4006話
「あ……なくなったな」
「グルゥ」
レイの言葉にセトが残念そうに喉を鳴らす。
先程まで食べていた白い果肉がなくなったことを残念に思いながらも、レイは仕方がないかと諦める。
この果実……木の実……どちらなのかは分からないが、とにかくレイとしては十六階に下りてすぐに見つけることが出来たのだから、探索を続ければまた見つけることが出来るだろうと思えたのだ。
「さて、腹ごしらえも終わったし、探索を続けるか」
「グルゥ」
レイの言葉に、セトも喉を鳴らして立ち上がる。
この階層がジャングルの階層である以上、周囲の警戒を解く訳にはいかない。
もっとも、周囲の警戒についてはこの階層だけではなく、他の階層であっても違いはなかったが。
「次はモンスターを見つけたいな。……いっそ敵から攻撃してきたら……」
「グルルゥ!」
いいのに。
そう言おうとしたレイを遮るようにセトが喉を鳴らす。
セトの鳴き声を聞いたレイは、即座に持っていたミスリルナイフをミスティリングに収納し、デスサイズと黄昏の槍を取り出した。
セトの様子から、恐らく……いや、間違いなく敵だと判断したのだ。
(もしかして、俺の言葉がフラグになったとか、そういうことはないよな?)
そんな疑問を抱きつつ、周囲を見回すレイ。
だが、ここはジャングルの階層で、周囲に生えている多数の木々や茂みによって周囲の様子をしっかりとは把握出来ない。
「ヒュリリリィ!」
聞こえてきた鳴き声のした方に視線を向けるレイ。
すると……そこには、木の枝の上に一匹の猿のように見えるモンスターが立っていた。
大きさとしては、レイの膝程までしかない、小柄な猿。
ただし、その猿の身体に生えている毛はどれもが鋭く尖っている。
ハリネズミと合体したかのような猿。
レイが見たところ、常に猿の毛は尖っているように見える。
そのような身体でジャングルの中を生きるのは難しいのでは?
木の葉や草、あるいは木々に毛針が突き刺さってしまえば、動くのにかなり邪魔なように思える。
そう思いつつ、レイはデスサイズを振るう。
キキキキキィン! と、周囲には金属質な音が響く。
何がどうやってそのような音が響いたのかは、切断されて地面に落ちている毛針を見れば明らかだ。
「ヒュリィ!?」
猿は驚きを込めた鳴き声を発する。
まさか自分の攻撃をこうもあっさりと防がれるとは思っていなかったのだろう。
「グルルルゥ!」
猿がレイに攻撃し、それを防がれ、猿が驚きの声を上げた瞬間、セトが動く。
素早く走るその速度は、一瞬にして木の前まで到着し……そのままの勢いで、前足を振るう。
「グルルルルルルルゥ!」
その一撃は、ただの一撃ではない。
セトのスキル、パワークラッシュを発動させての一撃。
レベル八という高レベルのスキルは、その一撃だけで容易に木の幹を……大人でも五人か六人は手を広げないと囲むことが出来ない太さを持つ木の幹をあっさりと破壊する。
「ヒュリリヒュイ!」
猿にとっても、セトのこの攻撃力は完全に予想外だったらしい。
独特の鳴き声を上げつつ、木の幹が砕かれた枝から別の木の枝に飛び移ろうとして……
「させるか、よ!」
鋭く叫び、レイは左手に持つ黄昏の槍を投擲する。
レイの魔力を流された黄昏の槍は、空中にいる猿に向かって真っ直ぐに飛ぶ。
命中する。
そう思った瞬間、猿は長い……それこそ身体の三倍以上はある尻尾の先端を近くにある木の枝に巻き付け……
「ヒュ……」
しかし、一瞬……本当に一瞬その動きは遅く、尻尾を使って移動する寸前の猿の右半分を黄昏の槍が砕き、妙な声を発すると共にそのまま地面に落ちる……ことなく、尻尾が木の枝に絡まっている影響か、空中にぶら下がる。
頭部が下になっている状況で右半分がない以上、そこからは血や体液、あるいは脳みその一部が地面に零れ落ちている。
「うわ、これはちょっと……」
レイとしては、もう少し綺麗に倒したかった。
そうして呟くレイの側で、セトのパワークラッシュによって破壊された木が地面に倒れ込んでいく。
そして木がぶつかった衝撃によって、木の枝に絡まっていた猿の尻尾は外れ、地面に落下する。
「……まぁ、ラッキーだったってことで」
「グルゥ?」
レイの言葉に、セトは一体何を言ってるのかといったように不思議そうに首を傾げる。
レイにとってはグロいという表現が相応しい光景だったが、それはあくまでもレイにとってはの話だ。
セトにしてみれば、この程度の光景は特に驚くようなことでもないのだろう。
勿論、レイもこの光景を見て気持ち悪くて吐く……といったようなことはない。
ただし、そのようなことにはならなくても気持ち悪いと思う感覚はある。
「取りあえずさっさと解体するか。……出来ればもう一匹同じモンスターがいて欲しいんだけどな」
気持ち悪いと思ったそのままでこのようなこと言うレイだったが、本人はそれを特におかしなことだとは思っていない。
ミスティリングからデスサイズと黄昏の槍の代わりにドワイトナイフを取り出しながら、猿のモンスターに近付いていく。
そのまま魔力を流し、ドワイトナイフを突き刺すと……
「まぁ、これはあると思ったよ」
光が消えた後で残っていたのは、何本もの鋭い毛針と魔石、尻尾、そしてこれはレイにとっても少し意外だったが、鋭い爪が二本。
どう使うべき素材なのかは分からないが、鋭いだけに一応このまま使おうと思っても使えそうなのは間違いなかった。
「グルゥ……」
残念そうな様子なのは、セト。
肉が出るだろうとばかり思っていたのに、肉が出なかったからだろう。
(ん? とはいえ、肉が出ないってのは……それはつまり、この猿のモンスターの肉は最初から食べられなかったとか、そういうことか? 毒があるのか、それともそれ以外の何か別の理由なのか、それは分からないが)
毒のある肉なら、それはそれで使い道があるのだから、残ってもおかしくないだろうとレイには思えた。
だが、そう考えても既にドワイトナイフで死体が消えてしまった以上、どうしようもない。
(次に遭遇したら、今度は肉を残すように考えながらドワイトナイフを使うか。……その肉がどういう効果を持つのかは、ちょっと分からないが。それでもやらないよりはマシだろうし)
そんな風に思いながら、魔石以外の素材をミスティリングに収納する。
「で、この魔石だが……どっちが使う?」
「グルゥ……グルルルゥ!」
レイの言葉に、セトは少し考えた後でレイが……デスサイズが使ってもいいよと、そう喉を鳴らす。
「いいのか?」
「グルルゥ、グルゥ、グルルルルルゥ!」
確認を求めるレイの言葉に、セトは必死に説明する。
レイはセトの言葉――鳴き声――を完全に理解出来る訳ではないが、魔力的な繋がりがあったり、付き合いが長いということもあってか、セトが言いたいことは何となく理解出来た。
デスサイズには飛針というスキルがある。
レベル五に達して強力なスキルになり、そこから更に強化されてレベル六になった飛針というスキルが。
猿のモンスターの特徴を考えれば、恐らく魔石でレベルが上がるのは飛針だろうと。
そうセトが言ってるのだろうとレイには理解出来た。
「ありがとうな、セト。……とはいえ、セトの毛を考えると、あの猿のモンスターと同じようなことが出来るスキルを入手出来たのなら、それはそれでいいだろうと思うけど」
「グルゥ」
レイの言葉にセトは確かにと喉を鳴らす。
セトは獅子の身体を持つので、その部分には体毛が生えている。
それもただの体毛ではなく、触れるとシルクの如く滑らかな感触を持つ体毛だ。
そのような体毛だけに、もし猿のモンスターと同じように針とすることが出来たら、極めて強力なスキルになりそうだった。
……もっとも、当然ながら体毛が針のようになっていると、セトの身体を撫でることが出来ないという大きな……セト好きにとっては致命的なまでのデメリットがあるのだが。
「とはいえ、その時は別にスキルを発動しなければいいだけなんだろうけど。……それに、あの猿のモンスターは、恐らくまた出てくるだろうし、出て来なかったら探せばいいだけだが。そんな訳で、この魔石はしっかりと使わせて貰うよ」
「グルゥ!」
レイの言葉に、セトは嬉しそうに喉を鳴らす。
レイが自分の頼みを聞いてくれて、それだけ嬉しかったのだろう。
もっとも、レイにしてみればセトの頼みとはいえ、デスサイズのスキルがレベルアップするのだから、それを断る必要もなかったが。
「じゃあ、行くぞ」
そうセトに声を掛け、手にした魔石を放り投げる。
ジャングルの中だけに、周囲に生えている木々に邪魔されないように注意しながらデスサイズを振るい……
【デスサイズは『飛針 Lv.七』のスキルを習得した】
脳裏にアナウンスメッセージが響く。
それは、レイが予想した通りの内容。
それだけに、レイは特に驚くといったようなことはない。
寧ろこれが当然かといったようにすら思えた。
「グルゥ!」
そんなレイの横では、こちらは自分の予想通りに事態が進んだことで、嬉しそうに喉を鳴らすセト。
「ありがとな、セト」
レイは褒めて褒めてと顔を擦りつけてくるセトの頭を撫でる。
そのまま数分程が経過し、それで大分落ち着いたところでレイは一度セトから離れ、デスサイズを構える。
「じゃあ、試してみるぞ。……飛針!」
スキルを発動させると、次の瞬間大量の長針が生み出される。
その数、百十本。
「……数はそれなりに増えたな。じゃあ、威力は……」
そう呟き飛針を放つ。
放たれた飛針は、その全てが一斉に周囲に生えている木々に突き刺さり……そして、貫いていく。
百十本もの長針に貫かれた木々は、瞬く間に地面に倒れ込んだ。
「威力は……上がってる、か? うん。多分上がっていると思う」
木々を相手にしただけに、レイにもはっきりとは分からなかったが、それでもレベル六の時よりも威力が上がっているようにレイには思えた。
(レベル六の時は、金属の鎧に突き刺さりはするが、貫くことは出来ないといった程度の威力だったと思うけど……レベル七になって、金属の鎧は貫ける程度の威力にはなったのか?)
木を貫いた長針を見つつ、レイはそう考える。
詳細については実際に試してみないと何とも言えないが、それでも自分の予想はそう間違っていないように思えた。
「グルルゥ」
どう? とセトがレイに近付く。
レイはそんなセトを撫でると、笑みを浮かべて口を開く。
「セトが魔石を譲ってくれたお陰で、飛針のレベルアップが出来たよ。ありがとな」
「グルルルゥ!」
レイに褒められ、心の底から嬉しそうに喉を鳴らすセト。
そんなセトの様子に、レイはこの鳴き声でモンスターが出てくるか、あるいは逃げるんじゃないかと疑問を抱く。
とはいえ、今日はこの階層を攻略するつもりはない以上、モンスターがやって来るのなら、それは寧ろ好都合だったが。
そんな風に思っていると……
「グルルゥ」
「え? マジか」
モンスターが来るか逃げるかするだろうと思っていたレイだったが、七割……いや、九割くらいは逃げると思っていた。
だというのに、今のセトの鳴き声を聞いてガサガサと音を鳴らしつつ近付いてくる存在がいたのだ。
その姿は、端的に言えば巨大なムカデといったところだろう。
形そのものは普通のムカデと殆ど変わらない。
唯一違う場所は、ムカデの額に青い宝石……いや、鉱石が埋まっているということか。
ただし、その大きさは明らかに普通のムカデと違う。
全長五m程もある長さで、その身体には無数の……それこそ文字通りの意味で無数という表現が相応しい足が生えていた。
「シャギャアアアアアアアアアア!」
茂みを踏み潰し、木々の表面を足で削りながら姿を現したムカデは、レイとセトを見ると周囲一帯に響けと言わんばかりの雄叫びを放つ。
それこそ、先程のセトの鳴き声に決して負けないような、そんな大きな声で。
その様子を見つつ、レイはデスサイズと黄昏の槍を構え……
「丁度いい、スキルを試させて貰おうか! 飛針!」
スキルを習得したばかりでこうしてすぐに姿を現した巨大なムカデに向かい、レイは早速実戦でスキルを試すべく、飛針を発動する。
即座に生み出される、百十本の長針。
レイの周辺……より正確にはスキルを発動したデスサイズの周辺に生み出され、空中に浮かぶ長針は、一見するとレイを守っているかのような、そんな存在に見える。
だが……当然ながら、長針はそのような防御的な存在ではなく……
「行けっ!」
レイがデスサイズを振るって指示を出すと、長針の雨とでも呼ぶべき光景が生まれるのだった。
【デスサイズ】
『腐食 Lv.九』『飛斬 Lv.七』『マジックシールド Lv.四』『パワースラッシュ Lv.八』『風の手 Lv.七』『地形操作 Lv.七』『ペインバースト Lv.六』『ペネトレイト Lv.七』『多連斬 Lv.六』『氷雪斬 Lv.八』『飛針 Lv.七』new『地中転移斬 Lv.四』『ドラゴンスレイヤー Lv.二』『幻影斬 Lv.五』『黒連 Lv.五』『雷鳴斬 Lv.三』『氷鞭 Lv.三』『火炎斬 Lv.二』『隠密 Lv.二』『緑生斬Lv.一』
飛針:デスサイズを振るうことで、長針を複数生み出して発射する。レベル一では五本、レベル二では十本、レベル三では十五本、レベル四では二十本、レベル五では五十本で、レベル六では八十本、レベル七では百十本。金属の鎧を貫ける威力。




