4163話
昨日とは違う巨岩を動かした結果、現れた階段。
その階段がどこに繋がっているのかはレイにも疑問だったのだが、それでも階段が現れた以上は確認する必要があるだろうと、レイはセトと共に階段を下りていったのだが……
「地底湖……だな。それも昨日と同じ場所だ」
目の前に広がる地底湖に、レイはそう呟く。
レイの視線の先に存在するのは間違いなく地底湖だった。
あるいは地底湖があっても、昨日と違う場所に出たという可能性があったが……地底湖や周辺の光景も昨日と同じとなると、これで実は昨日と違う場所とはレイにも思えない。
唯一不安要素があるとすれば、昨日ここで行われた戦闘の痕跡が一切ないことだろう。
これもまたダンジョンの修復機能なのだろうというのはレイにも予想は出来たのだが、出来ればもう少しここが昨日と同じ場所であると示すような何かがあって欲しかった。
「グルゥ!」
レイの言葉に、セトもまたここが昨日と同じ場所だと喉を鳴らす。
そんなセトの様子に、レイもまたこれでここがそのような場所なのだろうと確信する。
「さて、そうなると探索を……」
「グルゥ!」
探索をしよう。
そう言おうとしたレイだったが、その前にセトが地底湖を見て喉を鳴らす。
何だ? と思いそちらに視線を向けたレイは……
「探索をする前に、まずは後方の安全を確保する必要があるな」
即座に考えを翻す。
地底湖から姿を現したのは、左右二対合計四本のハサミを持つ、巨大なカニ。
昨日もこの地底湖で倒したモンスターだった。
レイが即座に考えを翻したのは、言い訳に使ったように後方の無事を確保するというのも間違いではないが……より正確には、やはり昨夜食べたこのカニの身が美味かったからだろう。
カニよりエビ派のレイだったが、だからといって別にカニが嫌いな訳ではない。
エビとカニが並んでいればエビを選ぶかもしれないが、カニしかないのなら、それに不満を抱いたりといったことはしない。
その為、ここでカニの身を確保するというのはレイにしてみれば当然のことだった。
レイはミスティリングからデスサイズと黄昏の槍を取り出し、セトはいつでもスキルを発動出来るようにし……そして地底湖から上がってきた複数のカニとの戦闘が始まるのだった。
「よし、これがラストだな」
レイはドワイトナイフを使い、カニの死体に突き刺す。
カニとの戦いは、予想していた以上にあっさりと終わった。
昨日は初めてこのカニと戦ったので、バブルブレスであったり、あるいはカニなのに前方に跳躍するといった行動に驚いたものの、既にそれを知っている以上、レイやセトにとって倒すのは難しくはなかった。
寧ろ戦闘というよりも、一方的な狩りに近い流れとなり、その結果が大量の死体。
もっとも、その大量の死体も全てドワイトナイフで解体したので、何も残ってはいないが。
せいぜいが、周辺の岩が戦闘の影響で破壊されたりしていたり、バブルブレスによって粘着力のある液体が付着している程度か。
最後の死体も素材と魔石と食材に姿を変え、レイは素早くミスティリングに収納していく。
既に魔石は魔獣術で使っているので、これがあっても意味はなく、その作業は非常にスムーズだった。
(魔石は結構入手出来たし……ギルドに売ってもいいかもしれないな)
一応、レイは魔石を集める趣味があるということになっているのだが、それでも大量に魔石を入手した時にはそれなりにギルドに売っている。
このカニの魔石も、そのような感じになるのは間違いないだろう。
「よし、じゃあ改めて二十一階の探索をするか。……セト、準備はいいよな?」
「グルゥ!」
任せて、と喉を鳴らすセト。
レイはそんなセトと共に地底湖の横を移動する。
(もしかしたら、海の階層のように地底湖がどこまでも広がっているとか、そういうのは……出来れば止めて欲しいんだけどな)
セトがいる以上、そのような地底湖がどこまでも広がっていても海の階層の時と同じように飛んで移動出来る。
だが、海の階層と違ってここは本当に正規ルートなのかどうか分からない。
それこそレイにしてみれば、二十階の遺跡を調べるのが非常に面倒なので、出来ればここが正規ルートであって欲しかった。
遺跡はとにかくどういう形でもいいから、巨岩を動かせばそれがスイッチとなって階段が現れ、その階段は一ヶ所にしか繋がってない。
そのような形式になっていてくれれば、レイとしてはこれ以上ない程に嬉しかった。
(あ、でも昨日の毛玉の件があると、やっぱり全てが地底湖になるってことはない……のか?)
毛玉は実は泳げて普段は水中で生活をしているといった可能性もあるが、毛玉はモーニングスターと身体が融合している。
あるいは身体からモーニンスターが生えているといった表現の方が正しいのかもしれないが。
そしてレイが昨日確認したところ、モーニングスターは普通に金属であり……そのような物が身体から生えているとなると、とてもではないが水中で暮らせるとは思えなかった。
無理矢理に理由を考えるとすれば、水の中は水の中でも、横になっても溺れないような浅瀬でなら何とか……といったところか。
出来ればそういうのではなく、普通に大地があって欲しいと思いながらダンジョンの中を進む。
この二十一階は、今のところレイやセトが進んだ限りだと、ずっと地底湖と地上が並んで存在している。
勿論地上が広くなっていたり、地底湖が広くなっていたりと、必ずしも同じ広さという訳ではない。
ただ、それでもずっと地底湖が隣にあるのは、レイにとってあまり好ましくはない。
(いやまぁ、普通の冒険者なら水に困らないって喜ぶのかもしれないけど。……いや、でも飲めるのか、この水? 見た感じはかなり透明度が高いけど)
レイにとっては、川の水を飲むというのはそう珍しくはない。
いや、本当は駄目なのは知っているが、日本にいた時に川遊びだったり、潜って魚を銛で突いたりする時、自然の水が口の中に入ったりする。
もっとも、小さい頃からそのような生活をしていたので、それによって腹痛になるといったようなことはなったことがない。
……ただ、それでもダンジョンにある地底湖の水を飲んでみたいかと言われれば、レイとしては好んで飲みたいとは思わなかった。
そもそもの話、レイの場合は喉が渇いたらミスティリングに冷たい果実水がかなり入っているし、いざとなれば流水の短剣もある。
また、レイは決して好まないものの、酒の類もそれなりにあったりする。
それこそこのダンジョンの宝箱から出た酒であったり、他にも色々な手段で入手した酒が。
そんな訳で、レイは飲み物に困るようなことはないが、それはあくまでもレイがミスティリングを持っているからだ。
そうでない他のパーティにとって、水を現地で補給出来るというのは大きいだろう。
「そうだな。一応俺達が初めて二十一階に来たんだし、この水を持っていって飲めるかどうか確認くらいはしてもいいか」
調べるのはギルドに任せるので、レイがやるのは保管ケースに水を入れて持っていくだけだ。
特に手間という訳でもないので、レイはミスティリングから取りだした保管ケースに地底湖の水を入れ、それを収納する。
「グルゥ?」
レイのいきなりの行動に、セトはどうしたの? と不思議そうに喉を鳴らす。
セトにしてみれば、一体何故急にレイが水のサンプルを取るようなことをしたのか、分からなかったのだろう。
「この水がどういう水かと思ってな。もし飲める水なら、俺達以外の冒険者がここを探索する時、かなり楽になるだろ?」
二十階は草原の階層で、特に喉の渇くような階層ではない。
そうなると、この地底湖の水が飲めるのなら二十一階の探索をする時に、水を持ち込む必要はない。
……あくまでもそれは二十一階限定の話で、二十二階以降を探索する時にどうなるのかは、そこがどのような階層なのかの情報がないのでどうしようもないのだが。
「グルゥ」
レイの言葉に、なるほどと喉を鳴らすセト。
セトにとってはそこまで気にするような必要はないような……といった思いもあるのかもしれないが。
「取りあえず、そこまで手間って訳でもないしな。後はこれを渡せばギルドの方で調べてくれるだろうから、手間でもないだろ?」
「グルゥ!」
レイの言葉にセトが納得し、そしてレイとセトは再び二十一階の探索を続ける。
(もしかしたら隠し部屋かもしれないと思っていたけど、この階層の様子を見る限りだと、やっぱりそういう感じではなさそうだな)
隠し部屋の類なら、さすがにここまで広いといったことはないだろう。
そうなると、やはりここは正規ルートの二十一階の可能性が高い。
(けど、結局遺跡はどういう仕掛けなんだ? 昨日俺が動かしたのと違う場所を動かしても、こうして同じ場所に下りたし)
これが普通に階段だけがあるのなら、レイもそこまで気にしたりはしなかっただろう。
だが、階段はあくまでも遺跡にある巨岩を動かす……正確にはミスティリングに収納することによって、現れる。
それが、レイに疑問を抱かせていた。
(それと、階段が出た後で他の巨岩を追加でミスティリングに収納したりしたら、どうなるんだろうな)
あるいは巨岩が全てなくなれば、二十一階に続く階段は出たままになるのかもしれない。
そうも思ったが、ダンジョンの修復機能を考えれば、巨岩を全部レイがミスティリングに収納しても、翌日には全ての巨岩が復活している可能性は充分にあった。
「グルゥ!」
「ん?」
地底湖の側を歩いていると、不意にセトが喉を鳴らす。
「セト、どうした?」
セトの鳴き声には、特に警戒の色はない。
それはつまり、敵……モンスターが襲撃してきた訳ではないことを意味していた。
それなら何か見つけたのかと思い、レイはセトの視線を追う。
するとそこにあったのは……
「島……いや、中州と呼ぶべきか?」
歩いている間もレイ達のいる地上はそこまで広さは変わらなかったものの、地底湖は進むにつれてかなり広くなっていた。
そうして広くなった地底湖の中に、中州とでも呼ぶべきものがあった。
もっとも、正確には中州というのは川とかで上流から運ばれてきた土や砂が堆積して出来たもののことだ。
そういう意味では、セトが見つけたのは正確には中州とは呼ばないのだろう。
もっとも他に呼びようがない……あるいはあるのかもしれないが、レイにしてみれば中州としか呼べないので、中州と呼んでいたが。
「グルルルゥ」
「……あ、なるほど」
レイの言葉にもっとよく見てと喉を鳴らすセト。
レイはそんなセトの様子に中州をしっかりと見ると、そこに宝箱が置かれていることに気が付く。
当然ながら、現在のところこの二十一階にいるのはレイ達だけだ。
つまり、あの中州にある宝箱を見つけたのも、レイ達が初めてとなるのは間違いない。
「よし、セト。宝箱を見つけた以上は放っておくことも出来ないし……回収に行くぞ」
「グルゥ!」
レイの言葉に、セトは分かったと喉を鳴らして身を屈める。
レイが素早くその背に乗ると、セトは数歩の助走と共に翼を羽ばたかせて空を飛ぶ。
ただし、この地底湖の階層は天井がある。
また、天井からは鍾乳石が伸びており、非常に危険だ。
その為、天井に近付き過ぎないようにして飛ぶ必要があった。
もっとも、セトは空を飛ぶ専門家だ。
その程度のことをやるのは、そう難しくはない。
そうしてセトが飛んで中州に向かっていたのだが……
「グルゥ!」
不意にセトが翼を大きく羽ばたかせ、空中で急速に移動した。
「おわっ!」
あまりに突然のことだったので驚きの声を上げたレイだったが、セトにしっかりと掴まっていたので落ちるといったこともなかった。
とはいえ、驚いたのは間違いない訳で……
「セト!?」
どうしたとセトを呼びつつ、後ろを……先程までセトがいたところを見たレイは、そこにあった光景に驚く。
それは、ワニともトカゲとも判断が出来ないような……敢えて判断するとすれば、爬虫類という分類になるのだろう存在が、水中から飛び出してセトのいた場所を通りすぎ……そのまま再度水中に向かって落ちていくところだったのだから。
「新種のモンスターか。……にしても……水中から飛び出したり、水中に潜る時も音が殆どしないってのは……厄介だな」
普通なら飛び出すにしろ飛び込むにしろ、水音がするだろう。
だが、今のモンスターは全く音を出さずにそのようなことをしたのだ。
それはレイにとって驚きであり……また襲われないよう、早く中州に向かうよう、セトに指示をするのだった。




