3997話
「……なるほど、随分と賑やかな日々だったみたいね」
レイとニラシスからギルムでの出来事、そしてガンダルシアからギルムに向かう途中、もしくはギルムからガンダルシアに戻る途中での出来事を説明されると、フランシスは半ば呆れたようにレイとニラシスを見て、そう呟いた。
フランシスにしてみれば、この短時間で一体どれだけの騒動に巻き込まれているのかと、そのように思えてしまうのだろう。
実際、平然としているのは自分のトラブル誘引体質について理解している……あるいは諦めているレイだけで、ニラシスもまたフランシスと同様に自分達が経験した日々は明らかにおかしいと思っていた。
旅路の途中では、それを口にしたところでどうしようもないからと、何も言わなかったが。
また、ニラシスはガンダルシアで生まれ育った。
商人の護衛の依頼を受けた時以外に、ガンダルシアから出るようなことは滅多にない。
その為、もしかしたらガンダルシアの外ではレイと一緒に行動している時に起きた騒動は普通なのではないかと、そのようにも思っていたのだが……フランシスの様子を見る限り、違うらしい。
「そうだな。色々とあったのは事実だ。特に……ダンジョンを攻略出来たのは、生徒達にとって……そしてニラシスにとっても大きい筈だ」
「あー……まぁ、そうですね。出来たばかりのダンジョンといったような場所でしたが、実際にダンジョンを攻略したのは事実ですし」
レイに対しては同僚という意識もあってか、普通の話し方で話すニラシスだったが、冒険者育成校の学園長であるフランシスは自分の上司だという認識があるのだろう。丁寧な言葉遣いで話していた。
「うーん……でも、結局のところ、そのダンジョンは出来たばかりだったんでしょう? ここのダンジョンの攻略をするのに役に立つの?」
「純粋な攻略という意味では役に立たないだろうな」
フランシスの言葉に、レイはあっさりと同意する。
実際、ダンジョンの中で出て来たモンスターはどれも弱く、ボスもそれは同様だった。
唯一難しかったのは、ダンジョンの核とボスの部屋が隠されていたということだろう。
そのようなダンジョンだっただけに、広く深いガンダルシアのダンジョンを攻略する上で役に立つかと言われれば微妙なとこだろう。だが……
「けど、ダンジョンを攻略したという自信があれば、ガンダルシアのダンジョンに挑んでいる時でも、自分達は他のダンジョンを攻略してるのだからと思えば、そう簡単に攻略を諦めたりはしなくなると思うぞ」
「……それは経験談かしら?」
そうフランシスが聞くのは、レイを教官として雇うにあたって調べたところ、ダンジョンを幾つか攻略してるというのが分かった為だ。
レイがガンダルシアのダンジョンを信じられない速度で攻略しているのは、それが……以前にも何個かのダンジョンを攻略してるのが理由なのではないかと、そう思ったのだろう。
そして実際、その判断は決して間違っているという訳ではない。
これまでレイは幾つものダンジョンを攻略し、それが自信となっているのは紛れもない事実なのだから。
……ただし、その自信以外にもセトの存在だったり、純粋にレイの実力が高かったりするというのもガンダルシアのダンジョンの攻略速度に強く影響しているのだが。
「そうなるな。とはいえ、それが具体的にどこまで役立つのかと言われれば、何と言えばいいのかちょっと分からないが」
「……まぁ、いいわ。ニラシスは今回の一件の報告書を出すように」
「分かりました」
フランシスの指示に、ニラシスは特に不満を口にはしない。
本人としては、決して書類仕事が得意という訳ではないのだが、それでも教官をやっている以上、書類仕事はそれなりにやる機会がある。
……なお、報告書を出すのはニラシスだけでレイはその必要がないのは、単純にレイの場合は故郷に戻る、いわゆる里帰りでしかなかったからだろう。
今回の行動は、レイの里帰りにギルムという冒険者の本場を優秀な生徒達に見せたいということで、同行させて貰った形だ。
その為、レイは報告書を出す必要はないとフランシスは判断したのだろう。
レイにとっては面倒なことをしなくてもいいので、フランシスの判断は大歓迎だった。
……そもそもの話、ギルムにいた時にレイがニラシスや生徒達と一緒に行動した時間はそう多くはない。
そんな中で報告書を書けと言われても、書くようなことはない……訳ではないが、それでも貴族街を案内したり、ダンジョンを攻略したりしたようなことしかない。
それで十分だと、フランシスなら言うかもしれないが。
ただ、それを言えば『じゃあレイも報告書を』と言われそうなので、言うつもりは全くなかったが。
「それにしても……レイと一緒に行動しただけで、生徒達は随分と色々な経験が出来たようね」
「そうだな。俺としても正直なところ、ここまで大きな経験をするとは思わなかった」
「嘘おっしゃい」
レイの言葉に、即座にそう言い返すフランシス。
レイの経歴をある程度調べたフランシスだけに、レイが頻繁にトラブルと関わることがあるのは知っている。
そういう意味では、今回の行動でも生徒達が多くの騒動に巻き込まれるというのは、半ば予想出来ていたことだ。
だからこそ、レイの言葉に半ば反射的に突っ込んだのだろう。
レイにとっては、そう突っ込まれるのは予想していたので、特に驚いたりする様子はなかったが。
「とにかく、今回のギルム行きは生徒達にとって良い経験になったのは間違いないと思う」
「話を聞く限りではそうでしょうね。……レイ、ちなみに次はいつ帰るの?」
「秋の終わりから冬の始まりくらいだな。フランシスが知ってるかどうかは分からないが、ちょうどその頃にはギルムの風物詩と言ってもいい……もしくは旬と言い換えてもいいのかもしれないが、ガメリオンというモンスターが姿を現す」
「ガメリオン……何かでちょっと聞いた覚えがあるような、ないような……どういうモンスターなの?」
「ウサギのモンスターだな」
「あら」
レイの言葉を聞いたフランシスは、少しだけ興味深そうな様子を見せる。
ウサギのモンスターと聞いて、愛らしいモンスターの姿を想像したのだろう。
だが……レイはそんなフランシスに対し、首を横に振る。
「言っておくが、ガメリオンはウサギのモンスターだが、全高三m以上あって、耳は鋭い刃となっているし、凶悪な牙も生えている。しかもその牙からは毒を注入したりするし、白い毛は斬撃に耐性を持っているし、尻尾は鞭のように扱う上に完全に肉食のモンスターで、それこそガメリオン狩りを失敗した冒険者がガメリオンに喰い殺されるなんてことは普通にある。そんなモンスターだぞ」
「……それ、本当にウサギのモンスターなの?」
恐る恐るといった様子で聞いてくるフランシス。
ニラシスも、ギルムでガメリオンについては聞かなかったのか、レイの説明を聞いて目を大きく見開いている。
ガンダルシアのダンジョンに挑んでいるニラシスだが、ダンジョンの中でもガメリオンのようなモンスターとは遭遇したことがないのだろう。
「外見だけなら間違いなくウサギだな。……ただ、その凶悪性を考えると、ウサギがモンスターになったというよりも、モンスターが偶然ウサギのような外見を持ったと言われた方が納得出来るが」
そう言うレイだったが、ガメリオンの肉はウサギの肉に近い味や食感を持っているのは事実。
全高三mという大きさから、普通のウサギとは比べものにならないくらいに大量に肉が取れるが。
「……ちなみに、本当にちなみにの話なんだけど、ここのダンジョンにもガメリオンが出てくると思う?」
レイの説明にフランシスはそんなことを聞いてくる。
ガンダルシアのダンジョンは、かなりの深さと大きさを持つ。
そうである以上、もしかしたら……と、そう思ったのだろう。
「そう言われてもな。可能性はあるとしか言えない」
ガメリオンが来るのはギルムの風物詩だが、だからといってガメリオンがギルムにしかいないという訳ではない。
他の場所にもガメリオンが棲息している可能性は十分にあるだろう。
(ハタハタとかもそうだしな)
ハタハタはレイの住んでいた場所ではかなり有名な魚で、それこそ全国的に知られている。
だが、だからといってレイの地元でしか獲れない訳ではなく、スーパーでは普通に別の県で獲れたハタハタも売っていた。
そういう意味では、ガメリオンも同じくギルムでガメリオンが有名だが、他の場所でもガメリオンが姿を現さないということはないだろう。
「今はまだ、ガメリオンが出たという報告はないんだよな?」
「ええ。……ちなみに、久遠の牙が二十階まで到達したわよ。けど、そのガメリオンというモンスターと遭遇したという話は聞かないわね」
「二十階か。……また先を行かれたな」
レイにとって、久遠の牙は自分よりも前を進む存在だ。
ギルムに行く前に十五階まで到達したが、その時点でも久遠の牙はレイよりも先に進んでいた。
今年中には追いついてみせる。
そう思うレイだったが、久遠の牙にしてみれば、自分達が有利だとは全く思ってない。
何しろ、自分達が何年も掛けて踏破してきた階層を、レイはソロであっという間に攻略してきているのだから。
それこそ、レイがギルムに行っていなくなっている時こそ、その差を少しでも広げようと思うのはおかしな話ではなかった。
「そうね、レイも追いつけるように頑張りなさい」
そうレイを激励するフランシス。
フランシスにしてみれば、ダンジョンの攻略が進まないからこそ、冒険者育成校を作ったのだ。
それだけに、レイだろうが久遠の牙だろうが、ダンジョンの攻略が進むのなら大歓迎だった。
「ああ、近いうちに追いついてみせるよ。……で、ガメリオンの話だったか。今は出ていないのなら、これからも出て来ないか、あるいはもっと深い階層で出てくるのか。その辺は実際に試してみないと分からないことも多いだろうな」
「私としては、出来ればレイに試して欲しいところだけど」
「久遠の牙じゃなくていいのか?」
「……難しいところね。久遠の牙はガンダルシアの冒険者の顔と呼んでもいいけど、私や冒険者育成校とはあまり関わりがないもの。それと比べると、レイは臨時の教官ではあるけど、冒険者育成校の教官でしょう? なら……まぁ、レイの方がいいと思うわ」
「久遠の牙を教官として雇うとか、そういう話は出なかったのか?」
「出たし、指名依頼で頼んだけど断られたわ。向こうにしてみれば、ダンジョンの攻略が最優先なんでしょうね」
そう言われると、レイもフランシスの意見に納得するしかない。
現在このガンダルシアで誰よりもダンジョンの最深部を潜っている久遠の牙だ。
指名依頼を受けて冒険者育成校の教官をやろうものなら、後ろにいる者達に追いつかれる可能性は十分にあった。
実際、レイが現在十五階まで到達しているのを思えば、もし久遠の牙が教官をやっていた場合、レイに追いつかれ……追い抜かれていた可能性は十分にある。
そういう意味では、久遠の牙の選択は間違っていなかったのだろう。
……もっとも、それでも既にレイは十五階に到達しており、追いつかれるのはそう遠くない未来だろうとフランシスには予想出来ていたが。
「なら、俺がダンジョンの攻略を頑張って、ガメリオンと遭遇出来るようにしてみるよ。……もっとも、ダンジョンの中でガメリオンと遭遇出来る可能性はかなり低いけど」
そう言い、レイはフランシスとの会話を終えるのだった。
「あ、レイ教官」
厩舎で待っているセトを迎えに行こうと校舎の中を歩いていると、不意に声を掛けられる。
そこにいたのは、イステル。
手には荷物を持ち、少し疲れた様子を見せていた。
どうやらレイがフランシスと話している間に一度家まで荷物を運び、また戻ってきたらしい。
「荷物はそれが最後か?」
「はい。何とかこれで最後です」
「他の連中は?」
「カリフはもう荷物を運び終わってましたが、男の人達は……」
最後まで言わないのは、レイにも何となく事情を理解出来てしまった。
ギルムの領主の館でミスティリングに荷物を収納したのもレイだし、冒険者育成校の教室にミスティリングから荷物を出したのもレイだ。
そんなレイだけに、それぞれが一体どれだけの荷物を持っているのかは、しっかりと理解出来ていた。
「大変だろうが、それだけ荷物を増やしたのは自分達だしな」
「そう言われると、私も反論出来ないのですが」
家と校舎を二往復する羽目になったイステルは、少し恥ずかしそうに言うのだった。




