3998話
「お帰りなさい、レイさん。ご無事で何よりです」
そう言い、ジャニスは笑みを浮かべてレイを出迎える。
「ああ、こっちは特に何も問題はなかった。そっちはどうだ?」
「特に何もありませんでしたよ。穏やかな日々でした。メイドとしては、それは嬉しいことなのでしょうが」
「グルゥ!」
レイがジャニスと話していると、自分もいるとセトが喉を鳴らす。
するとセトの鳴き声を聞いたジャニズは、笑みを浮かべてセトを撫でる。
「セトちゃんもお帰りなさい。元気だった?」
「グルルルゥ!」
ジャニスの言葉に、セトは元気だったよと喉を鳴らす。
ジャニスが少しの間セトを撫でると、セトはそれで満足したのか庭に向かう。
「申し訳ありません」
「気にするな。セトが満足したのなら、それでいい」
そう言いつつ、レイはジャニスと共に家の中に入る。
リビングに来ると、ジャニスはすぐにレイに紅茶を出す。
「それで、レイさんが無事だったのはいいですが、他の人達はどうでしたか?」
「他の連中も問題はないな。全員無事に帰ってきた」
「そうですか。それは何よりです。……レイさんは故郷でゆっくりと出来ましたか?」
「あー……まぁ、そうだな。うん。ゆっくり出来たかと言われるとゆっくり出来たとは思う」
ジャニスの問いにレイは微妙な表情でそう言う。
実際にゆっくり出来たかどうかと言われると、ある程度ゆっくり出来たのは間違いない。
だが同時に、ギルムに行く時、帰る時、そしてギルムにいる時に色々と騒動があったのも、間違いのない事実なのだ。
そんな諸々を考えれば、ゆっくりと出来たかと言われても、レイは素直に頷けない。
同時に、自分のトラブル誘引体質については自覚している為、あの程度の騒動ならゆっくりと出来たと言えるのかも? とも思わないではなかったが。
「レイさん?」
「いや、何でもない。ただ、それなりにゆっくり出来たのは間違いない」
これは嘘ではなかった。
ギルムにいる時、ダンジョンやら何やらで騒動はあったが、マリーナの家でゆっくり出来たのも間違いない。
だからこそ、ゆっくり出来たというのは間違いではなかったのだ。
「そうですか。それなら何よりです」
「ああ、これは土産だ。ギルムで売っていた果実とか焼き菓子とか、そういうのだから、ゆっくりと食べてくれ」
「え? あ、その……ありがとうございます」
まさか自分がお土産を貰えるとは思っていなかったのだろう。
ジャニスはレイに感謝の言葉を口にする。
その後、レイは少しジャニスと話をし……それが一段落したところで、座っていた椅子から立ち上がる。
「さて、俺はちょっとギルドに顔を出してくる。今日はダンジョンには潜らないから、夕食前には帰って来ると思う」
「はい。では、夕食の準備をしておきますね。今日はレイさんが帰ってきた日なので、少し豪華な食事にしますね」
「悪いな、楽しみにしてる。……食費は足りるか?」
「レイさんから預かっている食費はまだ残っているので、問題ありません。それにフランシス様から補助も出ていますから」
そう言い、笑みを浮かべるジャニスにレイは分かったと頷き、家を出るのだった。
「ちょっ、あれセトちゃんじゃない!? 何でいるの!? ギルムに戻ってるって話じゃなかった!?」
「今日戻ってきたんだとさ」
「うわぁ……それだとダンジョンに潜ってはいるような時じゃなかったわね」
そんな会話をしつつも、セトを見て喜び、そちらに向かう。
ギルドの外ではセトがセト好きの注目を集めていた中……
「レイさん!? 戻ってきていたんですか!?」
ガンダルシアにおけるギルドで、レイの担当となっているアニタは、ギルドに入ってきたレイの姿を見て驚きの声を発していた。
午後ということで、まだギルドの中に冒険者の数は多くない。
これでもう少し後……夕方近くになれば、ダンジョンから帰ってきた冒険者が多くギルドにやってくるのだろうが。
「ああ、少し前にな。それで警備兵からギルドに来るようにと伝言を聞いてきたんだが。ライグールとギランの件だよな? 結局どうなったんだ?」
ライグールというのが、最初にレイと揉めた貴族出身の冒険者で、ギランというのがライグールに雇われ、セトに危害を加えようとした冒険者達のリーダーだ。
その二人の処分についてはギルドに任せていたので、具体的にどうなったのか、単刀直入にレイは尋ねる。
「その、ここでは何ですので、二階に来て貰えますか?」
アニタにとっても、ライグールとギランの件はギルドの不祥事と言ってもいい。
ましてや、久しぶりに姿を現したレイの存在は、ギルドにいる冒険者達の注目を浴びている。
……あるいはレイがセトを家に置いてくれば、セトの存在がないだけにドラゴンローブを被っていれば、レイをレイと認識出来る者は少なかったのかもしれないが。
ともあれ、アニタにしてみれば今この場でライグールとギランの件を説明する訳にはいかなかった。
「分かった」
レイもアニタの言葉を拒否する理由はないので、二階に行くという言葉に素直に頷く。
そうして二階に向かう二人。
ギルドに残っていた冒険者達は興味深く二人を見ていたが、だからといってまさか自分もその話を聞かせてくれなどとは言えない。
……もし言っても、間違いなくアニタは断っていただろうが。
また、見送っている冒険者の中には少数だがレイに向かって強烈な嫉妬の視線を向けている者もいる。
それはアニタのファンであったり、もしくはアニタのことが好きだったりといった者達だ。
そのような者達にしてみれば、アニタと個室で二人きりになるというレイは心の底から羨ましい。
自分と代われ。
そのように思ってしまう。
……もっとも、個室でアニタと二人きりになるのがレイなので、実際にそんなことは出来ないが。
だからこそ、出来るのは嫉妬の視線を向けることだけだった。
(何だかこう……うん。アニタって人気があるんだな。ギルドの受付嬢だし、当然だろうけど)
受付嬢というのは、ギルドの顔だ。
美人であったり可愛かったりと、顔立ちの整った者でなければなれない仕事だった。
勿論ギルドの顔である以上、顔立ちが整っているだけではなく、純粋に事務仕事についても優秀である必要がある。
まさに、才色兼備という表現が相応しい者達で、だからこそ冒険者達にとっては高嶺の花であると同時に、接する機会が多いので好きになってしまうのを止められない。
アニタもそのような受付嬢だけに、好意を抱いている者が多いのは間違いない。
(面倒なことにならないといいんだけど。……フラグじゃないよな?)
階段を上がり、二階の廊下を歩きつつ、レイはそんな風に思う。
「こちらです」
二階にある部屋の一室の前でアニタがそう言い、扉を開く。
レイは特に何を言うでもなく部屋の中に入る。
部屋の中は、特にこれといって何かがある訳ではない。
(ギルムのギルドの二階と比べると、随分と静かだよな)
ギルムのギルドには、増築工事の件で急速に仕事が増えたことで、他のギルドから多くのギルド職員が応援としてやって来て、そのような者達が二階で仕事をしていた。
そんなギルムのギルドと比べると、ガンダルシアのギルドの二階は静寂に満ちていると表現しても決して間違いではない。
「さて、それでライグールとギランの二人についてですが」
レイが椅子に座り、その向かいにアニタが座ると早速口を開く。
……呼び捨てなのは、レイにとっても驚きだったが。
ただ、ライグールとギランがギルドに与えた被害……特に風評被害のことを思えば、そうなってもおかしくはないのだろう。
「ああ、それでどうなった? ギルドに任せたけど」
「まず、ギランですが、パーティメンバーも同様ですが、冒険者の資格を停止しました。ガンダルシアで冒険者としてやっていくことは出来ません」
「……それはつまり、ガンダルシア以外では冒険者としてやっていけるということか?」
「そうなりますね。ただ、レイさんも知っての通り、グワッシュ国は……いえ、グワッシュ国も含めてこの辺りの国はミレアーナ王国の保護国です。そんな中で冒険者としてやっていくのは、そんなに簡単なことではありません」
「いや、寧ろミレアーナ王国ではないからこそ、冒険者としてやっていけると思うんだが」
ミレアーナ王国の保護国という扱いである以上、当然ながら軍事力は決して高くはない。
そうなると、盗賊の討伐といったようなことは警備兵や騎士団がやるのではなく、冒険者の仕事になるのではないかというのがレイの予想だった。
「まぁ、そうですね。仕事を選ばなければどうにかなるかもしれません。それこそ掃除や倉庫の片付け、荷物運び……といったように」
「盗賊の討伐とかは?」
「それもありますね。ただ、盗賊というのは多くいるようでいて、そんなに多くはいません」
そうか?
それがレイの正直な感想だった。
多くの盗賊を討伐し、盗賊狩りが趣味となり、盗賊達からは盗賊喰いと呼ばれるレイだ。
それだけに、盗賊というのは倒しても倒しても、どこからともなく湧いて出てくるといったイメージがあるし、実際に今まで戦ってきた中ではそのように思っていた。
そんなレイだけに、盗賊が多くないというアニタの言葉には素直に納得出来ない。
「俺が知ってる限りだと、盗賊は幾らでも出てくるけどな。実際、ギルムに行く途中、そしてギルムからガンダルシアに戻る途中でも、盗賊と遭遇したし」
「それは、レイさんがセトちゃんに乗って飛べるからでしょう。セトちゃんの移動速度……飛行速度を考えれば、盗賊の縄張りを容易に越えられるでしょうし。そうなると他の盗賊に遭遇する可能性も高くなります」
「……なるほど。そうなると、ギラン達が盗賊の討伐をやる機会はあまりないか、あるいは盗賊の討伐をしながら移動するといったことになったりするのかもしれないな」
「それは……まぁ、そうですね。そのようなことになる可能性もあります。他には賞金首を求めてというのもあるんでしょうが。ギラン達のパーティはそれなりに腕はいいですし」
「だからこそ、厩舎の……セトの護衛の依頼を受けることが出来たりしたんだろうしな」
「……ええ。まさか、このようなことを起こすとは思ってもいませんでしたが」
アニタにとって……いや、ギルドにとって、信用出来る冒険者だと判断したからこそ、冒険者育成校の厩舎にいるセトの護衛という仕事を回したのだ。
だというのに、レイに恨みを持っているライグールの口車に乗り、ギルドを裏切ったのだ。
ギルドにとって、とてもではないが許容出来ないことだった。
もしこれでギラン達に軽い処罰しかしなかった場合、同じようなことをする者が増えてしまう可能性がある。
それを理解しているからこそ、ギルドとしても厳しい処罰に踏み切ったという一面もあるのだろう。
「まぁ、次からは気を付けてくれればいい」
ギルドが忸怩たる思いを抱いてるのはレイにも分かっているが、レイとしてはこれからもセト……厩舎の護衛を任せるのだから、そこまで気にしすぎなくてもいいだろうという思いがあった。
これで厩舎の護衛を任せることが出来る冒険者がいなくなるといったようなことは、レイとしては遠慮したかった。
「ありがとうございます。ギルドとしても、これからはもっと注意して依頼の受理をしたいと思います」
この一件、レイはギルムに出発する前日の出来事だったので、その後でどうなったのかは分からなかったが、実はこの件でギルドはそれなりに大きな騒動となったのだ。
これが例えばもっとどうでもいい一件……それこそ冒険者育成校からの依頼であったり、フランシスの依頼であったり、異名持ちのランクA冒険者であるレイの従魔……それも高ランクモンスターであるグリフォンのセトの護衛といった内容でなければ、ここまで大きな騒動にはならなかった。
だが、冒険者育成校はこのガンダルシアの領主による事業だし、フランシスもガンダルシアにおいてはかなり有名なのだ。
そのような理由から、ギルドが今回の一件で大きく混乱をするのは仕方のないことでもあった。
……アニタは受付嬢として、その件をレイに話すつもりはなかったが。
「ギランの件はそれでいいとして……そうなると、残っているのはライグールの件だな。こっちはどうなった?」
ギランについてはそこまで気にしていないレイだったが、ライグールに関しては話が別だ。
それこそギルムに行くという予定がなければ、ライグールの父親が領主をやっているという領地に殴り込んでいてもおかしくはなかったのだから。
だからこそ、ライグールはどうした? とレイが聞いたのだが……
「廃嫡となりました」
アニタはあっさりとそう告げるのだった。




