4013話
「えっと……お前、本気で言ってるのか?」
「そうです! これでお願いします!」
模擬戦の授業の二限目。
この模擬戦が終わればもう今日の授業は終わって昼となり、食堂で昼食を食べてからダンジョンに向かおうと考えていたレイ。
今日も十六階の探索を続け、出来れば十七階に続く階段を見つけつつ、数日くらいは十六階で未知のモンスターと戦おうと、そう思っていたレイだったのだが……模擬戦の授業が始まるや否や、生徒の一人がレイに模擬戦を挑んで来たのだ。
……いや、それだけなら特におかしなことはない。
異名持ちのランクA冒険者であるレイと模擬戦をやるというのは、生徒達にとっては自分が強くなるのに大きな意味を持つのだから。
実際、レイは今まで何度も模擬戦を挑まれたことがある。
それだけなら、やる気のある生徒だなと……それこそレイにしてみれば感心すらしただろう。
だが、問題なのはその生徒が右手に長剣、左手に槍を持っていることだ。
……そう。少し違うが、レイの二槍流と同じような戦闘スタイルがそこにはあった。
(これ、俺に憧れてとか、そういう事じゃない……よな?)
目の前の生徒を見て、レイはどう判断していいのか分からなかった。
二槍流は珍しいが、世の中でレイだけが使っているという訳ではない。
……いや、二槍流と称しながらも、レイのように槍以外に大鎌を使ったりもするのは他にいない可能性もあるが。
元々、長柄の武器というのは扱いやすく扱いにくい。
矛楯した言葉だったが、それはレイにとって真実だった。
そんなに慣れていなくても、そのリーチの長さから素人や未熟な者を相手にした場合、有利に戦える。
だが同時に、長柄の武器であるが故に、それをきちんと使いこなせるまでに技量を上げるのは、そう簡単なことではなかった。
そんな長柄の武器を二本、それも片方は槍ではなく、長柄の武器の中でも特に扱いにくいだろう大鎌なのだ。
そういう意味では、レイの二槍流というのは非常に難易度が高いのは間違いない。
そんなレイとは違い、槍と長剣という……二槍流と称してもいいのか? といった様子の生徒だったが、それでもそう簡単に使いこなせる訳ではないだろうとレイには思えた。
「……」
生徒を前にしたレイは、マティソンに視線を向ける。
その視線を受けたマティソンは、少し困った様子を見せながらも頷く。
それが模擬戦をやってもいい許可だと判断したレイは、生徒に向かって口を開く。
「分かった。じゃあ、やるぞ。……一応言っておくが、危ないと思ったらすぐに降伏しろ。無理に模擬戦を続けようとは思うな」
「構いません。俺は本気でやりますから」
言葉が通じているのか?
目の前の男の返答に、レイはそう思う。
とはいえ、マティソンからもやっていいと許可が出ている以上、レイもここで止めるとは言わない。
「分かった。まぁ、俺の武器は本気……デスサイズと黄昏の槍じゃなくて、模擬戦用の槍が二本だが、その辺は我慢してくれ。……じゃあ、始めるぞ」
「行きます!」
その言葉と共に、生徒の男は一気に前に出る。
ただ前に出るのではなく、槍による突きを放ちながらの前進。
そうしながらも、もしレイが回避をした場合は長剣による一撃で追撃を放とうとしてくる。
(なるほど、それなりに考えてはいるみたいだな)
男の狙いを理解しつつも、レイはその場から回避するようなことはしない。
左手の槍を放つ。
『えっ!』
周囲で様子を見ていた者達が驚愕の声を漏らす。
当然だろう。レイの放った槍は、男の放った槍と正面からぶつかったのだから。
正確には、穂先の先端同士がぶつかって動きが止まった形だ。
もしどちらかが少しでも力を抜けば、穂先同士が滑り、狙いは逸らされていただろう。
それがこうして見事なまでに穂先同士がぶつかって動きを止めているのは、レイがそう仕向けたからにすぎない。
信じられない状況に、槍を持った男の顔が驚愕に染まる。
一体何が起きたのか理解出来ないといった様子で動きが止まり……当然ながら、レイを相手にそれは大きすぎる隙となる。
次の瞬間にはもう一本の槍によって足下を掬われて男は地面に倒れ、レイはそんな男に槍を……穂先同士がぶつかっていた方の槍を突きつけた。
「……参りました」
男の口から、悔しそうな声が漏れる。
男も自分がレイに勝てるとは思っていなかった。
いなかったが、それでもある程度は善戦出来るのではないかと、そう思っていたのだ。
「二槍流……と呼んでもいいのかどうかは微妙だが、とにかくまだ甘かったな」
「……レイ教官がガンダルシアにいない間、必死に練習したんですけどね」
がっかりした様子を見せながら、男は立ち上がる。
「もう少しどうにか出来ると思ったんですけど」
「まだまだ甘いな。……そもそも槍と長剣を使うというのは、ある意味では普通に槍を二本使うよりも難しいんじゃないか?」
槍が二本の時、両方とも同じ間合いの武器である。
それはレイの二槍流……黄昏の槍とデスサイズでもそう違いはない。
槍と大鎌だが、どちらも長柄の武器であるという意味では同じなのだから。
それと比べると、男が使っていたのは槍と長剣だ。
間合いの長い武器と、間合いが短い武器。
……もっとも長剣も別に決して間合いが短いという訳ではない。
槍と比べるとどうしても間合いは狭くなるが、それでも短剣のような武器と比べれば間合いは長いのだから。
ともあれ、間合いの長い武器と短い武器を同時に使うには、相応の慣れが必要になってくる。
その慣れが、男には足りなかった。
(まぁ、当然か。俺がギルムに行ってから戻ってくるまで……それなりの日数はあったけど、それはあくまでもそれなりでしかない。その間に訓練をしたとはいえ、一夜漬けより少しマシって程度だろうし)
その状況で自分に挑むのは、無謀すぎる。
そう思ったレイは、男に向かって口を開く。
「考え方そのものは悪くないと思うが、とてもじゃないがそれぞれの武器を使いこなせていない。もし本気でそういう戦闘をするつもりなら、もっとしっかりと訓練を重ねるんだな」
「……ちなみに、レイ教官はどのくらいで槍と大鎌を同時に使いこなせるようになったんですか?」
その男の質問は、他の生徒達だけではなく教官達の興味も惹く。
レイの戦闘スタイルである二槍流は、槍と大鎌の双方を使うという意味で非常に変則的だ。
戦う方にしてみれば、初見殺しとしか言いようがない。
そんな戦闘スタイルとして成立するには、一体どのくらいの訓練時間が必要なのか。
それが気になる者が多いのは当然の話だった。
だが、そう質問をされたレイはどう答えたらいいか迷う。
最初は両方を同時に使うのをそれなりに苦労した覚えがあるが、それでも懲りずに練習を続けた。
まだ二槍流に慣れていない中で無理矢理実戦を経験し、それによって武器の扱いに苦労した覚えもある。
だが……具体的にどのくらいで自由に戦えるようになったのかと言われると、レイもすぐには答えられなかった。
練習を続け、実戦を行い、気が付けばいつの間にかレイにとって二槍流での戦いが普通になっていたのは事実。
「どうだったか。……ただ、年単位での時間って訳じゃない。もっとも、今もまだ完全に二槍流を極めたって訳じゃないけどな」
「……レイ教官くらいに強くても、ですか?」
「そうなるな。……誰の言葉かはちょっと覚えてないが、武の道は一生って言葉もあるくらいだ。そう考えれば、まだまだ道半ばなんだろうよ」
そう言うレイだったが、今のレイの身体はゼパイル一門の技術によって作られた身体だ。
実際、既にレイがこのエルジィンに来てから数年が経つものの、成長の兆しすらない。
日本にいた時よりも背が低くなったのはどうかと思わないでもなかったが、取りあえず不老……もしくは寿命があっても外見が変わらないのか、それとも単純に寿命がエルフ並に長いのか。
その辺についてはレイも分からなかったが、とにかく武の道があるとすれば、普通の者達よりもその道を長く歩き続けられるのは間違いない。
「武の道……ですか」
「ああ。とはいえ、それがどういう道かは人にもよる。もしお前が本気で槍と長剣を使うのなら、正直なところかなり厳しいと思うぞ?」
それこそ才能のある者……天才と呼ばれるような者であれば、どんなに難しいことでもすぐ出来るようになってもおかしくはない。
だが生憎と……いや、残念な事にと言うべきか、レイの視線の先にいる男は才能溢れる身という訳ではない。
天才ではないし、そして秀才かと言われれば、レイはそうかもしれないとしか答えられない。
なにをどうするにしても、とにかく男が本気で今の戦闘スタイルで行くのなら、必死になって……それこそ他の生徒達の何倍も訓練をする必要があるだろう。
そこまでしても、才能に溢れる訳でもない以上、しっかりとした動きが出来るかと言われれば、レイは首を傾げるだろう。
それこそ、実際に戦いの中で試して見ないと分からないといったように。
(それに……俺が二槍流を出来ている大きな理由の一つは、デスサイズの能力にあるのも事実だしな)
レイとセト以外の者にとって、デスサイズは百kg近い重量に感じられる。
だが、レイとセトにとっては、デスサイズの重量を殆ど感じなくてすむ。
そういう意味では、レイの二槍流はかなり特殊な例なのは間違いなかった。
「分かりました。……もう少し考えてみます」
レイの言葉に、男はそう言うのだった。
「さて、今日はどうする?」
レイはセトと共に街中を歩きつつ、そう尋ねる。
既に昼食は食べ終え、午後になっていた。
昨日と違い、今日は食堂で特に何の騒動もなかった。
その為、食事をしっかりと楽しみ、レイはセトと共に街中を歩いていた。
「グルルゥ?」
どうすると言われたセトは、ダンジョンに潜るんじゃないの? と喉を鳴らす。
セトにとっては、ダンジョンに潜るつもり満々だったのだろう。
だが、レイの言葉を聞く限りでは、まるでダンジョンに潜らないと言ってるように思えた。
そんなセトの様子に、レイは慌ててセトの身体を撫でながら口を開く。
「ああ、別に俺はダンジョンに潜らないと言ってる訳じゃないぞ。十六階の探索を続けるか、それとも十七階に続く階段を見つけたらすぐに下りるかといったことだ」
「グルルゥ!」
レイの言葉に、セトは探索! と喉を鳴らす。
セトにとって十六階の探索はまだ続けるべきだと思えたのだろう。
「分かった。じゃあ、そうするか。……もっとも、昨日の探索だとなかなかモンスターとか宝箱とか、そういうのは見つからなかったから、今日は出来ればすぐにモンスターと遭遇したいところだけど」
ジャングルの中を探索した昨日は、そのような場所だからこそ多くのモンスターと遭遇すると思っていたのだが。
「ともあれ、二十階に……久遠の牙に追いつくまでは頑張りたいし、それが出来たら次は何とかダンジョンを攻略したいところだ」
レイがガンダルシアに来た目的は、冒険者育成校の教官をするというのもあるが、やはり何より大きいのはダンジョンの攻略だ。
だからこそ、出来るだけ早く攻略をしたいと思っていた。
ダンジョンの核というのは、レイにとって……より正確にはデスサイズにとって、非常に大きな意味を持つのだから。
(もっとも、ダンジョンを攻略したら、それはそれでガンダルシアは困るんだろうけど)
このガンダルシアは迷宮都市としては発展してきた……いや、発展している場所だ。
そうである以上、もしレイがダンジョンを攻略してダンジョンの核がなくなったら、その時はガンダルシアが迷宮都市としてやっていくのは不可能になる。
「あれ、レイさん?」
「……ジャニス? こんな場所で珍しいな。どうしたんだ?」
セトと共にダンジョンに向かっていたレイは、不意に掛けられた声に驚く。
声のした方に視線を向ければ、そこにはジャニスがいたからだ。
これが例えば、ガンダルシアの中でも色々な店が並んでいる大通りで会ったのなら、レイもそこまで気にしたりはしないだろう。
だが、ここはダンジョンの近くだ。
メイドのジャニスが普段から来るような場所ではない。
「あ、はい。冒険者をやっている友人に会いに来たんです」
「……なるほど」
ジャニスの言葉に、レイはそう返すしかなかった。
レイにとってジャニスはメイドとして働いてくれている相手であり、そのプライベートまでは知らないし、自分から関わったりもしていない。
その為、食事の時やちょっとした時の話で出て来たジャニスの友人については知っていたものの、冒険者をしている友人というのは今日初めて知ったのだった。




