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レジェンド  作者: 神無月 紅
迷宮都市エグジル
428/3865

0428話

 外の曇り空と違い、降り注ぐ太陽の光はこれでもかと言わんばかりに熱を持つ。

 そんな強烈な直射日光を浴びつつ、レイとエレーナ、セトの2人と1匹は周囲の様子を眺めていた。

 昨日来たばかりの地下11階だけに、特にこれといって変わった様子は無い。敢えて前日と違うところを上げるとすれば、冒険者の数だろう。

 それぞれの冒険者パーティが、標的でもあるスピア・フロッグの異常種を求めて思い思いの方向へと向かって歩き出している。

 魔法陣と階段のある小部屋から出たばかりの位置にいるレイ達は、丁度自分達を……より正確には小部屋を中心にして散っていっている冒険者達を見送っていた。

 中にはパーティ同士で協力している者もいるが、殆どはそんなことはせずに自分達こそが標的を仕留めるのだと独自に行動している。

 そんなパーティを見送っていたレイ達だったが、ふと背後から声を掛けられた。


「あら、レイ達はまだ行動を始めないの? もう先にこの階層に来た人達は散っていってるのに」


 つい先程まで聞いていた声だけに、その声の持ち主が誰なのかは考えるまでも無く理解していた。だが、振り向いたレイとエレーナはその声の主が誰なのかを知っていても尚、思わず声を止める。

 何故ならいつもは薄衣を幾重にも重ねた踊り子のような衣装を身に纏っている筈が、外套でその身を覆っていたからだ。

 外套を持ってきているというのは知っていたし、ポーターが持っているのを見てもいた。それでもやはりレイやエレーナにとってヴィヘラは踊り子のような服装をしているというイメージだったので、そこには違和感しか無かった。


「ヴィヘラさん、私達もそろそろ出発しましょう。ここでゆっくりしていては、他のパーティに異常種を倒されてしまいますよ」


 ポーターの中年の男がヴィヘラへと声を掛ける。

 その口調が丁寧だったのは元々の性格か、あるいはヴィヘラという人物の危険性を知っているからか。

 ともあれ、そんなポーターの男の声にヴィヘラは外套を翻しつつ振り向く。


「そうね。ビューネ、どっちに行けばいいのか分かる?」

「んー……ん!」


 数秒悩み、ビューネはその小さな指で北の方を指さす。

 とは言っても現状で何らかの手がかりがある訳でも無いので、殆ど勘頼りではあったのだが。


(ま、盗賊の勘と言い換えればそれなりに説得力はある……か? ならこっちも)


 内心でそんな風に考えつつ、レイは自分の隣にいるセトへと視線を向ける。

 向こうが盗賊の勘なら、こっちは野生の勘でとでもいうように。

 ただし、撫でられると嬉しげに喉を鳴らすセトに野生の勘があるのかと言われれば、悩まざるを得ないだろう。


「グルゥ?」


 少なくても、もっと撫でてと頭を擦りつけてくる今のセトから野生を感じるかと言われれば、否と言うしかなかった。


「そっちね。じゃ、レイ、セト。……ついでにエレーナも。どっちが先に異常種を狩れるか競争といきましょうか」

「競争?」

「そ。はいさよならって別れてもつまらないでしょ? だからちょっとしたお遊びよ、お遊び」


 問い返すレイの言葉に、小さく肩を竦めるヴィヘラ。その少し先では既にポーターの男とビューネが早く行こうと待っているのだが、そんな2人を気にせずに外套に包まれた手を軽く振ってから再び口を開く。


「どっちが先に異常種を倒せるかどうか。それだけよ。どう?」

「……待て。勝負と言うからには、そのままどっちかが勝ったらそれで終わりという訳ではないのだろう?」


 怪しげな雰囲気を察知したエレーナの言葉に、ヴィヘラは再び小さく肩を竦める。

 自分が勝負に勝った場合に何を要求するのかというのは、薄らと目の奥に存在する炎のような戦闘欲の色を見れば明らかだった。

 ヴィヘラもそれを隠しもせずに口を開く。


「別に難しい話じゃないわよ。レイに私と一晩付き合って貰えればそれでいいわ」


 意図的に誤解を招くかのようなその言葉に、レイの口から思わず溜息が吐き出される。

 エレーナはと言えば、わざとそう表現しているというは分かっているのだが、それでもやはり穏やかな気分ではいられない。

 それでも聞いたのだから、と義務感を発揮して口を開く。


「で、私達が勝った場合は?」

「そうね。……私を一晩好きに……」


 最後まで言わせず、エレーナは外套の内側にある連接剣の柄へと手を伸ばす。

 さすがにここでエレーナを怒らせても意味はないと判断したのか、ヴィヘラは言葉を最後まで言わずに1歩後ろへと下がる。


「冗談よ、冗談。けど、何か他に欲しいものがある? お金とかには困ってるようには見えないし……ああ、そうね。なら暫くダンジョンでパーティを組むとか」

「お前のような危険な女に背中を任せるというのは寧ろ自殺行為のようにも思えるがな」

「ならどうするの? 他に何か欲しい物でもある? ああ、言っておくけどさすがに私が使っているマジックアイテムとかは却下よ」

「別にわざわざお前と勝負をする意味も無いと思うが……いや、そうだな。なら1つ貸しということにしようか」

「……出来れば今のうちに具体的な内容を決めておいて欲しいんだけど」


 ヴィヘラとしても貸しという形になるのは避けたいらしいが、レイにしても特にヴィヘラから欲しい物は無かった為にそういう形で話は纏まる。


(魔力で爪を作り出す手甲にはちょっと興味があったんだけどな)


 レイの基本的な攻撃手段はデスサイズと魔法であり、そのどちらもが中距離から遠距離向きの攻撃方法だ。勿論間合いを詰められてもデスサイズの柄や石突き、ミスリルナイフ、あるいはレイ自身の身体能力を駆使した攻撃方法というのもあるのだが、そのどれもがあくまでも予備的な攻撃手段でしか無い。

 それを思えば、近接攻撃に最適な爪を任意に作り出すことが出来るというヴィヘラの手甲はかなり魅力的に見えていた。


「ふぅ。まぁ、レイがそう言うならしょうがないわね。今回はその条件で勝負を受けてあげる。ただし、貸し1よ?」

「おう。……おう?」


 レイが頷いたその瞬間、話はこれで終わりだとでもいうようにヴィヘラはその場で背を向けて少し離れた場所で待っているビューネやポーターの方へとと向かって走って行く。

 そう、まるで今のレイの言動を覆されるのを避けるかのように。


「……ふぅ。レイ、今のやり取りを頭の中で思い出してみろ」


 溜息を吐きつつ呟くエレーナに、何か話の流れがおかしいと思っていたレイがヴィヘラとのやり取りを思い出す。


「……あ」

「分かったか。勝負に勝ったらヴィヘラに貸しを1つ作るという勝負をするのに、相手に貸しを作ったんだぞ。しかも流れで頷いたから……」

「……だ、大丈夫だ。負けなければいいだけだろ? 俺としても異常種の魔石は惜しいからな。ヴィヘラやビューネに負けるつもりは無い」

「グルルルゥ」


 レイのミスを慰めるかのように身体を擦りつけてくるセトに、感謝を込めて撫でてやるレイ。

 そのまま数分程して、ようやく気を取り直したのかレイが口を開く。


「さて、勝負することになった以上は負けるようなことは絶対に避けたい。ってことでビューネの盗賊の勘に対抗してセトの野生の勘で対抗しようと思うんだが。どっちに向かったらいいと思う?」

「グルゥ? ……グルルルルゥ」


 レイの言葉を聞き、数秒程考えた後に西の方へと視線を向けるセト。

 勿論色々冒険者が散らばっている以上はそちらに向かった者達もいるのだが、それでも広大な砂漠だ。意図的に後を追うようなことでもしない限りは完全に同じ道筋にはならないだろうと判断する。


「よし、じゃあ西に向かうか。セトはこれまで通りに上空からの偵察を頼む。スピア・フロッグは体長3m程もあるって話だから、そうそう見逃すことは無いだろうけど……他のモンスターを警戒する必要があるからな。特にサンドスネークやグランド・スコーピオンといった魔石を1個しか入手していないモンスター、それと異常種じゃない普通のスピア・フロッグの魔石とかは確保しておきたい」

「グルルルゥ!」


 レイの言葉に、任せて! とばかりに喉を鳴らし、そのまま早速とばかりに数歩の助走を経て翼を羽ばたかせながら空中を駆け上がって行く。

 その様子を下から見守っていたレイとエレーナは、お互いに目を見合わせて小さく頷くとセトの後を追うように足を踏み出す。

 周囲を警戒しつつ、更には砂漠の上を進んでいるレイやエレーナの速度に合わせているとは言っても、やはり空と地上では速度が違う。

 よって、ある程度砂が固まって歩きやすくなっている峰の周辺ではなく、最初にこの地下11階へと降りてきた時のようにまっすぐに砂漠の平面を進んでいく。


「ふぅ。外套があっても、この暑さは堪らないな。外が曇っているのだから、ここでも多少は影響が出て欲しいのだが」


 外とは違い、太陽以外には雲の欠片すらも見えない空へ向かって、エレーナは忌々しげに視線を向ける。


「けど、暑いと感じるだけで実害は無いんだろ?」

「暑いと感じるだけで十分に実害だよ」


 エンシェントドラゴンの魔石を継承したエレーナだが、それでも肉体的な感覚自体は多少強化されているとしても人間の時とそれ程変わらない。実際に炎に触れたりしても火傷を負うことはないのだが、それでも熱いとは感じるのだ。


(あるいは継承の儀式に途中で邪魔が入って、最後まで終えられなかった影響がこれなのかもしれないが……な)


 内心で呟き、その考えを脳裏から消し去るようにして砂地へと足を踏み出していく。

 そんなエレーナの隣を進んでいるレイはと言えば、こちらは暑さを全く苦にしている様子は無かった。

 何しろドラゴンローブで温度管理をしている上に、レイ自身の肉体も色々な意味で規格外なのだから。


「グルルルゥ」


 そんな風に進んでいたレイとエレーナだが、歩き始めて1時間程するとセトが地上へと降りてきて右側の方へと視線を向けながら鳴き声を上げる。


「モンスター……って訳じゃなさそうだが」

「そうだな。警戒はそれ程強くないようだ」


 お互いに呟きつつ、右側の方へとじっと視線を向け……やがて砂柱とでも言うべきものが視界に入ってきた。

 それも、1度だけでは無い。2度、3度と繰り返しだ。


「爆発? ……戦闘か」

「だろうな。恐らく炎系の魔法か、あるいは土系の魔法で砂漠の砂を操ったのか。どちらにしろ戦闘なのは間違いないだろう。……どうする?」


 判断はレイに任せると告げてくるエレーナに、数秒程迷ったレイだったが、すぐに首を横に振る。


「この依頼に参加している以上は当然ある程度腕が立つ冒険者だろうし、そんな奴等が戦っているところに俺達が割り込んでも獲物の横取りと勘違いされるだけだろう。あるいは戦いが不利なら助けてくれたと感謝するかもしれないが、可能性としてはごく小さい。それなのにわざわざ時間を無駄に使う必要は無い」

「ふむ、確かにそうか。これまでは他人の戦いに巻き込まれることが多かったが、考えてみればモンスターの素材で収入を得ている以上は横取りされるのを嫌うのは当然だな」


 納得したと頷くエレーナを促し、再び砂漠を進み始める。

 セトはレイに促され、小さく喉を鳴らすと再び翼を羽ばたかせて上空へと昇っていった。

 そのまま歩き続けること20分程、再び爆発音が2人の耳に聞こえてくる。ただし、今度は先程聞こえてきたのとは全く別の方向だ。


「どうやら色々な場所で戦いが起きているらしい」


 呟き、爆発音の聞こえてきた方へと視線を向けるエレーナだが、既に他人の戦いには手を出さないと決めている為か、すぐに視線を元の方へと戻して歩みを進める。

 その隣を歩きながら、レイもまた頷く。


「標的のスピア・フロッグがどこにいるか分からない以上、全周囲に散らばっていったからな。そうなれば当然モンスターとの遭遇確率も上がるさ。特に今回の依頼だと倒したモンスターの素材や魔石を高めに買い取ってくれるんだし」

「……あの者達も今頃は戦っているのだろうな」


 思わずそう口にするエレーナだが、それが誰のことを言っているのかというのはすぐにレイにも分かった。

 それ故に被っているドラゴンローブのフードの下で口元に笑みを浮かべつつ頷く。


「だろうな。ヴィヘラのことだ、嬉々としてモンスターとの戦闘を楽しんでいるだろうよ」

「……別に私はヴィヘラのことは心配していないのだが?」

「へぇ? じゃあ、誰のことを思い出していたんだ?」

「そ、それは……そう! ビューネに決まっているだろう。あれだけ小さいのだから、心配して当然だ」

「だといいな」


 口では文句を言いつつも、エレーナにとってヴィヘラのように自分へ普通の態度で――多少馴れ馴れしすぎるが――接してくる相手というのは稀少な存在でもある。

 レイに対しての態度には思うところがあるが、それ以外ではそれ程嫌っている訳では無い。不意にそんなことに気がつきつつ、取りあえずはレイの追及を誤魔化すことに専念するのだった。

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― 新着の感想 ―
だめだ、この頃のレイにはイライラしかしない笑笑 エレーナがいるのにしっかりしなさい(`・д・)σ メッ
[一言] 恋の鞘当てに気付かん主人公はそれだけで度し難い存在やのに、ここに来て不利な言質取られる失態。 これが普段から注意力に乏しい所謂“ポンコツキャラ”なら話は別やけど、さんざか内心で「この女には注…
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