4016話
今日はバレンタインなので、2話同時更新です。
こちらは2話目なので、直接こちらに来た方は前話からどうぞ。
ジャングルの中を進むセトは、迷う様子もなく一直線に目標に向かっていた。
レイより鋭い五感を持っている為、レイでは見つけることが出来なかった牙猿のボス……上位種か希少種と思しき相手がどこにいるのか、セトはしっかりと把握していた。
……そんなセトのかなり後ろではセト好きの女が必死になって追っているのだが、標的を狙って一直線に走るセトはそれに気が付いた様子はない。
だが、向こうもセトが近付いたことに気が付いたらしく、標的としていた気配が急激に離れていく。
これが周囲に植物が生えていなければ、セトも音を立てないようにして移動するといったことも可能だろうが、周囲が大小様々な植物に囲まれているこのジャングルの階層ではそのようなことは出来ない。
その為、セトはクチバシを大きく開け……
「グルルルルゥ!」
雄叫びを上げる。
それは、ただの雄叫びではなく王の威圧。
その雄叫びを聞いたモンスターは、抵抗に失敗すると身動きが出来なくなる。
抵抗に成功しても、動けることは動けるが本来の移動速度よりは大分劣ってしまう。
「グルルゥ!」
王の威圧を使ったセトは、そのままボスを逃がさないとばかりに走り続け……細い木々は、それこそ四m程もあるその巨体でへし折りながらジャングルの中を進む。
そして、一際大きな茂みを強引に突き破ると……
「グルゥ!」
茂みを抜けた先では、牙猿と同じような巨大な牙が口の両端から生えているものの、明らかに先程襲ってき牙猿よりも大きい、それこそレイと同じくらいの大きさはあるだろう牙猿の姿を発見する。
その巨大な牙猿……ボスは、近付いてくるセトの姿を見ると大きく目を見開き、何とか逃げようとする。
だが、その動きは明らかに遅かった。
「グルゥ」
動きは遅いものの、それでも動けているボスを見たセトは、やるなといった思いで喉を鳴らす。
こうしてまだ動けるのは、それはつまりセトの放った王の威圧に耐えたということを意味していた。
ボスにしてみれば、セトに褒められても全く嬉しくはないだろう。
何しろ自分よりも明らかに強いモンスターと戦わないといけないのだから。
もしレイがここにいれば、だったら何で襲ってきたんだ? とでも思っただろう。
もっとも、それがモンスターの性質であれば、何とも反論のしようはなかったが。
ともあれ、明らかに動きの鈍くなったボスは、それでも何とかセトから逃げようとする。
まともに戦ってもボスに勝ち目はないのに、動きが遅くなっている状態でセトと戦えば、死しか待っていない。
だからこそ、逃げるという選択をしたのだろう。
それが自分に従っている群れの者達を見捨てると、そう理解した上での苦渋の決断なのか、それとも自分が生き延びられるのなら群れは捨ててもいいと判断してのことなのか。
その辺は生憎とセトにも分からなかったが。
ともあれ、今の状況でセトがやるべきなのは、ボスを逃がさないこと。
「グルルルルゥ!」
逃げるボスに向けて、アイスアローを使う。
スキルの発動と共に生まれる氷の矢は、百八十本。
本来ならファイアブレスを使いたかったセトだったが、ここがジャングルの中である以上、ファイアブレスを使うのは明らかに危険だと判断したのだろう。
……その代わりに使ったのが、百八十本の氷の矢なのだが。
ましてや、一本ずつが岩に命中すれば、その岩を割れる程度の威力を有している。
そんな矢が百八十本も、一匹のボス目掛けて発射された訳で……
「ガヤポハナァッ!」
最初の数本が逃げるボスの背中に突き刺さり、ボスは痛みに悲鳴を上げる。
岩をも貫く威力を持つ氷の矢だが、ボスの身体には突き刺さったものの、貫くことは出来ていない。
これは、ボスの身体が……正確にはその毛皮が非常に高い、それこそ岩よりも高い防御力を持っている証だった。
セトにしてみれば、少し……本当に少しだけだが驚くに値する状況。
だが……それでも身体に刺さったのは間違いなく、そしてまだ百本以上の氷の矢がボスを狙っている。
一本、三本、五本、十本、十八本、二十五本、四十三本……次々に氷の矢がボスの背中に、足に、腕に、首に……そして最後に頭部に突き刺さり、そのままボスは倒れる。
もしこれをレイが見ていれば、惨いとでも口にしただろうが。
「グルゥ……? グルゥ!?」
身体中を氷の矢で貫かれたボスは、当然ながらその身体は既に原形を残していない。
肉片……というのは少し大袈裟だったが、それでもその表現が相応しい姿にボスはなっていた。
それを起こしたセトは、しまったといった様子で喉を鳴らす。
セトにとっては、今の攻撃は少しやりすぎたと、今更ながらに思ったのだろう。
「セ、セトちゃん……やっと追いついた……それで、ボスは……うわぁ……」
セト好きの女がここでようやくセトに追いついたものの、セトの見ている方を見て驚きの声を上げる。
女のパーティは、このジャングルの階層、十六階を主な活動の場所としていた。
そんな女だったが、それでも牙猿のボスを見たのはこれが初めてだ。
だが……今の状況がボスを見たと言ってもいいのかどうか、微妙なところだった。
何しろ視線の先にいる……いや、あるボスの死体は、まともに死体の形をしていない。
肉片に近い状況になっているのを見れば、元の姿は一体どのようなものだったのかと、そう思ってもおかしくはない。
「えっと、セトちゃんが倒した……のよね?」
「グルゥ!」
女の言葉に、そうだよ! と喉を鳴らす。
先程まではやってしまったとショックを受けた様子のセトだったが、女の言葉には凄いでしょと自慢げな様子だった。
やってしまったものは仕方がないと、そのように思ってしまったのだろう。
「えっと……凄いわね、セトちゃん。……褒めてもいいのよね?」
自慢してくるセトを見た女は、その身体を撫でる。
とはいえ、肉片だけになってしまっているボスを見て、本当に褒めてもいいのか? という疑問が女の中にはあったが。
「それで、セトちゃん。えっと……この死体? はどうするの?」
これがもしきちんとした死体であれば、女も死体をレイ達のいる場所まで運ぶといったことを考えただろう。
だが、こうして肉片と呼ぶべき状態になってしまっている。
そうである以上、この死体を運ぶのは非常に大変だろう。
「グルゥ……グルルルゥ」
女の言葉に、セトは死体に近付いていくと……やがて、そこに残っていた魔石をクチバシで咥える。
「ちょっ、セトちゃん! そんなの咥えちゃ駄目! ペッしなさい、ペッ!」
クチバシで咥えた魔石を見て、女は慌てたように叫ぶ。
女にしてみれば、セトが咥えている魔石はボスの体内から取り出したもので、汚いという認識なのだろう。
あるいは水で魔石を洗ったりしたのなら……もしくは、ドワイトナイフを使った解体であったのなら、女もここまで騒がしくはしなかっただろう。
だが、残念なことに今はそのようなことは出来ない。
「グルゥ……グルルルゥ、グルゥ」
女の言葉にセトは魔石を地面に置くと、これをレイのいる場所に持っていくのと喉を鳴らす。
女はセトが何を言いたいのか、全てを理解出来ている訳ではない。
しかし、それでもセトの様子を見れば魔石を大事にしているのは理解出来た。
「えっと、この魔石を持っていけばいいの? レイに?」
「グルゥ!」
レイに持っていくという女の言葉に、セトはその通りと喉を鳴らす。
セトの言いたいことを理解出来たことに嬉しく思う女。
セトが地面に置いた魔石を持ち上げ、女は改めてボスの死体を……いや、ボスの残骸とでも呼ぶべき物に視線を向ける。
(これ、セトちゃんがやったのよね)
女にとって、セトは愛すべき存在だった。
それこそセトを可愛がる為に今まで冒険者として活動して来た……というのは少し言いすぎかもしれないが、それでもそういう気持ちがあったのは事実。
だからこそ、そんな女にとってこの光景は驚きだった。
勿論セトがグリフォンという高ランクモンスターであるのは知っている。
だが、それでも女にとってセトは愛すべき存在であったのは間違いなく、だからこそこうしてセトがその実力を発揮したのを見て、驚く。
ただし、驚きはするものの恐怖や嫌悪感の類はない。
これもまた、セトを愛すべき存在であると自分が認識しているからだろうと、女には思えた。
「グルゥ?」
そんな女に、セトはどうしたの? と喉を鳴らす。
セトの様子に女は笑みを浮かべ、何でもないと首を横に振る。
「セトちゃんは可愛いだけじゃなくて、強いんだと思ってね」
「グルゥ!」
凄いでしょ! と嬉しそうに喉を鳴らすセト。
女はそんなセトを撫でつつ、幸せな……これ以上ない程に幸せな気持ちに浸る。
セト好きの女だが、普段セトを愛でる時は当然ながら自分以外にも大勢がいる。
これが冒険者育成校の生徒であれば、セトを愛でる機会も今よりも多くなるのだろうが、女はガンダルシアにおいては久遠の牙には及ばないものの、トップ層の冒険者パーティの一人だ。
教官としてならともかく、生徒として冒険者育成校に行くことは出来ない。
なら、教官はどうか。
そうも思ったが、こちらもまた冒険者としての行動があるのが難しいし、何よりレイのような特殊な事情を除き、冒険者育成校で教官として雇われている冒険者達は、腕の立つ冒険者だが、ガンダルシア全体で見た場合は中の上から、上の下といった者達だ。
女はそれ以上の冒険者なので、教官として雇って欲しいと言われても恐らく断られる。
……臨時の教官ということなら、もしかしたらいけるかもしれないが。
そんな訳で、セトを可愛がるには街中で偶然出会うか、もしくはレイがギルドに用事のある時にギルドの外で待っている時だけしかない。
レイの家は知ってるが、さすがにそこまでするとレイに嫌われて、それ以降セトを愛でることが出来なくなるかもしれないし、場合によってはレイがそれを嫌がってギルムに帰る可能性もあるので、暗黙の了解でレイの家に押しかけることは禁止されていた。
そんな状況の中、こうして……ダンジョンの中とはいえ、現在は自分だけがセトと一緒にいることが出来るのだ。
この時間がいつまでも続いて欲しい。
そのように思うのは、女にとって……セト好きにとって当然のことだった。
「グルルゥ?」
幸せを噛み締めている女に、セトはどうしたの? と喉を鳴らす。
女はセトの鳴き声で我に返ると、何でもないと慌てて首を横に振る。
「そ、それじゃあ……そろそろ戻りましょうか。あ、でもちょっと遠回りしていかない? セトちゃんにとっても何か良い物が見つかるかもしれないし」
「グルルゥ?」
女の言葉に、そうなの? と喉を鳴らしたセトは、少し考えた後で女の言葉に頷く。
「グルゥ!」
セトの鳴き声を聞いて完全にその意思を理解するのは女には無理だったが、それでもセトが自分の言葉にやる気満々で遠回りをして帰ろうと言ってるのは女にも理解出来た。
「じゃ、じゃあ、行きましょうか。この階層には、色々と珍しい物があるのよ? ただ、同時に危ない物も多いから注意してね」
「グルルルゥ、グルゥ」
女の言葉にセトは分かったと喉を鳴らし、移動を開始する。
向かうのは、レイのいる場所……なのだが、少しくらい遠回りしてもいいだろうと、そうセトは思いながらの行動だった。
(ああ……幸せ……)
セトと一緒にダンジョンを歩く女は、幸せな気分に浸っている。
とはいえ、それでも冒険者として完全に気を抜いたりはしない。
女はセトを誘った時のように、この木は触ると痒くなる、この木の樹液は酸味があるけど飲める……といったように、ジャングルの階層について説明していく。
「ほら、あそこに青い花があるでしょう? あの花は近付くと花粉を飛ばしてくるから気を付けて。花粉そのものは特に何があるって訳じゃないけど、やられると嫌でしょう?」
「グルゥ」
女の言葉に、セトは分かったと頷く。
花粉を飛ばされるのは、セトにとっても面白くない。
それに、花粉を掛けられた時には何も問題がなくても、後々何らかの問題が起きる可能性は十分にある。
そうである以上、セトとしては青い花に好んで近寄ろうとは思わなかった。
……もっとも、戦闘の最中に意図せず青い花に近付くといったことはあるかもしれないから、絶対に近付かないといったことは出来ないだろうとも思ったが。
「グルルルゥ、グルゥ、グルルルゥ?」
ジャングルを見ながら喉を鳴らすセト。
だが……女はセトが何を言いたいのかは全く分からず、戸惑いながらセトと共にジャングルの中を進むという幸福に浸るのだった。




