4014話
「あ、あの……その……ランクC冒険者のキュスティです」
「レイだ。……別にそんなに怖がる必要はないんだけどな」
ジャニスが友人の冒険者と会うというので、何となく興味を惹かれたレイも一緒に会ったのだが、キュスティと名乗った女の冒険者は、最初に友人のジャニスを見つけると嬉しそうな様子を見せたものの、すぐにジャニスの側にいたレイとセトを見て、驚きから動きを止めていた。
こうして直接話しても、レイを前に完全に怯えている様子を見せている。
(何でここまで怖がられてるんだ?)
キュスティの様子に、レイはそう疑問を抱く。
一体自分が何をしたというのか。
それこそ特に何かした訳でもない……いや、それ以前にキュスティと会うのは今日が初めてである以上、一体何故このように驚かれているのか、全く理解出来なかった。
「えっと、その……はい」
レイの言葉にそう返すキュスティだったが、それはレイに言われたからそう返事をしたようにしか思えない。
実際、こうしている今もキュスティはレイを怖がっているようなのだから。
(これは……ここにいない方がいいな)
レイがキュスティに会ってみたいと思ったのは、特に何か用事があった訳ではなく、あくまで何となくといった理由からだ。
そうである以上、そのキュスティにこうも怖がられるというのはレイにとって好ましくはない。
自分がここにいるだけで、キュスティを怖がらせているのではないか。
そのように思った為だ。
「じゃあ、俺はそろそろダンジョンに行くよ。……キュスティ、ジャニスのことをよろしく頼む」
「はいぃ……」
レイの言葉にそう返事をするキュスティ。
その返事にもどことなく頼りない様子があり……レイとしては、本当に大丈夫なのか、これ? と疑問を抱く。
とはいえ、これ以上キュスティに何かを言っても、それこそ余計に怯えさせるだけなのも事実。
そうである以上、レイとしては出来るだけ早くこの場から立ち去ることにする。
「セト、準備はいいな?」
「グルルゥ!」
レイの言葉に、セトは分かったと喉を鳴らすのだった。
「なぁ、セト。あのキュスティって奴と会ったの……何かのフラグとか、そういうことはないよな?」
「グルゥ?」
十六階の探索を始めて十分程、レイは少し気になった様子でセトに聞いてみる。
だが、セトはそんなレイの言葉に、意味が分からないといった様子で喉を鳴らす。
「いや、多分俺の気のせいだとは思うんだが……それでも、このタイミングでジャニスの友人で、いかにも気の弱そうな奴と会ったのは、何らかのフラグのように思えたんだよ。……あくまでもそんな風に思っただけで、それが本当になるとは思わないけど」
半ば自分に言い聞かせるようにしながら呟くレイだったが、それこそ自分のその言葉がフラグになっているように思えてしまう。
「まぁ、取りあえず気のせいってことにしておこう。幾ら俺がトラブル誘引体質であっても、ガンダルシアに戻って早々に面倒に巻き込まれるなんてことはまずないだろうし……うん、多分」
自分で自分の言葉をしっかりと信じることが出来ず、最後は微妙に断言することが出来ない。
そんな自分の様子に、これでは駄目だろうと頭を振って気分を切り替える。
「とにかく、十六階の探索だ。酒はともかく、何かマジックアイテムの入っている宝箱を見つけることが出来ればいいんだが……セト、頼むな」
「グルルゥ!」
レイの言葉に、任せてと喉を鳴らすセト。
そうして一人と一匹はジャングルの中を進む。
(そう言えば、今日は溶岩の階層に誰もいなかったけど……まぁ、それこそそう簡単に人がいるなんてことはないんだろうけど)
そもそも、十五階まで来ることが出来る冒険者の数が少ないのだから、そこで他の冒険者と会う機会がないというのは、そんなにおかしなことではない。
寧ろそれが普通なのだろう。
(実は、また何かダンジョンの中でトラブルがあるとか、そういうのはない……よな? まぁ、あのリッチのような強力なモンスターが十五階に入ってきたとか、そういう理由なら大歓迎なんだが)
魔獣術の為に、強力なモンスターの魔石を集めているレイとセトだ。
そうである以上、リッチのようなイレギュラーなモンスターの存在は歓迎出来る。
レイにしてみれば。強力なモンスターの魔石をゲット出来る。
ギルドにしてみれば、イレギュラーなモンスターを倒して貰える。
どちらにとっても、損のない事態だった。
……そのようなイレギュラーなモンスターに襲われる冒険者や、そもそもイレギュラーを魔石としか、資源としか見られていないということを考えれば、そのような者達にとっては不幸でしかなかったが。
「とにかく、まずは探索を続けるか。……ジャングルで見通しが悪いのが厄介だな」
「グルゥ」
レイの言葉に、セトが同意するように喉を鳴らす。
レイよりも五感の鋭いセトであっても、植物によって視界が遮られていればその先を見通すことは出来ないし、ジャングルだけに様々な植物の匂いが周囲を漂っているので、嗅覚も普段のようには働かない。
聴覚もどこからともなく吹いてくる風によって植物の揺れる音、擦れる音によって阻害されている。
……もっとも、聴覚については普通に森の中にいても同じように邪魔されるので、セトもそれなりに慣れてはいる。
その為、それなりに周囲に異常がないかどうかを聞き取ることは出来ていた。
「グルルゥ?」
「セト?」
ジャングルの中を歩いているセトが、不意に喉を鳴らす。
ただし、警戒の色はそこまで強くはない。
それなりに警戒してはいるものの、即座に戦いになる、あるいは向こうが襲い掛かってくるといったようなことはない相手に対しての鳴き声。
(この様子からすると……)
何となく、本当に何となくだが、レイもセトが何を思って今のように鳴いているのかを予想し……その予想を裏付けるように、レイの耳にも音が聞こえてくる。
ジャングルの中を掻き分けるかのような、そんな音。
もし何も知らなければ、それこそモンスターか? と警戒もしただろう。
だが、セトのおかげで前もって何者かが近付いて来ているのは分かっており……
「おーい、誰かそこにいるのか?」
植物を掻き分ける音が聞こえてきた方から、そんな声が掛けられる。
もしここがもっと別の……そう、例えば見通しのいい場所であれば、わざわざこうして声を掛けてくるようなことはしなくてもいいかもしれない。
だが、こうして見通しの悪い場所だからこそ、向こうもこうしてレイやセトに声を掛けてきたのだろう。
……もしこれで、ここにいるのがレイやセトでなくモンスターであれば、その声を狙って襲い掛かっていたかもしれないが。
(いや、十六階まで来る者達だ。そう考えれば、俺達の気配を察知して、モンスターじゃないと把握は出来たりする……のか?)
そう思いつつ、レイはセトを見る。
レイはともかく、セトはグリフォンで明らかにモンスターだ。
レイの予想が正しくても、セトの存在を察知すればモンスターだと判断するだろうと考えながら、口を開く。
「ああ、ここにいる」
そんなレイの言葉に、声の聞こえてきた方からは安堵した様子で声が聞こえてくる。
「そうか、分かった。……これからそっちに行くけど、攻撃しないでくれ」
「ああ、分かった。それはこっちにも言える。俺と一緒に従魔がいるけど、それは俺の相棒であって、この階層に棲息するモンスターじゃないから、攻撃はしないでくれ」
そうレイが言うと、植物の向こう……人の声のした方から、慌てたように近付いてくる気配がある。
そして丁度レイの視線の先にあった大きな茂みを掻き分けるようにし……五人の冒険者が姿を現す。
男が三人、女が二人。
戦士が三人、弓術士が一人、大きめのリュックを背負ったポーターが一人。
そんなパーティの面々は、レイと……そして何よりセトを見て、驚く。
「セトちゃんじゃない! うわぁ……まさか、こんな場所でセトちゃんに会えるとは思わなかったわ!」
女戦士がそう言い、嬉しそうにレイに……より正確にはセトに近付いていく。
そんな女の顔を見て、レイは納得する。
セトがギルドの側で待っている時、セトを愛でているセト好きとして何度か見た顔だと。
「グルルゥ」
セトも自分を可愛がってくれた女のことはしっかりと覚えていたのだろう。
嬉しそうに喉を鳴らす。
「えっと、すいませんうちのパーティメンバーが」
恐らくパーティリーダーなのだろう男が、早速セトを撫でている女を見ながらレイに頭を下げてくる。
レイはそんな男にどう反応していいか少し迷うも……
「気にするな。セト好きは多いしな」
結局そう口にする。
とはいえ、これは決して大袈裟なことではない。
実際にセト好きはガンダルシアにも結構な数がいるのだから。
人口の差と、何よりレイとセトがガンダルシアに住んでいる時間から、ギルムよりセト好きの数は少なかったが。
だからこそ、レイはセト好きの女がこうしてダンジョンの中でセトを愛でていても特に不満はいだかない。
これが例えば何らかの緊急時……モンスターと戦っている時にセトを可愛がって戦いの邪魔をするといったようなことをするのなら、レイも……そしてセトも、何らかの対処はしただろうが。
今は特に戦闘がある訳でもないので、このくらいは問題ない。
「それにしても、昨日噂では聞きましたけど、本当にレイさん達はもう十六階まで来てるんですね」
「噂?」
「はい。何でも十六階で見つけた宝箱から、凄い酒が出たとか」
「……ああ、なるほど」
ニラシスからもその辺りの話を聞いていたので、男の言葉にも納得出来た。
もっとも、それを抜きにしても昨日ミンボンが訓練場で宝箱を開けた時、かなり多くの者達がいた。
十六階の宝箱だから、何がおきるか分からないと言っても、訓練場から去った者は少数だったのだ。
そのような者達の前で宝箱を開けた結果、出て来たのが酒なのだ。
それで噂になるなという方が無理だった。
……ましてや、ミンボンは昨夜どこかの酒場でレイから報酬として二本貰った酒のうち、一本を開けて飲んだところ、かなり美味かったということで、噂は更に大きくなっている。
レイと話している男も、どの段階の噂なのかはともかく、それを聞いたのだろう。
そして実際こうして十六階でレイと遭遇したので、噂は本当だったと改めて判断したらしい。
「私達もこの十六階を探索してますが、宝箱とかはなかなか見つからないんですよね。……よくレイさんは宝箱を見つけることが出来ましたね」
「それこそセトのお陰だな。……探索をする上で、セトはこの上ない相棒だし」
「そうよね、セトちゃんったら凄いんだから!」
そう話に割り込んで来たのは、セトを愛でていた女。
そんな女の側では、もう一人の女が恐る恐るセトを撫でている。
残りの二人は、レイが自分達のリーダーと話しているので、周囲の様子を警戒しながら身体を休めていた。
今こうしているこの場所も、ジャングルの中なのだ。
いつ茂みを突き破り、あるいは木の枝を足場にしてモンスターが襲ってくるか分からない。
その為、ダンジョンの中では……特にこのジャングルの階層のように、周囲の見通しが悪い場所ではしっかりと警戒する必要があった。
(セトがいるから、実際はそこまで気にする必要はないんだけどな)
パーティリーダーの男と話しながらそう思うレイだったが、警戒をして貰って困る訳ではないので、その辺を口にはしない。
「そうか、この階層で主に活動してるなら、聞きたいことがあるんだが」
「なんでしょう? うちの仲間が迷惑を掛けているので、出来るだけの情報提供はさせて貰います」
「セトも遊んで貰えて喜んでるし、そこまで気にしなくてもいいんだが。まぁ、そう言うのならお言葉に甘えるとしよう。まず一つ。昨日からこの階層の探索をしてるんだが、モンスターが思ったよりも出てこないけど、これが普通なのか?」
レイにしてみれば、ダンジョンの探索で未知のモンスターの魔石というのは、魔獣術的に大きな意味を持つ。
だというのに、昨日この階層で倒したモンスターの数は多くないし、今日はまだ一匹のモンスターとも遭遇していない。
ジャングルという、モンスターが多数いてもおかしくはない階層において、一体何故。
そんな疑問をレイが抱くのは、当然の話だった。
レイとしては、出来ればもっと多くのモンスターと戦いたいと思っているだけに。
ここがジャングルの階層ということで、もしかしたら毎日十種類以上の未知のモンスターと遭遇出来るのではないかと思っていたのだが、それが見事に外れた形だ。
その為、一体どうなっているのかと男に聞いたのだが……
「え?」
男の口からは、間の抜けた声が出るのだった。




