0409話
レイとエレーナが夕食の席で色々とあった翌日。
それでもレイとエレーナ、セト、イエロの2人と2匹の姿はダンジョンへと向かう大通りにあった。
さすがに昨日の出来事の後なので若干お互いの態度は硬いものがあるが、それでも食事をしていた時のように周囲へ威圧感を与えるようなものではない。
(その辺はせめてもの救いなんだろうな)
お互いがそんな雰囲気を消し去るべく他愛も無い会話を交わしながら歩いていると、やがて既に見慣れたと言ってもいい串焼き屋の屋台が見えてくる。まだエグジルにやって来てからそれ程日数は経っていないのだが、それでも景気づけの習慣だとでも言うようにリザードマンの串焼きを購入してそれぞれが頬張っていく。
小型とは言っても、竜であるイエロがリザードマンの肉を食べている光景には多少の違和感を抱くレイだったが、すぐに自分達もオークのような人型に近いモンスターの肉を普通に食べていることを思い出し、それ以上は気にせずに香辛料がたっぷりと使われている串焼きに舌鼓を打つ。
「皆さん、今日もダンジョンに入るんですか?」
そう声を掛けて来た店主は心配そうにレイやエレーナへと視線を向けている。
そうしながらも、セトやイエロに対するサービスとして客に出せない切れ端部分の肉を串に刺して焼いているのはさすがと言うべきだろう。
「勿論入るが、それは今更だろ? このエグジルに来てから、初日以外は毎日ダンジョンに潜ってるんだから」
「いえ、確かにそうですが……実は、少し前に冒険者のお客さんから聞いたんですが、現在ダンジョンにはちょっとした異常が起きているようでして」
「……異常?」
その言葉に多少ピンとくるものがあったレイは、念の為という風に店主へと尋ねる。
「はい。何でもその階層にいるとは思えない程に強力なモンスターが出現することもあるとして、ギルドが注意を促しているそうです」
店主の言葉を聞きつつ、内心では納得する。
強力なモンスターというのはソード・ビーの女王蜂、あるいはヴィヘラが倒したストーンパペットのようなモンスターだろうと。
(随分と動きが早い……いや、そうでもないのか? 迷宮都市でもあるエグジルだと考えれば、ダンジョンに対するちょっとした情報もすぐに知らせるというのはある意味当然か)
そんな風に考えつつ、レイの横で串焼きを食べているエレーナと目を合わせて意思疎通する。
この辺は2人共さすがと言うべきだろう。前日の件や、宿を出てからここまで来る間に発していた微妙な雰囲気を全く感じさせずにやり取りをしているのだから。
「詳しい話を聞かせて貰ってもいいか?」
リザードマンの串焼きを食べきり、店主へと尋ねるレイ。
だが、店主は小さく首を横に振る。
「ここで聞いたのはあくまで又聞きでしかないので、レイさん達ならダンジョンの前にある門に行った方が詳細な情報を貰えますよ」
「……門?」
「はい。ダンジョンカードを確認する人が、その辺の情報が書いてあるチラシを配っているらしいですから」
その言葉を聞き、思わず納得の声を上げるレイ。確かにダンジョンの中で必要な情報なのだから、ダンジョンに入る前の段階で知ることが出来るのがいいのは確かだったからだ。
そしてレイや串焼き屋の店主は知らなかったが、この情報についてはギルドの方でも大々的に貼り出されている。
さすがに迷宮都市として発展してきただけはあり、その辺の対応については素早いの一言だった。
「そうか、なら早速そのチラシを見ることにするよ。エレーナ、行こうか」
レイが促すと、エレーナも頷き屋台の店主に金を払い、礼を告げてからダンジョンへと向かう。
そして屋台から十分に離れたところで、エレーナがレイだけに聞こえるように小さく呟く。
「どのような情報が書かれているのかは非常に気になる。……とは言っても、私達が知る以上の情報は恐らく書かれてないとは思うがな」
「そうでもないぞ。迷宮都市というだけあって、このエグジルのギルドはダンジョンに関しての動きが相当に早い。恐らく昨日俺達があの会議室から出てから、何らかの研究者や専門家、あるいはこのエグジルのダンジョンに馴れている高ランク冒険者辺りから情報を集めたんだろう。だとすると、俺達が知らない情報が載っている可能性も十分にありえる」
「そこまで動きが早いか?」
「ああ。迷宮都市と言われているだけあって、このエグジルは全てがダンジョンを中心にして回っている。それこそ、経済やら何やらもな」
「……まぁ、それは確かだろうな。事実、エグジルが輸出しているものはダンジョンに出て来るモンスターの素材や、あるいはマジックアイテムといったものが多い。そういう意味では、レイの拠点でもあるギルムのライバルと言えるだろう。……ああ、なるほど。確かにレイの言う通りだな」
自分で言っていてレイが何を言いたいのかを理解したのだろう。小さく頷き、レイの言葉に同意するエレーナ。
エグジルがダンジョンを中心にした迷宮都市である以上、そのダンジョンで異常があればそれはエグジルの全てに影響するのはどうしようもないと。
そんな風に自然に会話出来ていることにお互い驚きつつも、やがてダンジョンへと続く門へと到着する。
これまでの何度か通った時とは違い、門の外や中では多くの冒険者が固まって何事かを相談している。手にチラシを持っているのを見る限りでは、串焼き屋の言っていた件についてだろうというのは容易に想像がつく。
2人と2匹はそんな冒険者達を尻目に、いつものように門番にダンジョンカードを見せると案の定1枚の紙を渡された。
「現在ダンジョンの中では問題が起こっている。ダンジョンに潜るのは止めないが、これまでよりも危険が多いと納得した上で潜ってくれ」
「分かった」
門番の言葉に頷き、早速とばかりにチラシへと目を通す。
そこに書かれていたのは、やはりレイの予想通りの内容だった。
上位種でも希少種でも無いモンスターが現れることがあり、その殆どは基本的にその階層にいるモンスターよりも強いこと。そしてそのモンスターを仮に異常種と呼ぶこと。異常種に対する情報をギルドに知らせた者には報酬が支払われること。
そのような内容が書かれてるチラシだった。
大方の情報は予想通りの内容ではあったが、その中にはレイやエレーナも初めて見る情報が幾つかある。
その最たるものが、自分達以外にも異常種と遭遇した者がいるということだった。
現在確認されている異常種の種類は10種類と未確認が1種類と書かれていたのだ。この未確認というのはレイとエレーナが遭遇したソード・ビーの女王蜂のことであり、確認されている1種類はストーンパペットのことだろう。そうなると、レイ達以外でも9つのパーティ、あるいはソロで活動している個人が異常種と遭遇していることになる。
「確かに俺達だけが異常種と遭遇しているなんてことは、まずありえないだろうしな。それを考えれば、不思議でも何でも無いが」
「そうだな。しかし異常種はその階層にいるモンスターよりも相当に強い。それを思えば、このエグジルにも腕の立つパーティはいるようだな」
「グルルゥ」
小さく笑みを浮かべて呟くエレーナを見て、セトが喉を鳴らしながら注意を促す。
セトの声に周囲を見渡すと、転送装置のある広場にいる冒険者達の多くがレイとエレーナへと視線を向けていた。
その視線が何を意味している視線なのかは言うまでもない。強力な戦闘力を持っているレイとエレーナ、そして何よりもグリフォンであるセトに自分達のパーティへと入って貰いたいのだろう。
昨日までは勧誘が大分落ち着いてきていたのだが、異常種の情報が流れたことで再びレイ達の戦力に注目が集まったのは明らかだった。
「懲りないというか、何と言うか」
思わず溜息を吐くレイに、エレーナが自分の定位置とばかりに左肩に乗っているイエロの喉をくすぐりながら口を開く。
「何しろ自分達の命が掛かっているのだから、少しでも戦力を整えたいと思うのは当然だろう」
「確かにそうかもしれないが、俺達がそれに付き合う必要はないだろ?」
「そうだな」
エレーナがレイの意見に頷き、そのまま2人と2匹はダンジョンの転移装置へと向かって行く。
それを見た冒険者パーティの何人かが、早速とばかりにレイとエレーナの2人へと声を掛けようとするが……
「悪いが、以前も言ったように俺達の戦闘で邪魔にならないくらいの腕を持つ盗賊で無ければ組む気は無い。その条件を満たせる者だけ前に出てくれ」
どうせ誰もいないだろう。そう思いながら自分に向かって声を掛けようとしていた冒険者達へと声を掛ける。
そんなレイの言葉に、やはりと言うべきか、あるいは当然と言うべきか、誰も前に進み出ない……筈であった。
「なら俺はどうよ? こう見えても腕に自信はあるぞ」
口元に笑みを浮かべながら前に進み出てきたのは、レザーアーマーを身につけている10代後半の男。年齢的に見ればレイより上で、エレーナよりも下といったところか。
表情に浮かんでいるのは、自分以上の盗賊はいないだろうと思われる自信。……だが。
「寝言は寝て言え」
盗賊だというのに、あまりにも雑な足運びを見て即座にレイがそう告げる。
「なっ! お、お前……俺がどこの誰だか、分かって言ってるのか!?」
「いや、見たことないな」
レイの言葉に顔を真っ赤に染めつつ、叫ぶ盗賊の男。
恐らく自分の申し出が断られるとは思ってもいなかったのだろう。更に腕を見もせず、即座に断られたのだから無理も無かった。
自分に何らかの後ろ盾があると暗に示してはいたが、レイに取って重要なのは後ろ盾ではなく純粋にその者の腕でしかない。
「悪いな、もう少し腕を上げてから立候補してくれ。……エレーナ、行こうか」
「うむ」
レイの言葉に頷き、男の方を一瞥だけするとそのまま興味がないとばかりにレイの後に続き……
「ふざけるなぁっ! 俺はレビソール家に仕えている者だぞ! このエグジルでレビソール家を敵に回してただで済むと思っているのか!? お前達は大人しく俺の命令を聞いていればいいんだよ!」
男がレイとエレーナ、セトの背に向かってそう叫ぶ。
尚、イエロは相変わらずエレーナの左肩に止まったままだ。
チラリ、と顔を背後へと向けて男を見やるレイ。
その様子に、男はようやく自分の言うことを聞く気になったかと笑みを浮かべる。
だが、そこに掛けられたのは一切情け容赦の無い一言だった。
「寝言は寝て言え……と言いたいところだが、お前の場合は寝言でも周囲に迷惑になりそうだな。自分の力で俺にものを言えないなら、頼りになる親分にでも泣きついてこい。少なくても俺はお前のような雑魚をパーティに入れるつもりはないしな」
「……」
エレーナもまた、レイの言葉に対して何かを加える訳では無かったが、男に対して軽蔑の視線で一瞥するとそのままレイの後を追うようにして去って行く。そう、まるで言葉を掛ける価値すらないとでもいうように。
公爵家という家に生まれ育ったエレーナだからこそ、自らの力では無く後ろ盾の力を使って自分の意志を押し通そうとする男に対しては軽蔑しか感じることは無かった。
「ぐぐぐっ、くそっ! 覚えておけよ! このエグジルでレビソール家に逆らうことの意味を、後でしっかりと教え込んでやるからな! 女、お前が俺に対して許して下さいと跪くのを、楽しみにしているぞ!」
去って行く2人と2匹に向かって吐き捨てると、男はそのままダンジョン前の広場から去って行く。
周囲の冒険者達から向けられる軽蔑の視線に気が付かぬままに。
冒険者というのは、基本的には自らの腕を頼りに生きる者達だ。特にこの迷宮都市ではダンジョンという存在がある為に、普通の街よりもその傾向が強い。あるいは、シルワ家のように当主が腕の立つ冒険者であるというのも関係しているのだろう。それだけに、自らの腕では無く雇い主の権力を後ろ盾とするような者は、尊敬ではなく軽蔑の視線を向けられる。
自分がそんな視線を向けられているとも知らず、レイとエレーナに相手にもされなかった男はどうしてくれようかと考えつつ自分の雇い主でもあるレビソール家へと向かうのだった。
「馬鹿者がっ! 貴様にはあの2人の冒険者に付いて回って、その動きを見張っておくように言ったじゃろうが! なのに、ただ喧嘩を売って帰ってくるとは何事か!」
雇い主でもあるシャフナーの投げた木のコップが男の額を割り、激しく血を流す。
「そんな、けど、シャフナー様、俺は……」
「ええいっ、黙れ黙れ黙れ! この無能者めが! ただ断られただけならまだしも、奴等に対して正面から喧嘩を売るとは何を考えておる!」
大声で怒鳴りつけられ、男はただ歯を噛み締めるのみで屈辱を堪えることになる。
ただ、その脳裏にレイとエレーナに対する憎悪を溜め込みながら。