4144話
裏の組織について、レイは考える。
(あの狸の獣人の男が裏の組織だとして……取りあえず、ある程度の大きさの裏の組織を潰して、その理由として俺が狙われた一件の情報を話せば、俺と敵対したくない裏の組織は自分達の身を守る為にも、あの狸の獣人の男を見つけ出して俺の前に引っ張ってくるなり、狸の獣人の男に依頼をした相手の対処をするなりする……よな? いや、ここがギルムでない以上、もしかしたら俺を排除しようとして来るか?)
ギルムなら間違いなく前者のような話の流れになるのは間違いない。
だが、ここはギルムではなくガンダルシアなのだ。
であれば、裏の組織を脅すなどといったことをしたレイを殺してしまった方が手っ取り早いと考える者がいてもおかしくはなかった。
それが出来るかどうかは、また別の話として。
もっとも、レイにとってはそれはそれで構わない。
最初はレイの実力について信じていなくても、レイを襲った者達が次から次に撃退されるようなことになれば、嫌でもレイの実力を信じないといけなくなるのだから。
少し遠回りにはなるものの、それが最終的に一番手っ取り早い。
「ちょっと、レイさん? レイさんってば。ああ、これだとガンダルシアが血で血を洗うようなことに……」
「セトちゃ……んはいないのね。あら? どうしたの?」
レイの横でアニタがこのままだと間違いなく大きな騒動になると考えていると、天の助けと言うべきか、ちょうどフランシスが訓練場に姿を現す。
模擬戦の見学を許可したが、どのようになっているか……そしてあわよくばセトと遊びたいと思っていたのだが、その最大の目的はセトがいないことで消えてしまった。
それを残念に思うフランシスだったが、レイの側で慌てた様子のアニタに気が付いたらしい。
「フランシスさん、丁度いいところに、このままだと、レイさんがガンダルシアの裏の組織を壊滅させるって……」
「……は?」
いきなり何を言ってるの?
そう言いたげな様子のフランシス。
だが、アニタを見ても決して冗談を言ってるようには思えない。
ふと気になって風の精霊を遣い、周囲にいる者達……模擬戦を見学している者達の様子を窺うが、フランシス達の側にいる何人かは、模擬戦よりもフランシス達……より正確には、レイに意識を向けているのが分かった。
「……取りあえず、少し移動しましょうか。そういう話は人のいる場所でするものじゃないわ」
「あ……その、すいません」
フランシスの言葉で、アニタも自分とレイの会話を聞いている者がいるということに気が付く。
普段であれば、アニタもフランシスに言われる前にそのくらいのことについては気が付いていただろう。
だが今回はレイが口にした内容があまりにも予想外のものだったのもあって、周囲に気を配るような余裕はなかったらしい。
「分かればいいのよ。……レイの担当としては少し迂闊だったけど、事情を考えれば仕方がないでしょうね。ほら、レイ。行くわよ?」
アニタを慰めるように言ったフランシスは、すぐにレイの身体を揺する。
「ん? ……あれ、フランシス? どうしたんだ?」
「どうしたも何もないわよ。こんな場所でするような会話じゃないでしょ。ほら、学園長室に行くわよ。……レイは連れていくけど、構わないわね?」
最後の言葉は、既に模擬戦が終わっていた教官に向けた言葉だ。
フランシスに……この冒険者育成校のトップにそのように言われたのだから、教官としては否とは言えない。
これでレイが何か手を離せないような仕事でもしていれば話は別だったが、今日の模擬戦は基本的にレイが参加しないことになっているので、フランシスに声を掛けられた教官達は黙ってフランシスに引っ張られて……そして隣をアニタが移動するレイを黙って見送るのだった。
学園長室において、レイはソファに座っていた。
レイの隣にはアニタが座り、どこか居心地が悪そうにしている。
学園長室に来る機会の多いレイとは違い、アニタはギルドの受付嬢として働いてはいても、冒険者育成校に来る機会がほとんどない。
そういう意味では、今日貝殻の見学会で派遣されたのは良い機会だったのかもしれないが……その上で、こうして学園長室に来るようなことになるとまでは思っていなかったのだろう。
「別にそんなに緊張しなくてもいいのよ? 貴方を咎める為にここに連れて来た訳じゃないんだし。寧ろそういう意味では……ねぇ?」
落ち着かない様子のアニタを労るように声を掛け、続けてレイにジト目を向けるフランシス。
だが、レイは何故自分にそんな視線を向けられるのか分からない。
「え? 俺が何かしたか?」
「したかじゃなくて、しようとしているんでしょう? ……違う?」
そう言われれば、レイも一体何の件についてそのように言われたのかを理解する。
理解するが、同時に戸惑う一面もあった。
「え? 裏の組織の件か?」
「それ以外にも何かあるのかしら?」
「いや、特にないと思うけど……裏の組織の件でそういう風に言ってくるってことは、フランシスは裏の組織の幾つかを壊滅させるのは反対なのか?」
「……反対なのかって、一体何で私がそれに賛成するように思えたの?」
レイの言葉に呆れの視線を向けるフランシス。
フランシスにしてみれば、ガンダルシアの裏の世界で激しい抗争が起こるのは決して好ましいことではないのだから。
「裏の組織はない方がいいだろう?」
「……そうね。ない方がいいというレイの意見には反対しないわ。けど、そういう組織はいつの間にか入り込んでくるものよ。今の裏の組織も決して好ましいものじゃないけど、それでも最悪の裏の組織よりはまだマシなのよ」
そう言い、フランシスは一度レイから視線を逸らし、何かを思い出すように窓の外を一瞥してから、再び口を開く。
「レイが裏の組織を潰してくれるというのは、悪くないわ。けど、そういうことをするのなら、ずっとレイがガンダルシアにいて、裏の組織が入ってこないようにして貰う必要があるわね。ああいう組織ってのは、気が付けばどこからともなく湧いて出るんだから」
アニタの言葉に、レイは迷う。
今は臨時の教官として、そしてダンジョンを攻略する為にガンダルシアにいるが、それはあくまでも今だけだ。
数ヶ月という単位でならまだガンダルシアにいるだろうが、これが数年といった単位になればレイもいつまでもガンダルシアにはいない。
そういう意味では、フランシスの言うようにずっとガンダルシアにいて裏の組織の侵入を防ぐというのは無理な話だ。
「けど、そうなると狸の獣人の男の一件については、このまま泣き寝入りしろと?」
「まさか。そこまでは言わないわよ。私にとっても、わざわざ来て貰ったレイに妙なちょっかいを出されるのは困るもの」
レイが最初から裏の組織を全て滅ぼす勢いで行動しようとしていたからフランシスも止めに入ったものの、レイが狙われたことについては決して許せることではない。
それこそわざわざギルムからレイを呼んだフランシスの顔を潰す行為だし、場合によっては……万が一の可能性だが、もし狸の獣人の男によってレイが致命的な怪我を負ったり、もしくは死んだりしていたら、ギルムとの間に決定的な亀裂を生むことにもなる。
そんな諸々を考えれば、フランシスとしても今回の一件はとてもではないが許容出来ることではなかった。
「なら、どうする?」
「そうね。幸い……という言い方はどうかと思うけど、とにかく私には裏の組織のお偉いさんと繋がりがあるわ」
フランシスのその言葉は、レイにとって意外なものだった。
いや、レイだけではない。レイの隣で話を聞いていたアニタにとっても、驚きの内容だった。
「えっと、その……この話、私が聞いていいものなんでしょうか?」
アニタにしてみれば、下手に自分がそのような話を聞かされたら、口封じをされるのではないかとすら思ってしまう。
だが、フランシスはそんなアニタに対し、笑みを浮かべて頷く。
「勿論、聞いても構わないわよ? 貴方はレイの担当なんでしょう? なら、聞いてもおかしくはないと思わない?」
「え? いや、でも、その……」
フランシスの中では全く問題ないということになっているらしかったが、アニタにしてみれば本当に自分が聞いてもいいのかと、そう思ってしまうのは当然のことだ。
「言っておくけど、私のような立場の者が裏の組織と繋がりがあるというのは、そう珍しいことじゃないのよ? 何かあった時、そういう方面の人がいると助かるのも事実だし。それに……こう言ってはなんだけど、うちに通っている生徒の中には強いからって自分が特別だと思う人もいるでしょう?」
「それは……」
フランシスの言葉に思い当たるところがあったのか、アニタは何も言えなくなる。
ギルドの受付嬢をやっていれば、そのような生徒を見たこともあるのだろう。
「そういう生徒は基本的に冒険者として活動していれば他の冒険者の実力を見て自然と落ち着くんだけど、中にはそれでも暴れるような生徒がいて、その中には何をどうしたのか裏の組織と揉めたりすることもあるのよ」
「……何だか容易に想像出来そうな気がします」
困った様子で笑みを浮かべ、そう言うアニタ。
レイもまた、生徒達と接する機会が多い分、そういうものかと納得してしまう。
「でしょう? そういう時の為に、裏の組織と繋がりを作っておくのは大事なのよ。それに、中には裏の組織から紹介されて生徒になる子もいるしね」
「おい、ちょっとそれ……本当に大丈夫なのか? 単純に、裏の組織が自分達の戦力として鍛える為だったり、金を稼ぐ為にこの学校に送り込んできているとかじゃないか?」
「その辺は問題ないわよ、この件には上の人も関わってるから。もしその件で下手なことをしようとしたら、それこそ組織ごとなくなるでしょうし」
あっさりとそう言うフランシスの言葉に、レイとアニタが想像した上というのは、このガンダルシアの領主だった。
元々この冒険者育成校というのは、フランシスが領主に話を持っていき、それで作られた場所だ。
そういう意味では、フランシスと領主の間に繋がりがあってもおかしくはない。
いや、寧ろ繋がりがあって当然だろう。
(とはいえ、ガンダルシアは迷宮都市としてそれなりに戦力は整っているが、裏の組織を壊滅させるだけの戦力があるのかと言われると……うーん、どうなんだろうな。フランシスがこういう風に言うってことは、多分大丈夫だと思うんだが)
そう思うレイだったが、フランシスの様子からその件については迂闊に触れない方がいいだろうと思い直す。
それはレイだけではなくアニタも同じ気持ちだったのか、何か口に出したりといったようなことをするつもりはない。
それどころか、レイに視線を向けてどうにかして欲しい、自分が聞いてはいけないような話の内容は止めさせて欲しいと、そう訴えてきている。
そんなアニタを哀れに思ったのか、レイは話を元に戻す。
「それで、フランシスが裏の組織と繋がりがあるのは分かったんだが、その裏の組織に昨日俺にちょっかいを出してきた狸の獣人を見つけて貰うのか?」
「え? ああ、そう言えばそういう話だったわね。ええ、私としてはそのつもりよ。レイが裏の組織を次々と潰していくようなことをしなくても、裏の組織の方で動いてくれるのならそっちの方がいいでしょう? それに裏の組織も、ここで自分達が動かなかったらレイが次々に裏の組織を潰すつもりだと聞けば、動かない訳にはいかない筈よ」
「……それ、結局俺がやろうとしていたことと同じじゃないか?」
「あら、裏の組織に探させるという点では同じでも、そこに向かうまでが明らかに違うでしょう? レイの場合はそれこそ問答無用で裏の組織に喧嘩を売るけど、こっちは最初から手を回して事情を話すことによって、余計な騒動が起きないのよ」
フランシスのその言葉は間違いのない事実ではあった。
その為、レイもフランシスに反論することは出来ない。
反論する様子がないレイを見て、フランシスは改めて口を開く。
「どう? レイが自分で動くより、私に任せた方がいいと思わない?」
念を押すようにそう尋ねてくるフランシスにレイが出来るのは、そうだなと頷くだけだ。
それでも……と、何とかレイは口を開く。
「フランシスからの依頼を受けた裏の組織が本気で動かないで、また俺にちょっかいを掛けてきた奴がいた場合、その時は俺の方で動くことになるけど、それでいいんだよな?」
そうレイが言い、フランシスはそんなレイの言葉に自信があるのか、分かったと頷くのだった。




