0430話
「……これで終わり、か?」
「いや、違うらしいぞ」
目の前に広がっている10匹程のバンデットゴブリンの死体を前に呟くエレーナへと、レイがそう言葉を返す。
その手に握られているのは、たった今バンデットゴブリンの胴体を、腕を、足を、そして頭部をも切断した死をもたらす断罪の刃、デスサイズ。
大鎌を手に、レイの視線が向けられているのはオアシスの周囲に生えている茂みの1つ。
砂漠という環境である以上、このような緑の存在は例えようも無く稀少であり、その稀少な筈の茂みの向こうに存在する気配を感じ取ったのだ。
「グルルルゥ」
セトもまた同様に気配を感じ取っているのだろう。警戒に喉をならしつつ、普段は円らなと表現するのが相応しい瞳で鋭く茂みの奥へと視線を向けている。
「ほう? 確かに気配はある。そうなると……さしずめこの者共の親玉といったところか?」
いつでも連接剣を振るえるように構え、鋭く茂みへと視線を向けるエレーナ。
向こうにしても、当然レイやエレーナ、セトが自分の存在に気がつき警戒していることには気がついているだろう。
だが、一向に姿を現すような真似はせず、ただ黙って動きを止めている。
お互いが動きを見せず、奇妙な均衡を保ったまま数分。やがて動きが無いことに焦れたレイが口を開く。
「……なあ」
「うん?」
「このままこうしていてもしょうがないし、こっちから攻撃を仕掛けてみるか?」
「……確かに現状ではそれが最良の選択肢、か?」
スピア・フロッグの異常種を討伐するという依頼でこの階層に来ている以上、いつまでもここで無言で相手と対峙している訳にもいかない。それなら確かにレイの言う通り茂み越しにではあっても攻撃して倒した方がいいのではないか。そう判断したエレーナが同意しかけた、その時。
「っ!? ちぃっ!」
茂みの奥から、何かが空気を斬り裂くような速度で自分達に向かって突っ込んでくるのを察知し、咄嗟に連接剣を振るう。
エレーナ自身の持つ技量により、それこそ自分に向かってきた何かすらも上回る速度で振るわれた連接剣の刀身は、その手に斬り捨てる感触を残していた。
咄嗟に隣にいるレイへと視線を向けるが、そこでも当然のようにレイがデスサイズを振るって飛んできた何かを斬り捨てており、セトもまた鋭い鉤爪の生えた前足を振るって何かを砕いていた。
「これは……土? いや、砂、か?」
「らしいな。それもただの土や砂じゃない。見ろ」
レイの言葉に促されて視線を地面に向けると、そこには蛇の顔をした砂の塊が今にも崩れ落ちそうな状態で転がっている。
「砂の蛇? サンドスネーク? いや、違うな」
「ああ。幾らサンドスネークでも、倒した瞬間に砂になるなんてことは有り得ない。恐らくは魔法で形作られた奴だろう。つまり……飛斬っ!」
エレーナに言葉を返しつつ、茂みの向こうへと向かって鋭くデスサイズを振るうレイ。
その刃から、これまでに幾度も見た斬撃が放たれる。
「ギョギョギャガヤガゲガ!」
バンデットゴブリンよりは複雑な声が聞こえ、同時に足下の砂が持ち上がって壁を形作り……それを見て、レイが口元に笑みを浮かべつつ呟く。
「甘い」
斬っ!
放たれた斬撃は、目の前に現れた砂の壁を殆ど抵抗を感じさせずに斬り裂き、威力を保ったままその背後にいた存在へ襲い掛かった。
飛斬が放たれてから数秒。それだけ経ってもそれ以上は特に何が起こるでもなく、ただ違うことと言えば斬り裂かれた砂の壁の向こうから鉄錆の匂いがしてきたことか。
「どうやらやったようだな」
「ああ。セト、一応見てきてくれ」
「グルゥ!」
レイの言葉に短く鳴き、地を蹴って飛ぶ……というよりは跳んで茂みと砂の壁の向こう側へと着地。それから10秒と掛からずレイの前に戻ってくる。
胸に飛斬をくらい、半ば上下半分に切断されかかっているモンスターの死骸を咥えて。
そのままレイとエレーナの前まで歩いてくると、不味いものでも食ったとでもいうように咥えていた死骸を地面へと放り投げる。
実際、ゴブリンの肉は食えるかどうかで言えば食えるのだが、その味はとてもでは無いが美味いとは言えない。餓死しそうな時でもなければ食べないような味なので、そんなセトの態度も間違ってはいないのだろう。
「悪かったな。ほら、これでも食って口直しをしてくれ」
ミスティリングから取り出した干し肉を数切れセトに与え、上機嫌に喉を鳴らしているセトをそのままに、レイとエレーナは改めて地面に倒れているモンスターを観察する。
大きさで言えば普通のゴブリンよりも一回り程大きく、体色は先程倒したバンデットゴブリンのような砂色だ。そして何と言っても最大の違いは、右手に杖を持っていることだろう。
それはつまり、このゴブリンが使っていた砂の蛇や砂の壁は魔法によって作り出されたものであったことの証拠でもある。
「ふむ、ゴブリンの上位種にゴブリンメイジという存在もいるのだから、バンデットゴブリンの中に魔法を使うゴブリンがいてもおかしくはないか」
「ゴブリンにゴブリンメイジがいるとするのなら、差し詰めこいつはバンデットゴブリンメイジといったところだな。……多少語呂は悪いが」
エレーナに言葉を返し、バンデットゴブリンメイジが握っている杖を持ち上げる。
恐らくトレントのような樹木型のモンスターから奪った枝に、何らかの宝石のような物が付けられている。
その杖を手に小さな火を出す魔法を使ってみるが、デスサイズとは比べものにならない程に魔力の通りが悪く、魔法自体は発動したのだが、その為に使用された魔力はデスサイズを使って同じ規模の魔法を使う時に比べて十数倍、あるいは数十倍もの差があった。
「これは……一応魔法発動体ではあるけど、それ程強力なマジックアイテムって訳でも無いな。まぁ、他のバンデットゴブリンが持ってる剣とかよりは高く売れるだろうが……それでも安物の類だな。魔法初心者用程度にしか使えそうにない」
「それでもマジックアイテムであるのだから、興味は……無いのか」
レイがマジックアイテムを集めていると知っているエレーナだったが、その視線が向けられたレイはといえば、興味が無いとばかりに他のバンデットゴブリンが持っている武器や盾と共に、無造作にミスティリングの中へと収納する。
「俺が集めているのは、あくまでも実戦で使えるようなマジックアイテムだからな。まぁ、中には実戦で使おうにも水を出すだけになってしまった流水の短剣のような物もあるが……あれだって実戦、より正確には実際に冒険者として依頼を受けた時の夜営とかで使えるという意味では実戦に使えると言えるし」
「なるほど。……ところでこの死体はどうする? プレアデスから聞いた話の中に無かったことを思えば、異常種の可能性もあるが」
「あー、そうだな。取りあえず隠しておこう。で、ギルドか図書館辺りの本で調べて異常種じゃなかったら普通に素材やら余った魔石をギルドに売る。もし異常種だったらここでは売らないで、ギルムに戻ってからでも売る。とは言っても、こうして数が多くいるのを思えば普通のモンスターだと思うんだけどな」
「グルゥ」
セトもまたレイと同意見だとでも言うように喉を鳴らし、離れた所に倒れているゴブリンの死体をクチバシで咥えて一ヶ所へと積み上げていく。
「悪いな」
わざわざ集めてくれたセトに礼を言いながら背中を撫で、視線をエレーナへと向ける。
方針としてはそれで構わないかという無言の問いに、頷くエレーナ。
それを見たレイは、解体用のナイフを取り出してバンデットゴブリンの胸を裂き、魔石を取り出す。
内臓の類に関しては、どこが売れるか分からないので今はそのままだ。
普通なら最も腐りやすい部位である内臓なのだが、幸いレイのミスティリングを使えばその問題は解決する。それ故の判断だった。
「レザーアーマーは……斬り裂かれてるのが大半だし、使えないな」
ナイフの刃を上手く使い、バンデットゴブリンの身体からレザーアーマーを剥いでいく。
「身体の大きさを考えれば、もし売ったとしても使えるのは余程小柄な者か、あるいは子供だろう。需要がそうあるとは思えぬし、傷が付いた物はここに捨てていっても構わないのでは無いか?」
エレーナもまた、バンデットゴブリンの身体からレザーアーマーを取り外しつつそう告げてくる。
「だろうな、そうしてくれ。幾らアイテムボックスが容量的に問題無いとは言っても、使う予定の無い物を延々と入れておくってのも何だか貧乏性っぽいし、何よりも目的の物を出す時に手間が掛かる」
(もっとも、ゴミはゴミで使いようが無い訳でも無いんだけどな。火災旋風を使った時とか)
内心でそう考えつつも、火災旋風を作り出して威力を増すとしたらレザーアーマーを入れるよりもその辺の石でも放り投げた方が余程に威力が増すと考え、小さく溜息を吐く。
「む? どうした? 取りあえずレザーアーマーは捨てるということでいいのだろう?」
「……ん? ああ、そうしてくれ」
短く言葉を返し、レザーアーマーを外して露わになった胸の部分へとナイフの刃を突き立てる。
肉を裂く感触をナイフ越しに感じつつ切り口を広げていき、心臓が見えたらナイフの先端で抉り出すように心臓に埋め込まれている魔石を取り出す。
さすがにゴブリンだけあって魔石は小さいが、それでもやはり上位種ということなのだろう。通常のゴブリンの魔石よりは明らかに大きかった。
そのまま手慣れた風に全てのバンデットゴブリンの魔石を取り出し、最後はバンデットゴブリンメイジの身体からも同様に魔石を取り出す。
「へぇ、さすが」
取り出された魔石は、バンデットゴブリンの物に比べると1.5倍程の大きさがある。
全ての魔石を取り出した時には、作業を開始してから30分程の時間が経っていた。
これはあくまでも魔石のみを取り出したからの時間であり、他の素材を剥ぎ取っていれば間違いなく1時間以上は掛かっていただろう。
(スピア・フロッグの討伐を考えれば、やっぱり魔石だけにしておいて正解だったな)
呟き、ミスティリングに収納しなかったバンデットゴブリンの魔石を2個と、バンデットゴブリンメイジの魔石1個を流水の短剣で洗う。
「まずはこっちから行くか。……恐らくゴブリンの上位種だったとしても、所詮ゴブリンはゴブリンだからあまり期待は持てないけど。セト!」
呼びかけ、セトの方へと向かって魔石を放り投げる。それをクチバシで咥え、そのまま飲み込むが……
「やっぱりな」
レイの脳裏に、スキル習得のアナウンスが流れることは無かった。
セトやエレーナにしても、ゴブリンの魔石だというので予想はしていたのだろう。特に残念そうな様子は見せていない。
続けてレイ自身もデスサイズを使って魔石の吸収を試みるが、切断された魔石が消え去っても脳裏にスキル習得のアナウンスが流れることはなかった。
こちらも半ば予想済みだっただけに、特に表情を変えることなく最後の1つ、バンデットゴブリンメイジの魔石へと視線を向ける。
先程失敗した魔石と違い、こちらの魔石は1つだけしかない。そうなると当然出てくる問題が、デスサイズとセトのどちらが吸収するかということなのだが……
「グルルゥ」
セトが喉を鳴らしながらレイへと顔を擦りつける。
それが何を意味しているのかというのは、セトの顔を見たレイには分かった。
即ち、自分はいいからレイが使って。そう言っているのだ。
「……いいのか? この魔石を吸収すれば、恐らくは魔法系のスキルを入手出来るってのに」
「グルゥ!」
いいよ! とばかりに鳴き声を上げるセト。
そんなセトに対し、レイはそっと擦りつけてくる頭を撫でながら笑みを浮かべる。
「そうか、悪いな。じゃあお言葉に甘えさせて貰うよ」
バンデットゴブリンメイジの魔石を持った手で、最後にセトの頭を軽く撫でてから距離を取り、エレーナとセトの1人と1匹が見守っている中で魔石を空中に放り投げ……
「はぁっ!」
鋭い気合いの声と共にデスサイズを振るい、巨大な刃が魔石を切断する。
だが、脳内にスキル習得のアナウンスメッセージが聞こえてくるようなことはなく……
(結局は外れだった、か? まぁ、メイジとは言っても所詮はゴブリンなんだからしょうがない)
そう思った、次の瞬間。
ドクンッ!
デスサイズから何かが自分の中へと逆流して、強制的に入ってくるような感覚。
「が……あ……?」
エルジィンへとやって来てから初めて味わうその感覚に、思わず手に持っていたデスサイズを地面に落とし、何かに耐えるかのように地面に踞る。
「レイ? おい、どうした? レイ!?」
「グルルルルゥ!」
エレーナとセトが尋常では無い様子のレイに思わず声を掛けるが、本人は全く聞こえた様子も無く地面に踞って何かに耐えていた。
そして……
「がああああああああああああああああああああああああああ!」
周囲に轟けとばかりに叫び声を上げ、次の瞬間には意識を失い地面に倒れこむ。