0410話
ダンジョンの地下7階にある、転移用の魔法陣と地下6階へと続く階段のある小部屋。そこにある魔法陣が光を発すると、次の瞬間には魔法陣の上にレイ、エレーナ、セト、イエロの2人と2匹の姿があった。
「……慣れないな」
「何がだ?」
ポツリと呟いたエレーナへと、声を返すレイ。
そんなレイの横では、早速とばかりにセトが周囲を警戒している。
前日はビューネという盗賊がいたのでそれ程警戒せずに済んだのだが、今日はレイとエレーナ、セトとイエロのみだ。当然罠に対する警戒や、敵襲に備えるという行為は必要になり、この中で最も五感の鋭いセトが自然とその役目を負うことになっていた。
「いや、洞窟風というのがな。このダンジョンの地下5階までは、こう言っては何だが普通のダンジョンだった。だが、どうにもこの雰囲気は好きになれない」
微かに眉を顰めながら周囲を見回す。
地面は土が踏み固められており、ところどころに石が落ちている。壁が光っているのは地下5階までのダンジョンと変わらず、何よりも違っているのは洞窟ということもあって外とは違いひんやりと涼しいといったところか。
夏も盛りだけあり、エグジルの日中は30℃を優に上回る温度となる。レイやエレーナがダンジョンに向かったのはまだ朝だったので、それ程気温も高くはなくある程度過ごしやすかったのだが、これから加速度的に暑くなっていくのを思えばダンジョンの中で過ごすというのは冒険者の特権とも言えるだろう。
事実、この季節になると地下6階から地下10階までの洞窟になっている階層は、ある程度の儲けと涼しさを求めてやってくる冒険者もそれなりにいる。
もっとも今日に限って言えば、異常種の情報が流れたということもあっていつもよりダンジョンに入っている人数は少ないのだが。
「ま、とにかくここでどうこう言っても始まらないだろ。それに地下11階以降は砂漠だって話だし、そっちに比べれば随分とマシだと思うけどな。ほら、行くぞ」
「ああ。それにしても遠距離で会話が出来るマジックアイテム。……どれ程下に潜れば手に入れられるのだろうな」
「その辺は実際に潜ってみるまでは分からないだろ。そもそも、武器とかなら強力なモンスターが持っている可能性もあるが、通信用のマジックアイテムとなると、かなり下の階層になるんじゃないのか?」
お互いに言葉を交わしつつ、小部屋の外に出る。
当然と言うべきか、やはりと言うべきか、視界に広がっているのは地下6階と同じような洞窟風のダンジョンであり……
「グルゥッ!」
1歩小部屋の外へと出た瞬間、セトが近付いてくる存在に気が付いたのか鋭く鳴く。
その声を聞き、レイとエレーナもすぐさま武器を構える。
エレーナは腰の鞘から連接剣を引き抜き、レイはミスティリングからデスサイズを取り出した。
やがて、通路の先からガツッ、ガツッといった音が聞こえてくる。
レイはその音を立てている存在がどんな相手なのかを、すぐに理解する。それはエレーナもまた同様だった。何しろ異常種と通常の敵を両方とも前日に見たばかりの存在なのだから。
「ストーンパペット、か。どうする? 昨日の戦いを見ている限りでは移動速度は遅いから、このまま戦いを回避するという選択肢もあるが」
一応念の為とばかりに尋ねたエレーナだったが、好戦的な笑みを浮かべているレイの様子から既に戦いは避けられないだろうと判断していた。何しろ今いるのは洞窟の中であり、敵から逃げると言うことは魔法陣で外に出るか、あるいは地下6階へと戻るしか無いのだから。
あるいは魔法陣の効果によってモンスターが入ってこられない小部屋の中に隠れるという手段もあるが、レイがそのような消極的な行動を取るとも思えず、更には入り口にストーンパペットが居座ろうものなら結局時間を無駄にして戦う羽目になる、
「聞くだけ無駄、か」
「悪いな。……それに、ちょっと試してみたいことがあるんだ。少し近くまで引き寄せてくれ」
デスサイズの石突きを地面へと突きながら言葉を返すレイに、エレーナは訝しげな視線を向ける。
「何をするつもりだ?」
「昨日の夜にふと思いついたんだけどな。マッドパペットもそうだったが、ストーンパペットも基本的には動きは鈍かっただろ?」
「まぁ、そうだな。その分一撃の威力がかなり高いようだったが」
「つまり、だ。前々から使えるんじゃないかと思っていた攻撃方法を試せる相手……」
そこまで告げて、レイは言葉を止める。
視線の先、自分たちの方へと向かってきているストーンパペットの姿が視界に入ったからだ。
敵がストーンパペットだというのは、足音から予想した通りで間違いは無かった。ただ、予想と違っていたのはストーンパペットの数が3匹だったことだろう。
「……だと思ったんだがな。確かにわざわざ1匹ずつで動き回る必要はないのか」
「計算が狂ったか。どうする? 普通に倒すか?」
「いや、1匹だけだと予想していたから驚いただけだ。この方法ならある程度の数には対応出来ると思う。……いいか? 今から俺が奴等の足並みを乱す。上手く行けば、その場で転倒するかもしれない。その隙を逃さずに、一気に攻めるんだ」
要領を得ない説明ではあったが、エレーナは幾度もレイと戦闘を共にしたことでレイの戦闘能力については絶対の信頼を寄せており、それ故にその指示に躊躇無く頷きを返すことが出来た。
「分かった。ストーンパペットの足並みが乱れたらだな」
エレーナの言葉に頷き、地面にデスサイズの石突きを突いたままスキルを発動する。
「地形操作!」
その言葉と共に、レイやエレーナのいる場所はそのままに、しかしそれ以外の半径10m程の場所で10cm程地面が沈下する。
普通の意識を持った人間や動物、あるいはモンスターであれば10cm程度地面が下がったところで、すぐにバランスを取って特に問題にしなかっただろう。だが、ゴーレム系のモンスターであるが故に判断力が鈍いストーンパペットは、踏み出した足が大地を踏みしめられずに空を切りバランスを崩し、3匹が纏めて地面へと倒れ込む。
「今だ!」
ストーンパペットがバランスを崩したその瞬間に叫び、自ら地面に突き刺していた石突きを引き抜き、前に出る。
そんなレイの横を進むのはセト。そして鞭状に変化させられた連接剣の刀身だった。
「グルルルルゥッ!」
地面に倒れ込んだストーンパペット目掛け、セトの雄叫びと共に直径30cm程の水球が2つ生成される。そのまま勢いよく飛んで行った水球は、倒れているストーンパペットへと命中した瞬間に石を周囲へと砕き散らしながら破裂する。
(昨日も思ったが、やっぱり普通はこんなものか!)
その様子を横目で見ていたレイは、そのまま倒れているストーンパペットの身体目掛けてデスサイズを振るい、スキルを発動する。
「パワースラッシュ!」
敵の身体が石で出来ているからこその一撃。ストーンパペットの身体を斬り裂くのではなく、より多くダメージを与えられるように砕く。その判断と共に放たれたデスサイズの一撃は、レイの目論見通りにストーンパペットの胴体を砕きながら真っ二つにする。
以前使った時とは違い衝撃を上手く逃している為か、手首に掛かる負担もそれ程大きいものではなかった。
それでもまだ完璧に衝撃を逃せる訳では無い為、若干の痛みは感じていたのだが。
唯一無傷だったストーンパペットも、連接剣の切っ先がその石の身体を斬り裂いていく。一撃の力で破壊したレイとは裏腹に、幾度も鞭状の連接剣が空を走り、その四肢や胴体、首を切断していく。
「グルルルルゥッ!」
そしてセトもまた、2つの水球により身体の各所を吹き飛ばされたストーンパペットへと前足を振り下ろして一撃で身体全体を砕いた。
恐るべきはその膂力だろう。グリフォン本来の膂力と、マジックアイテムでもある剛力の腕輪。この2つの相乗効果により、レイが放ったパワースラッシュよりも高い威力を発揮したのだから。
終わってみれば一方的だった戦いであり、通常のストーンパペットとの戦いを終えたレイやエレーナはお互いに顔を見合わせて小さく笑い合う。
レイにしてみれば、地形操作が予想以上の効果を発揮したことで。そしてエレーナはどこかギクシャクしていたレイと戦闘になったら瞬時に息を合わせることが出来た為に。
「それにしても地形操作か。随分と便利な能力を手に入れたものだな」
感心しながら呟くエレーナに、レイは苦笑しつつ首を左右に振る。
「確かにこのまま成長させることが出来れば、もの凄い能力になりそうな能力ではあるんだけどな。ただ、今の状況では10cm程地面を沈下させたり隆起させたり出来るだけだ。……地形操作」
エレーナに答えながら地面にデスサイズの石突きを突き、再び地形操作のスキルを発動する。すると、先程のスキル発動で沈んでいた地面が隆起して元通りの高さに戻っていく。
「……なるほど。確かにそう聞くと10cm程度ではあまり効果が無さそうに思えるが、このスキルの存在を知らない者と戦う場合には一発逆転を狙える程の性能に思えるがな。何しろ人間は10cm程度の高さでも、そこにあると知らなければ間違い無くバランスを崩す」
その言葉に、先程のストーンパペットとの戦いを思い出すレイ。
出来るかもしれない。そんな風に思いながら試してみたのだが、実際にこれ程綺麗に嵌まったのだ。それを考えれば確かにエレーナの言う通り、いざという時の切り札としても使えるかもしれない。
「俺としては、いきなり敵の足下から土の槍とかを突き出して奇襲出来れば……とか考えていたんだが、それをやるには今のままだとまず無理だと諦めてたんだよな」
そもそも、地形操作のスキルを覚えたのがダンジョンの核と思しき物をデスサイズで破壊した時だった。つまり、それだけレアな技能であるのは明白であり、更には同じ魔石を吸収するにしても最初の1個しか意味は無い。それを考えれば、ダンジョンの核以外で同程度に稀少な魔石を使わなければレベルアップするのは難しいことであり、半ば諦めてはいたのだ。
だがエレーナの言葉を聞き、レベルが低いままでも一発逆転の切り札になりうる可能性が示された。
そのことに満足しながらも、早速とばかりにストーンパペットの魔石や素材として売れる身体の部分をミスティリングの中へと収納していく。
レイ、エレーナ、セトと、普通よりも圧倒的な膂力を誇るメンバーが揃っているおかげで、数分も経たずに収納が完了し……
(後だな)
一瞬魔法陣のある部屋へ戻って魔石の吸収を済ませようかとも思ったレイだったが、まず今は進むことが重要だと判断して諦める。
あるいはこれが普通の日であれば話は別だったかもしれない。だが、今日は異常種の情報が現れたせいで地上にいつもより多くの冒険者が残っていた。その全てがダンジョンに入らないという訳では決して無く、ある程度の人数は間違い無く入ってくるだろう。
それこそ異常種を捕獲することを目的とした冒険者も。
何故なら、異常種であるということは当然希少価値がある。その魔石や身体の一部でもギルドに持っていけば、間違い無く高値で買い取って貰えるからだ。
もし捕獲することが出来れば、それこそ一攫千金と言ってもいい程の報酬を貰えるだろう。
贅沢を求める冒険者、楽して儲けたいと考える冒険者、借金のように何らかの理由で至急金が必要な冒険者といった者達は、間違い無く存在しているのだから。
(ヴィヘラのように、戦闘を目当てにしているという者もいるかもしれないしな)
そのような者達が転移してくる可能性を考えると、やはり今日ダンジョンの中で魔石の吸収はやめておいた方がいいだろうと判断したのだ。
「……じゃ、探索を始めるか。今日はビューネがいないから、特に注意して進まないとな。何しろ洞窟になってからの罠は結構危険度が高くなっているし」
「そうだな。鍾乳石が落ちてくるようになっているのを見た時は驚いたぞ。地下5階まではそれ程危険な罠は無かったというのに」
レイの言葉に同意するようにエレーナが頷き、ダンジョンの中を進む隊形を取る。
セトとその背中に乗ったイエロが前に、レイとエレーナは後ろに。
その場にいた全員が特に何を言うでも無く、無言で隊形を整えて洞窟の中へと踏み出した。
「この通路を真っ直ぐに進むと、やがてT字路に出る。まずはそこを右だ」
「グルゥ」
地図を取り出しながら告げるエレーナの声に、セトが短く鳴いて返事をする。
そのまま真っ直ぐに進み続け、何ヶ所かの罠と思しき存在を発見するも、ビューネから教わったようにして何とか回避していく。
とは言っても、出来るのはあくまでも回避だ。例えば土に隠れるようにして存在しているスイッチを踏まないようにしたり、あるいは地面の数cm上にある糸を跨いで越えたり、といった感じで。
さすがにビューネのように、罠を解除したりといった真似は出来なかった。
それでも、ゆっくりとではあるが進み続けて4時間程。不思議なことに最初に戦ったストーンパペット以外のモンスターとは遭遇することもなく地下8階への階段を見つけることに成功する。