0442話
「さすがに今日はダンジョンに潜る奴が少ないみたいだな」
「うむ。恐らく……いや、間違いなくシルワ家が襲われた件に関してだろうな」
ダンジョンに向かって歩きつつ、そちらへと向かっている冒険者の数がいつもより数が少ないことを話す。
そのすぐ横にはセトがおり、エレーナの使い魔でもあるイエロは砂漠の暑さに耐えられないという理由から、今日もまた宿屋で留守番だ。
「それに……今日はシルワ家に寄った分だけダンジョンに向かうのが遅れているから、それもあるだろう」
「ああ、それは当然だろうな」
エレーナの言葉に頷くレイ。
少しでも稼ぐ時間を多くしたいと思えば当然のことであるが、朝から時間が過ぎれば過ぎる程にギルドへと向かう冒険者の数は少なくなる。
それがこのエグジルではダンジョンに向かう冒険者の数が少なくなるということなのだろう。
レイも、ここ最近では朝早くからダンジョンへと向かうのが日課になっていたが、ギルムにいる時は人混みを嫌ってある程度人が少なくなってからギルドへと向かっていたのだ。
そんな風に会話をしながら歩き、いつもの串焼き屋へと立ち寄る。
「おや、今日もダンジョンに潜るんですか? 色々と街中が騒がしいですけど」
顔を見せた瞬間、既に注文をとるでもなくリザードマンの串焼きを差し出してくる店主に頷くレイ。
「ああ、俺とエレーナはダンジョンに挑戦する為にエグジルまで来ているからな。……にしてもそんな風に言うってことは、やっぱり今日はダンジョンに潜っている冒険者の数は少ないのか?」
「そうですね。わざわざ数えている訳では無いので正確な数は分かりませんが、間違いなくダンジョンに向かう冒険者の方は少ないですね。昨日の件が原因でしょうが」
溜息と共に呟く店主。
やはり店主にしても昨夜の件を知っており、同時にそれが原因で現在街中でシルワ家の者達が犯人や手掛かりを探していると知っているのだろう。
(いや……)
そこまで考え、レイは小さく首を振る。
視線の先に、シルワ家の者と思しき冒険者数名がいたからだ。
(確かに犯人を見つけるのは重要かもしれないが、些かやり過ぎじゃないか? こうまであからさまだと、逆に犯人も警戒するだろうに)
そんな風に考えつつも、串焼きを食い終わったレイとエレーナ、セトはそのまま料金を払って屋台を後にする。
「色々とあるだろうが……私達がエグジルの権力闘争に関わるのは色々な意味で危険だしな」
呟き、エレーナは周囲のざわめきに満ちた者達へと憂鬱な視線を向けて溜息を吐く。
「権力闘争で一般人が被害を受けるようなことにならなければ良いのだが」
「その辺は多分大丈夫だろ。少なくてもボスクは自分達が治めているエグジルを無駄に混乱させるような真似はしないだろうさ。何かやるにしてもごく短時間で片付けると思う」
「だと、よいのだがな……」
レイの言葉を聞いても不安は晴れないのだろう。
(無理もないか)
確かにレイ自身が口にしたように、ボスクは無駄に混乱を招くようなことはしないだろう。だが、それはあくまでもボスクに限っては、だ。他の家の者が同様に考えるかどうかは分からないし、何よりレイやエレーナが知っているシャフナーという人物の性格を考えれば、どのような騒ぎになるのかは予想が出来る。……否、ある意味では予想が出来ないと表現した方がいいだろう。
「とにかく、エグジルのことに関しては俺達がどうにかするんじゃなくてエグジルの人が決めるべきことだろ。なら、俺達がやるべきは当初の目的通りにダンジョンに潜るだけだ」
「……そうだな。済まない、レイ。心配を掛けた」
「グルルルゥ?」
元気出た? と喉を鳴らしながら顔を擦りつけてくるセトの様子に、エレーナは思わず笑みを浮かべ、そっと手を伸ばして頭を撫でる。
「グルゥ」
頭を撫でられる感触に、嬉しそうに鳴き声を上げるセト。
周囲ではそんなセトの様子に半数近くが驚愕の表情を浮かべ、また残る半数は笑みを浮かべていた。
エグジルにやって来てから、まだそれ程の時間が経っている訳ではない。だが、それでもセトの人なつっこさは知る人ぞ知るといった具合に広まっている。
もっとも、これはレイやエレーナが基本的に決まった場所しか通らないということも影響しているだろう。
決まった場所しか通らないが故に、それだけ何度も同じ人達と出会うことになり、そしてレイやエレーナのセトとのやり取りを何度も見て、ようやく慣れてきたのだ。
そんな風にしながらダンジョン前の広場へと続く門番にダンジョンカードを見せ、中に入っていく。
広場には当然と言うべきか冒険者がいたのだが、やはりその数は少ない。
「……とは言っても、あの辺は相変わらずか」
広場の一部に集まっている聖光教の集団へと視線を向けたレイが呟き、微かに眉を顰める。
「気にする程では無いと思うがな。実際、雇う費用は高いがそれでも利用している者がいる以上、咎めるべき理由は無い。これが強制的に雇わせているとかになれば話は別だが、あくまでも冒険者が自ら雇っているのだからな」
呟くエレーナの視線の先では、2人の冒険者が聖光教の集団に話し掛けていた。
その顔はレイにも見覚えがある。何度かこの広場で野良パーティを募集していた者達だ。
今日は襲撃の件があり、ここにいる冒険者が少ない為にやむを得ず聖光教の冒険者を雇うことにしたのだろう。
「ま、よそはよそ。うちはうちだ。私達の場合は戦力が足りないということはまず無いからな。敢えて足りないところがあるとすれば盗賊だが、そちらにしても地下12階には罠の類が少ないから、心配はいらないだろう」
それでも罠が無いと言い切れないのは、やはり少ないながらも罠が幾つか存在しているという情報を得ているからか。
「そうだな、それに人が少ないというのはこっちとしては望むところでもある。特に……」
チラリ、とセトに視線を向けるレイ。
その視線の意味するところを理解したエレーナは、小さく頷きドラゴンローブに包まれたレイの肩を軽く叩くと、早速とばかりに転移装置へと向かうのだった。
「相変わらずの岩石砂漠って奴だな」
転移装置で地下12階に転移し、魔法陣のある小部屋から出たレイの最初の言葉がそれだった。
前日の夜まで降っていた雨の影響か、エグジルでは湿気と温度が高く不快ではあったが、それに比べると地下12階の空気は乾燥していた。
純粋に気温だけで考えればエグジルよりも高いのだが、過ごしやすさで言えばまだここの方が上だった。
もっとも、それはドラゴンローブや外套といった気温をある程度コントロールできるマジックアイテムを持っているからこそだろうが。
「さて、まずやるべきは魔石の吸収だな」
レイが何かを言う前に、エレーナがそう告げてくる。
ダンジョンの外のやり取りで半ば予想していたのだろう。
「ああ、昨日入手したスピア・フロッグの魔石がある」
尚、スピア・フロッグの魔石2個以外の素材に関しては、前日に倉庫で異常種の死体を渡した後、ギルドの方で買い取って貰っている。
シルワ家からの連絡がいっていたこともあり、前もって約束されたように通常よりも割増料金で買い取って貰えた。
以前に魔石の吸収を行った場所まで移動し、早速とばかりにスピア・フロッグの魔石を取り出す。
「さて……新しいスキルを習得出来ればいいんだけどな。……セト!」
「グルゥッ!」
レイがセトに声を掛けて魔石を放り投げると、クチバシで受け止めて飲み込み……
【セトは『水球 Lv.3』のスキルを習得した】
脳裏にいつものアナウンスメッセージが流れる。
「グルルルゥ!」
新しいスキルの習得に喉を鳴らして喜びを露わにするセト。
そんなセトの様子に、こちらも嬉しそうに笑みを浮かべつつ頭を撫でてやりながらも、レイは内心で首を捻る。
(水球? 何故水球? 確かにスピア・フロッグは蛙型のモンスターだが、砂漠に住んでいるだけあって水系統の魔法や攻撃方法は使ってこなかった。……これまでにも魔石を持っていたモンスターとは裏腹のスキルを覚えたこともあったんだから、それに比べれば必ずしも間違いでは無いんだろうが)
「レイ、セトはどんなスキルを習得したのだ?」
内心で疑問に思っていたレイだったが、後ろから掛けられたエレーナの言葉で考えを中断して口を開く。
「水球がレベルアップした」
「ふむ、レベルアップか。確かにそれは興味深いが、出来れば全く新しいスキルを見てみたかったな」
残念そうな表情を浮かべるエレーナに、レイは苦笑を浮かべながら肩を竦める。
「スピア・フロッグからスキルを覚えるとしたら、もしかしたらあの舌を伸ばす攻撃方法だったかもしれないぞ? そうなると、セトの舌の先端が鋭く尖って、更にゴムの如く伸びて敵に突き刺さったりするかもしれないんだが……そういうのを見たいか?」
そんなレイの言葉にエレーナは数秒程目を閉じてその光景を想像し、やがて小さく首を横に振る。
「セトには似合わないな」
「グルゥ?」
溜息と共に吐き出されたエレーナの言葉だったが、セト本人はそう? とばかりに小首を傾げて喉を鳴らす。
「……セト……いやまぁ、ともあれ折角水球がレベルアップしたんだ。早速見せてくれ」
レイもまたセトの舌がスピア・フロッグの如く伸びて敵に突き刺さる様子を想像し、話を誤魔化すかのようにセトに告げる。
「グルルゥ、グルルルルルゥッ!」
鳴き声を上げた次の瞬間、セトの眼前に2つの水球が姿を現す。
以前は直径30cm程の大きさだった水球が40cm程になっており、同時にセトの眼前で動かされている速度もまた前よりも上がっていた。
「大きさと速度が上がっているのか。後は威力だけど……セト」
「グルルゥッ!」
高く鳴き、放たれた水球は交互に交わるように交差しながら突き進み、やがて近くにあった巨大な岩へと命中して岩の表面を砕く。
「水球の大きさだけじゃなく、威力も速度も上がっているな。動かすのもかなり自由になってるし」
「水球と聞いたが、威力に関しては予想以上だ。まさか岩を砕くとは」
「グルゥ?」
感心するレイと、水球の威力に驚くエレーナ。そしてセトは得意げな表情でどう? と首を傾げて喉を鳴らす。
エレーナはそんなセトを撫で、レイはミスティリングから取り出した干し肉をセトへと与える。
そのまま数分が過ぎ、やがてエレーナと共にセトを撫でていたレイが立ち上がり、セトから距離を取ってミスティリングから魔石とデスサイズを取り出す。
「セトが水球を強化したってことは……さて、俺も何か習得出来るか……なっと!」
魔石を上空に放り投げ、デスサイズで一閃。空間そのものを斬り裂くような一撃により瞬時に魔石が切断され、霞の如く消えていく。
異常種の魔石を吸収したことを思い出したのか、身体に力を入れて何が起きてもいいように構える。
だが……
「……何も無し、か」
安堵とも、あるいは期待外れとも思えるような声で呟き、振り切ったデスサイズを下ろす。
「グルゥ?」
大丈夫? と喉を鳴らして頭を擦りつけてくるセトを撫でてやりながら、問題無いと頷く。
そもそも魔獣術の魔石吸収によってスキルを習得出来る可能性というのは、ある程度の傾向があるとしても、運の要素も強い。
スキルを習得出来ないままに毎回落ち込んでいてもしょうがないと、セトを撫でていない方の手で持っていたデスサイズをミスティリングへと収納する。
「スキルを習得出来なかったのは残念だったけど、過ぎたことを言ってもしょうがない。今はこの地下12階の探索を……」
そこまで口にした時、レイの腹の音が周囲に鳴り響く。
腹が減った、食べ物を寄越せ、と。
「ふっ、ふふふっ……レイ、このまま空腹の状態でダンジョンに挑んでも苦労するだけだ。それに時間を考えれば、まだ多少早いが昼に近い。ここで食事をしてからにしないか?」
「……そうだな」
いざこれからダンジョンに挑む! という時にいきなり腹の虫が鳴り響き、どこか情けない表情で溜息を吐きながらも、ミスティリングから宿で貰ってきた弁当を取り出す。
基本はサンドイッチなのだが、それ以外にも各種料理が大量に入っているバスケットだ。
さすがに高級宿の黄金の風亭と言うべきか、その料理の質も、そしてレイやエレーナの食べる量に合わせて弁当にしてくれるというサービスも文句の無いものだった。
(マジックテントは……いいか)
周囲の様子を眺め、敵に見つかりにくい岩陰であるという場所の為、マジックテントを出すまでも無いだろうと判断し、流水の短剣で出した水で手を洗い、喉を潤し、2人と1匹は弁当を食べ始める。
【セト】
『水球 Lv.3』new『ファイアブレス Lv.3』『ウィンドアロー Lv.1』『王の威圧 Lv.1』『毒の爪 Lv.4』『サイズ変更 Lv.1』『トルネード Lv.1』『アイスアロー Lv.1』『光学迷彩 Lv.1』
水球:直径40cm程の水球を2つを放つ。ある程度自由に空中で動かすことが出来、威力は岩に命中すればその表面を砕くくらい。