3993話
昼食を終えたレイ達は少しの休憩の後で出発し……午後は特に何もないまま夕方近くになる。
本当に何もないまま、ただセトの背に乗って飛んでいたレイにしてみれば、今日の午後はかなり暇な時間だった。
(結局ハーピーの件も特に何かあった訳じゃなかったしな)
午前中に、一度はセトを見て逃げたものの、何故か襲ってきたハーピー達。
そのようなことをするのは何らかの理由があるからだろうとレイは思っていたし、トラブル誘引体質である自分がいるのだから、何かが起きてもおかしくはないだろうと思っていたのだが……結局何も起きなかった。
これはレイにとってもかなり予想外だった。
何らかの問題があれば、自分の体質からレイは必ず自分が巻き込まれるだろうと思っていたのだが。
「レイ教官、少しその……模擬戦の相手をして貰えませんか?」
野営の準備も終わり、後は夕食を食べるまでは自由時間ということでゆっくりとしているレイに、不意にそんな声が掛けられる。
声のした方に視線を向けると、そこにはイステルとカリフの二人がいた。
その二人がいるというのは、特におかしくはない。
今回のギルム行きのメンバーの中でも女同士ということで仲が良いというのはレイも以前から知っていたからだ。
とはいえ、その二人が揃って模擬戦をして欲しいと言ってきたのは、少し驚きではあったが。
「じゃあ、やるか。夕食前の運動だし、そのくらいはしても構わないだろうし」
特に何かやるべきことはないので、模擬戦に誘われたレイは断るつもりはない。
そうして野営地の中でも空いている場所まで移動すると、レイは槍を……黄昏の槍ではなく、普通の槍をミスティリングから取り出す。
レイが手にしてるのは、投擲用に集めた壊れかけの槍ではない。
普通の、戦闘に使っても問題ないような槍だ。
基本的には投擲用に壊れかけの槍を購入しているレイだったが、中には何となくといった理由で普通の槍を購入することもあるし、盗賊狩りをした時に盗賊が使っていた槍や、あるいはアジトにある槍であったりと、普通の槍はそれなりにミスティリングに収納されている。
槍を構えたのは、これが模擬戦だからだ。
冒険者育成校で教官をしている時の模擬戦でレイは槍を使っていた。
その時に使う槍は、模擬戦用に穂先の刃が潰された槍なのだが。
模擬戦用の槍は持っていないので、こうして普通の槍を手にしたレイだったが……
「レイ教官、本気の武器でお願いします」
槍を手にしたレイに、イステルがそう言う。
本気の武器と言われたレイは、本気か? といった視線でイステルとカリフを見る。
イステルが言う本気の武器というのは、デスサイズと黄昏の槍なのは明らかだ。
「本気か?」
そうレイが尋ねたのは、当然ながらレイがデスサイズや黄昏の槍を使った場合、その戦闘能力は圧倒的になるからだ。
だが、そんなレイの言葉に対し、イステルは……そしてカリフも揃ってレイの言葉に疼く。
「はい、本気です。レイ教官とこうして模擬戦をやるのは、ガンダルシアに到着するまでですから」
「いや、別に今しか模擬戦が出来ない訳じゃないだろう? それこそガンダルシアに到着してから幾らでも出来るだろうし」
レイはガンダルシアに戻ったら教官を辞めるという訳ではない。
それこそギルムに行く前と同じく、教官を続けながら冒険者としてダンジョンに挑むのだ。
つまり、冒険者育成校でも普通にレイと模擬戦は出来るのだ。
勿論、いつでもどこでもレイと模擬戦が出来るという訳ではないが。
全てのクラスが毎日模擬戦の授業がある訳ではないし、模擬戦の授業があっても生徒達同士での模擬戦をすることも多い。
教官との模擬戦であっても、教官の数は多いので、必ずしもレイと模擬戦が出来るとは限らない。
そういう意味では、ここで模擬戦をやるというのは決して悪い選択肢という訳ではないのだが。
ただ、それでもレイに本気の武器……デスサイズと黄昏の槍を持って模擬戦をしろというのは、レイにとって疑問だった。
「それでも、お願いします」
イステルの目には強い決意がある。
カリフの目にも、イステルには及ばないものの、それでも強い決意があった。
(何だ? いやまぁ、本気でそれを望むのなら、構わないけど)
二人が何を考えてこのようなことを言ってきたのかは、レイにも分からない。
分からないが、それでもこうして言ってきたのだから、そこには何らかの大きな理由がある筈だった。
であれば、レイがやるのはその理由を詮索することではなく、受け入れることだろう。
そう判断し、手にした槍をミスティリングに収納し、代わりにデスサイズと黄昏の槍を取り出す。
(これで本気……か。いやまぁ、本当の意味で本気となると、それこそ無詠唱魔法を使ったり、セトと一緒に戦ったりするんだが)
イステルもカリフも、さすがにそこまでは望んでこないらしい。
ならばと、レイは手にした武器を構えて二人を見る。
「いつでもいいぞ」
そうレイが告げると、イステルとカリフは同時に動き出す。
イステルはレイピアを、カリフは長剣を手にし、レイを挟み込むような形になる。
包囲……というには少し人数が足りないものの、それでも左右から同時に攻撃をした場合は、それに対処するのは難しい。
……あくまでも普通ならの話だが。
「やぁっ!」
「ええええいっ!」
イステルとカリフ、そしてレイが直線上に並んだ瞬間、二人は同時に行動を起こす。
それに少しだけ感心したレイ。
声を出して合図をするでもなく、以心伝心……というのは少し大袈裟かもしれないが、とにかく同時に攻撃をしてきたのは間違いないのだから。
そのことに感心しながらも、レイの身体が動きを止めることはない。
右側から襲い掛かってきたイステルにはデスサイズを、左側から襲い掛かってきたカリフには黄昏の槍で応戦する。
(間違ったな)
レイピアの一撃をデスサイズで弾き、長剣の一撃を黄昏の槍でいなしながら、レイはそう思う。
この場合、左右を逆に……デスサイズ側をカリフに、黄昏の槍側をイステルにするべきだっただろうと。
それは、武器の相性の差だ。
長剣と槍では、明らかに槍の方が間合いで有利だ。
レイピアであっても間合いでは槍の方が有利だが、速度を重視する戦い方をするイステルなら、武器の軽さと動きの素早さで槍の間合いの内側に入れる可能性があった。
もっとも、デスサイズと長剣の相性がいいのかとなると、それは否だが。
しかし、デスサイズとレイピアよりは、黄昏の槍とレイピアの方がまだ対処出来る可能性があるのは間違いなかった。
結果として、カリフの長剣による一撃は黄昏の槍によってあっさりと弾かれ、イステルのレイピアによる一撃は広範囲に攻撃可能なデスサイズの横薙ぎを警戒して入ってくることが出来ない。
「ほら、行くぞ」
そうして二人の挟撃を防ぐと、レイはイステルに向き直る。
「なっ!?」
そんな声を上げたのは、カリフ。
無理もないだろう。自分に対して堂々と背中を向けたのだから。
それこそ、いつでも攻撃して下さいと言わんばかりに。
カリフにしてみれば、自分が完全に侮られた……そのように思ってもおかしくはない。
実際、レイとカリフ……そしてイステルを含めてもそれだけの実力差があるのは事実。
「っ!?」
そうして大きな……大きすぎる隙を見せたレイに向かい、カリフは半ば反射的に長剣を振るおうとする……が、背中を向けたレイから、不意にデスサイズの石突きによる突きを放たれる。
背中を向けているというのに、カリフの腹部……一番回避しにくい場所に向かって放たれる突き。
カリフに出来たのは、咄嗟に長剣を盾にすることだけだった。
その一撃は、カリフを大きく吹き飛ばす。
……本来なら、デスサイズの石突きによる突きはカリフの持つ長剣で防げるような威力ではない。
それこそ長剣を折り、それでも石突きの勢いを弱めることが出来ずに胴体を貫かれていただろう。
それがこの程度ですんだのは、デスサイズの石突きが長剣に触れた瞬間、レイが力を抜いたからだ。
その時点で、レイの放った一撃は突きではなく、石突きで長剣諸共にカリフを押すといった行動に変わっていた。
右手に持つデスサイズでそのようなことをしながら、左手に持つ黄昏の槍はイステルのレイピアによる突きを弾くといったこともしている。
素早く、連続して放たれる突き。
その勢いは凄まじく、素人では回避するのは絶対に無理だろうと思える程の威力だ。
……だが、それはあくまでも素人ならの話であって、レイは別だ。
重量という意味では、レイピアよりも圧倒的に重い黄昏の槍。
そんな重い武器を使っているにも関わらず、レイはレイピアによる突きを容易に……本当に何も問題はないといった様子で弾いていたのだ。
「くっ!」
イステルも、レイを相手に自分の突きが容易に決まるとは思っていない。
それでも、こうして余裕をもって弾かれるというのは、予想外であり……
「やあああぁっ!」
十秒に満たない時間ではあるが、その間に弾かれた突きの数は、二十を超える。
ましてや、レイの後ろで吹き飛んだカリフの姿を見た瞬間、イステルは乾坤一擲の賭けに出る。
レイが意識の幾らかを後ろに向けていても、イステルの突きは通用しなかった。
だが、後ろにいたカリフは吹き飛ばされている。
……これが模擬戦である以上、今のレイの一撃で戦闘不能になるとは思えないが、それでもすぐに戦闘に復帰出来るとは思えない。
もし怪我がなくても、かなりの距離を吹き飛ばされたのだから、レイのいる場所まで戻ってくるのにも時間が掛かる。
それは十秒にも満たない時間ではあるだろうが、今のこの戦いの中で十秒もの間戻ってこられないというのは致命的で、戦力に数えることは出来ない。
その為、イステルは一気に勝負に出たのだが……
「甘いな」
その呟きと共に、レイが左手で持つ黄昏の槍はレイピアの刃に触れ……搦め捕り、空中に弾き上げられる。
「あ……」
イステルは空中に浮かぶレイピアを見て、そんな声を上げる。
それは意図した行動ではなく、半ば本能的なものだった。
だが、それはこの場合、致命的な行動でしかない。
次の瞬間には、イステルの首にはデスサイズの刃が突きつけられていたのだ。
「終わりだな」
「……はい」
どさっ、と。
落ちてきたレイピアが地面に落ちる音を聞きつつ、イステルは自分達の負けを認めるのだった。
「最後の一撃は迂闊だったな」
「ですが、カリフが吹き飛ばされてしまった以上、そうしないと負けていたので……」
「すいません、イステルさん。私がもう少し頑張っていられたら」
イステルの言葉を聞き、カリフは申し訳なさそうにそう言う。
実際、レイが自分から背中を向けたとはいえ、カリフが後ろからもっとしっかりと牽制をしていれば、レイがイステルに完全に意識を向けるといったことは出来なかった筈なのだ。
そういう意味では、カリフの失態なのは間違いないだろう。
「いえ、レイ教官があのように動くというのは予想外でした。寧ろ、カリフはレイ教官の一撃をよく防いだと思います」
「そうだな。咄嗟の動きだったとはいえ、長剣を盾にしたのは悪くない行動だったと思うぞ」
レイはイステルと同じくカリフを褒める。
それは少し大袈裟な言葉かもしれなかったが、実際にカリフの行動が正しかったという思いが込められた言葉だ。
「けど、ザイードならともかく、カリフは俺の攻撃を完全に防ぐといったことは出来ない。だからこそ、さっきのように吹き飛ばされたんだしな。だからああいう時は、俺の攻撃を正面から防ぐんじゃなくて、いなす……受け流した方がいい」
「咄嗟のことだったので」
「咄嗟の時だからこそ、すぐ身体を動かせるようにしておく必要がある。動きを身体に覚えさせるといった感じだな」
「……レイ教官、ザイードなら先程の攻撃を防げたと思いますか?」
ふと、イステルがそう聞いてくる。
そんなイステルの言葉に、少し離れた場所で模擬戦の様子を見ていたザイードが興味深そうな様子でレイ達を見ていた。
自分ならレイの一撃を止められたか。
それを疑問に思ったのだろう。
ザイードはパーティの中でもタンク、いわゆる壁役だ。
敵の攻撃を防ぎ、その注意を自分に向けさせることが役目となる。
それだけに防御力には自信を持っているし、頑丈な防具も装備していた。
そんな自分が、レイの攻撃を受けたらどうなるのかと気になったのだが……
「カリフに使った一撃なら、間違いなく防げるだろう。けど、本気でやれば盾も鎧も貫通すると思う」
あっさりとレイがそう言い、ザイードはショックを受けると同時にそうだろうなと納得もするのだった。




