4003話
4000話達成記念の為、今日は2話更新となります。
こちらに直接来た人は、前話からどうぞ。
「まぁ、こんなものか」
レイは目の前に倒れている生徒達を見ながら、そう言う。
生徒達はその多くが既に戦闘不能と教官に判断され、強制的に模擬戦から退場させられていた。
残った生徒達も、体力の限界まで動いたことによって、もう立ち上がることも出来なくなっていた。
……そんな生徒達と違い、レイは息を切らしてすらいなかったのだが。
「それで、これからどうする?」
「もう授業が終わる時間だし、後は休ませておいた方がいいんじゃないか?」
レイの言葉に教官の一人がそう言う。
生徒達のことを思えば、そのような意見が出て来るのも当然だろう。
生徒達にとっては、これが今日初めての授業……模擬戦なのだから。
この後まだ授業があり、それが終われば午後からはダンジョンに挑むのだ。
そうである以上、体力が限界の状態のままというのは、生徒の命の危険的な意味でも決して好ましいことではない。
だからこそ、少しでも体力を回復させた方がいいという意見が出たのだろう。
レイもその教官の様子から、何を心配しているのかを理解し、頷く。
「分かった。じゃあ、後はこのまま休憩ってことで。……もっとも、ダンジョンの中ではいつでも万全って訳じゃない。何かあってもすぐに対処出来るように、体力がない状態での模擬戦とかやってもいいと思うんだが」
「……それは否定しないが、その場合はレイじゃなくて別の相手を用意するよ」
ただでさえ、体力がない状態での戦いというのは厳しいのだ。
そのような状態でレイのような強者と戦うとなると、それこそダンジョンでは体力がない状態で本来ならその階層には出て来ないようなイレギュラーなモンスターや、希少種、上位種といったモンスターと戦うのと同じようなものだ。
だからこそ、レイと話していた教官としては、そのような訓練をしなければならないのなら、せめてレイが相手ではなく、もっと弱い相手を用意したかった。
「そうか? まぁ、俺よりも教官をやって長いお前が言うのなら、それはそれで構わないけど」
そうしてレイは授業が終わるまでセトと一緒に遊ぶのだった。
「レイ教官、その……少しいいですか?」
そう声を掛けられたのは、午前の模擬戦が終わり、昼食を食堂で食べていた時だった。
ちょうどスープの最後の一口を食べ終わったレイは、声のした方に視線を向ける。
するとそこには、イステルとカリフの姿があった。
レイにとっては、ギルムに行った時に一緒にいるのを見ることが多かった……見慣れたコンビだ。
「イステルとカリフか。どうしたんだ?」
「その……実は、私達がいない間にカリフのパーティでその……男女間の問題があったらしく」
「……うわぁ」
うわぁ、というレイの言葉に、イステルは同意したいが笑えないといった様子の表情を浮かべ、カリフは少し……いや、盛大に困った様子を見せる。
ただ、その頬が赤いのはレイに対する想いを抱いているからではなく、自分のパーティに関する羞恥心からだろう。
ギルム行きの選抜メンバーに選ばれ、少しでも強くなってこようと思ってギルムに行き、実際に今回の一件が色々と勉強になり、それによって間違いなく冒険者として成長したという実感はあった。
だというのに、こうしてガンダルシアに戻ってきてみれば自分のパーティが男女間のいざこざによって存続のピンチ……いや、既に解散まで秒読みに近い状態になっていたのだ。
レイに骨を折って貰ってギルムに行ったのに、そのことを考えると非常に恥ずかしい思いがあった。
「それはまた……そう言えば、ハルエスもそれが理由でソロだったんだよな」
ハルエスの元いたパーティが男女間のいざこざによって解散し、それによってレイがガンダルシアに来た時、ハルエスはソロで活動していた。
それだけに、レイはカリフの言葉に色々と思うところがあった。
(とはいえ、ハルエスとカリフでは、状況が違うけど)
ハルエスはポーター……それも以前は純粋なポーターだった。
生徒達の多くはまだダンジョンの浅い場所の探索をしているので、ポーターは特に必要がないというのも大きい。
純粋なポーターではなく、何らかの特殊な技術を持つなり、ある程度戦力として数えることが出来たりすれば話は別だったが、純粋なポーターであるハルエスはそのようなことも出来なかった。
今でこそレイのアドバイスによって弓を使うようになり、その才能を開花させ、その結果として現在は冒険者育成校の中でもトップのパーティであるアーヴァイン達のパーティに所属している。
ともあれ、ポーターであったハルエスと違い、カリフは長剣を使う戦士だ。
それもただの戦士ではなく、ギルム行きの選抜メンバーに選ばれるくらいの腕利きである。
だからこそ、もしカリフが現在所属しているパーティが解散しても、すぐにどこかのパーティに入ることが可能だろう。
「ええ、私も……もしかしたら、少しの間はソロとして行動することになるかもしれません」
「そうなのか? カリフなら今のパーティが解散しても他のパーティが放ってはおかないと思うんだがな」
「……ええ、まぁ。実際、昨日から既にその手の誘いは受けていますし」
昨日ガンダルシアに戻ってきて、レイは校舎の中にある教室にミスティリングに収納していた荷物を出した。
その後はすぐレイとニラシスはフランシスに会いに行ったので、生徒達についてはレイもよく分かってはいなかった。
どうやらその時に既にカリフを自分達のパーティに入れたいと思って行動している者がいたのだろう。
カリフが所属するパーティは、冒険者育成校の中でも上位に位置する実力を持つ。
そのようなパーティだけに、そこに所属していた腕利きを自分達のパーティに入れたいと思う者が多いのは当然だった。
そうして動いた者がいたのだが、カリフの気持ちを動かすことは出来なかったらしい。
「なら、何でだ? まぁ、ハルエスの時とは違って、カリフは相応の強さを持つ。ソロで活動しても問題はないと思うけど」
勿論相応の強さというのは、あくまでも冒険者育成校に通う生徒にしてはという意味でだ。
とはいえ、それでも一階や二階くらいならソロで行動出来るだけの実力をカリフは持つ。
それが三階、四階といった階層になれば。危険も大きくなってくるが。
特に五階はオークの棲息している森なので、女のカリフがソロで行動するというのは最悪の結末を迎えるということにもなりかねなかった。
……もっとも、今はソロで活動しているレイがそのようなことを言っても、あまり説得力はないのかもしれないが。
「パーティで行動するのは戦力的には安全ですが、今回のようなことがあると……ちょっと……」
言葉を濁すものの、カリフが何を言いたいのか、レイにも理解出来た。
カリフにしてみれば、仲間と共により上に行く為にギルムに行き、自分でも分かるくらいに成長して戻ってきたところで、男女間のいざこざによってパーティが解散秒読み状態だったのだ。
これで、あるいはその男女間のいざこざに最初からカリフが関わっていれば、もしかしたらまた多少は気持ちも違ったかもしれないが。
(いや、その場合はカリフもドロドロの愛憎劇に巻き込まれて、もっとソロ志向が強くなっていたかもしれないな)
レイがカリフと話した限りでは、パーティの中の男女間の問題の中に、カリフは入っていないらしい。
だからこそ、冷静にこれ以上パーティにはいられないので、ソロで活動すると判断したのかもしれないが。
「なるほど。……で、俺に聞きに来たということは、イステルに相談して、その結果俺にソロでの活動について聞きに来たといったところか?」
「えっと……はい」
あれ?
カリフの返答にレイは少しだけ疑問を抱く。
返事をする前に少し戸惑ったかのように思えた為だ。
もっとも、その件で特に何かある訳でもないので、レイがそれ以上追及することはなかったが。
……実際には、カリフがイステルに相談したのではなく、事情を知っているイステルからカリフに声を掛けたのだ。
そして言葉巧みにレイに相談に行くように誘導した。
カリフもそんなイステルの考えは分かっている。
イステルがレイにどのような想いを抱いているのかを知っているので、それを予想するのは難しいことではない。
ただ、それでもカリフがこうしてレイに話を聞きに来たのは、やはりレイがソロだからだろう。
……いや、ギルムでマリーナの家に行ったので、実際にはレイはマリーナやヴィヘラ、ビューネとパーティを組んでいるのは知っている。
ただ、今こうしてガンダルシアで教官をやりながら冒険者としてダンジョンに挑んでいるレイは、ソロで活動しているのは間違いない。
また、長い間ソロで活動していたというのも、レイから聞いて知っていた。
その為、ソロで活動する上で色々と話を聞きたいと思ったのだろうが……
「とはいえ、俺は普通のソロの冒険者と違うしな」
そうレイが断言する理由は、セトとミスティリングの存在だ。
普通ならソロは一人で行動しているだけに荷物を多く持てないが、レイの場合はミスティリングがそれを解決している。
何しろミスティリングの中には、諸々を含めると馬車数百台……いや、数千台があっても足りないだけの量が収納されているのだから。
また、レイの相棒であるセトの存在もある。
セトはレイにとっての相棒で、行動する時は大抵一緒にいる。
それはつまり、レイは扱いがソロであっても、実際には一人と一匹で行動しているということなのだ。
そういう意味で、本当にソロについて聞きたいのならレイに聞くのはあまり意味がない。
(俺のような奴のことは、多分なんちゃってソロとか、そういう風に言うんだろうな)
そう思うレイだったが、実際にそれを口に出すようなことはない。
「そう……ですね。でも、それでもソロとして活動する上で必要なことがあれば、聞かせて貰いたいのですが」
「……無理をするなってことが一番だろうな」
三十秒程考えた後で、レイが口にしたのはそのような言葉だった。
「え?」
レイの言葉が予想外だったのだろう、カリフの口からそのような声が出る。
イステルもまた、声こそ出していないものの、レイの言葉に驚いていた。
無理をしないというのは、冒険者にとってそれだけ当然のことなのだ。
「これはパーティを組んでいる時と比べても、更に慎重に、無理をしないように行動しろという意味だ。パーティで活動していた時は平気なことであっても、ソロで活動していると致命的というようなことは、珍しくない」
レイの場合は、何かがあっても自分の実力でどうとでも出来る自信がある。
あるいはセトという心強い相棒もいるし、ミスティリングに入っている何かで対処も可能だったりする。
だが……それはレイだからこそ出来ることで、カリフには無理なことだ。
だからこそ、カリフがソロで活動する場合は何があっても対処のしやすい一階や二階で行動した方がいいというのが、レイの提案だった。
「とはいえ、一階や二階なら余裕で敵を倒せるからといって、気を抜くのは自殺行為だ。例えば相手がゴブリンであっても、足にしがみつかれたりして転ばされたところに集団で襲ってくるといったようなことがあれば、対処は難しくなる。特にいきなりのことで動揺していれば尚更にな」
「ゴブリンに……いえ、そうですね。言われてみるとその通りかもしれません。一階と二階でしっかりと活動出来るようになって、ソロでの活動に慣れたらもっと下の階層に挑みたいと思います」
「……個人的には、生徒にはソロじゃなくてパーティを組んで欲しいと思うんだけどな」
レイは自分の実力が高く、セトという相棒もいるのでソロで活動しても問題はないと思っている。
だが、冒険者育成校の生徒となると、どうしてもその実力は低い。
アーヴァインのような例外もいるが、カリフはそのような例外ではないのだ。
冒険者育成校の中では上位に位置する実力者であるのは間違いないが、それもあくまでも上位というだけでトップではない。
ましてや、それはあくまでも冒険者育成校の生徒の中ではの話で、本職の冒険者と比べるとどうしても劣ってしまう。
それだけに、カリフがソロで活動するのは出来るだけ避けた方がいいだろうとレイには思えた。
「イステル達のパーティは……実力的に少し厳しいかもしれないが、ビステロのパーティとかならどうだ? 人数的に問題がないのなら、入れて貰うというのは悪くないと思うが」
そう尋ねるレイに、カリフは少し考えてみますと告げるのだった。




