その死体を片付けてとっとと戻ろうぜ。時間を掛けすぎると上の連中に文句を言われるからな」

「そうだな。シルワ家のせいでこいつが見つかったら面倒な事になりそうだし」


 男の1人が頷き、視線を少し離れた場所へと向ける。

 そこにあるのは何の変哲も無い砂漠に見えるが、男達はそれに構わずサボテンモドキの足へと手を伸ばし……

 そこまでを確認し、レイとエレーナはお互いに無言のまま小さく頷きを返すと、隠れていた場所から飛び出す。

 足音を立てないように気配を殺しながら飛び出しはしたのだが、それでも特に姿を隠すような場所がない見通しの良い砂漠で走り出せば、3人組の方もその存在に当然気がつき、素早く視線を向ける。

 その視線に映し出されたのは、自分達へと向かってくる2つの人影。

 更にその人物のうちの片方が長さ2m程の大鎌を持っているのを見てその正体に気がつき、頬を引き攣らせる。

 自分達がレビソール家を切り捨てる原因となった存在であり、異名持ちの男。即ち……


「深紅!? 馬鹿な、なんでこんな場所に奴がいる!?」


 男の中の1人が、驚愕の視線をレイへと向けて叫ぶ。

 それを聞いて我に返った男が、素早く地面に転がっているサボテンモドキ……それも異常種のなり損ないの死体へと視線を向ける。

 自分達が見つかったのはともかく、この死体だけは決してレイ達へと渡す訳にはいかない。

 下が砂漠だというのを全く感じさせず、まるで普通の地面を走っているかのような速度で自分達に向かってくるレイとエレーナ。その2人に確保される前にと、先程視線を向けた方へと視線を向けて手を伸ばす。


「おいっ、奴等にこれを確保される訳にはいかない! さっさと始末するぞ!」

「あ、ああ! 分かった!」


 その言葉に男の1人もサボテンモドキへと手を伸ばし、残る1人は意を決した表情で足を踏み出す。

 ……そう、自分達へと向かってくるレイの方へと。


「急げ! 俺も腕には自信があるが、それでも奴とまともに渡り合える程じゃない!」

「ああ!」


 少しでも……それこそ1秒でも長く時間稼ぎをする為、腰の鞘から剣を抜き放ってレイとエレーナへと向かって駆け出す。

 先程の言葉にもあったように、自分がレイをどうこう出来るとは考えていない。それ程に力の差があるのは男も理解していた。

 だが、例え勝つことは出来ずとも、少しでも時間稼ぎは出来る筈。

 そう考えた男だったが、その考えは甘いと言わざるをえなかった。

 あるいは、確かに相手がレイ1人だけであれば自らの死を覚悟して数秒程度なら時間を稼げたかもしれない。だが、男にとっては不幸なことに、レイの側には姫将軍と呼ばれるエレーナの姿があった。

 男達の上司は当然エレーナの件を知ってはいた。だが、エレーナという人物が目立てば政治的な問題で自分達の存在が明るみに出る可能性が高いと判断して、男達には教えていなかったのだ。

 そして、それがこの場面では致命的だった。


「うおおおおおっ!」


 自らの中にある恐怖を打ち消すように雄叫びを上げつつ砂の上を走る男。

 その速度はレイ達とは比べものにならない程に遅く、だがそれでも間違いなくレイとの距離を縮めていき……次の瞬間、唐突にバランスを崩してその場に倒れ込み、数m程の距離を転がる。

 そう、エレーナの手に握られている、魔力を通して鞭状になった連接剣に太股をレザーアーマーごと斬りつけられて。

 エレーナの技量があれば、それこそ一振りで男を縦でも横でも好きなように切断することが出来た。だがそれをせず、歩けない程度にレザーアーマー越しに斬りつけたのは、少しでも情報を引き出す相手を増やす為だった。

 もんどりをうって砂漠の地面を転がった男は、それでも剣を地面に突き刺して立ち上がろうとしたが、既にレイとエレーナの姿は自分の横を通り過ぎて仲間の下へと向かっている。


「くそっ、深紅が行ったぞ! 早くしろ!」


 何とか叫び、その声を聞いた男達が2人協力して持ち上げたサボテンモドキを目標地点に向かって投げ込もうとした、その時。


「グルルルルルゥッ!」


 空から雷でも降るかのように一直線に落下してきたセトが、男達のすぐ前へと着地する。

 文字通りの意味で雷の如く降ってきたというのに、砂漠に着地する直前に翼を羽ばたかせて着地音やその衝撃は一切聞こえないという、ランクAモンスターに相応しい身のこなしを見せたセトは、それ以上の行動は許さないとばかりに目の前にいる2人の男へと視線を向け、威嚇の鳴き声を上げる。


「グルルルルルルルルルルルルゥッ!」


 その鳴き声は、ただの鳴き声ではない。セトの持つスキルの1つ、王の威圧。雄叫びを聞いた相手を怯え、竦ませ、動けなくするという効果を持つスキルだ。


「……え?」

「な、何だこれ……何で……」


 サボテンモドキを持っていた2人の男は、至近距離から王の威圧によって放たれた雄叫びとも言える鳴き声をまともに受けてしまい、身体の奥底から来る震えに逆らうことが出来ず、その場で身を竦めていた。

 当然そうなればサボテンモドキを持っていられる筈も無く、男達の言う混沌の種で異常種へと変異した……あるいは、変異しそこなったサボテンモドキはそのまま地面へと落ちる。


「よくやった、セト!」


 叫びつつ回り込み、セトの隣へと移動するレイ。

 その手にはデスサイズが握られており、何か不審な真似をしたらすぐにでもその首をはねるとばかりに、巨大な刃が向けられている。

 そんなレイの隣には長剣状態の連接剣を握ったエレーナの姿。

 男達にしてみれば、これ以上無い程に詰みの状態だった。


「さて、お前達には色々と聞きたいことがある。当然素直に喋ってくれるよな?」

『……』


 デスサイズの刃をゆらゆらと揺らしつつ尋ねるレイに、無言で返す2人。

 王の威圧の効果によって身体が竦んで動けないのはともかく、口を動かす様子すらもない。


「どうした? 身体はともかく、口は動く筈だ。大人しく俺の疑問に答えて貰えないのか? 痛い思いをしたくは無いんだろう?」

『……』


 再度問い掛けるレイだが、それでも男達が口を開く様子は無い。


(これは……上に対する忠誠心とかそういうのが理由か? となると、心を叩き折るしか無いんだが……さて、どうしたものか。シルワ家に引き渡すというのが無難なんだろうけどな)


 一切口を開かない男2人を前に、どうしたものかと悩むレイ。

 このまま見逃すという選択肢は存在せず、捕らえるにしても3人もの人間をダンジョンの外まで連れて行くのは難しい。

 そうなるとここで情報を聞き出すのが一番手っ取り早いのだが、それは本人達が頑なに拒否をしている。

 そんなレイの視線に、地面に倒れているサボテンモドキの死体が目に入った。

 何も知らない者が見れば、サボテンモドキというよりはその上位種や希少種だと判断してしまいそうな程に変わり果てた姿。


「また、随分と元の姿から変わったな。混沌の種とか言ってたが、それが原因なんだろう? 異常種を作り出すというのはレビソール家が行っていた事件だが、その研究所にいた研究者達は全員死んでいた筈。となると、お前達はその生き残りか?」


 レイの口から出た言葉に、男の内の片方が一瞬だけ頬をピクリと動かす。


「なるほど、どうやら全く関係が無いという訳じゃなさそうだな。となると、やっぱり見逃す訳にはいかなくなった訳だが。どうやったら素直に喋ってくれる? やっぱり痛めつけないと駄目なのか?」


 口にしながらデスサイズを振るうと、その刃は空気そのものを斬り裂くかのような鋭さを男達へと見せつける。

 あからさまな脅しではあったが、それを行っているのが深紅の異名を持つレイであることが……春の戦争でベスティア帝国の先陣部隊全てを焼き殺したという噂があったが故に、男達へ対する強烈なプレッシャーとなった。

 このままでは、自分達は全ての情報を吐き出させられる。それこそ、どのような手段を使ってでも。

 その結末を逃れられない。そう判断した2人の男は、身体が動かないままでも目だけを動かしてお互いに意思を確認すると……次の瞬間、自らに残された最後の手段を実行する。


「っ!? レイ、その2人を止めろ!」

「分かった!」


 男達の目に何らかの覚悟の色を見て取ったエレーナが鋭く叫び、同時にレイもまた反射的に地を蹴って男達との間合いを詰める。

 だが、レイとエレーナが幾ら人間離れした身体能力を持っているとしても、男達の行動に対応するのは不可能だった。

 力強く奥歯を噛みしめ、そこに存在している毒を飲み込む。

 自決用として苦しみの類は無く、迅速に命を絶つ為の毒は速やかにその効果を発揮する。

 レイとエレーナが男達の下に駆けつけた時には既に痙攣が始まっており、毒を吐き出させようと鳩尾へと攻撃を加えるも、それも既に遅い。

 毒の効果により痛みを感じない身体になっていた男達は、そのまま地面へと崩れ落ち……既にその命の炎は完全に消え去っており、エレーナの連接剣により足に傷を負って動けなくなっていた男もまた、同様に毒を飲んで既に事切れていた。

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