3996話
「うわ、注目されてますね」
そう呟いたのは、ビステロ。
ガンダルシアから少し離れた場所に降ろされたセト籠から出た一行は、当然のようにガンダルシアに入る為の手続きをするべく正門前の行列に向かっていた。
だが……当然の話だが、セトに乗って空を飛んで現れ、そしてセトが持っていたセト籠から下りてきた面々だ。
正門前で並んでいた者達に、注目するなという方が無理だった。
それでも絡んでくる者達がいないのは、セトがいるからだろう。
セトのことを知らない者にしてみれば、明らかに高ランクモンスターのグリフォンは怖いだろうし、知っている者も今の状況では迂闊に声は掛けられなかった。
……セト好きだけは、セトを愛でるのを我慢していたが。
我慢出来ているのは、ここでセトを愛でに行ったらセトに迷惑を掛けると思っている為だろう。
そうして奇妙な緊張感の中、行列は前に進んでいき、やがてレイ達の順番が回ってくる。
「やぁ、お帰りレイさん」
「……驚かないんだな」
自分を見ても特に驚いた様子はなく声を掛けてくる警備兵に、レイの方が驚く。
とはいえ、警備兵達も自分が相手をしている者達しか見ていない訳ではない。
行列に並んでいる者の中で妙な動きをしている者がいれば、何かを企んでいるのではないかと怪しむし……何より、中に入る手続きをしていた者達から、グリフォンを従魔にしている者が下りてきたといったようなことを聞かされている。
並んでいた者達の中で、レイやセトのことを知らない者達にとって、それだけ驚いたのだろう。
大人しく行列に並んでいることから、取りあえず襲われるといった心配がないのは分かっていただろうが、それでもやはりセトを間近で見ると怖くなるのは当然だろう。
「ええ、まぁ。……それよりレイさんが戻ってきたらギルドに顔を出すようにと言われています」
「ギルドに? ……何か問題でもあったのか?」
警備兵の言葉に、レイはもしかしたらダンジョンでまた何かがあったのではないかと思う。
それこそ以前十階に出たリッチのように。
だが、その割には警備兵が特に焦っている様子はない。
部外者に知らせてパニックにならないようにしてるのか。
そうも思ったが、レイが見たところでは警備兵が何かを隠しているようには思えない。
ただ、警備兵は人を相手にすることが多いだけに、もし何かがあってもそれを相手に悟られないようにするということが出来てもおかしくはない。
であれば、やはり何かがあったという予想は外れたのではないか。
そう思い、疑問の視線を相手に向けるレイ。
警備兵はレイの視線に困った様子を見せつつ、口を開く。
「その、レイさんがギルムに向かう数日前に、ダンジョンの中で他の冒険者と揉めたのを覚えてますか?」
「え? ……あー……ああ、はいはい。うん。覚えてる、覚えてる」
ギルムに行ったことであれこれと忙しく、その件については半ば忘れていたレイだったが、警備兵との話で思い出す。
ダンジョンの中でモンスターに襲われている相手を見つけ、助けようかと提案したものの、上から目線で助けろと命令された上に報酬も不満だったので、レイは関わらずにその場から立ち去った。
翌日、レイはギルドで前日に見た男がギルドにその件で訴えたので、その件について聞かれ、正直に話した結果問題ないと判断された。
だが、貴族出身の男はその対応に我慢出来ず、冒険者育成校にある厩舎でセトの護衛をする冒険者を買収し、セトに危害を加えようとする。
しかし、厩舎の護衛を任された冒険者の様子に違和感を抱いたレイにより、その件は失敗し……本来ならそこまでのことをされた以上はレイも落とし前を付ける必要があると思っていたのだが、翌日にはギルムに出発する予定だったので、その件についてはギルドに任せたのだ。
それからは色々と……本当に色々とあったので、レイはその一件について忘れていたものの、思い出せば、それはそれで不満を思い出す。
「なら、ギルドの方に顔を出して下さいね」
「分かった。ただ、その前に冒険者育成校に顔を出す必要があるから、その後……いや、一度家に戻ってから、その後か?」
あの一件がどうなったのかはレイも気になったが、その前にやるべきことはやっておく必要があった。
警備兵はレイのその言葉に少し困った様子で口を開く。
「その辺りについては、私からは何とも。私はただギルドから伝言を預かっていただけなので。それを聞いたレイさんがどのように判断するのかは、私からはどうとは言えません」
物分かりのいい警備兵に、レイは頷く。
「じゃあ、伝言については受け取った。やるべきことをやったら、ギルドに顔を出すよ。……もしかしたら、明日になるかもしれないけど」
そう言い、レイはガンダルシアに入る手続きを終えると、ようやくガンダルシアの中に入るのだった。
「さて、じゃあさっき警備兵にも言ったけど、まずは冒険者育成校に行ってフランシスに戻ってきたと知らせる必要があるな。もっとも、それについては俺とニラシスがやるから、生徒達は冒険者育成校まで行ったら解散になる。荷物もミスティリングから出すから、それぞれ持っていってくれ」
そんなレイの言葉に、何人かの表情は強張る。
だろうな、と。レイはそんな強張った者達の様子を見ながら思う。
ギルムにおいて色々と買い込んだ結果として、荷物の量がかなり多くなった者もいるのだ。
そうである以上、その荷物は自分で持ち帰る必要がある。
一度で荷物を持ち帰れるのならともかく、そうでない場合は誰か知り合いに頼んだり、あるいは何度か家と校舎を行ったり来たりする必要がある訳で……そのことを考え、うんざりとしたのだろう。
「ニラシス、他に何かあるか?」
「ん? あー……そうだな。言うまでもないと思うが、お前達がギルムに行ってる間、他の生徒達は授業をしていた。そしてお前達はその授業に参加していなかった訳だ。そういう意味では、他の生徒達よりも授業の面では一歩も二歩も遅れている訳だ」
ニラシスの言葉に、生徒達の表情が厳しく引き締まる。
その件については、出発前にもう聞いていたので分かっていたが、それでもこうして改めて言われると、どうしても気になってしまうのは事実だった。
勿論、ギルムに行ったことによって得たものも多い。
冒険者の本場であるギルムで、短い間とはいえ冒険者と活動して多くの経験をした。
特に、出来たばかりとはいえ、ダンジョンを攻略したというのは、これからガンダルシアのダンジョンに挑戦する上で大きな自信となるだろう。
だが、それはそれ、これはこれ。
模擬戦はともかく、授業に出ていなかった分だけ遅れるのは仕方がないことだ。
「なお、授業については希望者は補習を受け付ける。……ただ、補習をやるのは午後からになるから、そうなると当然だがダンジョンには行けない。その辺りをどうするか考えてから、補習を受けるかどうかは決めるように」
ニラシスの言葉に安堵したのはアーヴァイン、イステル、ザイード、ハルエスの四人。
カリフとビステロの二人は、どうするべきかと悩ましげな様子だったが。
アーヴァイン達は、パーティ全員がギルム行きに参加していたので、ダンジョンに行かないで補習を受けても問題はない。
だが、カリフとビステロは双方共にそれぞれ別のパーティに参加している。
その為、ギルムに行ってる間はパーティメンバーに苦労を掛けていたのだが、だからこそこうしてガンダルシアに帰ってきたのなら、そちらに合流する方がいいのでは? と思っていたのだろう。
かといって、授業で遅れるのは避けたいという思いもあるのだろう。
「補習については、後で決めるといい。まずは冒険者育成校に向かうぞ。時間的には……多分生徒達はもう殆ど残ってないだろうけど」
現在はもう午後になっている。
冒険者育成校の生徒達なら、午後からは大半がダンジョンに行ってるだろう。
何らかの理由でダンジョンに行かず、校舎に残っている者もいるかもしれないが、その人数はそう多くないだろうことは容易に予想出来た。
「そうした方がいいな。……このままここにいると、問題が起きそうだし」
ニラシスの言葉にレイが周囲の様子を確認すると、そこにはレイにも見覚えのあるセト好きが何人かいた。
他にもレイにはあまり見覚えがない……つまり、そこまで重度ではないセト好きの姿もある。
そのような者達が集まっているのを考えると、レイとしてもニラシスが言うように早くこの場を移動した方がいいだろうとは思えた。
それは他の面々も同様だったが……その中で、唯一イステルだけが何故か得意げな、自慢げな様子を見せていた。
イステルにしてみれば、ガンダルシアからギルムまで、そしてギルムからガンダルシアまでの間、自分はずっとセトと一緒だったという思いがあるのだろう。
だからこそ、現在周囲にいるセト好き達に対してマウントを取っているのだ。
そんなイステルの様子に、周囲にいるセト好き達は羨ましげな、そして恨めしげな視線を向ける。
他のセト好き達にとって、可能なら自分達もセトと一緒にギルムに行きたかった、
それを行ったイステルが非常に妬ましいのだ。
(フランシスの前でそういうことをしたら、お仕置きされそうだけどな)
ふと、妖精郷の長とニールセンのことが思い浮かんだレイだったが、今は考えない方がいいだろうと思い直しておく。
「ほら、行くぞ」
「グルゥ」
急かすようなレイの言葉に、何故かセトが分かったと喉を鳴らして歩き始める。
セト好きのイステルとしては、セトがこうして歩き始めてしまった以上は自分も移動しない訳にはいかず、歩き始める。
そして一行は途中で寄り道をすることもなく、冒険者育成校に到着する。
(予想通り、生徒の姿は少ないな)
ここに来るまでに何人かの生徒達には遭遇したものの、それらの生徒達はレイ達を見ると驚き、中には驚きのあまり武器を落とす者もいた。
レイとしては、何もそこまで驚かなくても……と思ったのだが、その件については特に突っ込むようはことはしなかった。
「さて、こうして到着したことだし、荷物を出すぞ」
「あ、レイ教官。出来ればその……荷物はここに出さず、どこかの教室に出して貰えますか?」
イステルの要望に、レイは不思議そうにしながらも頷く。
「それを希望するのなら構わないが……ただ、そうなると荷物を運ぶ距離が増えるぞ?」
現在レイ達がいるのは、門から入ってすぐの場所だ。
冒険者育成校の敷地内としては端の方。
荷物を自分の家まで持ち帰るのなら、出来るだけ運ぶ距離は短い方がいいだろうという思いから、レイはここで荷物を出そうしたのだが。
「構いません。私の荷物は……その、少し多いので。一度で持ち帰るのは不可能ですから、何度か家と学校を往復する必要があります。そうなると、地面に荷物を置いておくと少し不味いので」
イステルが何を言いたいのかは、レイにもすぐに分かった。
いや、レイ以外にも全員が分かったのだが。
もしここに荷物を置いておけば、誰かがそれを持っていく可能性もあると……そう思ってのことなのだろう。
荷物を盗まれたくないので、教室に出して欲しい。
そう言われれば、レイとしても十分に納得出来ることだった。
「分かった。じゃあ、イステルの荷物はそうするか。他には?」
「レイ教官、私もお願いします」
「あ、じゃあ俺もお願いします」
「すいません、俺も」
レイの言葉に、カリフ、アーヴァイン、ビステロがそれぞれ頼んでくる。
「分かった。じゃあ、ザイードとハルエスはここに荷物を出しておくということでいいな?」
確認の意味を込めて尋ねると、ザイードとハルエスはそれぞれ頷く。
ザイードはその巨体から荷物を大量に持つことが出来るし、ハルエスはそもそもポーターで荷物を運ぶのが本職だ。
そういう意味では、多少荷物が多くても一度で家まで持って帰れるのだろう。
(とはいえ、ザイードの場合は防具とかもあるから、それを着た上で荷物を持っていくことになる訳だが……まぁ、本人が問題ないと言ってるのなら、構わないか)
そう判断し、レイはザイードとハルエスの荷物を出す。
どちらもそれなりに多い荷物だったが、ザイードもハルエスも問題はないといった様子だったので、その二人とはその場で分かれる。
次にレイが向かったのは、校舎の中でも端の方……玄関から近い場所にある教室で、そこでレイは残りの荷物を出す。
なお、セトはレイが何も言わなくても厩舎に向かっていた。
レイとフランシスの話がそれなりに長くなるだろうと判断しての行動なのは間違いなかった。




