4017話
「セト……戻ってこないな?」
「ミラエンも追っていったので、大丈夫だと思いますよ」
パーティリーダーの男がレイの言葉を聞いてそう言う。
ミラエンというのは、話の内容から先程セトを追っていった女なのだろうというのはレイにもすぐに分かった。
「別にセトがモンスターに負けるとか、そういう心配はしてない。セトの強さはそれこそ俺がよく知ってるし」
あるいはもっとダンジョンの下の階層……それこそ普通にランクAモンスターが出てくるような階層であった場合であれば、セトだけでは苦戦するようなこともあるかもしれないが、レイが見たところ、先程襲ってきた牙猿は単体ではランクD、群れになるとランクCくらいの強さだろうと予想している。
それだけに、そのボス……上位種か希少種であっても、恐らくランクBくらいだろう。
もしかしたら、ランクCという可能性もある。
だからこそ、セトがこのような階層で負けるとは、レイには到底思えなかった。
「そうですね。セトなら……グリフォンなら、それこそ自由にこの階層を歩き回っていても、何の問題もないでしょう。寧ろ、そういう意味ではミラエンがセトの足を引っ張るのではないかと、少し心配になりますが」
そう言いつつも、パーティリーダーの男はミラエンのことなので、セトと少しでも一緒にいたいと考えて、何か妙なことをしてないだろうな? と心配になる。
「と、取りあえずジュレスダーの死体を集めましょう」
「……一応聞いておくが、ジュレスダーというのは、この牙猿のことでいいんだよな?」
レイはその外見から牙猿と勝手に呼称していたのもあって、ジュレスダーという名称に少し戸惑う。
そんなレイの問いに、男は不思議そうな様子で頷く。
「そうですけど、名前を知らなかったんですか?」
「十六階には昨日来たばかりだし。それに……何がどうなって、ジュレスダー?」
「さぁ? それについては私も分かりませんよ。それこそ名前を付けた人に聞いて下さい。一体誰がこのような名前を付けたのかは、分かりませんが」
レイも別にどうしてもジュレスダーという名前を付けた者のことを知りたい訳でもないので、そんな男の言葉に首を横に振る。
「いや、別にその辺はそこまで気にしてないからいい。……ともあれ、死体を集めるのには賛成だ。もっとも、死体が切断されている個体がかなり多いけどな」
自分もその中……ジュレスダーの上半身と下半身を、あるいは左半身と右半身、もしくは首を、足を、手を切断した者の一人だというのを理解しながらも、レイはそう言う。
これで身体の大きいモンスターであれば、ここまで切断されるようなことはなかったのかもしれないが。
「分かりました。じゃあ、死体を集めましょう。……おーい、死体を集めてくれ」
パーティリーダーの言葉に、他の面々が死体を集め始める。
それこそ身体が切断されている死体については、内臓を引きずりながら集めることになるので、嫌そうな表情を浮かべている者も多い。
レイはそんな面々を見つつ、自分も手伝おうとしたのだが……
「レイさん、死体の配分についてですが……」
パーティリーダーが、恐る恐るといった様子でレイにそう言ってくる。
向こうにしてみれば、今回の襲撃はそれなりに苦労した。
それだけに、出来れば相応の分け前を欲しがったのだろう。
それはレイにも予想出来たので、レイは特に躊躇するようなこともなく頷く。
「こっちは……そうだな、綺麗な死体を三匹分貰えばそれでいい。後は全部そっちで処理してくれ」
「……いいんですか?」
レイの言葉に、パーティリーダーは思わずといった様子でレイに尋ねる。
自分達もジュレスダーを相手に相応の活躍をした。
それは間違いないが、それでも倒した数ではレイとセトの方が上なのは明らかだ。
だというのに、三匹分の死体以外は全て自分達に渡すという。
それをまともに信じろという方が無理だった。
実際、ジュレスダーの死体を集めていた者達もそんな会話が聞こえたのだろう。
信じられないといった様子でレイの方を見ている。
(罠か?)
パーティリーダーはレイの言葉にそう疑うが、すぐにそれを否定する。
そもそも自分達とレイやセトでは力の差は圧倒的なのだ。
また、この階層は十六階でここまで来ることが出来る者もガンダルシアでは少なく、実際現在この近くには他に誰もいない。
そうなると、もしレイが自分達に悪意を持っているのなら、わざわざそんなことをしなくても今この場で殺すなりすればいい。
ジュレスダーとの戦いで、レイが自分達とは比べものにならないくらいの技量を持っているのは明らかなのだから。
だとすれば、わざわざ手間の掛かるようなことをして自分達を罠に嵌める必要はない。
「別に構わない。知ってるかどうか分からないが、俺は魔石を集める趣味があってな。その魔石の予備とかそういうのがあれば、それで問題ない。……まぁ、ジュレスダーの肉がとんでもなく美味いとかなら、肉も欲しいけど。その辺はどうなんだ?」
「肉は……そこそこといったところですね。見ての通り身体が小さいので、取れる肉も少ないですから」
「そうか。なら、取りあえず味見をする程度なら、俺が貰う三匹分で問題はないか。それに……こうして群れで襲ってきたんだから、もし何らかの理由で肉が必要になったとしても、どうにかなるだろうし」
「いや……普通はこんなに大勢で襲ってきたりはしないのですが。今回はボスがいたからでしょう。えっと、ではその……本当にレイさんは三匹の死体だけでいいんですか?」
最後に確認するように尋ねてくるパーティリーダーにレイはあっさりと頷く。
「ああ、それでいい。……それで、俺の三匹分の死体はどこだ?」
「これでどうだ?」
レイの言葉に、死体を集めていた一人がレイに向かってそう言う。
その死体は多少は損傷しているものの、五体満足なのは間違いない。
そんな死体が三匹、レイはそれを確認して頷く。
「ああ、これでいい。じゃあ、悪いがその死体をこっちに持ってきてくれ。早速解体するから」
「え? 解体って、ここでですか?」
「ああ。俺の解体はすぐに終わるから、心配しなくてもいい」
レイの言葉に、パーティリーダーは不思議そうな表情を浮かべながらも、仲間に綺麗な死体を三匹分、離れた場所に移動させるように指示を出す。
そしてジュレスダーの死体を前に、レイはドワイトナイフを取り出す。
「えっと、レイさん。それは……?」
「解体用のマジックアイテムだ」
レイがグリフォンを従魔にしていたり、アイテムボックスのミスティリングを持っていたり、デスサイズや黄昏の槍を持っているのは、それなりに知られている。
だが、レイが他にどんなマジックアイテムを持っているのかといったようなことを知ってる者は多くない。
だからこそ、こうしてレイがドワイトナイフを取り出したのを見ても、それが一体何なのか分からなかったらしい。
(とはいえ、ドワイトナイフは結構人前で使っているし、知ってる者は知っていてもおかしくはないんだが。まぁ、知っていたからどうだということはないけど)
そんな風に思いつつ、レイはドワイトナイフに魔力を込めていく。
「眩しく光るから、注意してくれ」
「え? あ、はい。分かりました。皆、聞いての通りだ。注意してくれ」
具体的にどうすればいいのかというのを言わないのは、そこまで細かい指示をしなくても仲間なら適切な対応を取ってくれると信じている為か、それともこれから何が起きるのか分からない以上、指示のしようがなかったのか。
ともあれ、レイは忠告をしたからということで、魔力を込めたドワイトナイフの切っ先をジュレスダーの死体の一匹に突き刺す。
先程レイが口にしたように、周辺が眩い光で覆われる。
「うおっ!」
「きゃっ!」
そんな驚きの声、もしくは悲鳴が聞こえてくるものの、レイはそれを気にしない。
前もって注意しておいたのだから、と。
やがて周囲を覆っていた眩い光が消えると……そこには、ジュレスダーの素材と魔石だけが残されていた。
「素材は……牙は当然だが、爪もあるか。内臓系は特にないな。まぁ、そこまで強力なモンスターって訳でもないし、そう考えれば当然か」
「え?」
レイが素材を確認していると、ようやく周囲の光景に目が慣れてきたのだろう。
パーティリーダーが、レイの前にあるジュレスダーの素材と魔石を見て、一体何が起きたのか理解出来ないといったような声を上げる。
それはパーティリーダーだけではなく、他の面々も同様だ。
つい先程まではジュレスダーの死体が三匹分あったのは間違いない。
しかし気が付けば、目の前にあるのは死体が二匹分に、魔石と素材。
それも本来なら死体から剥ぎ取るといったことをした場合、当然ながら素材は汚れている。
例えば牙なら、口から剥ぎ取るのだから唾液や血が付着していてもおかしくはないし、爪の場合は血が付着していてもおかしくはない。
それは魔石も同様で、心臓に埋まっている魔石を取り出すのだから、血や体液が付着していてもおかしくはない筈だった。
なのに、現在目の前にある素材や魔石にはそのような汚れは一切ないのだ。
「レイさん、これは一体……?」
「このドワイトナイフの効果だな。込められた魔力にもよるが、これを使えば見てのように一瞬で解体が終わる」
「……羨ましいですね。それも、このダンジョンの宝箱で入手したのですか?」
「いや、これは報酬として貰った物だ」
レイの説明に。パーティリーダーはがっかりする。
もしドワイトナイフがこのダンジョンの宝箱から出たのなら、自分達も同じ物を入手出来る可能性があったのだから。
だが、宝箱ではなく報酬として貰った以上、宝箱で入手出来る可能性は低い。
……それでも宝箱という、何がどうなってそうなっているのか分からない存在であることを考えると、もしかしたら、本当にもしかしたらだが、入手出来る可能性はあったが。
ゼロに近い可能性なので、入手するのはほぼ無理ではあった。
「そうですか。……そういうマジックアイテムがあれば、ダンジョンの攻略も大分楽になりそうだったのですけどね」
基本的にダンジョンの中……それも十六階のような深い階層ともなれば、全てのモンスターを倒して、丁寧に解体して、売れる部位を全て持っていくといったことは出来ない。
魔石と討伐証明部位、あとは高く売れそうな素材を素早く……丁寧さよりも速度を重視して剥ぎ取るといったところか。
だが、そんな時にドワイトナイフがあれば、死体を刺すだけで解体が完了する。
素材を全て剥ぎ取れ、それを売れば金になり、ダンジョンを攻略する際に必用な消耗品を潤沢に揃えることが出来て、攻略も今以上に出来るだろう。
そんなことを考えているパーティリーダーだったが、レイはそんなパーティリーダーに向かって口を開く。
「一応言っておくが、このドワイトナイフを使うにはそれなりに魔力を必要とするぞ。俺の場合は問題ないけど」
莫大な魔力を持つレイだけに、解体するのに必要な魔力の消耗は本当に微々たるものだ。
だが、それはあくまでもレイにとっては微々たるものであって、他の者の場合は相応に魔力を消費する。
かといってドワイトナイフの性能は込められた魔力によって変わるので、少しの魔力しか込めない場合は、解体は出来るものの、汚れが付着していたり、最悪の場合は素材の質が落ちてもおかしくはなかった。
その辺については、レイは説明するつもりはなかったが。
「運が良ければ……本当に運が良ければ、マジックアイテムとして流れてきたりもするだろうから、猫店長の店に顔を出してみたらいいんじゃないか? この階層まで来られるんだ。猫店長の店は知ってるだろう?」
「あ、ああ。勿論」
猫店長の店は誰でも入れる訳ではない。
それこそ選ばれた者だけが入れるのだ。
……もっとも、その選ばれた者というのはかなり広く、実際にレイが猫店長の店で見た者の中には、何でこんな奴が? と思えるような者もいたのだから。
それだけに、レイの前にいる者達なら全く問題なく猫店長の店に入れるだろうと予想していたし、実際にそれは正しかった。
「なら、可能性はかなり低いけど、猫店長の店にそれなりに顔を出してみたらいいんじゃないか? もしかしたら、本当にもしかしたらだけど、ドワイトナイフと似たような効果を持つマジックアイテムが入荷している可能性はあるだろうし」
そう言うレイだったが、猫店長の店で仕入れているマジックアイテムの大半はダンジョンで見つかったマジックアイテムだ。
そうである以上、もしドワイトナイフと同じような効果を持つマジックアイテムがあっても、それは見つけた者が使う可能性が高かった。
「グルゥ?」
そんな話をしていると、不意に茂みから顔を出したセトが、ただいまと喉を鳴らすのだった。




