4020話
「ここか」
レイは目の前の店を見て呟く。
ギルドの中でアニタを始めとした多くのギルド職員に頭を下げられたのから逃げるようにギルドを出たレイは、セトと共にこの防具屋にやってきていた。
……ギルドから逃げ出そうとした時、アニタからこの防具屋のことについて聞くことが出来たのは、せめてもの幸運だったのだろう。
そんな風に思いつつ、レイはセトを見る。
「じゃあ、俺はこの店にちょっと用事があるから、セトはここで待っていてくれ」
「グルゥ!」
レイの言葉に、セトは分かったと喉を鳴らす。
セトにしてみれば、自分が入れない店の外で待つというのはいつものことなので、その辺については特に気にしていないのだろう。
(アニタが教えてくれた店である以上、腕については問題ない筈だけど)
そう思いながら、レイは店の中に入る。
「らっしゃい。……何だ坊主、冷やかしなら……」
まだ若い――それでもレイよりは年上の――男が、店に入ってきたレイの姿を見てそんな風に呟く。
顔には訝しげな表情を浮かべてレイを見ている。
一体何故レイのような子供がこの店に来たのかという様子を見せる男に、レイもまた疑問を抱く。
(アニタから聞いた話だと、中年の男がいるって話だったが……こうして見る限りだと、とてもじゃないがこの男が職人には見えないな)
若い男の店員の姿にレイも疑問を抱いたのだが、それでもこの店を紹介されたのだからと、レイは口を開く。
「ギルドから紹介されて来た。ダンジョンの素材を使って防具を作って欲しい」
「ああ? 坊主のようなのが持ってくる素材って……痛ぇっ!」
言葉の途中で、店の奥から飛んできた木彫りの人形――何故そんなのがあるのかはレイにも分からなかったが――が店員の頭部にぶつかり、その男が悲鳴を上げる。
「この馬鹿がっ! 人を見かけで判断するんじゃねえって、いつも言ってるだろうが!」
その怒声と共に姿を現したのは、四十代から五十代程の男。
ただし、年齢からは考えられない程の筋肉がその身を包んでいた。
レイから見ると、まさに筋骨隆々という表現が相応しい。
身長そのものはそこまで高い訳ではないが、それでもレイと比べると明らかに背か高かった。
「おう、坊主。うちの馬鹿息子が悪かったな」
「あー……いや、うん。まぁ、その辺はあまり気にしてない」
「そうか。で? 素材を持ってきたって話だったが? ちょっと見せてくれ」
「ここでいいのか?」
この店は防具を売っている場所の奥に鍛冶場があるといった形だ。
だからこそ、レイはここで素材を出してもいいのか? と聞いたのだが、新たに姿を現した男は問題ないと頷く。
「ああ、ここで出してくれて構わねえ」
「ちょっ、親父、客が来たらどうするんだよ! 邪魔になるだろ!?」
「この馬鹿が、いい加減にしやがれ。お前もそろそろ素材を見る目を養え」
不満を口にした若い男だったが、父親はそれを一言で却下する。
そう言われると息子の方もそれ以上は何も言えなくなり、渋々といった様子で黙り込む。
そうしながらも、レイに向ける視線は中途半端な素材を出したら覚えておけよといった視線を向ける。
……父親がそちらに視線を向けると、次の瞬間には素早く視線を逸らしたが。
「じゃあ、素材を出すぞ」
「出すって言ったって、何も持ってきてねえじゃねえか」
息子が不満そうに呟くのを聞いたレイだったが、そちらは気にせず、ミスティリングから巨大ムカデの甲殻を取り出す。
「うおっ!」
「これは、また……」
いきなり目の前に現れた甲殻に、親子揃って驚きの声を上げる。
それでも息子の方は驚愕といった様子だったのに対し、父親の方は感嘆の声だったが。
「これは……何階のモンスターの素材だ?」
「十六階だ。そこで遭遇した巨大ムカデの甲殻になる」
「十六階……え? 嘘だろ?」
十六階という言葉を聞いた息子は、とてもではないが信じられないといった様子でレイを見る。
これで息子がちょっとした身体の動かし方から相手の実力を見抜くような目を持っていれば、あるいはレイの実力を見抜くことも出来たかもしれない。
だが、息子は防具屋の店員ではあっても、あくまでも一般人でしかない。
だからこそ、レイの動きを見てもそういうものなのかとしか認識出来なかった。
「親父、これは本当に十六階のモンスターの素材なのか?」
「ああ、間違いねえ。ビッグセンティピードだ。十六階に棲息するモンスターの中でも上位に位置するモンスターだ。……よく倒せたな」
「ビッグセンティピード、か。……まぁ、それなりに苦労はしたけどな」
ここで改めてレイはビッグセンティピードという、モンスターの名前を理解する。
「それなりに苦労したといった程度で倒せるようなモンスターじゃないんだがな。……まぁ、いい。それでもお前さん程の強さがあるのなら倒せるだろうさ。何しろ異名持ちのランクA冒険者なんだから」
「へぇ」
まだ名乗っていないのに、自分のことを理解していたのか。
男の言葉に、レイは感心したように呟く。
「うひぇ? ……ちょっ、おい、親父。こいつが異名持ちのランクA冒険者って……嘘だろ? どう見ても強そうには思えねえぞ?」
息子のその言葉は、ある意味では当然のものだった。
それこそ間違ってはいない。
だが……だからこそ、父親は息子に呆れの視線を向ける。
「外見だけで判断するなって、一体何度言わせるつもりだ? それにこの店をもっと繁盛させたいってんなら、物を見る目を養え。そもそもビッグセンティピードの素材を持ってきた以上、レイの強さは明らかだろうに」
「それは……まぁ、そうだけど」
「今は口出しをしないで、話を聞いてろ。……それで、レイ。俺の店に来てこうして素材を出したってことは、この甲殻で防具を作って欲しいってことか? ……その割には、随分と多いが」
「俺が希望するのは、この甲殻を使って鎧を作って欲しい。その半分は俺が貰うが、残り半分はこの店で売ってもいい」
「……何を考えてやがる?」
レイの言葉は、父親にとってそれだけ理解不能のものだったのだろう。
訝しげな……いや、はっきりと相手を怪しむような言葉で、そうレイに言う。
レイが異名持ちの冒険者、そして現在このガンダルシアにおいて異名持ちは深紅の異名を持つレイしかいないと知っているにも関わらず、それでもレイを睨み付ける。
(アニタが紹介してくれただけのことはあるな)
普通なら相手の態度に不満を抱いてもおかしくはないかもしれないが、レイは寧ろそんな相手の言葉に好感を抱く。
レイも自分の要望が色々な意味で怪しいというのは、理解している。
だからこそ、ここでこうして何を企んでいる? といったように疑惑の視線を向けてくる相手に好意を抱いたのだ。
「企む……というのとは少し違うかもしれないな。そもそも俺がガンダルシアに来たのは、冒険者育成校の生徒の教官としてだ。つまり、ここのダンジョン攻略速度をもっと上げて欲しいというのが理由だな。だからこそ、強力な防具はあった方がいいだろう?」
「……本気か? それでこんな酔狂なことを?」
男がレイに向ける視線にはまだ訝しげな色が残っていたものの、それでもレイの言葉をある程度は信じたらしく、訝しげな色は大分薄まっている。
「まぁ、そんな感じだ。それに……こう言えばお前は少し不愉快に思うかもしれないが、俺にとってこの甲殻はそこまでして確保しておきたいようなものじゃないしな。今はまだ十六階だが、そのうち次の階層、次の階層、次の階層……といった具合に進んで、久遠の牙に追いつくだろうし」
「大きく出たな」
「そうか? 俺にしてみればそうは思わないけど」
久遠の牙は、間違いなく現在のガンダルシアにおいて最高のパーティだろう。
だが……それは、例え迷宮都市のガンダルシアであったとしても、結局のところはミレアーナ王国の保護国であるグワッシュ国の一都市にすぎない。
久遠の牙と同レベルのパーティは、ギルムに行けばそれこそ幾らでもいるだろう。
……もっとも、今のギルムは増築工事の仕事を求めて有象無象が集まってきているので、相対的に久遠の牙レベルのパーティは少なくなっているかもしれないが。
「ふんっ、話は分かった。見積もりはすぐに出そう。ちなみにお前が持っていく鎧の値段については、この甲殻を売った金から天引きという形にして、それで足りなければ払って貰うってことでいいな?」
「ああ、それでいい」
「ちょっ、親父! 値段の交渉も何もないまま取引を終わるつもりかよ!?」
父親の言葉に息子は思わずといった様子で叫ぶ。
だが、それは無理もないだろう。
日本においては、スーパーやコンビニで売られている品は基本的に値段が決まっている。
朝市のような場所だったり、フリーマーケットといった場所では交渉によって多少の値引きはして貰ったり、あるいは何かをおまけにつけて貰ったりといったことはあるが……一般的な買い物となると、交渉をするといったことはない。
もっとも、それはあくまでもレイの住んでいた場所の話だ。
他の場所では値引き交渉をされたりといったようなことがそれなりにあるのもレイは知っていた。
しかし、それでもやはり日本において値引き交渉というのは一般的ではない。
だが、このエルジィンという世界において値段交渉というのは普通に行われている。
だというのに、父親は一切の交渉もなしでレイの出した甲殻を買い取ると口にしたのだ。
息子にしてみれば……この防具屋を少しでも大きくしたいという野望を抱いている息子にしてみれば、それは到底受け入れられるようなことではない。
父親に本気か? といったように突っ込んでも、おかしくはない。
「黙ってろ。この一件についてはお前にはまだ早い」
息子に対して、父親は問答無用といった様子でそう告げる。
そんな父親の様子に不満そうな思いを抱く息子だったが……父親の顔を、自分を見てくる視線に気が付くと、何も言えなくなる。
何かを言っても無駄だと、そう判断したのだろう。
「……ふんっ、じゃあ勝手にしろ」
息子に出来るのは、そう言うだけだった。
父親はそんな息子の様子に呆れたように息を吐き、再びレイを見る。
「それで防具を作るってことだったが、大きさはどうする?」
「大きさか……それがあったな」
防具は当然ながら大きさによって装備出来る者と出来ない者に分かれる。
例えば防具の方が大きくて身体が小さいと、防具が余ってしまって動きにくい。
もしくは防具が小さければ、そもそも防具を装備することが出来なくなってしまう。
だからこそ、しっかりと防具としての効果を発揮するには、防具の大きさが重要になる。
これがマジックアイテム……それも安物のマジックアイテムではなく、相応の値段がするマジックアイテムであれば、サイズを自動的に調整してくれるといった効果を持つ物もあるのだが、生憎とこのビッグセンティピードの甲殻を使って作る防具は、それなりに強力ではあるが、それだけだ。
あるいは錬金術師に頼めばそのような効果を付けてくれるかもしれないが、そうなればそうなったで、当然ながらその分値段は上がってしまう。
少しだけだが、ガンダルシアの冒険者の底上げをしようと考えているレイにとって、それは好ましいことではない。
「なら、標準的なのを頼む。小さいのと大きいのは……少しだけでいい」
結局レイが選んだのは、そういうものだった。
その身体の大きさの者が多いからこそ、標準と呼ばれるようになったのだ。
だからこそ、標準的なサイズの防具を一番多くして貰う方がいい。
「分かった。そうしよう。レイに渡すのは、その標準の方でいいのか?」
「ああ、それでいい」
レイが貰っておくのは、何かあった時に自分以外の者が使う為の物である以上、標準的なサイズの物の方が使いやすい。
……防具を必要な時が来ないのが一番いいのは間違いなかったが。
「後は……ビッグセンティピードだったか? それじゃなくて、もっと別の……巨大カブトムシの甲殻もあるんだが、それも見て欲しい」
そう言い、レイは巨大カブトムシの甲殻を取り出すと……
「……これは……見たことがない甲殻だな」
「そうなのか? ビッグセンティピードの甲殻は分かったんだから、これも分かるかと思ったんだが」
レイの言葉に、父親は改めて巨大カブトムシの甲殻を確認していく。
それは先程のように軽く見たのではなく、じっくりと確認するように調べていったのだが……たっぷりと五分程が経過したころで、父親は眉間に皺を寄せながら口を開く。
「……いや、待て。これは本当に見たことがねえぞ? もしかして、イレギュラーモンスターじゃないのか?」
そう。告げるのだった。




