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レジェンド  作者: 神無月 紅
迷宮都市エグジル
444/3865

0444話

 蜘蛛型のモンスターと冒険者の戦闘が行われている場所までの距離は1km程。その距離を走りながらレイは上空にいるセトへと向かって叫ぶ。


「セト! 先行してくれ! 苦戦している冒険者を守りながら蜘蛛型のモンスターを牽制! 可能なら倒してくれ!」

「グルルルルルゥッ!」


 地上を疾走しているレイからの呼びかけに高く鳴いて了承の意を伝え、そのまま翼を羽ばたかせながらレイやエレーナを地上に残して戦闘になっている場所へと向かう。

 セトの鋭い視線は、戦闘の様子を1km程離れた位置からでもしっかりと確認していた。

 灰色の体表を持つ体長4mを超える巨大な蜘蛛型のモンスター。その巨大蜘蛛と戦っているのは2人の冒険者のみで、近くの地面には3人のメンバーが倒れている。

 首があらぬ方へと曲がっていたり、あるいは胴体が2つに千切れているのを見れば、地面に倒れているメンバーのうちの2人は既に死んでいるだろう。残る1人にしてもセトの目から見て外傷があるようには見えないが、それでもピクリとも動かないところを見ると死んでいるか、生きていたとしても何らかの理由で身動きは出来なくなっているのは間違い無かった。

 何とか戦闘を継続している2人にしても既に数ヶ所の傷を負っており、このまま戦闘が続けば間違いなく蜘蛛の餌とされるのは間違いない。

 事実、巨大蜘蛛は右足の一本を使って冒険者が持っていた剣を弾き飛ばし、左足を剣を持っていた冒険者の頭部に振り下ろそうとして……


「グルルルルルルゥッ!」


 その瞬間、鋭い鳴き声を上げながらセトが降下。振り下ろされようとしていた巨大蜘蛛の左足の1本へと前足を叩きつけ、その勢いのまま巨大蜘蛛の左足を半ば程で砕く。

 この際不運だったのは、セトの一撃があまりにも素早く、鋭すぎたことだろう。もしもセトの一撃がもう少し威力が低ければ、巨大蜘蛛の足を吹き飛ばした余力を利用して巨大蜘蛛そのもののバランスを崩すなり、あるいは吹き飛ばすなり出来ていた筈だ。

 だが、セトの一撃は威力がありすぎたが故に巨大蜘蛛の足だけを砕き散らし、結果的には巨大蜘蛛の位置は全く変わっていなかった。


「な、な、な、何だ!?」


 そしてこの場で最も驚いているのは、間違いなく持っていた剣を吹き飛ばされて死ぬ寸前だった冒険者だろう。

 突然現れた存在が何なのかを見て、それがグリフォンであると知って思わず腰を抜かす。


「グ、グリフォン!? なんでこんな階層に!?」


 残るもう1人、槍を持った男も額から流れてくる血を強引に拭いながら叫ぶ。

 レイについての情報を得ていないのか、あるいは死の淵にいた為にそこまで頭が回っていないのか。ともあれ槍を持った男は慌てて2匹から距離を取り、剣を持っていた男もまた這々の体で槍を持っていた男の方へと下がっていく。

 その様子を横目で見ていたセトは、これで戦闘に巻き込まないで済むと判断して目の前の自分の倍程もある大きさの巨大蜘蛛へと向き直る。


「ギャアアアア!」


 濁った声で威嚇の声を上げる巨大蜘蛛。

 本来であればセトとの力量の差を理解してもおかしくはないのだが、戦闘による興奮、足を失った怒りと痛みといったもので正常な判断が出来なくなっているのだろう。

 威嚇の声を上げてもセトが引かないと知ると、足の1本をセトへと向け……


「グルルゥッ!」


 脳裏を嫌な予感が過ぎったセトは、咄嗟にその場を飛び退く。

 次の瞬間、セトのいた位置へと足の先端から放たれた糸が命中して次の瞬間には固まっていた。

 本来であれば糸を出す器官は腹部の先端にあるものなのだが、モンスターと化したことによる影響か、足の先端から糸を出せるようになっていたのだ。


「グルゥ、グルルルッ!」


 セトは一ヶ所に留まっていては危険だと判断し、蜘蛛の周囲を俊敏に跳び回りつつ隙を窺う。

 そんな様子を見ていた冒険者2人のうち、ふと槍を持った冒険者が口を開く。


「おい、準備しておけ」

「準備? 何のだ?」


 突然言われたその言葉に、剣を持っていた冒険者が思わず聞き返す。

 このまま逃げると言われればまだ理解出来たのだが、準備とは? そんな風に聞き返された男の言葉に、槍を持った男は口元に笑みを浮かべつつ口を開く。


「何を言ってるんだよ。分かるだろ? 折角モンスター2匹が戦ってくれてるんだ。どっちかが倒されたら、その隙を突いてもう片方も倒すんだ」

「……本気か!? 片方はグリフォンだぞ!? 空飛ぶ死神に俺達に勝ち目がある訳ないだろうが!」

「ふんっ、幾らグリフォンだと言っても、戦闘が終わったばかりで油断しているところに奇襲を仕掛ければどうにでもなる。大体、グリフォンの空飛ぶ死神って異名は、ようは空を飛んでるからこそだぜ? なら地上に降りている時に襲えばどうってことはないよ」

「こいつらみたいに殺される寸前だったのを助けてくれた相手に、そんな真似をしろってのか?」


 チラリ、と地面で死体になっている3人へと視線を向ける。

 2人は明らかに死んでいたが、残る1人は一見すると無傷に見える。だが、その目は見開き、口は開いて舌がダラリと伸びているのを見れば、死んでいるのは明らかだった。

 巨大蜘蛛……正式名称岩蜘蛛に奇襲された時、真っ先に噛みつかれて毒を注入されて死んだのだ。

 砂漠のモンスター用に調整された解毒薬を持っている者もいたが、岩蜘蛛の攻撃により解毒薬を使う暇も無く毒が回ってその命を絶たれた。

 あるいは、もし余裕があったとしても自分の解毒薬を使わなかった可能性が高い。何故なら……


「所詮野良パーティを組んだだけの奴らだろ」


 槍を持った男が短く吐き捨てる。

 そう、この5人のパーティはダンジョン前で野良パーティを組んで突入したメンバーだった。

 シルワ家襲撃の件もあって、固定パーティを組んでいる者でも数名がシルワ家の応援に向かったりした為、野良パーティを組んでダンジョンに潜る者もある程度の人数はいたのだ。

 もっとも殆どの者は休日とするなり、あるいは訓練をするなりしていたのだが、どうしても金が必要な者達が集まって野良パーティを組んだりしたという流れだった。

 勿論野良パーティを組んでもお互い真摯に対応する者も多い。だが中には悪質な者もおり、野良パーティを組んだ相手を利用する相手としか考えていない者もいる。

 そして、槍の男はまさにその典型だった。

 剣を持っていた男は槍を持った男の言葉に数秒考え……岩蜘蛛と激しくやり合っているグリフォンを眺め、ふと何かに気がついたように目を見開く。

 ようやく頭が回るようになり、エグジルに流れている噂を思い出したのだ。

 グリフォンを従魔としている冒険者の名前を。春の戦争で異名を得た人物のことを。


「待て。グリフォンって言えば確か深紅が従えている従魔の筈だ。で、そのグリフォンがここにいるとなると……」

「当然、俺がここにいる訳だ」


 2人だけだと思っていたのに、突然掛けられる声。

 その声のした方へと視線を向けると、そこにいたのはローブを被って巨大な鎌を持っている人物に、外套を被っていつでも腰の剣を抜き放てるようにしている人物の2人だった。

 目の前にいる人物が誰なのかというのは、剣を持っている男には容易に想像が付いた。何しろ、岩蜘蛛と戦っているグリフォン、そしてつい数秒前に投げかけられた声を思えば明らかだったからだ。


「深紅」

「ああ。……ところで、さっき面白い話をしていたな。セトに奇襲を仕掛けるとか」

「そ、それは……」


 最も聞かれてはいけない人物に、聞かれていた。剣を持つ男の背に冷や汗が流れる。

 目の前にいる男から感じる危険は、岩蜘蛛に自分の持っていた長剣を弾き飛ばされた時に感じたそれを大きく上回っていた。

 だが、そんな男をどかせるようにして槍の男が前に出て口を開く。


「当然だろ、あいつには俺達の獲物を横取りされたんだ。それにモンスターを倒して何が悪い?」

「……そいつの話を聞いていなかったのか? セトは……グリフォンは俺の仲間だ。その証拠に従魔の首飾りをつけているだろう? それなのに攻撃すると?」


 レイの言葉に、その答えを待っていたと槍の男が笑みを浮かべる。


「つまり、あのグリフォンがしでかしたことはお前に責任があるってことになる訳だな? なら賠償を要求する」

「……は?」


 得意げに呟く槍の男の言っている言葉が理解出来ないとばかりに、思わず間抜けな声を漏らす。

 レイにこのような態度を取らせることが出来るというのは、ある意味で凄いだろう。レイのことを知っている冒険者がそれを知れば、快挙だと褒め称えることすらするかもしれない。

 ……もっとも、そのすぐ後にご愁傷様といった視線を向けられるのは間違いないだろうが。


「だから、賠償だよ。俺達が戦っていたモンスターを横取りしたんだ。なら、その分の賠償をするのが当然だろう?」

「……お前達が死にそうになっていたから助けただけなんだが?」

「そんな事実は存在しない。これから俺が逆転する為の一撃を放つ準備をしていたんだ。そこにお前のグリフォンが強引に割って入って獲物を横取りしたんだ。賠償は当然だろう。それとも何か? 異名持ちなのに、自分の従魔がしでかしたことの責任も取れないのか?」


 男の言葉にフードの下でピクリと頬を引き攣らせるレイ。

 だが、槍の男の言っている内容が厚顔無恥であったとしても、そして明らかに虚言でしかないとしても、実際に助けを求められる前にセトが岩蜘蛛との戦闘を始めたのが事実である以上、男の言葉は間違ってはいないのだ。


「異名持ちなら相当に貯め込んでいるんだろうから、金貨1枚でいいぜ?」

「お断りだ。そもそも獲物を横取りしたって話なら、あのモンスターとの戦闘をやめればいいんだろ?」


 レイの口から出た言葉は予想外だったのか、槍を持った男が慌てたように口を開く。


「ざ、残念だが、こっちで準備していた手は時間の問題で既に使えなくなった。だから今からあのモンスターを譲られても困る。きちんと賠償を要求する」


(賠償と繰り返せば何でもこっちが従うと思っているのか?)


 男の要求に溜息を吐きながら、レイは視線を岩蜘蛛と戦っているセトへと向ける。

 岩蜘蛛はその名の通り岩の如き身体を持っており、非常に高い防御力を誇っている。だが、それでもグリフォンであるセトが剛力の腕輪を付けて振るう一撃を防ぎきれる筈も無く、時間が経つごとに傷を増やしていた。

 このまま戦い続ければ、まず間違いなくセトの勝利に終わるだろう。

 そんな戦闘の様子を眺めつつ、もう片方の男の方へとレイは視線を向ける。


「そっちのお前も同じ意見か?」

「……いや、俺はあのグリフォンに命を助けて貰った。それなのに言いがかりを付けて金を強請ろうなんて思わない」

「お前っ! 何を言ってるんだ! 俺達は戦っていた獲物をこいつに横取りされたんだぞ!? 賠償を要求して何が悪い!」


 余計なことは言うなとばかりに槍を持った男が叫ぶが、そんな声は聞こえないとばかりに男はレイへと視線を向けて頭を下げる。


「済まない、あんたのおかげで助かった」

「そうか、お前がまともな奴で良かったよ。……でないと、ここはダンジョンの中だ。それこそ、どんな事故が起きるか分からないからな」


 事故、という単語がレイの口から出た瞬間、生き残りの男2人の背筋に冷たいものが浮かぶ。

 その事故というのが何を意味しているのか明らかだったからだ。


「お、お前! 俺を脅すつもりか!?」


 槍を持った男がレイへと向けて叫び声を上げる。

 そんな相手を、レイはともかくその隣にいるエレーナ、そして野良パーティを組んでいる男ですらも憐憫の視線で眺めていた。


「いや? 別にそんなつもりはない。だが、ダンジョンの中ではどんな事故が起きるか分からないというのは事実だろう? 何しろ、多くの冒険者がダンジョンの中から戻ってこないんだから。違うのか?」

「それは……」


 先程セトが獲物を横取りしたといったのと同様、レイの口から出た言葉もまた紛れもない事実だった。

 それ故に槍を持った男は何を言い返すことも出来ず、寧ろそのレイに起こされた事故により自分が口封じされるのではないかと脳裏を過ぎる。

 そしてお互いがそれ以上何を言うでも無く向き合い続け……


「グルルルルルゥッ!」


 やがて、周囲にはセトの勝利の雄叫びが響き渡った。

 そちらへと視線を向けたレイが見たのは、地面に倒れ伏している岩蜘蛛の姿。

 その岩蜘蛛の死体を眺め、このままこうしていてもしょうがないとばかりにレイは口を開く。


「なら、こういうのはどうだ? 俺達はあのモンスターの魔石を貰う。お前達はそれ以外の素材」


 素材の中でも最も高価な魔石は失うが、素材や討伐証明部位は自分達が貰える。そう判断した槍の男は内心してやったりと嬉しげにしながらも、顔では不承不承という表情を作りながら頷くのだった。

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