0421話
急速に自分へと迫ってくる鋏の攻撃を跳躍して回避。だが、その隙を待っていたとでもいうように頭上から鋭い毒針が襲いかかってくる。
確かに普通なら絶対に空中で回避できない一撃。だが、その人物に限って言えば例外だった。
マジックアイテムでもあるスレイプニルの靴を発動させ、そのまま空中で横へと跳躍する。同時に、再度空中を蹴って三角跳びの要領で自分へと襲いかかってきたモンスターとの間合いを強引に詰め、手に持っていた武器へと魔力を流して振るう。
流された魔力により、瞬時に普通の長剣から鞭状になった連接剣は体長6m程もある巨大なサソリの右側へと伸び、そこから生えている4本の足と巨大な鋏の全てを切断する。
当然右側の足や鋏を全て切断されたサソリがそのまま立っていられる訳が無く、バランスを崩して砂漠へと半身が崩れ落ちた。
「レイ!」
足を取られる砂を蹴るのでは無く、スレイプニルの靴を発動して空を蹴って素早く後方へと跳躍しながら叫ぶエレーナ。
その声を聞き、待ってましたとばかりにレイは既に唱えていた魔法を発動し、サンドワームを倒した時と同じ炎の矢がサソリへと叩きつけられる。
サソリが姿を現した時にプレアデスから注意されていたように、鋏や尻尾、頭部といった素材として有用な部分は外し、主に胴体へと命中しては甲殻など何の意味も無いとばかりに突き刺さり、その周辺を炭化させ、あるいは貫いていく。
ものの数秒でサソリの黒焼きとも言える状態になったその姿に、レイの護衛として近くに待機していたセトが思わず喉を鳴らす。
周囲に漂っている香ばしい匂いが食欲を刺激したのだろう。
そんなセトの様子に、レイは小さく笑みを浮かべながら首筋を撫でてやる。
「昼食を食べてから、まだ1時間も経っていないだろ。少し我慢しろ」
「グルゥ……」
レイの言葉に、残念そうに首を落として鳴き声を上げるセト。
そんな1人と1匹を見て、プレアデス達3人は改めて感嘆の声を上げる。
「まさかグランド・スコーピオンをこうもあっさりと倒すとはな。一応こう見えてもランクDモンスターで、この地下11階では生態系の上位に君臨しているモンスターなんだが」
「ランクD程度ならそれ程問題は無いさ。こう見えてもランクBだしな。エレーナにしたところで、戦力的にはランクDやランクC程度のモンスター相手には苦戦しないだろうし」
「確かにそうかもしれないが、それでも油断は禁物だぞ」
レイの言葉に、連接剣を鋭く振ってサソリ……グランド・スコーピオンの体液を振り払いながらエレーナがそう口を挟む。
マジックテントでの昼食と食休みを過ごし、再び地下12階層へと向かうべく進んでいたレイ達一行に対して砂中から突如襲いかかってきたグランド・スコーピオンだったが、その様子は上空から見張っていたセトの鋭い視線を誤魔化すことは出来ず、待ち伏せをするつもりが逆に待ち伏せされるという事態になっていた。
前衛がエレーナで、後衛がレイ。昼食前と同様に、ドラゴンローブの中にイエロを入れているレイは激しい運動をしなくても済むようにとの陣形で待ち受け、結果的にあっさりと倒されてしまったのだ。
一応プレアデスやオティスもそれぞれの武器を構え、同時にサンドワームとの戦闘から大分時間が経ったことにより、ある程度の魔力が回復したシャールもいざとなったらフォローをしようと考えてはいたのだが、そんな必要は全く無い程素早く戦闘は終わった。
(戦闘開始から1分も掛からずに、か。さすがに異名を貰うだけのことはあるな。いや、それを思えば、エレーナの方も同様か。異名持ちのレイと共に行動していながら全く劣った様子は見せない)
エレーナの正体を知らないプレアデスが内心で呟き、それは他の2人も少なからず思っていたことだったのだろう。
それぞれが視線を合わせ、自分達よりも腕の立つ存在の強さというものを少しでも自分の目に焼き付けようと無言で頷いていた。
そんな3人の様子に気がつきつつも、別に自分達にとっては特に不利になるような出来事でも無いと判断したレイは、右足4本と鋏を失い、身体中に炎の矢による穴を開けられて絶命しているグランド・スコーピオンへと視線を向けながらプレアデスへと声を掛ける。
「このモンスターの解体はどうすればいい?」
「そうだな、グランド・スコーピオンの素材は討伐証明部位として素材にもなる右の目玉。武器や防具にも流用できる鋏と、色々と使用用途の多い毒針だな。特に毒針は錬金術の素材にもなるし、武器を作る時に毒の要素を付け加えたり、あるいは強力な解毒剤の材料にもなる。他にも内臓の毒を作り出す部分は同様に高く買い取って貰える。……ただし、グランド・スコーピオンの毒はかなり強力だから、取り扱いに注意が必要だぞ」
プレアデスからのアドバイスに従い、レイとエレーナはそれぞれ協力して素材の剥ぎ取りを進めていく。
レイとしては死体を丸ごとミスティリングに収納しておき、後でゆっくり素材の剥ぎ取りをしても良かったのだが、折角経験者がいるということでその場で素材の剥ぎ取りを行うことにしたのだ。
レイはいつも使っている素材剥ぎ取り用のナイフを使い、討伐証明部位である右の眼球を取り出す。
眼球だけに、左右で2匹討伐になるのでは? そんな風に思っていたのだが、念の為に左の眼球を取り出して納得した。
右の眼球には蛍光色に近い黄色い斑点が幾つも存在しているのに対し、左の眼球にはそのようなものが存在していないからだ。
「ああ、分かった? グランド・スコーピオンの右目だけに含まれているその斑点は魔力が結晶化したものなのよ。理由は不明だけど、グランド・スコーピオンの右目だけに存在していて、錬金術の……特に刃に対する斬れ味の増加に効果があるらしいわ」
眼球を見比べているレイへと向かい、シャールが言葉を掛けてくる。
「希少性が高かったりするのか?」
地下11階層の中でも上位に位置するグランド・スコーピオンの素材だけに、高級なのかもしれない。そんな風に思いつつ尋ねるレイだったが、シャールは小さく首を横に振る。
「他のモンスターでも似たような効果を持つ素材は結構あるわ。だから高級って程じゃないけど、それでもあれば買い取って貰える程度に需要はあるわね」
「……なるほど」
それ程高くないらしいと判断し、ミスティリングから取り出した内臓の類を保管するガラス瓶のような容器の中へと放り込む。
「へぇ、その容器自体も結構高級なマジックアイテムね。いい物持ってるじゃない」
ミスティリング、マジックテントと滅多に見ることが出来ないマジックアイテムを幾つも見せられ、レイに興味を持ったのだろう。プレアデスが全体的に素材を剥ぎ取る指示を出し、オティスがエレーナについてアドバイスをしているのとは裏腹に、シャールはレイへと興味深げな視線を送っていた。
「グルルルゥ」
そしてセトはと言えば、レイの放った炎の矢によって焼かれ、周囲に漂っている香ばしい匂いに喉を鳴らしながら砂漠に横たわっているグランド・スコーピオンへと物欲しげな視線を向けている。
「この鋏の部分は頑丈そうに見えるんだけど……ほら、こうして関節に沿って刃を入れれば結構あっさりと切断できるわ」
「ほう、なるほど。つまり……こうか?」
オティスに言われたように鋏の近くにある関節に沿って短剣の刃を入れ、あっさりと切断する。
目の前で手本を見せられたとは言っても、素材の剥ぎ取りに慣れていない者とは全く思えない程の手際の良さで。
その後も、レイとエレーナの2人は心臓から魔石を取り出し、尾から毒針を切り取り、同時に毒を作り出す内臓を取り出して保存していく。
最終的に残ったグランド・スコーピオンはその肉の部分をセトに食われ、残骸だけをその場に残して歩みを再開する。
「いや、それにしてもレイの持っているアイテムボックスは凄いわね。そんな稀少品、どこで手に入れたの?」
「魔法を習った師匠からな」
「……何て太っ腹の師匠よ。あたしもその師匠に弟子入りしたいくらい」
「あのねぇ、シャール。そんな物欲で弟子入りされても、レイさんのお師匠様だってうんって頷くわけ無いでしょ。この暑い中で下らないこと言わないの」
幾ら外套が多少の温度を下げてくれるマジックアイテムだと言っても、限度がある。プレアデス達が被っている外套はエレーナの使っている物よりも多少性能が良い為に10℃近くの温度を下げてくれる機能を持ってはいるが、それでも砂漠の気温が40℃を優に超えているこの状況では気休め程度でしかない。
かと言ってもっと性能の良い外套を買おうにも、安価な日常品のマジックアイテムでは無いだけに当然相応の値段がする。迷宮都市という関係上他の街や都市よりはまだ安く買えるが、それでも限度という物があった。
暑さというよりも熱さと表現すべき砂漠の気温には、この階層で行動することに慣れているオティスやシャールにしても厳しいものがある。そんな厳しい状況に耐えているというのに、余りにも自分勝手なシャールの言動に思わずオティスが口を挟んだのだ。
だが、シャールはそんなオティスに向かって小さく溜息を吐く。
「あのね、確かにレイの師匠の持っているマジックアイテムには興味あるけど、それよりも指導する能力よ。オティスも見たでしょ? レイの馬鹿げた魔法の威力を。あたしがああいう魔法を使えるようになれば、それこそパーティの戦力がアップするじゃない」
「……で、そのあんたの修行が終わるまではどれくらい掛かるの? ちなみにレイが修行したっていう期間は?」
腰にぶら下げている水筒を手に取り、ストローを口に含みながら尋ねてくるオティス。
手には弓、背には外套の上から矢筒を背負っており、そんな弓を邪魔に思いつつも頼れる武器である以上は手放す訳にもいかず、脇で抱えて口の中を水筒の水で潤す。
ちなみに、プレアデス達3人の水筒の中身はマジックテントの中でレイが流水の短剣で作り出した水と入れ替えられていた。
喉を潤す天上の甘露とでも呼ぶべき水を味わい、飲み過ぎないように注意しながら視線を向けてくるオティスに、レイは小さく肩を竦めてから口を開く。
「俺は物心ついた時から師匠に育てられていたから、最低でも10年以上だな」
「……駄目じゃん。それとも何、シャールは10年くらい私達のパーティを抜けるの? ならいっそのこと正式に抜けてよね。こっちに迷惑が掛かるんだから」
「べ、別にあたしだって丸々今のレイみたいな実力を身につけるまで……なんてつもりは無いわよ。って言うか、エグジルから離れるつもりも……」
そんな風に言い争いをしている2人の様子を見て、エレーナがレイへと目配せをしてくる。
レイの真実を知り、師匠なんて存在がいないというのを知っているだけに、この件で揉めさせるというのは心苦しいのだろう。
内心で小さく溜息を吐いたレイは、砂の上を歩きながら口を開く。
「そもそも、住んでいた場所から転移魔法で強制的に移動させられたからな。しかも、その住んでいた場所が人の気配すらしない山奥だ。師匠を紹介してくれって言われても、俺にはまず無理だよ」
「……なーんだ、じゃあ元々どうにもならないじゃない」
レイの言葉にシャールは思わず溜息を吐きながら言葉を漏らす。
「ま、お手軽に強くなるのは無理ってことだな。俺だって槍を使いこなすのに毎日訓練してるんだから。……ああ、見えてきた」
手に持って杖のように石突きの部分を砂漠に突きながら歩いていたプレアデスが、やがて見覚えのある光景にそう呟く。
だが、プレアデスの見ている方へとレイやエレーナが視線を向けても、見えるのは砂漠と岩、サボテンといった、これまでと変わらない光景でしかない。
「見えてきたって、何がだ?」
それ故に、近くを歩いているプレアデスへと思わず尋ねるレイだが、聞かれた本人は何を言ってるんだ? とばかりに首を傾げ……すぐに何かを理解したように頷き、口を開く。
「この地下11階に限らず、砂漠の階層では下に降りる階段は地下10階までとは違って剥き出しになってるんだよ。……何でそんな状況で砂に埋まったりしないのかは不思議だけど。まぁ、その辺はダンジョンだからなんだろうな。ほら、あそこの岩の近くを良く見てみな」
その声にレイとエレーナの2人は目を凝らす。すると、すぐにプレアデスが言っていることが理解できた。視線の先にある岩の隣に下の階層へと向かう階段が存在している。
「……また、随分と予想外な……」
話を聞かされてはいても、やはり剥き出しになっている階段を見ると思わずそう呟くのだった。