4010話
「……こちら、素材の金額となります」
呆れた様子を隠しもしないで、アニタはレイに素材の代金を支払う。
アニタが呆れているのは、ガンダルシアに戻ってきた翌日にはもうダンジョンに入った為だ。
いや、これが例えば十五階ではなく、もっと上の階層に潜ったのなら、肩慣らしということで納得もしたし、寧ろ褒めただろう。
だが、レイが持ってきた素材は十六階で倒したモンスターの物。
当然ながら、それは十六階に行かなければ手に入らない素材だ。
あるいは、十六階に行った別のパーティから素材を貰って……もしくは買い取ったり、あるいはギルドに売ってくるように頼まれたという可能性もあるのだが、レイがわざわざそのようなことをするとはアニタには思えなかった。
それなら、自分でダンジョンに行ってモンスターを倒して素材を手に入れた方がいいだろう。
「先程見せて貰った甲殻ですが……」
「これはギルドに売るんじゃなくて、防具屋に持っていって鎧か何かを作って貰う予定だ」
「……そうですか」
少しだけ残念そうな様子のアニタ。
ガンダルシアの冒険者の中でも、十六階まで行ける者は決して多くはない。
ましてや、巨大ムカデは十六階のモンスターの中でも頂点……とまではいかないが、間違いなく上位に位置する。
また、巨大ムカデの甲殻は大きな分だけそう多くは持ってこられない。
ポーターがいても、大量の荷物を持ち運ぶのはそう簡単なことではないのだ。
だからこそ、巨大ムカデの甲殻はギルドにとってもそう簡単に入手出来る物ではない。
(というか、巨大ムカデが十六階の中でも上位に位置するモンスターなら、巨大カブトムシの方はどうなるんだ? 明らかに、巨大ムカデよりも強かったが。もしかして、イレギュラーモンスターだったりするのか? 実際、角を見てアニタはかなり驚いていたし)
アニタはレイの言葉にすぐに甲殻の買い取りを諦める。
アニタにしてみれば……いや、ギルドにしてみれば、自分達が甲殻を売って儲けることが出来ないのは残念だったが、甲殻を使った防具が出回るのなら、それがガンダルシアにいる冒険者のメリットになると考えたのだろう。
……実際には、レイは甲殻で防具を作って貰おうと思ってはいたが、その防具は別に防具屋に売ったりせず、ミスティリングに収納しておこうと考えていたのだが。
だが、アニタの様子を見れば、何を思っているのかは大体理解出来る。
その為、半分程度は店に売ってもいいかなと、そう判断する。
「さて、じゃあ次は宝箱を開ける依頼の件だな」
レイの口から出た言葉に、アニタは微妙な表情になる。
勿論、アニタもレイが宝箱を開ける依頼を持ってくるというのは知っていた。
知ってはいたが、それでも今日持ってくるとは思わなかったのだ。
今日レイがダンジョンに潜っていた時間は、三時間……あるいはもっと短い筈だ。
だというのに、そう簡単に宝箱を持ってくるというのは完全に予想外だった。
そもそも、普通なら宝箱というのはそう簡単に見つけられはしない。
多くの冒険者が宝箱を見つけたら即座に開けるのだから。
(あ、でもレイさんは十六階に潜っていたんですね。……そう考えると、不思議でもないのかしら? いえ、十五階より下に潜ってる冒険者なら腕利きが多いですし、宝箱を見逃すとは思えませんが。……まぁ、レイさんだからで納得するしかないですか)
レイのやることをいちいち気にしていては、それこそ胃がダメージを受けてしまう。
だからこそ、レイが何かをやらかした時はレイだからで納得させるのが適切だというのを、アニタは学びつつあった。
「分かりました。ただ……十六階の宝箱となると、罠も危険ですし、解除も難解です。そう考えると、報酬はどうしても以前よりも高額になってしまいますが……構いませんか?」
ガンダルシアにいる冒険者の中で、十六階にまで辿り着ける者は本当に一握りだ。
そのような場所に置かれていた宝箱となると、その罠は凶悪なものとなってもおかしくはない。
だからこそ、宝箱を開ける依頼をレイが出したとしても、ギルドとしては以前と同じ報酬で受けることは難しい。
……難しいということは出来ない訳ではないのだが、そうなると色々と問題が起きるのも事実。
だからこそ、アニタはレイにそう言ったのだが……
「分かった、それで構わない」
「ちょっ、レイさん!? それで構わないって……まだ、値段の相談もしていませんよね!?」
まるで全てをそのまま受け入れるといった様子のレイに、アニタは焦る。
今の話の流れだと、まるで自分がレイを言いくるめているように思えてしまう。
……実際には、もしレイが報酬はそのままでと言ったらそうするつもりだったのだが。
それでも、こうしてレイがあっさりと受け入れるというのは、アニタにとって予想外でしかなかった。
だが、そんなアニタの様子にレイは不思議そうな表情で口を開く。
「何を慌ててるんだ? 難解な仕事には相応の報酬を。それは当然のことだろう?」
「それは……そうですか……」
レイの言ってることは正しい。
正しいが、同時に世の中の者達全員がそのように思える訳ではないのも事実。
寧ろ少しでも報酬の額を低くしようとする依頼人は、枚挙に暇がない。
「それで? 報酬は幾らになるんだ? 以前は金貨二枚か、あるいは宝箱の中身によって報酬を変えるというものだった筈だが」
「そう……ですね。中身によって変わる方はともかく、金貨四……いえ、五枚といったところでしょうか。ただ、五枚にしても恐らく依頼を受ける人は以前よりも大分減ると思いますが」
「なら、報酬をもう少し増やすか?」
「いえ。……まぁ、それならある程度は増えるでしょうが、それでもやはり以前よりも少なくなるのは間違いないかと」
「何でだ?」
「さっきも言いましたけど、十六階の宝箱となると、危険な罠も多いですし、解除するのも難解ですので」
「……それを言うのなら、十五階の宝箱も同じような感じだと思うんだが」
レイの記憶が正しければ、十五階の宝箱は普通に解除の依頼を受けた者がいた筈だった。
であれば、十五階と十六階でそう違いがあるとはレイには思えなかったのだが。
ただ、そのように思ったのはレイだけであり……
「五階、十階、十五階はそれぞれ冒険者にとっての壁として知られています」
「へ? ああ、まぁ、そうだな。それで間違ってはいないと思う」
突然何を言い出したのかと、アニタの言葉を疑問に思いながらもレイはそう返す。
だが、アニタはその説明で十分でしょうといった様子で頷く。
「そういう事です」
「……いや、それだとまだよく分からないんだが?」
「何で分からないんですか」
え? これって俺が悪いのか?
そのように思ったレイは、決して間違ってはいないだろう。
だが幸いなことに、アニタはレイが本当に分かっていないというのを理解したらしく、小さく息を吐いてから再び口を開く。
「つまり、一階から五階まで、六階から十階まで、十一階から十五階まで……といったように区分けするのが一般的なんです」
その説明でレイもアニタの言いたいことを理解出来た。
現在一番深い場所を潜っているのは久遠の牙で、二十階だった筈だ。
そしてアニタの言うことが事実なら、十六階から二十階までは同じように区分けされるということを意味していた。
つまり、現在の最深部に位置する場所を探索している者達が入手するような宝箱となる。
これが十五階の宝箱なら、難易度は勿論低い訳ではないが、それでも最前線となってる場所の一つ前の区分けということで、挑戦してみようと思う者もそれなりにいる。
だが、十六階となると……アニタが言うように、最前線の宝箱である以上、そう簡単に挑戦しようと思う者は少なくなる。
「なるほど、話は分かった。……けど、少ないってことはいないって訳じゃないんだろ?」
「そうですね。物見遊山……というのは少し違いますが、開けられるかどうか試してみて、開いたらラッキーといった人や、今よりも深い階層に潜ろうとしているので、その深い階層にある宝箱に挑戦してみようと思う人、あるいは単純に階層とは関係なく開けられると思っている人。他にも色々といますが、大体そんなところでしょうか?」
「なら、構わない。依頼を出してくれ。報酬は金貨六枚か、中に入っている物の割合でだ。ただし。十六階で見つけた宝箱であるというのをきちんと相手に知らせておいてくれ」
報酬が金貨五枚から六枚と一枚上がっているのは、十六階の宝箱であるということの意味をレイが理解したからだろう。
「分かりました。こちらでもやる気のある冒険者の方に依頼を持ちかけてみます」
「頼む。俺はセトと一緒にギルドの前で待ってるから」
「はい。……ああ、それと宝箱を開けるのを見学するというのはどうしましょう? 以前までは問題ありませんでしたが」
アニタはそう言いながら、出来ればレイに許可して欲しいという思いが表情に出ていた。
ギルドとしても、十六階の……より深い階層の宝箱を開けるのは、可能な限り多くの者達に見て貰いたいのだろう。
もっとも、同時に十六階にある宝箱ということで、罠の危険度も上がる。
場合によっては致命的……とまではいかずとも、その罠によって周囲にいる者達が被害を受ける可能性は十分にあった。
「罠の危険度を考えると、自己責任でなら問題ない。見学していて何らかの被害を受けても、それを理由に謝罪と補償を要求するとか、そんなことを言わない奴ならな」
レイの言葉に、アニタは勿論ですと笑うのだった。
「レイ、ちょっといいか?」
ギルドの前で他の何人か……いや、十人以上の者達と共にセトと遊んでいたレイだったが、そう声を掛けられて視線を向ける。
するとそこには、二十代程の若い男の姿があった。
「お前は?」
「ミンボンだ。宝箱の依頼を受けた」
「……なるほど」
宝箱の依頼を受けたという男を、レイは少し観察する。
そこそこに腕が立つのは間違いない。
アニタがこのミンボンという男なら、十六階の宝箱を開けるのに問題ないと判断したと納得出来るだけのことはありそうな男だった。
「一人か?」
男が一人だけなのを疑問に思い、そう尋ねる。
ソロで活動しているレイが言うことではないのかもしれないが、ガンダルシアのダンジョンにおいてソロで活動している者は珍しい。
ましてや、それが最前線たる十五階前後ともなれば、レイが知ってる限りだと自分以外にソロで活動している冒険者はいない筈だった。
なのに、何故かレイの前にいるミンボンは一人だけだ。
レイがそれを疑問に思うのは当然だろう。
「ああ、一人だ。今日は休みでな。ちょっとした用事でギルドに来たところで、依頼の話を聞いた。こう見えて、もう少しで十五階に到達するパーティの所属だ」
「なるほど。なら問題ないな。条件については聞いてるな?」
「ああ、金貨六枚か宝箱の中身の割合だろう? 俺は宝箱の中身の割合でいい」
ミンボンの言葉に、レイは少しだけ驚く。
金貨六枚ともなると、それなりの金額だ。
それよりも宝箱の中身の割合を選ぶとは、と。
「意外か?」
「正直に言えば」
「けど、今までレイの宝箱を開ける依頼では結構良い品が入っていたこともあるだろう? しかも、十六階の宝箱ともなれば、その可能性は高い。なら、金貨よりもそっちの方がいいと思ったんだよ」
ミンボンの言葉に、レイも今まで開けてきた宝箱の中身を思い浮かべて納得する。
「話は分かった。ミンボンがそれでいいのなら、俺としてもそれで構わない。じゃあ、行くか。……ああ、その前に。見学については聞いてるよな?」
そう尋ねるレイにミンボンはすぐに頷く。
「ああ、聞いている。ただし、罠のことも考えると見学する者は少ない方がいいと思うんだが」
「その辺はあくまでも自己責任だな。ミンボンのように十五階までもう少しといったパーティの盗賊が罠を解除したり、鍵を開けたりといったことをするんだ。それを見たいと思う者は幾らでもいるだろう」
ミンボンもレイのその言葉には納得するしかない。
実際、ミンボンも今まで何度かレイの依頼を受けて宝箱を開けるというのを見ている。
自分が見るのはよくて、人は駄目。
ミンボンとしても、さすがにそのようには言えなかった。
「分かった。ただ、繰り返すけど罠で被害を受けても、責任は取れないぞ? 十六階の宝箱なんだから、最悪の場合見ている者達が全滅するなんてことになってもおかしくはないんだから」
「そこまで酷い罠があるとは思わないが……まぁ、そうだな。宝箱を開ける前に少し説明をしておいた方がいいかもしれないな」
そうレイが言うと、ミンボンはようやく安心したように頷くのだった。




