4015話
「え?」
「え?」
レイのジャングルでモンスターとあまり遭遇しないという問いに、男の口からは間の抜けた声が漏れ出る。
それを聞いたレイも、思わずといった様子で同じ言葉を口にする。
「えっと……その、レイさん。改めて聞きますが、この階層でモンスターとあまり遭遇しないと?」
「そうなるな。全く遭遇しないって訳でもないんだが、それでも当初予想していたよりも大分少ない」
「……えっと、私達はそれなりに頻繁にモンスターと遭遇してますし、襲撃されてるんですが」
「え?」
再びレイの口から出る一言。
それだけ今の言葉が驚きだったのだろう。
「えっと……それは冗談でも何でもなく?」
「はい。冗談でも何でもなくです」
「……何で?」
「それを私に聞かれても」
「そんなの決まってるじゃない。セトちゃんがいるからよ!」
再びレイと男の会話に割り込む、セト好きの女。
そんな女の側では、先程までは恐る恐るセトを撫でていたもう一人の女が、今はもう満面の笑みでセトを撫でていた。
「どういう意味だ?」
あまりにも自信満々で言うので、レイは女にそう尋ねる。
レイと話していた男は、ここで妙なことをすると不味いと思ったが、女はそんな仲間の様子に気が付かず……あるいは気が付いても意図的に無視しているのかもしれないが、自信満々といった様子で口を開く。
「セトちゃんは強いわ。だから、このジャングルの階層にいるモンスターは、その多くが自分に勝ち目はないと思って、近付かないようにしてるのよ」
「それは……いや、そうなのか? 他の階層では殆どのモンスターが普通に襲ってきたけど」
「この階層にはそういう性質を持つモンスターが多いんじゃない?」
「……なるほど」
女の言葉が正しいとはレイも断言出来ない。
だが同時に、それが間違っているとも断言出来ないのだ。
そうである以上、その可能性は十分にあると思った方がいいのも事実。
(けど、このジャングルの階層でそういう風になるのなら、もっと下の階層ではどうなるんだ? それとも、あの女が言うようにこのジャングルの階層限定でのことなのか?)
レイとしては、もし女の言葉が正しかった場合、せめてこの十六階……ジャングルの階層だけの話であって欲しいと思う。
もし十七階から下の階層も、セトの強さを察知してモンスターが逃げ出して戦うことが出来ないということになれば、それはダンジョンを攻略するという意味では楽かもしれないが、多くの未知のモンスターを倒したいレイ達にしてみれば、最悪の展開でしかない。
「出来れば他の階層で問題がないのかどうか試したいところだが……十七階に下りる階段のある場所って教えて貰えるか?」
「構いませんよ」
あっさりとレイの頼みを受け入れる男。
「え? いいのか?」
頼んだのはレイだったが、それでもまさかこんなにあっさりと頼みを受け入れて貰えるとは思わなかった。
「ええ。仲間が迷惑を掛けていますし……」
そこで言葉を切った男は、何故か自慢げな様子でセトを撫でている女に呆れた様子を見せつつ、言葉を続ける。
「それに、レイさんのような腕利きに恩を売れるのなら、悪くないですから。この情報については、話しても問題はありませんし」
男にしてみれば、十七階に続く階段のある場所は探せばそう遠くないうちに見つけられるという思いがある。
だからこそ、階段の場所を教える程度なら男にとっては特に問題ないと判断したのだろう。
「そうか。なら、教えて貰おうか」
「階段の場所は……」
「グルルルルゥ!」
男の言葉を遮るように、セトが喉を鳴らす。
二人の女に遊んで貰っている時のような嬉しそうな鳴き声ではなく、警戒を促す為の鳴き声。
それを聞いたレイは、即座にミスティリングからデスサイズと黄昏の槍を取り出す。
「レイさん、一体何が……」
「敵だ!」
そう叫んだのは、レイ……ではなく、男のパーティメンバーのうち、周囲を警戒していた男の一人。
セトの鳴き声から周囲に危険がないかどうかと警戒し、敵の存在を察知したのだろう。
「ギャガガチャッハ!」
そんな奇妙な鳴き声と共に、モンスターが姿を現す。
周囲に生えている木々の枝を足場に、多数のモンスターが姿を見せた。
外見は、小さな猿だ。
それこそレイの膝くらいまでの大きさの猿。
ただし、その口の端からは側頭部に近い位置まで伸びている。
また、その爪も鋭く、木々の枝や幹に爪を突き刺して移動することすらしていた。
小柄ながら、攻撃力という意味では間違いなく凶悪なモンスター。
そんなモンスターが、数十匹の群れで襲ってきたのだ。
「飛斬!」
レイは半ば反射的に飛斬を放つ。
デスサイズから放たれた飛ぶ斬撃は、数匹の猿の胴体や頭部、手足を纏めて切断する。
(俺……いや、セトがいるのにこうして襲い掛かって来たってことは、さっきのあの女の予想は外れたのか? それとも、この小猿の群れがそういうのと関係なく攻撃してくるタイプなのか)
飛斬による先制攻撃が成功すると同時に、セトもまた動く。
「グルルルルルルゥ!」
使われたスキルは、ウィンドアロー。
レベル七のウィンドアローによって生み出された風の矢は、全部で百十本。
数十匹の小型の猿の群れに向かい、一斉に飛んでいく風の矢。
数匹の小型の猿が、風の矢によって身体を斬り裂かれ、あるいは貫かれて地面に落下していく。
このままいけるか?
一瞬の動きでそう考えたレイだったが……
「ギャナエハテャ!?」
そんな鳴き声が周囲に響き渡った瞬間、小型の猿達は一斉に四散する。
勿論それは、小型の猿の身体が四散したといった訳ではなく、群れてレイ達に向かって来ていたのが、それぞれ別方向に散らばったという意味だ。
(リーダーがいるな。上位種か、希少種か? 絶対に逃がす訳にはいかないな。猿……いや、牙猿でいいか。牙が長いし。この牙猿の魔石二個は取りあえず俺の飛斬とセトのウィンドアローでゲットした。後は牙猿の群れを率いている個体は絶対倒したい)
周囲の……ジャングル特有の密度の高い植物を警戒しつつ、レイは先程聞こえてきた指示の声だろう鳴き声を思い出しながら、そう考える。
「うおっ!」
冒険者の一人が斜めの木の上から跳びかかってきた牙猿に驚きながらも長剣を振るう。
ギィン、という甲高い金属音。
牙猿の爪は鋭く、長剣の一撃も防げる程度の鋭さは持っていたらしい。
「ぐおおおおっ!」
それでも……長剣の一撃を防がれた男は攻撃を諦めるようなことはせず、強引に長剣を振るう。
爪によって長剣の一撃を防いだ牙猿だったが、それでも身体の小ささは覆しようもない。
長剣による吹き飛ばしによって、牙猿はそのまま近くにあった木の幹にぶつかり、首の骨が鈍い音を立てて折れ、そのまま地面に落下する。
「よし、相変わらずこいつらの攻撃は鋭いが、軽い! 牙の攻撃に注意すれば、対処するのは難しくない!」
「そう言っても、この数なのよ!? いつもは数匹なのに、何で今日に限ってこんなに……」
そのやり取りは、牙猿がどのようなモンスターなのかを知っているかのようなものだった。
(この十六階で主に活動しているって話だったし、当然の話か)
短いやり取りを聞きつつ、レイは納得する。
納得しながら、素早く左手に持つ黄昏の槍を茂みに向かって投擲した。
「ギャピィ!」
茂みの向こうから、今にもレイに跳びかかろうとしていた牙猿の一匹が、胴体を貫かれ絶命する。
それを確認もせず、レイは後ろに向けてデスサイズを振るう。
「黒連!」
素早くデスサイズを振るうこと、八度。
冒険者達は敵に攻撃するでもなく、いきなり空中に向かってデスサイズを振るったレイに、訝しげな視線を向ける。
これが一度なら、あるいは敵がそこにいると間違って攻撃をした……といった可能性もある。
だが、それが八度ともなると、一体どうしたのかと疑問に思う。
もしレイが低ランク冒険者であったのなら、多数の敵に襲撃されたことでパニックになったのかとでも思うだろう。
だが……レイは異名持ちのランクA冒険者だ。
であれば、これには何か意味がある筈だと思い……冒険者の何人かが、空中に浮かんだ黒い斬り傷とでも呼ぶべきものに気が付く。
「レイ?」
その黒い斬り傷が何なのか分からない。
そう言いたげな、戸惑った様子で声を掛けるリーダー格の男。
だが、レイはその声を気にした様子もなく、デスサイズと黄昏の槍を使って襲ってくる牙猿を仕留めていく。
そして……レイが背後を全く気にした様子がないというのを察した牙猿の何匹かが、ジャングルに生えている多くの植物を利用し、レイの後ろに回り込む。
他の牙猿と戦いながら、レイも後ろに回り込んでくる他の牙猿の気配を察していたが……それに手を出すようなことはしない。
牙猿達にしてみれば、レイが後ろに回り込んだことには全く気が付いた様子もないと判断したのだろう。
そして……準備が整ったところで、周囲に指示する鳴き声が響き渡る。
「ガテャハチョ!」
その言葉を、レイは理解出来ない。
理解は出来ないが、次の瞬間に起きたことを思えば何を命令したのかは容易に想像出来た。
……そう、レイの背後にある木々や茂みの中から、十匹近い牙猿が襲い掛かって来たのだ。
それは、一般的に見れば非常に効果的な攻撃方法だっただろう。
何しろ戦闘に集中している中、いきなり背後から襲撃されるのだから。
ただし、それはあくまでも普通なら、そしてレイがそのことに気が付いていなかったらの話だ。
最初からレイがそうなるように誘導したとは、牙猿を率いている個体も思わなかったのだろう。
結果として……
「ギニャアア!」
「ジャアガ!」
「ハオダカァナ!」
そんな悲鳴を上げつつ、空中に設置された斬撃に触れ、そのまま身体が切断されては地面に内臓や肉片、身体の一部を撒き散らかす牙猿達。
「え?」
パーティの一人がレイの背後を見て、一体何があったのか理解出来ないといったように声を上げる。
レイが全く背後を気にした様子がなかったので、もし何かあったらレイのフォローをしようと思っていたのだが、その為に黒連による罠を見てしまったらしい。
何が起きたのか、全く理解出来ない光景。
それを見て動きが止まった男だったが、そうして動きの止まった男は牙猿達にしてみれば絶好の獲物でしかない。
「グルルルルゥ!」
男を狙い、その特徴的な牙で噛みつこうとした牙猿だったが、それを防ごうとセトが突っ込んでくる。
翼刃のスキルによって、牙猿の身体はあっさりと切断された。
魔法金属や魔法障壁ですら切断する、セトの翼刃だ。
スキルを使っていない時は滑らかな羽根の生えている翼だが、スキルを使用すると、あっさりと……それこそ一切の抵抗もないまま、牙猿の胴体が切断されてしまう。
翼刃を使ったセトの動きは、それだけでは終わらない。
スキルを発動したまま牙猿のいる場所に向かって突っ込み、他にも数匹の牙猿の胴体を切断する。
勿論、それだけでは終わらず、前足やクチバシによる一撃で他の牙猿も倒していった。
「全く、厄介極まりないわね! セトちゃんに、絶対に手は出させない!」
鋭く叫ぶ女。
セト好きの女だけに、牙猿によってセトが攻撃されるのは絶対に許容出来なかったらしい。
(あの女、多分実力以上の力を発揮してるんだろうな。……もっとも、そうなるとこの戦いが終わった後で体力が残っているのかどうか微妙なところだけど)
レイはそんな風に思いながらも、戦いの手を止めない。
とはいえ、こうも何匹も牙猿を倒すと、群れで襲ってきたとしてもその数はかなり減っている。
そうなると、もうそろそろ戦いが終わってもいいのではないかと、そうレイには思えるのだが……
(出来れば、ボスは逃がしたくないな。とはいえ、こうして戦っている中でボスがこっちに攻撃を仕掛けてくるかどうかは微妙なところだし……それでも何とかするには、やっぱりこっちから出るしかないか?)
ボスの死体は……いや、魔石は絶対に、何が何でも手に入れたい。
そのように思い、レイは決断する。
「セト! 敵のボスを頼む!」
「グルルルゥ!」
レイの言葉に、セトは分かったと喉を鳴らすとジャングルの中に突っ込んでいく。
周囲にはまだ幾つも牙猿の気配があるが、セトは迷うことなく走り出す。
レイは牙猿のボスがどこにいるのかまでは分からなかったが、どうやらセトはそれを十分に理解していたらしい。
「あ、ちょっ、セトちゃん!?」
セト好きの女が、いきなりのセトの行動に声を上げ、半ば反射的に追い掛けようとする。
しかし、そんな女の様子にパーティリーダーの男が声を掛ける。
「おい、どこに行くんだ!」
「セトちゃんだけに出来ないでしょ! ちょっと待ってて!」
そう叫び、女はセトを追って茂みの向こうに姿を消すのだった。




