3994話
「レイ教官」
イステルとカリフとの模擬戦が終わると、ザイードがそう声を掛けてくる。
ザイードの表情にあるのは、明確な闘志だ。
寡黙なザイードだが、今は文字通りの意味で目は口程にものを言うといった状態だった。
先程の模擬戦……特にカリフが吹き飛ばされた突きの件で、ザイードなら防げるかといった言葉に、レイがカリフに放ったのと同じ程度の突きなら防げるが、本気で放てば防げないと言ったのがザイードに火を点けたのだろう。
「あー……とはいえ、だな」
レイが困ったように口籠もる。
例えばこれが、普通に模擬戦をやるというのなら、レイも特に気にせず引き受けただろう。
だが、ザイードが試したいと思っているのは、レイが本気で放った攻撃を自分が防げるかどうかだ。
ザイードの本気の装備……フルプレートメイルや巨大な盾はレイのミスティリングに収納されているので何も問題はない。
だが、それを使ってレイの攻撃を受けた時、防具が壊れたらどうするか。
……いや、それどころではない。防具が破壊されただけならまだしも、その防具を装備していたザイードが怪我を負ったらどうするか。
レイの持つポーションを使えばどうとでもなるが、だからといってポーションを消費するのはレイとしても好ましくはない。
その為、ザイードの要望はレイにとって素直に頷けなかった。
「レイ教官、駄目ですか?」
「俺の本気……あるいはそこまでいかなくても、カリフに使った以上の一撃を受けたいんだろう? 場合によっては防具が破壊されて、ザイードも重傷を負いかねないんだよな。……下手をしたら死んでもおかしくはないだろうし」
「……少し待っていて下さい」
そう言いザイードは自分のテントに向かい、テントの中に入ってから一分もしないうちに姿を現す。
その手に持っていたのは……
「ポーション? それも瓶や色からして、かなり高品質の奴だな」
「はい。ギルムで購入しました」
「……なるほど」
そう言われると、レイもその言葉には納得するしかない。
ギルムでレイはザイード達とは別行動をしていた。
貴族街を案内したり、ダンジョンの攻略であったりと一緒に行動することも多かったが、全体的に見れば別行動の方が多かったのは間違いない。
であれば、そうして別行動をしている時にザイードがポーションを……それも安物ではなく、高品質、そして高価格のポーションを買うというのはそうおかしなことではなかった。
そもそも、ザイード達は冒険者としての勉強……もしくは訓練の為にギルムに来たのだ。
そうである以上、ギルムで冒険者として役立つ道具を集めるのは、そうおかしなことではない。
そしてポーションは、タンクの役割を持つザイードにしてみれば、かなり優先順位の高い物だった。
もっとも、まさかこのような時に使うことになるとは、買ったザイードも思わなかったが。
「レイ教官、挑戦を」
ポーションを見てレイが納得したと思ったのだろう。
ザイードは再度レイに模擬戦……というよりは、レイの攻撃を自分が防げるかどうかを試したいと訴える。
「うーん……ニラシス、どう思う?」
この場合、教官歴の短い自分よりも、より長く教官をしてきたニラシスの意見を参考にしようと、尋ねる。
「構わないんじゃないか? ザイードもその気になってるようだし」
ニラシスからの言葉は、レイにとっても意外な程に軽いものだった。
「いいのか?」
「問題ないだろう。レイなら万が一の事態もないだろうし」
それは、レイを信頼しているからこその言葉。
レイもそれは分かったが、それでも万が一の時のことを考え……やがて諦める。
いざとなったら、ザイードのポーションではなくミスティリングに入っているポーションでも使えばいいだろうと思い直す。
「じゃあ、やるか。……これ、ザイードの防具な」
そう言い、レイはミスティリングからザイードのフルプレートメイルと巨大な盾を取り出す。
するとザイードはすぐに防具を着始めた。
本来ならフルプレートメイル類は一人で装備するのは難しいのだが、ザイードは慣れている為か次々に装備していく。
(凄いな)
それを見たレイは、素直にそう思う。
レイの場合、防具らしい防具となるとドラゴンローブしかない。
ドラゴンローブの下に着ているのは普通の服である以上、それは当然のことだった。
他にも敢えて挙げるとなると、スレイプニルの靴か。
ただし、これはあくまでもマジックアイテムの靴だ。
空中を踏むといったことは出来るが、言ってみればそれだけでしかない。
ヴィヘラが装備している足甲とは違う。
……もっとも、ヴィヘラの足甲も防具というよりは踵から刃が出るのを見れば分かるように、武器の側面の方が強いのだが。
それ以外にも、蹴りの威力を上げる為の足甲でもある。
だが、そんな武器としての足甲であっても、純粋に防具としての性能では明らかにスレイプニルの靴よりも上だった。
(こうして考えると、俺の仲間の中で明確な防具を装備しているのは、エレーナとアーラの二人だけなのか)
エレーナとアーラは軽鎧だが金属の鎧を身に纏っている。
マリーナはそれこそ冒険者として活動している時であっても、胸元や背中が大きく開いたパーティドレスだ。
ヴィヘラは娼婦や踊り子が着ているような薄衣。
ビューネは盗賊としての動きを重視しているので、革鎧の一部を身体の動きを阻害しない程度の装備をしていた。
「レイ教官?」
「ああ、悪い。準備は出来たか」
レイが自分の仲間達の防具について考えている間に、ザイードはフルプレートメイルを装備し、盾も手にしている。
本来ならここに槍やメイスといった武器を持つのだが、今回は模擬戦ではなく、あくまでもザイードがレイの攻撃を防げるかどうかを試すのだ。
なので、ザイードも武器を持つことなく、しっかりと盾で自分の身を守っていた。
「よし、行くぞ。……言っておくが決して気は抜くなよ?」
「はい」
レイの言葉にザイードは頷き、真剣な様子で盾を構える。
それを見ながら、レイは右手で持つデスサイズを反転させ、石突きの先端をザイードに向けた。
ザイードはレイが本気でやると言った割には、実際にはデスサイズの刃ではなく石突きを向けたことに兜の中で不満そうな表情を浮かべる。
とはいえ、レイにしてみればこれが折衷案なのも事実。
もしデスサイズの刃で攻撃をした場合、ザイードの持つ盾であってもその斬撃を防ぐことが出来ないのは明らかだ。
盾ごと、ザイードの身体が切断されてもレイは驚かない。
そんなレイの雰囲気を感じ取ったのだろう。
ザイードは不満そうな表情を改め、真剣な表情でレイに視線を向ける。
周囲に張り詰める緊張感。
夕暮れの赤い光が、まるでどちらかが流す血のように、見ている者達には感じられる。
そうした雰囲気の中、レイが口を開く。
「いくぞ」
その言葉と共に、一気に前に出るレイ。
そして間合いが近付いたところで、レイはデスサイズの石突きによる突きを放つ。
「はぁっ!」
デスサイズの刃による斬撃ではなく、石突きによる突き。
本当の意味での本気の一撃という訳ではないが、それでも突きそのものは本気の一撃だった
ザイードはその一撃を盾で受け止めようとし……
「なっ!?」
その口から我知らず驚きの言葉が出る。
当然だろう、強烈な衝撃についてはザイードも予想をしていた。
だが……デスサイズの石突きが、ザイードの持つ盾を貫いたのは、ザイードによっても予想外だった。
ザイードの盾はその大きさから見れば分かるように巨大だ。
それもただ巨大なだけではなく、幾つもの金属を組み合わせた合金によって作られた盾だ。
今までダンジョンで多くのモンスターの攻撃を防いできた、ザイードにとって信頼出来る盾だというのに、その盾をデスサイズの石突きはあっさりと貫いたのだ。
それを見た瞬間、ザイードは咄嗟に手を放し、その場から後ろに跳ぶ。
「正しい判断だ」
デスサイズの石突きによって盾を貫いたレイは、ザイードの判断に称賛の声を上げる。
もしあのままザイードが盾を持っていたままであれば、程度の差はあれど怪我をしただろう。
ザイードはそれを察知し、自分の命とも呼ぶべき盾を手放して後ろに跳んだのだ。
その判断力はレイから見ても褒めるべきものだった。
「……」
そんなレイの言葉に、しかしザイードは無言のままだ。
自分の盾がこうしてあっさりと貫かれるとは、思ってもいなかったのだろう。
攻撃が来ると分かっていれば、レイの攻撃であっても防げる。
そのような自信を持ってはいたのだが、それがこうもあっさりと敗れるとは思いもしなかった。
「傷は……ないようだな」
「……はい」
レイの問いに、たっぷりと数秒の沈黙の後でザイードはそう返す。
「なら、今日はこれまでだな」
「え」
レイの言葉に意表を突かれたかのような声を発したのは、アーヴァイン。
イステル、ザイードと模擬戦――ザイードの件は模擬戦と呼んでもいいのか微妙だが――をおこなったのだから、次は自分の番だと思っていたのだろう。
だというのに、レイはこれ以上の模擬戦はやらないと言ったのだ。
それはないだろうというのが、アーヴァインの正直な気持ちだった。
「レイ教官、次は順番的に考えて俺の番じゃないですか?」
「明日にしてくれ。明日ならきちんと模擬戦に付き合うから」
「……分かりました」
完全には納得した様子ではないが、それでもレイがこう言ってる以上、模擬戦は出来ないと判断したのだろう。
本当に心の底から残念そうにしながらも、アーヴァインはレイの言葉にそう返す。
「悪いな」
「いえ。元々模擬戦をして欲しいと頼んでいるのはこっちですし」
そうして、模擬戦についてはこれで終わり……その日は食事をして、いつものように寝るのだった。
「じゃあ、今日は模擬戦お願いします!」
翌日の夕方。
野営の準備を終わると、アーヴァインはすぐにレイに向かってそう言ってくる。
昨日、アーヴァインとは模擬戦が出来なかったので、今日こそはと思ったのだろう。
レイも昨日は模擬戦を断っただけに、今日もまた断るのはどうかと思い、模擬戦を引き受けることにする。
「分かった。昨日は模擬戦が出来なかったしな。……それで、どういう模擬戦を希望する? 冒険者育成校でやっているような強さか。それよりは上でそこそこの強さか、昨日イステル達とやったように武器は本気か、それとも何でもありで本当の意味での全力か」
そう尋ねるレイに、アーヴァインは悩む。
……なお、もし本当の意味での全力と言ってきた場合、セトも敵として乱入してくるだろう。
レイの本気というのは、当然ながら従魔であるセトの存在も含めての話なのだから。
それを察した訳ではないだろうが、アーヴァインは少し迷った後で口を開く。
「昨日と同じで」
アーヴァインの言葉に頷き、レイはミスティリングから取り出したデスサイズと黄昏の槍を構える。
「無茶よ」
そんなアーヴァインとレイの様子を見て、イステルが思わず呟く。
それは、レイの強さを十分に知っているからこその言葉。
昨日、自分とカリフの二人掛かりでレイに挑んだものの、それでも負けた。
それも接戦の末に負けたのではなく、明らかな実力差を見せつけられる形で負けたのだ。
そうである以上、自分達と同じ条件でアーヴァンが戦っても、とてもではないが勝てるとは思わなかった。
アーヴァインが強いのは知っている。
冒険者育成校にいる生徒の中で、個人での戦いなら恐らく最強だろうということも。
しかし……それはあくまでも冒険者育成校の中での話だ。
レイのように既に冒険者として活動している者の中に入れば、弱い……とまではいかないが、だからといって強いとも言えないような、そんな強さなのだろうというのはイステルにも理解出来ていた。
だからこそ、アーヴァインの取った手段が勝算のない戦いに挑むように思えたのだろう。
「だからこそだ」
長剣を手に、レイと向き合っているアーヴァイン。
そんな姿を見ていたイステルの耳に、短くそんな声が聞こえてくる。
それが誰の声なのかは、パーティを組んでいるのですぐに理解出来た。
それでも声のした方に視線を向けたのは、反射的な行動だったからだろう。
「ザイード」
イステルの視線の先にいた……そして先程の声を発した人物の名前を口にするイステル。
ザイードはそんなイステルの様子を気にせず、言葉を続ける。
「強者を相手にする。それも負けても死ぬことはない模擬戦でそのようなことが出来る機会は稀だ。アーヴァインもそれを分かっているからこそ、食らいついてみせると思っての行動だろう」
普段寡黙なザイードにしては長い言葉。
その言葉を言い終えた時、まるでそのタイミングを待っていたかのように、アーヴァインは前に出るのだった。




