4004話
カリフからの相談については、最終的にビステロのパーティに入るように勧め、それが無理であった場合、ソロで活動する時は慎重に行動し、まずは一階と二階で行動するようにということになった。
相談が終わると、昼食を食べ終えたレイは厩舎のセトと共にダンジョンに向かう。
「レイ教官、帰ってきたばかりなのに、もうダンジョンに潜るんですか?」
レイと同じくダンジョンに向かっていた三人の生徒達……模擬戦で何度か見た者達の言葉に、レイはセトを撫でながら頷く。
「ギルムに行ってる間に、久遠の牙は到達階数を伸ばしているしな。俺も負けていられない」
「……いや、相手はパーティでレイ教官はソロでしょうに」
「それに、久遠の牙はレイ教官よりもずっと前からダンジョンに潜っていた訳で、そう考えると久遠の牙に追いつくのはそう簡単じゃないと思いますけど」
生徒達の言葉にレイは頷く。
「お前達の言いたいことは分かった。だが……それでも俺にしてみれば、そのくらいの不利は覆せると思っている。俺は自分の実力は自信があるし、何より相棒もいるしな。なぁ?」
「グルゥ!」
レイの言葉に、セトは任せてと元気よく鳴く。
実際、セトのお陰でダンジョンの攻略がかなり順調に進んでいるのも事実だ。
その最たる例が、十四階である崖の階層だろう。
本来なら、幾つもの崖を上り下りする必要がある階層。
しかも、狭い道を移動している時に空を飛ぶモンスターによって襲撃されるのだ。
細く、そして坂道となってるような場所での戦いは、慣れていないと……いや、慣れていても少しの油断で足を踏み外して地上まで落ちてもおかしくはない。
落ちた場所がそこまで高くない場所なら、多少の怪我をしても死ぬようなことはないだろう。
だが、十m以上の高さから落ちた場合、死ぬ可能性は非常に高い。
もしくは、死ななくても致命的な怪我を負ってしまう可能性もある。
そのような危険な十四階だったが、レイの場合は崖の上から他の崖の上までセトに乗って空を飛べる。
ましてや、崖の階層は十三階に続く階段と十五階に続く階段は、崖同士がすぐ側にある。
セトがいれば、空を飛んであっという間にそこまで移動出来るのだ。
実際、レイが最初に十四階に入った時も、その方法によってあっさりと十五階に行けた。
「羨ましいですよね。セトちゃん」
最後の一人が、しみじみとレイを羨む。
その呼び方から、どうやらセト好きらしいというのはレイにも容易に予想出来た。
「セト……とはいかないが、気に入ったモンスターがいたら、テイムしてみたらいいんじゃないか? 試すだけならただ……まぁ、失敗した場合は攻撃されたりするだろうけど」
「セトちゃん程に可愛いモンスターは、そうそういませんよ?」
「それは否定しない。……ただ、そういう実感はないようだが、セトはランクAモンスターのグリフォンなんだぞ? 実際はグリフォンの中でも希少種だから、ランクS相当のモンスターになるんだが」
実際にはセトは生粋のグリフォンという訳ではなく、魔獣術によって生み出された存在だ。
そういう意味では本物のグリフォンと比べるのは間違っているのだろう。
ただ、そもそも本物のグリフォンと遭遇する機会など、普通なら一生に一度あるかどうかだ。
寧ろ、一度もグリフォンを見ないで死ぬ者の方が大多数だろう。
「えっと……? じゃあ、もっと深い場所にいかないとグリフォンはテイム出来ないってことですか?」
「そもそも、グリフォンをテイムするというのを考えない方がいいと思うけどな」
「えー……だって、セトちゃんのように可愛い子は私も欲しいですよー」
「テイムして可愛がれば、自然と可愛くなってくるんだよ」
「本当ですか? なら、私もちょっとテイム頑張ってみようかな」
おい、本気か?
思わずそう言いそうになるレイ。
テイム云々というのは、本気で勧めていた訳ではなく、話題の一つだった。
実際、テイムというのはそう簡単に出来るものではないのだから。
だが、レイと話していたセト好きの女は、キョトンとした顔で口を開く。
「本気って……勿論本気ですけど? ねぇ、それでいいわよね?」
「え? いや……え? ちょっ、本気で言ってるのかよ!?」
「落ち着け。その辺についてはもう少しゆっくりと考えろ」
女のパーティメンバー二人が、慌てたように言う。
まさかレイとの会話から、本気でテイムを試してみようとしているとは、思っていなかったのだろう。
「何よ、テイムしたら戦力が増えるでしょう? なら、いいじゃない」
まさか断られるとは思っていなかったのか、女は不満そうに言う。
だが、パーティメンバーの二人は、どう言おうか迷い……レイに視線を向けてくる。
レイが嗾けたのだから、レイがどうにかして欲しいという意味を込めた視線を。
(そう言われてもな。……この二人のことを考えなければ、テイマーが増えるチャンスではあるんだし)
テイマーはそう簡単になれるものではない。
だからこそ、レイとしてはどうせならテイマーが増えて欲しいという思いがそこにはあった。
そこまで考えてから、ふとレイはギルムでの一件を思い出す。
「ちなみに……本当にちなみにだが、将来的にギルムにはテイマーの為の学校が出来るらしい。辺境にあるギルムだから、来るのは大変だが。その代わり、辺境だからこそ多種多様なモンスターをテイム出来る可能性がある」
「え? その……グリフォンもですか?」
「……まぁ、可能性はゼロじゃないとは思う」
辺境だけに、グリフォンと遭遇する可能性は皆無という訳ではない。
あくまでも皆無ではないだけで、実際に遭遇出来る可能性は非常に低いのだが。
また、もしグリフォンと遭遇しても、そのグリフォンはセトではない以上、当然ながら襲ってくる。
テイムする方法は人それぞれなので、力を見せつけて……戦いに勝ってテイムという者であれば、グリフォンのテイムは難しいだろうが、例えば食べ物を与えてテイムするといった方法の場合は、それによってグリフォンをテイム出来る可能性はあった。
勿論、実際にそうなる可能性は恐ろしく低い……それこそ、レイの認識だと日本で行われていた宝くじで一等が二連続、三連続で当たるくらいの運の良さが必要となるが。
「とにかく、もし本気でテイマーになるつもりがあるのなら、冒険者育成校を卒業してからギルムに来るといい」
「え? レイ教官が連れていってくれるんじゃないんですか?」
「その時に俺がまだ教官としてガンダルシアにいればともかく、そうでない場合は自分で移動しないと駄目だな」
そしてレイが教官としてガンダルシアにいるのは、恐らくそう長い時間ではない。
もしレイが教官を辞めるまでの間に目の前の生徒が冒険者育成校を卒業したら、ギルムに連れていってもいいと思う。
もっとも、テイムの学校が出来るのは将来的にの話であって、今はまだ校舎すらも出来ていないのだが。
そういう意味では、近いうちにギルムに行ってもテイマーになることは出来ない。
……いや、それはあくまでもテイマーの学校に通うことは出来ないというだけで、個人でテイマーとなるべく、色々なモンスターと接するという行動は出来るのだが。
「ちょ……レイ教官、こいつを引き抜かれたら困りますよ!」
レイと女の会話に、パーティメンバーの一人が割って入る。
男にしてみれば、もしかしたら自分のパーティメンバーがギルムに連れていかれるかもしれないのだから、ここで抗議するのは当然のことだった。
「だろうな。だから、もし本当にテイマーになりたい、ギルムでテイマーの学校に通いたいのなら、パーティメンバーとしっかりと話をする必要がある」
そう言うレイだったが、実際には難しいだろうなと思える。
パーティメンバーを納得させるというだけなら、そう難しいことではないかもしれない。
そもそも、今のパーティはあくまでも冒険者育成校の中でのパーティなのだから。
冒険者育成校を卒業してもそのままパーティを組む者達もいるかもしれないが、それには一緒に卒業するか、あるいは卒業した後でも他の仲間が卒業するまで固定パーティを組まないで待っている必要がある。
そういう意味では、パーティを納得させるのは難しくないだろうというのがレイの予想だった。
寧ろ問題なのは、レイが教官をやっている間に冒険者育成校を卒業出来るかということだろう。
もしレイが教官を辞めた後で冒険者育成校を卒業しても、その時は既にレイはいない。
ギルムに行くのに、自分で移動する必要があるのだ。
それこそ、ギルムに到着するのに年単位の時間が掛かってもおかしくはない。
「……分かりました」
そう言う女とパーティメンバー二人をそのままに、レイはセトと共にダンジョンに向かうのだった。
「さて……何だか懐かしい気分すらあるな」
溶岩の階層である十五階を見て、レイはそう呟く。
「グルゥ」
レイの言葉にセトは同意するように喉を鳴らす。
セトにとっても、十五階は懐かしい場所に思えたのだろう。
もっとも、セトにとっては十五階の前にある転移水晶……つまり、十階にある転移水晶を使わなくてよかったと、そのような強い思いがあるのだが。
墓場の階層である十階は、嗅覚の鋭いセトにとって非常に厄介な場所だった。
十階はレイにも分かるくらいの悪臭という訳ではなく、セトだからこそ、薄らとした悪臭にセトは苦しめられるのだ。
だからこそ、セトは十五階に来たことを喜んでいたのだろう。
もっとも、レイにとってはわざわざ十階に行く理由はない。
以前のようにリッチがいたりするのなら話は別だが、今は特にそのような状況ではないのだから。
「グルルゥ、グルゥ?」
これからどうするの? と喉を鳴らすセト。
レイはそんなセトを撫でつつ、少し考えてから口を開く。
「十六階に行くか。俺達の目的は冒険者育成校の教官もそうだが、何よりダンジョンの攻略だしな。……ダンジョンの核は出来るだけ確保したいし」
レイにとって、ダンジョンの核というのはデスサイズに使えば地形操作のスキルがレベルアップするのが確定しているという意味で、是非とも欲しい物だ。
そして現在ダンジョンで最深層を潜っているのは、久遠の牙だ。
だからこそ自分がダンジョンの核を入手するには、まず久遠の牙に追いつき、追い越す必要がある。
「グルゥ!」
レイの言葉に、セトが分かったと喉を鳴らす。
セトにとっても、レイと一緒に出来るだけ早くより深い階層に潜りたいという思いがあるのだろう。
そうしてレイとセトは転移水晶のある場所から十六階に続く階段に向かっていたのだが……
「あれは……こういうモンスターもいたんだな」
レイは地上を走るセトの背の上で、空を飛ぶモンスターを見て、そう呟く。
溶岩で出来た鳥というのが相応しい表現だろう。
もっとも、敵はまだレイやセトの存在に気が付いてはいなかったが。
「セト、どうする?」
セトが何と答えるのか、それを理解した上でレイが尋ねると……
「グルゥ!」
やる気満々といった様子で、セトが喉を鳴らす。
「ギュイイイ? ギュイィ!」
そんなやる気満々のセトの鳴き声が聞こえたのか、それとも偶然レイ達のいる方を見たのか、とにかく溶岩の鳥はレイとセトの姿を発見すると、そんな鳴き声を上げながら地上に……レイとセトに向かって降下してくる。
「セト!」
「グルルルゥ!」
レイがミスティリングからデスサイズと黄昏の槍を取り出しながら呼び掛けると、セトは即座に反応する。
レイがミスティリングから武器を取り出すという、短いものの余分な動作をしなければならないのに対し、セトはそのままで即座にスキルを発動出来るので、対応が早い。
開いたクチバシから、吹雪のブレスが放たれる。
アイスブレスだ。
敵が溶岩で出来た身体を持つ鳥なので、咄嗟に選んだスキルなのだろう。
……とはいえ、セトのアイスブレスはまだレベル三で、スキルが大幅に強化される五に達していない。
その威力は相応に強いのは間違いないが、それでも溶岩の階層で使うには適していないのも事実。
アイスブレスは、溶岩の鳥に近付くにつれてその威力が加速度的に落ちていく。
溶岩の鳥はそんなブレスを回避しながらレイとセトとの間合いを詰めようとし……
「ギュビィ!」
次の瞬間、溶岩の鳥が悲鳴を上げる。
アイスブレスはセトのクチバシから出続けているのだ。
それはつまり、セトが顔を動かせば、アイスブレスもそれに沿って動くということを意味している。
そのアイスブレスが溶岩の鳥の翼に命中し、溶岩の鳥は悲鳴を上げながら、落下していくのだった。




