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レジェンド  作者: 神無月 紅
オーク集落襲撃
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0041話

 その日、ギルムの街を治める貴族であるラルクス辺境伯は最悪の目覚めを迎えていた。

 何しろギルムの街から徒歩1日程度の場所にオークが集落を作ったという報告があって以降は、騎士団を含め臨戦態勢に入っていたのだ。腕の立つ冒険者の多くがオークの討伐隊に参加している影響もあり、それをフォローする為に必要な書類の山を処理しつつ領主としての通常業務もこなす。かと思えば、この忙しい時に王都からとある手紙が届いたりとまさに忙しさで目が回る数日間だった。

 せめてもの救いは、忙しいのはオークの討伐完了されるまでと期間を決められていたことだろう。現状のまま1ヶ月を過ごせと言われれば、さすがのラルクス辺境伯でも仕事を投げ出していた可能性があった。

 そんな忙しい1日が終わり、疲れで泥のように睡眠を貪っていたラルクス辺境伯が眠っていた寝室のドアが唐突にコンコン、トントン、ゴンゴン、ガンガンとノックされ、その音で強制的に目を覚めさせられたのだ。

 ベッドから起き上がったラルクス辺境伯は周囲を見回す。

 部屋の中はまだ暗く、恐らく自分が眠りについてからまだ数時間と経っていないだろうと判断する。


「何だ、一体」


 それでも自分は領主なのだからと、夜着の上からローブを羽織りドアを開ける。

 ドアの向こうにいたのは自分と同じく疲れている筈の秘書だった。ただしその顔は自分とは違って眠さも疲れも殆ど見当たらない。どちらかと言えばそこに浮かんでいるのは歓喜の表情か。


「領主様、夜分お休みの所を申し訳ありません。至急お知らせしたいことがあったので」

「構わん、何があった?」

「つい先程、オーク討伐隊の者が数名戻って参りました」


 数名という言葉に嫌な予感を覚えたラルクス辺境伯だったが、それは次に秘書の口から漏れた言葉で霧散する。


「その者達がギルドに伝えた報告が上がってきたのですが、オークの討伐は無事完了したそうです」

「本当か?」

「はい。その数名は討伐の完了をなるべく早く報告する為と、その……」

「どうした?」

「オークの集落に囚われていた女性2人を救出したのでその者達を一刻も早く安心して休ませる為に先触れの意味も込めて送り出されたようです」

「……そうか」


 オークの集落に捕らえられていた女。それだけでどのような扱いをされていたのかは容易に想像がついた。


「その2人、手厚く迎え入れるように。自活できる程度の支援を許可する」

「了解しました」

「それにしても、オーク達の集落を無事潰せた……か」


 安堵の息を吐くラルクス辺境伯。もしも討伐隊がオーク達に負けていたら、この街でそれに対抗出来る戦力は殆ど無い。王都に連絡を取って、後日色々と不利になるのを承知の上で貴族派なり国王派の戦力を派遣してもらう羽目になっていた筈だ。


(それを思えば、あの手紙はある意味好都合だったのかもしれないがな)


 内心で日中に届いた手紙を思い、すぐに首を振る。

 とにかくギルムの街の冒険者達でオーク達を倒すことは出来たのだからここは喜んでもいいだろう。


「それで、オーク達を率いていたのは何だったのだ? やはり希少種か?」


 ここ最近、ギルムの街を含む辺境では希少種の発見報告が多くなっている。一番最近の話では街道を通る旅人や商人を襲うゴブリンが希少種に率いられているという話を聞いている。


(……そう言えば、ここ数日はそのゴブリン共に襲撃されたという話を聞かないな。こっちが警戒しているのを悟って別の場所に移動したのか?)


 まさか自分が気に掛けているグリフォンを連れた冒険者がその希少種を倒したとはさすがに思いつかなかったラルクス辺境伯は内心で呟く。

 だが、その自問自答も秘書が次に口を開くまでだった。


「いえ。戻ってきた冒険者達の話によると、オークを率いていたのはオークキングだったらしいです」

「……何? 俺の聞き間違いか?」


 尋ねるラルクス辺境伯に秘書は首を左右に振る。


「聞き間違いではありません。オークを率いていたのはオークキング。他にもオークアーチャー、オークメイジ、オークジェネラル等の上位種の存在が多数確認されております。また、前情報には50匹程度とあったオークの数ですが実際には100匹を優に超える数だったと」

「待て。待て待て待て。オークキングの他にもオークの上位種が多数。しかも数も100匹以上だと? よくそれで勝てたな」


 ギルドマスターから入って来ている報告では討伐隊の参加人数は30人程度でしかなく、とても100匹を越えるオークと戦える数では無い。


「聞いた話ですと、ランクAパーティの雷神の斧が主戦力としてオークの大多数を倒したと」

「あぁ、そうか。そう言えば雷神の斧が参加しているという話は聞いていたな。すまん、寝起きでまだ上手く頭が働いていないようだ」

「しょうがないですよ。ここ数日の領主様は書類の山と格闘してましたから」

「あー、ちょっと待て。じゃあ、雷神の斧がオークキングを倒したのか?」


 その質問に秘書は僅かに眉を顰める。

 それは自分の聞いた話が信じられない内容であり、そのまま自分の上司へと伝えてもいいかどうかで迷っていたのだ。


「……違うのか?」


 秘書の様子を疑問に感じたラルクス辺境伯は改めて秘書に尋ねる。そして尋ねられた秘書は意を決したように質問に答える。


「その、まだ確実に裏を取っていないのであくまでも先に戻ってきた冒険者達が言ってるだけなのですが……」

「くどいな、単刀直入に頼む」

「……ランクGの冒険者が一騎打ちでオークキングを倒したと」

「馬鹿なっ! オークキングと言えばランクBのモンスターだぞ!? それをランクGの冒険者如きが……いや、ちょっと待て。その冒険者はランクGで間違い無いんだな?」

「私に回ってきた情報ではそうなっています」


 秘書の言葉を聞き、その頭に思い浮かんだのはレイのことだ。少なくてもラルクス辺境伯にはランクGなんていう冒険者ギルドに登録したばかりの素人と大差ないランクでオークキングを倒せるような存在にはレイしか心当たりはない。というよりも、自分に入って来ている情報によるとオーク討伐隊に参加したメンバーの中でランクGなんて低ランクは1人しか存在していない。だが、それにしても。


(オークキングより上位のランクであるグリフォンが倒したというのならまだ納得出来なくもない。だが、報告によると一騎打ちでオークキングを倒したとなっている。つまり、これはレイ本人もランクBモンスターを倒せる実力を持っているということになるのか?)


 ラルクス辺境伯の中で、また1つレイに対する興味や重要度が上がった瞬間だった。

 その知らせを聞いた後はさすがに眠気も吹き飛び、次々にやるべきことの指示を出していく。

 本来であれば身体を休めるという意味で重要な睡眠だったが、現在のラルクス辺境伯は興奮、喜び、開放感といった様々な感情でとても眠れるような状態ではなかったのだ。


「それで、討伐隊の本隊が戻って来るのはいつになる?」

「オークの集落の方の後処理もあるので、早くても明後日くらいになるのではないかとのことです」

「明後日か……よし、なら明後日の朝に討伐隊へ使いの者を出せ。戻ってきた時にパレードを行う」

「パレードですか? しかしここで大きく予算を使ってしまうと……」

「お前の心配も分かる。だが、オークの集落がこのギルムの街から1日程度の場所に出来たという情報は既に街にも広がっている。その不安を完全に払拭する為に、そのくらいは派手にしないといけないだろう」


 オークの集落に対する討伐隊。それもランクAパーティを含めた30人以上の大所帯で出撃したのだ。それが騒ぎにならない筈はなく、オークの集落の件に関しても既に街中へと広がっている。そして何よりも、その噂が噂を呼んで変に住民が混乱に陥るのを防ぐ為に既にオークの集落に関しては冒険者ギルドを通して情報を公開している。その甲斐もあって街の者達が暴走することや商人の物資の買い占めといった出来事は発生していなかったが、それでも不安に思っているのは事実なのだ。なら、オークの集落を壊滅させた討伐隊を派手に出迎えてその不安を一蹴するべきだとラルクス辺境伯は判断した。


「そうなると……英雄がいるな」

「英雄、ですか?」


 呟いたラルクス辺境伯の言葉に秘書が尋ね返す。


「ああ。今回のオーク討伐の象徴とも言える人物がな」


 その時、脳裏に浮かんだのは2つの名前だった。1つはこのギルムの街でも凄腕のランクA冒険者パーティである雷神の斧を率いるエルク。こちらは仕事の関係上何度かラルクス辺境伯も顔を合わせており、どのような人物かというのは大体分かっている。今回の騒動に関しても自分の考えを理解してくれるだろうという期待も出来た。

 そしてもう1人の名前はオークキングを倒したというレイ。こちらはまだ直接会ったことが無く、書類に書いてある情報や人伝に聞いたくらいしか知らない。


(ここで一気にレイという人物をこの街の英雄に仕立て上げるか? ……いや、どういう性格かまだ分かっていない以上はそれは危険か。もしそういうのを煩わしく感じる性格をしているのなら、下手をしたらギルムの街から出て行ってしまう可能性もある。それに街の住民に関しても今回のオーク討伐の象徴として考えるのなら、ギルドに登録したばかりのレイではなく著名な雷神の斧のリーダーでもあるエルクの方がいいだろう)


「エルク、だな」

「は? あ、いや。失礼しました。エルクですね。すぐに手配致します」


 秘書はオークキングを討ったと言われるレイでなくてもいいのかと一瞬思ったが、すぐに自分の上司と同じ結論に至り頭を下げて部屋から出て行く。

 冒険者ギルドとの調整や新たな情報収集という意味も含んでいるのだろう。

 その後ろ姿を見送ったラルクス辺境伯は、寝室のベッドにドサリと腰を下ろす。


「ランクAモンスターのグリフォンを従えているだけではなく、ランクBモンスターのオークキングを独力で倒す実力を持つ、か。グリフォンのモンスターとしての能力も加味して考えるのならランクAパーティ相当の実力と見てもいいだろう。それだけの実力を持ってまだランクG……いや、待て。ランクG? そうか」


 チラリ、と脳裏に浮かんだのは昨日届いた手紙だ。その手紙にはある厄介ごとに対して力を貸すように依頼……という名目の半ば命令に近い内容が書かれていたのだ。あちらが指定したのはランクDまでの冒険者。


「オーク討伐隊の象徴はエルクに譲ったとしても、オークキングを倒したという事実が無くなる訳じゃない。そうなればランクEまで一気に上げて、すぐにランクDへのランクアップ試験を受けて貰うだけの功績は間違い無くある」


 奇しくも、この時のラルクス辺境伯の意見は討伐隊を率いるボッブスが抱いているのと同じものだった。


「ランクAパーティ並の存在をランクGのままにしておくというのはこのギルムの街にとってもデメリットしかないからな」


 半ば自分を納得させるように呟き、ふと部屋の中が明るくなっているのに気が付く。

 どうやら考え事をしている間に、既に太陽が昇ってきたらしい。

 こうして、ラルクス辺境伯の忙しい一日がまた始まるのだった。だがその顔には前日までのような疲労感は殆ど無く、むしろ嬉々として領主の仕事やパレードの準備といったものをこなしていくのだった。






 そしてそれから2日後、ギルムの街へと向かってウォーホースに引かれた数台の馬車が街道を進んでいた。


「凱旋パレードねぇ。しかも俺が先頭に立ってか?」


 その馬車の中の1つ。雷神の斧とボッブス、レイの5人が乗っている室内にはエルクの嫌そうな声が響く。

 愚痴を言ってる内容は、先程訪れた伝令からパレードが開かれると聞かされたからだ。それだけならエルクもここまでふて腐れはしなかっただろうが、自分が討伐隊の先頭に立って街の入り口からギルドまで向かえと言われてはそういう堅苦しいのを好まないエルクにしてみれば正直勘弁して欲しい内容だった。


「しょうがないだろう、オークの集落に関しては既に街中に広がっているという話だからな。ラルクス辺境伯にしてもその不安を完全に払拭したいんだろう」


 エルクの向かいに座っているミンが諦めろ、という感じで告げる。


「けど知ってるだろう? 俺はそういう仰々しいのは好きじゃないんだよ」

「確かにそれは知っているが、お前の好き嫌いと住民の不安払拭。どっちが大事だ?」

「ぐっ……なら別に俺じゃなくてもレイでいいじゃねぇか。何しろオークキングを討ち取ったのはこいつだぜ?」

「余り無茶を言うな。お前はランクAパーティの雷神の斧として名前が知られているが、レイはまだギルドに登録したばかりなんだ。どっちが先頭に立ってパレードを行った方が住民達に受け入れられるかは考えるまでもないだろう。……もっとも、レイがそれを望むというのなら口利きしてもいいが」


 ボッブスの言葉に首を左右に振るレイ。


「そんな面倒なのは御免だな。そうだな……雷神の斧ってことなら、ロドスを先頭にしたらどうだ? 雷神の斧を継ぐ者、とか言って」

「おいっ、俺を生け贄にする気か!?」


 自分が先頭に立つのは絶対に御免だとばかりに声を荒げるロドス。

 両親が参加しているパレードを見るのは嫌いでは無いが、自分がそこに参加するのは真っ平御免だった。


「お前等、落ち着け。エルクも諦めろ。ほら、もう街が見えてきたんだ。一旦止まって隊列を整えるぞ」


 ボッブスがそう言い、魔笛を鳴らして全ての馬車を停止させるのだった。

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