3999話
アニタの口から出た廃嫡という言葉に、レイは首を傾げる。
勿論、レイも廃嫡という言葉の意味は知っている。
いや、正確に知っている訳ではないが、大体どのような意味なのかは理解していた。
つまり、父親の跡を継いで一族の当主になることが出来なくなる。
そして家との縁を切る。
つまり、レイに分かりやすい認識だと家族としての縁を切る勘当か。
ただ、ライグールの処罰がそれというのは、レイにとって疑問だった。
そもそもライグールは、長男ではない。
当主として家を継ぐことが出来ないからこそ、冒険者として生きていくことにしたのだ。
勿論、家との縁を切られるというのは、これから何があっても家に頼ることが出来ないという意味で、ライグールにとっては辛い出来事だろう。
ましてや、レイが見たところではライグールは自分が貴族の血筋であるということに誇りを持っていた。
廃嫡ともなれば、その誇りも真っ向から否定されるようなものなのだから、ライグールにとって大きな痛手であるのは間違いない。
だが、それは言ってみればそれだけでしかないようにレイには思えた。
「えっと、廃嫡って俺の認識だとそこまで厳しい罰には思えない……いや、貴族にとってはかなり重い罰なのかもしれないが、傍から見るとそこまで重い罰ではないように思えるんだが」
「そうですね。その辺りの感覚は人にもよるでしょうが……私としては、ライグールが廃嫡されたというのは致命的だと思いますよ」
「……致命的? そこまで言うか?」
アニタの口から出た言葉は、レイにとっても意外なものだった。
「はい。率直に言って……恐らくライグールはこれから惨めな一生が待っていることでしょう。貴族としては駄目ですし、冒険者としても資格も当然ながら取り消されています。そうなると、ライグールが生活をしていくには、どうすればいいと思いますか?」
「そう言われても……そうだな、それこそギラン達のように、盗賊狩りをするとか? いや、寧ろこの場合は盗賊狩りじゃなくて、盗賊になる可能性の方が正しいのか?」
「そうですね。それが一番高い可能性でしょう」
「一番高い……か? それこそ廃嫡になって実家に頼れないとはいえ、以前の知り合いに職を紹介して貰うとか、場合によってはその知り合いに仕えるとか」
「廃嫡というのは、レイさんが言うような簡単なものではありません。廃嫡された相手と親しくしたり、ましてや雇ったりした場合、ライグールの実家と敵対することになってもおかしくはありませんから」
「……マジか」
廃嫡については何となく理解していたレイだったが、どうやらあくまでもそれは何となくであって、詳細については知らなかったのだろうと、そう思う。
そこまで厳しいのだとは、思いもしなかったのだから。
(親しくしているだけで敵対とか……うん? あれ? ちょっと待てよ? じゃあ……)
考えている中でふと思いついたレイは、アニタに尋ねてみる。
「親しくしたり、雇ったりするだけでライグールの実家と敵対関係になる可能性があるのなら、元々ライグールの家と敵対関係にある家ならどうだ?」
貴族というのは、基本的に敵対するべき相手がいる。
その家だけの問題なのか、あるいは派閥の問題なのか、もしくは既得権益についての問題なのか、それ以外の何かの理由なのか。
そんな諸々の理由によって、敵対すべき相手がいるのだ。
ライグールの実家も貴族である以上、当然ながら敵対すべき相手がいるだろう。
そのような敵対すべき相手にしてみれば、ライグールを抱え込むという可能性は十分にあった。
……もしくは、敵対はしていないがライグールの実家の持つ何らかの利権を奪おうと考えた者が、その手段としてライグールを利用するという可能性は十分にあった。
「その可能性はあるかもしれませんが、そのようなことになった場合、最後は幸福なままということはまずないかと」
「……まぁ、だろうな」
ライグールを利用しようとした者にとって、その役目を終えたライグールは、わざわざ飼っておく必要はない。
あるいはこれでライグールが何か一芸に秀でていれば話は違ったかもしれないが、レイが見たところ、ライグールはそれなりの強さを持つが、あくまでもそれなりでしかない。
ダンジョンの十四階というかなり深い場所まで潜ってはいたが、それはライグール本人の実力ではなく、パーティメンバーとして集めた者達の実力なのはレイにも容易に想像出来た。
だからこそ、ライグールをわざわざ雇い続けようと思う者はそういない筈だろう。
「理解してもらえましたでしょうか?」
「……そうだな。完全に納得した訳じゃないが、ギルドとしては十分に苦労したのは間違いないだろうし、納得したってことにしておくよ」
レイの言葉に、アニタは安堵した。
アニタとしても……そしてギルドとしても、冒険者と貴族が正面から戦うなどといったことは可能な限り避けたかった。
今回の廃嫡という一件も、そうならないように必死にライグールの実家にギルドが働き掛けた結果なのだ。
もっとも、ライグールの父親はそれなりに優秀で、レイについての情報もしっかりと仕入れていた。
当然ながら、レイが敵対した相手は貴族であろうとも力を振るうのに躊躇しないというのも知っているだろう。
ましてや、レイはミレアーナ王国とベスティア帝国との戦争において活躍し、異名を得たというのは有名な話だ。
ミレアーナ王国の保護国……しかもその保護国に多数いる貴族の一人でしかないライグールの父親にしてみれば、レイと敵対するというのは破滅しか待っていない。
ギルドとの交渉に素早く同意したのは、その辺りの事情もあってのことだった。
当然ながらギルドもその考えは理解したが、とにかくギルドとしては今回の一件の落とし前を付ける必要があり、そういう意味ではライグールの父親の判断は決して間違ってはいない。
それどころか、助かるものだったのは事実なので、何も言わなかったのだろう。
「ありがとうございます。それと……少々お待ち下さい」
レイが納得したのを見て安堵したアニタが、そう言って部屋を出ていく。
待って欲しいと言われた以上、レイは大人しく待つ。
まさかギルドの中で誰かに襲撃されるなどということはないだろうと思いながら。
そのまま十分程が経過したところで、アニタが戻ってきた。
「こちら、お詫びの品となります」
そう言い、アニタがテーブルの上に置いたのは数本のポーション。
ただそれだけなら、レイもそこまで驚かなかっただろう。
だが、そのポーションはどれも非常に高品質で……つまり、高額なポーションだったのだ。
それこそマジックアイテムを売っている店で購入しようとしても、店には普通に置いてはいない物なのは間違いない。
「これは? お詫びの品ということだけど、ギルドからか?」
「いえ、ライグールの実家の方からです。レイさんがマジックアイテムを集めるのを趣味としているというのを聞いて、用意した物かと」
「なるほど」
レイがマジックアイテムを集めるのを趣味にしているというのは、隠されている訳ではない。
少しレイのことを調べれば、すぐに分かる程度の情報だ。
それを知り、謝罪の品としてポーションを用意したのだろう。
(ポーションはあれば何かあった時に対処出来るからいいけど、本来なら俺が集めているマジックアイテムはこういうのじゃなくて……もっとこう、実際に使って便利な物なんだけどな。あ、でもグワッシュ国がミレアーナ王国の保護国で、そのグワッシュ国の貴族の一人でしかないとなれば、俺が欲しがるようなマジックアイテムは持っていなかったとか?)
そう考えるレイだったが、ともあれポーションはあって困る物ではない。
そうである以上、ここは断るという選択肢はなかった。
……この状況を整える為に、ギルドの面々が忙しく働いたのは間違いのない事実なのだから。
もしここで意地を張ってポーションをいらないというようなことを言えば、ギルドの顔に泥を塗るようなものだ。
「分かった。じゃあ、これは受け取るよ」
そんなレイの言葉に、安堵するアニタ。
もしこの状況で断られたら、どうしようかと思っていたのだ。
レイが断った場合、アニタはどうにかレイを説得して、ポーションを受け取らせる必要があった。
アニタにしてみれば、何で私が……という思いもあったが、半ばレイの担当という仕事をしている以上、上司からの指示を拒否出来る筈もない。
その為、レイがこうして素直にポーションを受け取ってくれたことを、心の底から感謝していた。
「では、この件はこれで全て解決した……そのような認識で構わないでしょうか?」
「問題ない。……もっとも、ライグールにしろギランにしろ、また俺に絡んでくるようなことがあれば、その時は相応の対処をするが」
「その辺りはレイさんにお任せします。双方共に既に冒険者ではないので。……ですが、やりすぎると警備兵に捕まるかもしれませんので、それだけは注意して下さいね」
「分かった。……もっとも。ライグールの方はそういう心配はいらないかもしれないが」
「……レイさん? 何か妙なことを考えてはいませんよね?」
レイの言葉に何かを感じたのだろう。アニタはそう聞いてくる。
だが、レイは特に何かを企んでいる訳ではない。
「俺は別に何も考えていない。ただ、さっきの廃嫡の話が事実なら、もしかしたらライグールは盗賊狩りをするのではなく、盗賊になる可能性は否定出来ないだろう? そして俺は盗賊狩りを趣味としている」
そこまで言えば、レイが何を言いたいのかはアニタにも分かったのだろう。
複雑な表情を浮かべつつも、特に何かを言うことはない。
アニタにしても、ライグールはそれなりの強さを持っているのは認めていた。
仲間の力を借りたとはいえ、十四階まで到達したことがその力を示している。
だが……だからこそ、ライグールが盗賊になった場合、その力を無辜の民に振るうということになるのだ。
ましてやライグールの性格を多少なりとも知っていれば、盗賊となった時に容赦なくその力を振るうのは明らかだった。
そうなると、当然ながら被害が大きくなる。
もし本当にライグールが盗賊になるのなら、出来るだけ早くレイに討伐して欲しいとアニタは思う。
……これでライグールが多少なりとも同情出来るような性格の持ち主なら、また少し話は違ったのかもしれないが。
「その辺については、ギルドからは何も言いません。ただ、被害が大きくならないでくれればいいのですが」
アニタとしては、そう言うことしか出来なかった。
勿論、アニタとしてはライグールが盗賊にならないというのが最善の道なのだが……ライグールの性格を知っているだけに、アニタもそうなるだろうとは思わなかった。
「そうさせて貰うよ。……じゃあ、俺はそろそろ行くけど、いいよな?」
ポーションをミスティリングに収納し、そう言うレイにアニタは頷く。
それを見て、レイは部屋を出るのだった。
「うおっ!」
ギルドから出たレイは、少し離れた場所に結構な人数が集まっているのを見て、思わずそんな声を上げる。
それがどのような理由で集まっているのかは、考えるまでもなく明らかだったから。
「グルルルゥ……」
人混みの中心から聞こえてくるセトの鳴き声。
つまり、この人混みはセト好きの集まりだった。
レイとセトがギルムに行ってる間、当然ながらガンダルシアにおいてはセト好きが寂しい思いをしていた。
……それは、レイ達がガンダルシアにいる間、ギルムにいるセト好きが寂しい思いをしていたということでもあるのだが。
とにかく、レイが……正確にはレイの従魔のセトが帰ってきたという噂は瞬く間に広がり、いつものように――いつもと時間は違うが――ギルドにレイがやって来て、セトがギルドの側で待っていると、セト好きが次々に集まってきた。
ライグールやギランの件でそれなりに長い間ギルドで話していたのが、この場合は悪い方向に働いてしまった。
それはつまり、セトを求めて来た者達が多く集まるだけの時間があったということになる。
不幸中の幸いなのは、まだ夕方ではないということだろう。
これでもし夕方になっていれば、現在ダンジョンに潜っている多くの者達がダンジョンから出てくる。
そうなると、当然ながらその中にはセト好きも多数おり、セトの周囲に集まっている者達は今以上の数となっていただろう。
そういう意味では、この状況はレイにとって不幸中の幸いだったのかもしれないが……それでも、今のこの状況でレイは自分がラッキーだったとは、到底思えなかった。




