4011話
ギルドの訓練場には、既にミンボンがレイの持ってきた宝箱を開ける依頼を受けたという話を聞きつけたのだろう。結構な人数の者達が集まっていた。
その大半はパーティの中でも偵察や宝箱の発見、罠の解除といった仕事をする盗賊だったが、中には十六階の宝箱ということで興味深いと思い、好奇心から見物に来ている者もいる。
「レイ」
訓練場の中央でミンボンがレイに声を掛ける。
その声にレイは頷き、周囲にいる者達に向かって口を開く。
「既に集まっている者達は分かっていると思うが、これからここで宝箱を開ける。ただし、この宝箱は十六階で見つけてきた宝箱だ。そうなると結構凶悪な罠がある可能性は十分にある。そういう罠があった場合、ミンボンが解除するが、解除に失敗した時には周囲に被害が及ぶかもしれない。宝箱を開けるのを見るのは自由だ。だが、それはあくまでも自己責任となる。十六階の宝箱の罠が怖いと思う者は、ここで見ていないで避難することを勧める。ちなみにだが、罠によって何らかの被害を受けた場合であっても、俺もミンボンも、そしてギルドも謝罪や補償はしない」
レイの言葉に、何人か……好奇心から見に来た者達だろうが、そのような者達が訓練場から姿を消す。
それでも姿を消したのが数人なのは、それだけここにいるのは盗賊が多かったのだろう。
「ミンボン、いいか?」
「ああ、レイの言葉に納得したのならいい」
ミンボンが頷いたのを見て、レイはミスティリングから宝箱を取り出す。
ざわり、と。
これが十六階の宝箱かと、見ていた者達がざわめく。
ここにいる者の多くは、十五階や十六階に到達していない。
だが、それでも……だからこそ、今こうしてここでミンボンが十六階の宝箱を開けるのを見たいと思う者は多いのだろう。
「じゃあ、頼む。……セト、俺達は少し離れるぞ」
「グルゥ」
レイの言葉にセトが喉を鳴らしてミンボンと宝箱から距離を取る。
ミンボンはそんなレイとセトの様子を確認すると、宝箱に意識を集中し始めた。
そっと宝箱に触れると、罠があるのかどうかを確認していく。
その光景を見守る周囲の者達も、ミンボンの行動に集中していた。
迂闊に音を立てるようなことはしていない。
(何をしてるんだろうな)
宝箱に触れて調べているのは分かるものの、それでもレイから見ればしっかりと宝箱の状況を理解出来ているのか? と疑問に思う。
だが、それはあくまでもレイだからなのだろう。
実際、周囲でミンボンの行動を見ている者達は、その動作の一つ一つに感心した様子を見せている者も多い。
「これか」
不意にミンボンがそう呟く。
そして宝箱の鍵穴に何らかの機具を入れ……カチリ、と。
レイの耳には鍵の開けられたと思しき音が聞こえてきた。
『おお』
その音が聞こえたのはレイだけではなかったらしい。
周囲で様子を見ていた者達の口から感嘆の声が聞こえる。
それを聞きながら、レイはミンボンを……より正確にはミンボンが触れている宝箱をじっと見ていた。
鍵を開けたというのに、ミンボンの集中力はまだ途切れていない。
それこそ鍵を開ける前と比べても、明らかに集中力が増しているようにレイには思えた。
一切集中力を切らさないまま、ミンボンは宝箱をしっかりと確認していく。
既に鍵を開けたにも関わらず、すぐに宝箱を開けたりはしない。
宝箱の中には、罠が二重三重に仕掛けられていることも珍しくはないのだから。
罠を解除して鍵を開けたからといって、安易に宝箱を開けると次の罠が発動する……そんな可能性もある。
だからこそ、慎重に宝箱を調べて……
「ふぅ」
ようやく安全を確認したのだろう。
ミンボンは安堵したように息を吐き、宝箱を開ける。
「レイ、罠は解除した。中を見てくれ。……っていうか、嘘だろ?」
宝箱を開けた者の特権として、レイよりも先に中を見たミンボン。
だが、その口から出た言葉はレイに微妙に不安を抱かせるようなものだった。
(外れってことはないよな?)
ミンボンの様子からそんな疑問を抱きつつ、レイはセトと共に宝箱に近付く。
そして宝箱の中を見ると……
「うわ……マジか……」
その中身を見て、ミンボンが何故先程のような声を上げたのかを理解する。
「グルゥ……」
それはレイだけではない。
レイの側で宝箱の中を見たセトも同様だった。
ミンボン、レイ、セト。
そんな二人と一匹の行動を見て、周囲にいる者達は宝箱の中身がなんなのか、非常に気になる。
周囲にいる者達の視線の圧力に負けた訳ではないのだが、レイは宝箱の中に手を伸ばし……中に入っている物、正確にはその中の一つを取り出す。
それは、ガラス瓶。
……ガラス瓶と言われて思い浮かべるのはポーションだろう。
だが、それはポーションが入っているのにしては明らかに容量が多い。
そしてレイは、この世界においてもこのようなガラス瓶を使って保存している物を知っている。
「酒……か」
そう、それは酒。
宝箱の中には全部で十本のガラス瓶が入っている。
ガラス瓶と一口に言っても、それはどうでもいい量産品ではない。
職人が一つずつ丁寧に作ったのだろうと思われるような、そんなガラス瓶だった。
きちんと装飾も施されており、酒が入っていなくても人によっては一種の芸術品と思ってもおかしくはない、そんなガラス瓶。
……なお、レイがそれを見て酒だと即座に判断したのは、宝箱の中に微かに漂っているアルコール臭を嗅ぎ取った為だ。
どの瓶にもしっかりと蓋によって密閉されているにも関わらず、何故か宝箱の中にはアルコール臭があったのだ。
一体何がどうなってそうなったのかはレイにも分からない。
あるいはこの宝箱を用意している何者かが、この宝箱に入っているのは酒だと教える為に、アルコール臭を残したのかもしれないと思いつつ、レイは改めて宝箱の中見を見る。
レイが手にしているガラス瓶を除き、九本のガラス瓶。
(というか……何で酒? ここはせめてポーションだろうに)
何故酒なのか。
それが納得出来ず、不満を抱くレイ。
「えっと……その、だな。元気を出せよ。な?」
ミンボンがレイを元気づけるようにそう声を出す。
ミンボンにとっても酒が入っているというのは少し……いや、かなり、正直なところもの凄く意外ではあったが、それでもレイ程にがっかりするというのは分からない。
それでも落ち込んだ様子のレイにそう声を掛ける。
「ああ、まぁ……そうだな。ただ、久しぶりにダンジョンに潜って、しかも初めて十六階で見つけた宝箱の中見が酒だというのは……ちょっとこう、納得出来ないというか。これがマジックアイテムの類とまでは言わないまでも、せめてポーションだったら……」
ポーションの類は、何本あっても困らない。
持ち歩くのにもミスティリングがあるので、ポーションの入った瓶同士がぶつかって割れるといったことはない。
だからこそ、取りあえずポーションならレイにも納得は出来たのだ。
何かあった時に使えるというのも心強いので。
だが……それが酒。
これでレイが酒飲みであれば、また話は違ったかもしれない。
飲めないという訳ではないし、飲んでも一口で記憶を失ってしまうとか、即座に寝てしまうとか、気が付けば別の世界で宇宙を旅する移民船団の中にいるといったようなことはない。
ただ、純粋に酒を飲んでも美味いとは感じないだけなのだ。
味覚がお子様なので、飲み続けていればいずれ美味いと感じるのか。
もしくはゼパイル一門が作った身体だから、それが影響して酒を美味いと感じないのか。
生憎とレイにはその辺りについて全く分からなかった。
「はぁ、仕方がないか」
やがてレイは気分を切り替えるように、大きく息を吐いてそう言う。
レイは酒を飲まない。
だが、別にレイが手に入れたからといって、レイが酒を飲まないといけない訳でもない。
実際、ミスティリングの中には差し入れ用として使える酒がそれなりに入っているのだから。
それ以外にも最近レイはギルムでマジックアイテムの鉄板を購入している。
それを使って料理をする時に酒を振り掛けて蒸し焼きにするといった方法にも使える。
……もっと単純に、料理をする人物、このガンダルシアの場合ならジャニス、ギルムではマリーナに料理に使って欲しいと渡してもいい。
もしくは……金に困るということはレイの場合はまずないのだが、酒場に売るといった方法もある。
(あ、こうして考えてみれば、酒って結構使い道はあるんだな。別にそこまでショックを受けたりする必要もないのか)
レイは改めて酒の使い道を考えると、そんなに悪くはないのでは? と思う。
もっとも、それはそれとして、ミンボンに言ったように久しぶりにダンジョンに潜り、十六階に足を踏み入れて初めて入手した宝箱の中身として納得出来るかと言われれば、微妙なところだったが。
「それで、ミンボン。宝箱を開ける報酬は中身の割合って話だったが……どうする? いや、どうするって聞いても、こうして酒しかない以上はこの中から渡すしかないんだが」
「俺はそれで構わないぞ。ダンジョンから出た酒ってのは興味があるし……それを抜きにしても、この酒が入っている瓶の装飾を見ると、これだけで十分芸術品として売れるかもしれないし。それで、何本貰ってもいいんだ? 出来れば二本くらいは欲しいんだが」
「じゃあ、二本な」
「……え? いいのか?」
ミンボンにしてみれば、二本貰えればいいとは思ったが、多分駄目だろうなという思いもそこにはあった。
そうである以上、最初に二本欲しいと言い、それが駄目なら一本でいいからせめて自分に選ばせて欲しいと言うつもりだったのだ。
だというのに、まさかいきなりレイがこうして二本貰ってもいいと言うとは思わなかった。
「ああ、別に構わない」
確認の為に聞いてくるミンボンに、レイはあっさりとそう答える。
例えばこれが、酒ではなく果実水の類であれば、宝箱から見つかった果実水ということでレイもここまで気前よく渡すようなことはしなかったかもしれない。
だが、レイにとってはそこまで重要な物という訳でもないので、こうしてあっさりと渡したのだ。
……普通の冒険者なら、それこそ果実水などより酒の方を重要だと思うだろうが。
「分かった。じゃあ、早速選ばせて貰うな」
ミンボンはレイの気が変わる前にと、宝箱の中から二本の酒を選ぶ。
どの瓶も精緻な飾りが施されているガラス瓶なので、どのガラス瓶に入っている酒が美味い、もしくは高価なのかというのは分からない。
そのような時に必要になるのは勘。
冒険者としての勘……ダンジョンを潜っている時、その勘によって罠に引っ掛からなかったり、モンスターと遭遇せずにすんだり、もしくは向こうに見つからないようにして一方的に奇襲出来たり、それ以外にも様々なメリットをもたらす勘に従い、宝箱の中から二本の瓶を選び出す。
「これだ!」
『おおおおおお』
ミンボンの決意の籠もった声と共に、宝箱の中から取り出された二本のガラス瓶。
そして、何故か周囲でその様子を見ていた者達の口から感嘆の声が出る。
それはミンボンが手にした二本のガラス瓶を……正確にはそのガラス瓶の装飾を見てのものか、それとも即座に覚悟を決めて二本を選んだからか、もしくはそれ以外の何か別の理由からか。
「分かった。じゃあ、その二本はミンボンのということで。残りは全部俺が貰うな」
レイにしてみれば、酒は自分が飲む訳ではない。
せいぜいが料理に使うか、もしくは誰かにプレゼントとして渡すくらいだ。
「ああ。……いや、本当に今回の依頼を受けて良かった。まさかダンジョンの宝箱から酒が出てくるとは思わなかったし」
満足そうに言うミンボンだったが、レイにしてみれば酒の入った宝箱というのはそこまで当たりという訳ではない。
(あ、でも日本……というか、地球でも大昔に沈んだ船に積まれていた酒が一定の環境下での熟成によってもの凄く美味い酒になっていて、オークションで高額で落札されたとか、そういうのを見た覚えがあるようなないような?)
日本にいた時にTVで見た内容なので、それが正しいのかどうかは、生憎とレイにも分からない。
ただ、沈没船から見つかった酒が高額で取引されているのなら、宝箱から出た酒も同じように高額で取引されていてもおかしくないのでは?
そのように思うレイだったが……
(宝箱と深海に沈んでいた船を一緒にするのは、ちょっと違わないか?)
ふとそう思いつく。
もっとも宝箱の中身である以上、それこそ魔力や魔法、もしくはダンジョン特有の何らかの環境で問題はないのだろうと、そう思い直すのだったが。




